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ツインレイ・オブ・スターシード  作者: 露藤蛍
MISSION:2 Awakening the White witch
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幕間 ね? 私言ったでしょ?

 暇だ。本当に、暇。


 シャルロットは自宅のリビングでソファーに寝転がっていた。骨折も肺気胸もひとまず治ったが、今は予め決められていた停職期間。病み上がりなので無茶もできないし、停職期間は無理矢理休ませるために設けられたようなものだ。


『極力家で大人しくしてろ。外出は最小限だ。反省してますアピールだけでもしておけ』


 ドミニクに忠告されて、しぶしぶ言う通りにしているけれど、家の中ではやることも限られてくる。幸い、実家の稼業である果樹農園の繁忙期だったため、家事の類は全て引き受けているが、それでも暇な時間はできてしまう。


 動かないと鈍ってしまう。とはいえしばらく大忙しだったから、拓海が言った通り休めということだろう。


 自室からもってきた抱き枕を抱え、ごろごろと寝返りを打っていると、テーブルに置いていた個人端末が音を鳴らした。


「んむー……」


 呻きながら起き上がり、個人端末を取る。ドミニクだ。


「……なんですー?」

『今家か』


 少々かすれ声で応答すると、ドミニクの声が耳に届いた。なんだか久しぶりに聞いた気がする。


「家ですけど……ってかドミニクさんが大人しくしとけって言ったんじゃないで──」

『表に出ろ』


 名乗りくらいしろ、と愚痴りたくなる。しかも人の返事を遮って重ねてきた。まどろっこしい前置きはいらないと判断したのだろうが、親しい仲だからいらないのか、急いでいるからいらないのか、どちらだろう。


 どちらにせよ脅しのような言葉は控えた方がいいと思う。


「表―? 玄関です?」

『出ればわかる』


 だから要件を言えというのだ。相変わらず言葉の足りない人だなと呆れて、シャルロットはひとまず彼の指示通りに動くことにした。


 抱き枕をソファーに置き、素足にスリッパをはいて玄関を出る。


 自宅は純和風建築で、漆喰の塀に覆われている。極東色の強いアウロラでも、ここまで和風な家はあまりない。


 門を開ける。塀に葬儀監督署の覆面車両を寄せ、ドミニクが車の前で待っていた。


「は?」


 思わず間延びした声が出て、耳に当てていた個人端末がブツッと音を立てて通話を終える。


 ドミニクは物珍しそうにシャルロットの自宅を眺めていたが、門が開いたのに気づくと通話を切ったようだ。


「行くぞ」

「は? いやだから説明──」

「停職中だが許可は取った。乗れ」

「いや、あのですね、なんでです?」

「仕事だからだが」

「表出ろとしか聞いてませんけど⁉」

「詳しい話は移動しながら話す」

「ハァ⁉ 今話してくださいよ要件言わずに人振り回すのやめてくださいよほんとその癖どうにかした方がいいですよ⁉」


 散歩中だった近所のお婆さんが、『あらあらまぁまぁ』と言わんばかりに生暖かくこちらを見ている。やめてほしい。


 そもそもどうやって自宅の住所を知ったのだこの男は。個人情報なのだが。


「大体私部屋着なんですけど! 外出するって聞いてたらちゃんと着替えてきましたし今メイクもしてないですし⁉ 恥ずかしくないんですか年ごろの女子部屋着で外に放り出すなんて!」

「急ぎだし汚れるから別にいいだろうと思ったんだが」

「汚れるってなんですー!?」


 渋るシャルロットに、ドミニクは個人端末を操作してから画面を見せた。


「読め」


 静かな住宅地と言えど、先ほどの老婆のようにどこに人がいるか分からない。口に出すのが憚られる情報らしい。


「んんー? なんですかもう……」


 どうやら警察からの緊急要請が来たようだ。場所はアウロラ郊外の山間部。峠道で事故が起こったらしい。高速道路から、警察の護送車が下道に転落したとの情報だった。


 そして、最後に記された一文にシャルロットは目を見開いた。


〝該当車両は、タイトロープタワー爆破未遂事件を主導したと思われるオーウェン・E・エルゼルトの護送中だった〟


「…………ちょっと下スリッパなんで、靴に変えてきます。そのくらいの時間はあるでしょう」


 やんやと騒いでいたシャルロットも、流石に冷静にならざるを得なかった。


「お前のクラウィスと修理が間に合った魔導銃は持ってきてある」


 踵を返して玄関に向かったシャルロットに、ドミニクは『悪いな』とだけ返した。



 *



 スリッパから靴に履き替え、ついでに部屋着なのを隠すため薄手のコートを羽織って車に乗る。運転しているドミニクが、助手席のシャルロットに声をかけた。


「しかし立派だな、お前の実家は」

「うち、割と古い家系なので。多分正嗣さんとこと同じくらいじゃないですかね」

「アトラシア大陸に入植した一族の末裔か」

「そそ。会社として果樹園やってるんですよ。多品種小生産で、種の保存も担ってて。今はぶどうの収穫シーズンなんですよねー、一年中何かしらの収穫期があって、お兄ちゃんとか忙しそうにしてます。」

