6 「ワタシ」の世界へ
「あんたのおじいちゃん。
セイジは……実は生きてるんでしょう?」
全てを見透かしているかのようにみかが言う。
私は、生唾を飲み込んだ。
「……そうだよ。おじいちゃんは、生きてる。っ、でも! 1年前手術に失敗して、ずっと昏睡状態なの」
医師から説明を聞いた時の、頭をハンマーで殴られたような衝撃。
あれを思い出すと、今でも辛かった。
「あのね、繋。」
みかはゆっくりと後ろを振り返る。
ひどい顔をしている、私と目が合う。
「私の魂、セイジにあげるわ」
彼女の透明な声が、静寂に響き渡る。
「考えたの。私は、何のためにここに在るのかって。さっき言ったように、私達はただ、繋に喜んでもらいたかった。
でも、それだけじゃ足りなかったみたい。
持ち主が常に幸せであることが、私達の本懐だもの。繋にそんな顔されてちゃ、全くもって意味がないわ」
みかは、力なく笑う。
「知ってた? 長い年月、人に愛されてきた人形の魂は、奇跡を起こすことができるのよ。
だから私はーー」「嫌だ‼︎」
こんなに大きな声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。
みかもびっくりしているようだ。
私は構わず続ける。
「それだけは、絶対にやめて、みか。
また私と一緒に、絵本の世界を旅しようよ……!」
みかは、それはできないよ、と言う風に、困ったように笑っていた。
「いいの。だって繋達は、ずっと悲しい顔ばっかりして、すごく、辛そうにしてたよ。
……それは私達おもちゃも同じ。
毎日飽きずに遊んでくれていたのに、いつからか放っておかれるようになった。そして、忘れ去られた」
「寂しかったよ……! それこそ、深い深いうみの底に沈んでいくみたいだった!」
気づけば、私もみかも泣いていた。
「でも、それでもさあ……!」
「いい? 繋。私達にはあなたしかいないけど、あなたには、たくさん大切な人がいるでしょう? ーー家族だって、待ってる。
どうかそれを、忘れないようにね」
言い終えた時、みかがぱああっと光り出した。
みかはまたほほえむ。名残惜しそうに、私の頬に、手を添えながら。
「もう、お別れの時間みたいね。本当にありがとう、繋。
旅してる時、いろんなものを見て、笑って、泣いて。色々あったけど、繋との時間が楽しかった。」
「こんな時間が、ずっと続けばいいとも思った。……ほら、涙を拭いなさいよ。今の繋、とんでもなく無様よ?
あのね、魂をあげるとは言ったけれど、一時的に眠るだけよ。ーーあなたのおじいちゃんのように」
「こんな時に、ブラックジョーク?」
ずび、と鼻水をすする。
「ふふ、そうね。だから安心していいわよ」
みかの体がさっきよりも強く光り始めた。
そして、徐々に消えていく。みかは笑顔でまたね、とささやいた。
ーー嫌だ。待ってよみか。
私はまだ、みかに何もできていない。何も伝えられていない。恩返しだって
ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン
鳴り響くシンバルの音を最後に、私の記憶はそこで途切れた。
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うっすらとカビの匂いがする押し入れの中。
私は差し込む夕日に少し苛立ちを覚えながら、はっとして目を覚ます。
唐突に理解する。
あれは全部、夢だったのか。
私は思わず、おもちゃ箱の中を確認してしまう。
みかと、ジーニョと、絵本数冊。
それらには全て、生気など感じられなかった。
気がつくと、また私は泣いていた。
耳に入るのは、涙声で話す、母の声、のみ……?
まさか。
私は、電話が置いてある居間へと向かう。
心臓が、うるさいくらいに鳴っている。
着くと、母がこちらに向かって話し始めた。
「繋、いいところに。ーーおじいちゃんがね……ついに目を覚ましたって。
お医者さまが、"奇跡"だって言ってたわ。お父さん達も泣いて喜んでてっ、すぐに来てくれるって。」
「お母さんね、繋に大切な話があるの。
今までおじいちゃんのことで、変に八つ当たりして、ごめんね。
ずっと、辛かったよね……。
ほ、本当に、こんなお母さんでごめんなさい」
涙ぐむ母を、何も言わず抱き締める。
「いいよ、泣かないで。ーーその代わり、今日は久しぶりに、家族みんなでレストランにでも食べに行こうよ」
私は、いたずらっぽく笑って言った。
ーー絵本達にジーニョ、そしてみか。
今まで、本当にありがとう。
それから、もし気が向いたらでいいから、私の子どもや孫……いや、千日家が続く限り、みんなのこと友達として見守ってやってね。
そしたらさ、また……。
車の前で、母が私を呼んでいる。
11月。冷たい空気が頬にしみるが、今は、それすらも心地よく感じられる。
私は、庭に咲いた千日紅に虹を描くように、力強い一歩を踏み出した。
これにて完結です。
「オシイレファンタジア〜異世界へ繋がるふすま〜」は、現在連載中の「幸狂曲第5番〈Girasole〉」と若干リンクする部分もありますので(夢の解釈など)、あわせて楽しんでいただけたらと思います!
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
至らない点も多々ある私ですが、これからも頑張りますので、応援のほどよろしくお願いいたします。