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2 「走れメロス」の世界


ジーニョといいみかちゃんといい、度重なるファンタジーに私は目がくらみそうになった。


「ったく、どこの誰よ。高貴なフランス人形であるこの私に、みかだなんて名前をつけた奴は。」


 可愛い顔をして、なんてとげとげしいことを言うんだろうと思ったが、今はそれどころではない。


「私を、助けに来てくれたの?」


「……違うわよ! ただ、持ち主があまりにも無様だったから、見ていられなかっただけ。

そう、情けをかけてやっただけなのよ!」


 早口で一気にまくしたてた彼女の頬はほんのりと赤かった。


「っ、何よその顔! ほら、ぼさっとしてないで、早く行くわよ!」


 と、胸元から小さなラジコンのようなものを取り出し、スイッチの切り替えをオンにした。


「え、何その便利アイテム。」


 ゴウンゴウン……ガシャン、と、きらめく星の中に不釣り合いなへんてこな扉が現れた。


「これはーー絵本?」


「そうよ。今からこの精神世界を抜け出して、私とけいは、絵本の中の"その後の物語"を旅するの。どう? ロマンチックでしょう」

 

 少し怖かったけれど、ここに置いてけぼりにされるのは嫌だし、何より、元来の好奇心には勝てない。

気がつけば私は、うん、と返事をしていた。


「それじゃあ、出発進行!」

 ふたりの声が重なる。みかが、勢いよく扉を開け放った。

ーーわあっと、私たちはまばゆい光に、呑まれた。


 目の前に広がるのは、白い石壁が目立つ、港町。まさか、ここは……

「イタリア南部、シチリア島のシラクス」

 みかが淡々と告げる。

 

 間違いない、ここは「走れメロス」の世界だ。

信じられない光景に私はあんぐりと口を開ける。


「おおい、そんなとこに突っ立って、一体何をしているんだ? もうすぐ祝宴が始まるぞ」


 話しかけてきたのは、元気の良い若者。こちらが言葉を発する前に、さっと私達の手を引いて行ってしまった。

 


 5分ほど走ったところで、祝宴が行われているという会場に到着した。


 どうやら主人公・メロスと、物語終盤に登場する、メロスに緋のマントをささげた少女との結婚式のようだった。

 新婦は、少女の面影を残しつつも、美しい女性へと変貌へんぼうを遂げていた。


「マジか、メロスさん」

「人生って言うのは案外、何が起きるのか分からないものなのよ」

 と、みかが達観した口ぶりで言う。


(人形にいわれてもなあ)



「メロス、本当におめでとう!」

 

 高らかに叫ぶ石工の姿。あれは、セリヌンティウスだ。

ーーありがとう、と、町のみんなの輪の中心で、メロスは少し照れくさそうにほほえむ。


「よオし! 今夜は無礼講だ。みんな、準備はいいな?」

 誰かの言葉とともに、現代で言うところの、二次会のようなものが始まった。

 

 みんなが幸せそうな顔をして歌ったり踊ったりしている中、1人だけ、浮かない顔をしている人物がいた。

ーーディオニス王。


 怪訝けげんに思った私達は顔を見合わせ、今思ったことを正直に伝えてみせた。


 すると、王は言いにくそうに話し始めた。



「わしは、つい最近まで、恥ずべき行為を何度も繰り返してきた。……人の心が、信じられなかったが故に。」


「だが、そんなわしを救ってくれたのが、あの男達なのだ。ーー本当に、感謝してもしきれぬくらいだ。しかし、今のわしはどうだ。幸せになったあやつらのことを、素直に喜べずにいる。

 わしは、今までの罪を償わなければならないが故、奴等のように幸せには、なれぬ。……自分で自分が、情けない」


 王は、寂しそうな顔でそう語り、不味そうにお酒をすすった。


「ねえ。」

 みかが話しかけた。我が人形ながら、すごいと思う。

(私なんか、彼にかける言葉も見つからないのに。)


「ねえ、あなたもしかして、本当は怖いんでしょう。

 幸せになった友達が、自分のことなんて忘れて、遠くに行ってしまいそうだから」

 

 王の肩がわなわなと震える。怒っているようにも見えた。図星でしょう、とみかが不敵に笑う。

ーーこれ以上はダメだ、みか。


 私は本能的に何か嫌なものを感じたので、慌ててみかの口を手でふさごうとするが、華麗に振り払われてしまった。


「そうやも……しれぬ。」


 大粒の涙をこぼしながら、王がついに、口を開いた。町の人達は歌や踊りをめ、皆が王に注目する。


「わしは、ただ寂しかったのだ。メロスだけでなく、セリヌンティウスも近々結婚すると聞いた。

 せっかく仲間になった2人が、わしのもとを去っていくと思うと、たまらなく心細い。それが……ずっと怖かった。」


「そんなことはないです。メロスさんとセリヌンティウスさんの間には信実と友愛があったように、仲間ならば、あなたにもそれが向けられているはずでしょう。仲間はずれなんてあり得ない。悲観なんてせず、どうか自信を持ってください」


 今度は私の番だった。聴衆の注目は浴びたくなかったけれど、どうしても伝えたかったので、勇気を振り絞って言った。


 やがて、王のもとにメロスとセリヌンティウスが駆け寄ってきた。

3人は互いをがしっと抱きしめ合い、わんわんと声を上げてずっと泣いていた。


 黒い空に月がよく映える、美しい晩の出来事だ。



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