「お前は手伝わなくていいのか?」

「何のために会社経営でやってると思ってるんです? 余程の事がない限りは従業員さんで間に合ってますよ」


 自負はしないが、割といい所の出なのだ。葬儀官の道を歩むことに関しては、両親も──母親も理解して送り出してくれた。今更ほじくり返される話ではないと思っている。


「そうか──で、現場につく前に状況説明だが」

「それを連れ回す前に言えって言ってんでしょう全く」

「オーウェンには逃げられた」


 ドミニクがさらっと言ったので、シャルロットは目を剥いて彼を見た。


 なんで、と追及したい気持ちもあったが、ドミニクが護送していてミスをしたわけではない。ぐっと飲みこんで、盛大なため息と共に助手席のシートに体重を預ける。


「私、言いましたよね……絶対こうなるって」


 ──だから殺しておこうと思ったのに。


「……分かっていたのか?」

「分かってた分からなかったじゃなくて、あいつテラサルースで兵器開発してんでしょう? そんな奴生きてたらほっとくわけないじゃないですか。みすみす見逃して裁判にかけるとか馬鹿らしい。人の命に無頓着な連中なんですよ? 生かしておけば死人が出る、あいつの命一つと、これから失われるかもしれない多くの命、後者を選べって言ったんですよ」

「……護送していた警察官は全員死亡した。その場での火葬を求められて、俺が出ることにした。タイトロープ島の件に関わってたから、お前も一緒にとリシャさんがゴーサインを出したわけだ」


 呼び出された理由は分かった。ただ、今しがた死亡して間もない遺体をその場で火葬することはめったにない。死亡したのが今日なら、遺族のもとに返して、手続きをして葬儀を行うだけの時間は十分あるだろうに。


「……なんで現場で火葬を?」


 前もって手渡されたクラウィスを眺めた。魔力増幅器を内蔵した魔導銃も一緒なのはその為か。確かにドミニクの妖刀を使うなら、シャルロットの生成する棺を使用した方が安全だが。


「それが……遺体の回収ができないそうでな」

「回収できない? なんでまた」

「警察からの要請なんだ──遺族には見せられない有り様だ、と」


 骨にしてから返してやった方が、恐らくダメージが少ないからか。


 どういうことだと首を捻っている間に、葬儀監督署の車両は現場の峠道に辿り着いた。




 現場に到着したドミニクは、個人端末から身分証明書を警察官に見せた。


「要請で来ました。特別葬儀官のドミニク・ホワイトフィールドです」

「同じくシャルロット・S・ソーンと申します」


 コートに悪性新生物対策課の腕章を通して、現場検証をしていた警察官に挨拶をする。


 血の匂いが酷い。僅かに酸っぱい匂いが鉄に混ざっているが、これは誰かが吐きでもしたか。


「護送車両は高速道路を進行中、フロント部分に衝撃を受けて高架下のこの場所へ転落。その後、通報で我々がやってきた頃には、移送車の中はもぬけの殻だったと」

「死体以外は、か」


 現場検証中の警官の話を聞きながら、『失礼』とドミニクが車両に近づいていく。シャルロットは彼と反対周りで確認しようと、狭い峠道を歩き出す。


「…………誰がやった、こんな芸当」


 荷台の中を覗いたドミニクが呻いた。シャルロットは回り込んで大破したフロント部分に辿り着き、相棒と同様に口を噤む。


 眉根を寄せる。現場で火葬をと望まれた理由が、嫌でも分かった。


「これは……車ごと納棺したほうが、よさそうですね……」


 移送車の前方はフロントガラスが粉砕され、フレームが歪みに歪んでいた。エアバックは二つとも広がっているが、流血で濡れ真っ赤に染まっている。


 単なる単独事故には思えない。


 車両前方の被害は、フロントガラスに集中している。上下に分かれた警官の遺体は、潰されて体液が噴き出した後だった。内臓が全て破裂しているのだ。ボンネットやフロントランプはそこまで傷ついていない。


