4 「桃太郎」の世界①
ーーどれくらいこうしていたことだろうか。
風は勢いを止めることを知らず、ぐんぐんと前に進む。
やがて私達は、青々とした山にせんせんと流れる川がよく映える、美しい村に"急下降"した。
「んぎゃああああああああああああ‼︎」
みかとしっかり手を繋ぎながら、陸に落ちる、落ちる。
一度死を覚悟したが、何かが、私達の体をぼすっと受け止めた。その"何か"こそが、川にどんぶらこどんぶらこと流れる、大きなあの桃のことだったのだ。
「本っ当に、死ぬかと思った……。『走れメロス』の世界から『不思議の国のアリス』の世界へ渡る時は、あんなに手荒じゃなかったのに。」
みかのことを軽く睨む。
なんでも、みかがお酒に酔った時、持っていたスイッチの〈非常用ボタン〉をうっかり押してしまったのだそうだ。
「ほ、ほんと、なんでかしらね。何かの手違いだわ、きっと」
先ほどの急下降で、逆にすっかり酔いから覚めたみかは、宙に向かって話す。目は泳いでいた。
今は、のれんがかかった風情のある小屋で、休息を取っている。
この小屋は、〈きびだんご茶屋〉と言い、桃太郎の育ての親であるおじいさんとおばあさんが営むお店だ。
「大丈夫かい? ほれ、お食べ。」
おじいさんからきびだんごとお茶が差し出される。
奥の方で、にこにこと見守っているのはおばあさん。
この2人は、自家栽培していたという桃の上でうずくまっていた私達を、怒りもせず保護し、おもてなしまでしてくれているのだ。
本当に、心の優しい人達だと思った。
美味しいきびだんごをご馳走になった後、長居するわけにもいかないので、引き止める2人にお礼を言い、小屋を後にしようとした、その時。
ゴシャッ、バキバキバキ
と、何者かが戸を破壊する。
ーー鬼、だ。
『桃太郎』に出てくるような赤鬼ではない。
全身が真っ白のそれは、舐め回すように周囲を見渡した。
「そこの珍しい毛色の娘をよこせ。さもなくば、もっとひどい目に遭うぞ」
しばらく沈黙が流れる。
すると鬼は、さっきよりも強い力で地面を叩き、ものすごい地響きを鳴らした。
屋根は無残にも、ガラガラと崩れ落ちてしまった。
幸いみんなに怪我はないようだが、このままでは本当にーー
「ほら、早く私を連れて行きなさいよ。みんなが危ないじゃない」
みかはあろうことか、自ら鬼に手を差し出した。
鬼は目をぎらつかせた。
「そうかそうか、分かれば良いのだ。では、ここらでおさらばするとしよう」
鬼はみかを、俵を担ぐように持ち、ドシンドシンと音を立て、行ってしまった。
鬼とみかは豆粒みたいに、だんだん小さくなっていった。
私は何もできず口をぱくぱくさせていると、おばあさんが急にヒステリックな声を上げ、私に一振りの刀を放り投げてきた。
全てを悟り、刀の重さに、足がすくむ。
(本当に、私にできるの……?)
「それを持って、早く行きなさい。大切な人なんだろう⁈」
その言葉に、私はハッとさせられる。
ーーそうだ。みかは、私の大切な……。
気がつくと私は、野へ駆け出していた。
今までの旅が、まるで走馬灯のようによみがえる。
みか、みか。素直じゃないけれど、可愛いところのあるみか。
見た目に反して、酒好きなみか。
実は、人の心を誰よりも理解しているみか。
そしてーー。
家族との温かい日々の中心にいた、みか。
ふいに、おじいちゃんの言葉を思い出す。
ーー長く大切にされたものは、持ち主に恩返しをしにやって来る。
もしかしたらみかは、家族と上手くいっていなくて、淀んだ気持ちの私を勇気づけるために、私を旅のお供にしたのかもしれない。
……そうなんだとしたら!
私はみかにすぐ会わなければならない。
伝えたいことが、たくさんあるんだよ!
私は、何度も何度も転びそうになる。
泣きながら、今度は山の中をひた走った。
山を抜けたところで、私は足を止めた。
奥に見えるのは。
「みか‼︎」
「繋‼︎」
目の前に広がる、断崖絶壁。
鬼はどうやら、ここから鬼ヶ島に渡ろうとしているらしい。
再度、鬼をキッと睨みつける。
おもちゃではない、本物の刀の柄を、強く握りしめた。
「ははっ、銃刀法違反だ‼︎」