 まるで、フロントガラスを狙って投石でもされたような──それにしては、強力な衝撃波を放って吹き飛ばしたようで、誰かから攻撃を受けたことは察して余りあった。


 ふっと移送車の上層部を見る。荷台の天井は裂けてささくれ立っていた。


「……魔導銃でやったにしても……榴弾じゃ荷台ごと吹っ飛ぶし、散弾じゃここまでの威力はないし……でもキャンサーじゃこんなピンポイントに殺せないはず……」

「シャルロット、武器は刃物だ。分厚い刃で両断された痕が──前も酷いな」


 後方の確認をしてきたドミニクが、どこかげっそりした表情で帰ってきた。後ろも酷かったようだ。


「追突したわけじゃなさそうなんですよね。明らかに運転座席を狙って攻撃してます。圧迫されて、中身が……」

「失血性ショックか、それ以前に内臓破裂で即死か……斬った傷には見えんが、苦しまずに逝けたのは幸いだったかもしれん」

「人間死んでるのに幸いもなにもあります?」


 正直、遺体は肉片と呼べるまで粉々になっていて、何人いたのか、どこに誰が乗っていたのか、判別はできなかった。肉も金属も布も混ぜこぜになっていて、人間にしていい所業ではない。


「はぁ……後ろ、見てきても?」

「終わったら火葬するぞ。このままは……むごすぎる」


 ササっと後ろを見てこよう。小走りで荷台に向かったシャルロットは、開いたままの荷台を覗いて再び足を止めた。


 横倒しになった車体の側方──今でいう天井部は、ドミニクが言うように大きく裂けている。分厚い刃で無理矢理叩き斬ったような跡だ。


 そしてその真下に転がった、右と左に分かれて転がる亡骸。首無しの死体と、壁に付着した肉と内臓、砕けて散乱した、血付きの頭蓋。


 上から天井を割いて体をかち割り、頭を切るついでに粉砕した痕だった。かかった時間は一秒もなかったかもしれない。


「……すみません、遺留品を触ってもいいです?」

「手袋をお願いします──よく直視できますね」


 手袋を差し出した警官は、げんなりとしてシャルロットに言った。こんな現場耐えられないと顔に書いてある。


「無理しない方がいいですよ、トラウマになったら大変ですし」

「そちらは大丈夫なので?」

「まぁ……慣れてるっていうか、キャンサーだとこれが動くのでまだマシって言うか……」


 この死体がすぐにキャンサーになれば、飛び散った血肉が独りでに動いて合体する。動かないと分かっている分、警戒しなくて済むので緊張は薄い。


 指紋がつかないよう手袋をはめて、シャルロットは血だまりに落ちた魔導銃を手に取った。


 セーフティは外れている。射撃準備はしていたようだが、反応できなかったようだ。


 床には魔導銃以外に、血だまりが少し薄い場所に手錠と拘束用の首輪が落ちている。変形しているので、無理矢理引き千切ったのだろう。どんな腕力だ。


 荷台は金属製で、窓にも格子が取り付けてあり頑丈だ。それを一撃で斬り伏せる分厚い刃を用いれば、人体など粉微塵になってしまうだろうか。やり口はフロント部と似ている気がする。


 恐らく単独犯だ。そして、乗組員を殺すのに一分かかっていない。


 ──いや、私やドミニクさんでも、民間人ならそんなに時間はかからないけど。


 シャルロットは荷台から降り、前方を確認しているドミニクと合流した。


「どうだった」

「襲撃に気付いて備えはしたけど、死角から一撃で仕留められた、って感じですね」

「だよな。気づいた瞬間には殺されていたタイプだ」


 二人でへしゃげた車両を見つめる。そろそろ頼まれた仕事をしなければ。




 火葬よりも、遺骨の回収に時間がかかった。


 死亡したのは五名。その内二名は損壊部分以外の骨を収められたが、車両前部に乗っていた三名の骨は完全な形で残ったものがほぼなかった。


 一番時間がかかったのは、拾った骨片を携帯式の魔力分析器にかけ、三人分に仕分ける作業だ。

 それぞれを骨壺に収められるだけ収めて、帰路についた。正直に言うと、この後の方が憂鬱だ。


「……嫌だなぁ」


 帰り道、車の中でシャルロットは呟いた。


 朝、行ってきますといつものように出かけていった家族が、いきなり灰になって帰ってくるなんて。その感情を思うと、沈痛な面持ちになる。


 そして、骨壺を渡す係なのは火葬した葬儀官だ。今回の場合、ドミニクかシャルロットになる。シャルロットは一応停職中の身なので、ドミニクが担当である。


「……お前がやるわけじゃないだろう」


 本人も分かっているのか、少し疲れた声でドミニクが言った。


 被害者の遺族には、警察を通じてもう連絡が入っている。職務中に死亡しているため、説明も兼ねて受け渡しはアウロラ警察署で行う手はずだ。


「そりゃそうですけど、ドミニクさんは?」

「なんだ」

「多分ですけど、ドミニクさん遺族の人に直接遺骨を渡したこと少ないでしょう」


 普通の特別葬儀官に対応できないキャンサーばかりを火葬してきたドミニクのことだ。変異が進んだキャンサーは身元がはっきり分かることが稀なため、基本的には供養塔に埋葬される。


 家族や親しい人間を亡くしたばかりの遺族と、接したことはシャルロットよりも少ないだろう。加えて抱えているものがものである。


「割り切っとかないとキツいですよ」

「俺が殺したわけじゃない」

「でも考える。でしょう?」


 ──俺が殺した人間も、当初はこんな面持ちだったかもしれない、なんて。


「ドミニクさん、真面目なんですから。他人事は他人事ですよ」

「…………それはお前もだろう」


 シャルロットは顔を伏せたまま、視線だけドミニクに映した。


 ドミニクは眉間に皺を寄せて、真っ直ぐ前を見て運転していた。


「……いや、なんでもない」

「なんでもないってなんです?」

「お前の場合は、それでいい」

「そーですか」


 ベル・ディエムで勤務していた時は、手ずから火葬した遺骨を遺族に渡すことが何回かあった。


 重苦しい雰囲気の中では、どんな慰めも逆効果にしかならなかったから、無言を貫いていた。


 骨壺を抱く遺族を眺めていたら、『どうして最後に顔を見させてくれなかったの』と怒鳴られたこともある。


 遺骨に変えて返してやることは慈悲だ。


 そもそも形に残るものが手元に戻って来ただけ奇跡である。


 行方不明のまま、諦めと一縷の望みがごちゃ混ぜになって過ごさなくてもいい。


 生死不明が一番しんどいと、分かってはいるけれど。



 理屈は〝だからどうした〟の一言で論破される。



 どれだけ御託を並べても、大切な者を失った悲しみは癒えない。感情に論理をぶつけても堂々巡りになるだけだ。



 でも、それでいいと思うのだ。


 無理もない。その心情は察して余りある。



「……ご遺族相手に変なこと言わないでくださいよ」

「言うか」


 この半年でいろいろあった。癌化した父を火葬し、仇を知り、己の魂のありようを知った。



 無茶なことを言わないでくれ。


 こっちも仕事なのだ。


 癌化が進んで身内に殺されたいのか。



 悪いのは私じゃない、と。


 私は耐えられたから、そっちも耐えろ、と。



 要は他責思考で壁を作り、言い訳をして己を守っていたのかもしれない。


 それは、真摯に遺族と向き合っていると言えるのか。


「……ドミニクさん」

「なんだ」

「私、ちゃんと真っ直ぐ歩けますかね」


 壁にぶち当たった気がした。


「……どういう意味だ?」


 抽象的な質問に、ドミニクは少し困惑しながら答えた。


「……えと、私が割り切りができてるって話の続きで」

「あぁ」

「……なんか、振り出しに戻ってる気がします」


 頭の中がごちゃごちゃする。


 癌は生物と言えるのか否か。癌化した人間は死んでいると言えるのか。



 キャンサーへ変異することは、不幸なことなのか。



 オーウェンには〝生死の基準は私が決める〟と言ったけれど。


 実際のところ、彼の問いが心に突き刺さったまま抜けないのだ。


「……奴に言われたことを気にしてるのか」

「……こういう時だけ察しがいいんですから、もう」

「俺を引き合いに出してきたなら、それは与太話だ。気にするな、忘れていい」


 ドミニクにはざっくりとだが、タイトロープタワーでオーウェンと話したことを伝えている。


「お前、考えすぎると頭が爆発するタイプだろう」

「言い方酷くありません?」

「否定はしないんだな」

「うっ……いやまぁ、そうですけど」


 だから何もかもシャットアウトして諦めて、父のことだって乗り越えたつもりでいたのだ。


 随分と歪な処世術だ。だからこそ今のシャルロットがいるので、今となっては悪いことだとは言えなかったが。


「お前が思うように生きればいい」


 車が信号で止まる。言葉を濁したドミニクが、ちらりとシャルロットに視線を寄越した。


 顔の左側面は長い前髪で隠れがちだ。隙間から覗いた蒼玉に、心なしか柔らかい印象を覚えた。


「お前がうじうじ悩んでいると調子が狂う。いつも通りでいてくれ」

「うじうじってなんですか」

「どうせ考えても答えなんぞ出ん。答えのない問いだからな、考えること自体が不毛だ」

「そんなジメジメしてないですー」


 ふん、とそっぽを向いてみても、強がりなことは一目瞭然だ。ドミニクが気を使ってくれたことも理解している。


 車が再び動き出す。自宅に帰るまで、それきり押し黙っていた。



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