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ツインレイ・オブ・スターシード  作者: 露藤蛍
MISSION:2 Awakening the White witch
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第五章 閉塞輪廻性は変わらず 6

 勘弁してほしい。全身が途方もなく痛い。


 外傷性気胸に全身打撲、あばら骨が一本折れて二本にヒビが入り、胸部には肺を拡張するためのドレーンが入っている。加えて魔科ではトランス後で魂が過敏になっている診断を受け、魔力生成は厳禁で抑制装置と繋げられている。


 ──つまるところ、絶対安静である。


「入院暇なんだけどー。本読むしかやることないし」


 因みに。シャルロットのトランスによって引き起こされたタイトロープ市街地のブラックアウトについては、原因不明で処理された。該当地域にいた市民の端から端に至るまで、一定時間の記憶が失われているらしく、追及は不可能だと判断されたそうだ。ほとんどの人間が倒れていたらしいから、仕方ないかなとも思う。


 オーウェンはネル・ブライアン山麓での割れ目火口への細工から、慰霊式典会場への砲撃騒ぎとデモ会場での癌被害など、様々な犯罪への関与を疑われて逮捕。ミアも重要参考人として捕縛されたようだが、ギフテッド用の体質改善薬への依存性を調べるため同じ病院に入院しているそう。会ったことはないが。


 ひと悶着あったが、任せられた仕事は終わった。体調が良くなればアウロラへ帰れるだろう。


 とはいえ、大けがで現地の病院に入院したとなれば大事だ。仕事の合間に飛んできた家族には、ちょっと申し訳なく思っている。心配をかけたことと、余計な出費を強いたことをだ。


「あ、そうだお母さんー。渡航費私が後で渡すから~」

「──そんなことっ、言ってる場合じゃないでしょう⁉」

「お前馬鹿か? 気にするとこがズレてんだよ」


 家族の渡航代は私が立て替えればいいか。そんな呑気なことを言ったら、見舞いに来た母親に泣かれてしまったのである。


 家族一人を既に失っているのだから、流石にデリカシーがなかったか。


「重症の癖に金の心配してんじゃねぇよ。しかもこっちの」


 ベッドサイドに座っている兄の拓海たくみは、呆れながら何回もデコピンの素振りをしている。母の美里みさとは顔を覆ったまま、その隣だ。


「しかも。あんだけ親父にトランス状態にならないように自制しろって言われてただろうが。子供んときに学校の設備ぶっ壊したの忘れたのか?」

「あれは煽ってきた方が悪いんだし。だってさー、お父さん殺した張本人がいたんだからさぁ、そりゃ頭にくるでしょ。しかもハメられてたんだよ?」

「……お前は力があるからそう思うんだよ。普通はおっかなくて仕方ないもんだぜ」


 シャルロットよりは白い肌の、こげ茶の短髪とオリーブグリーンの瞳をした兄は、名前の系統が違うだけでれっきとした血縁者だ。


「だってぇ」

「だってじゃねぇ」


 拓海がむすっとしながら腕を組む。美里がティッシュで涙を吹き、呼吸を整えながら言った。


「……とりあえず、体は大丈夫なのね?」

「うん。肺に穴開いたのは処置してもらったし、後は打撲で体が痛いだけ。まぁ魔法はしばらく使えないけど……」


 喋る度、実は胸がキリキリと痛んでいる。肺に開いた穴は完全に塞がっていない。動かすだけで痛むのだ。呼吸だってしにくいし、あばら骨が刺さるとろくなことがないのは学びだった。


 おかげで、心臓が守れたところはあるが。どうにも心臓に魂が宿っているらしいから、少々高血圧の状態。時たま動悸がするし、正常値に戻るまで、抑制装置はつけたままだ。


 対応してくれた主治医曰く。あのままトランス状態を維持していたら、そのうち超高血圧が進んで、全身の血管という血管が破裂していたらしい。ぞっとする話である。


「アウロラ戻ってから色々あっただろ、休めってことだ」

「そうかな──うん、ちょっとくらいは休もうかな」


 ぼふ、とベッドに背中を預ける。軽く動かすだけで痛むのは慣れないものだ。


 まぁせっかく来たんだし、観光でもして帰ったら? そう提案しようと顔を上げて、視界に入った出入口に男の姿を見つけて目を丸くした。


「面会中、失礼します」


 ドミニクだった。引いているキャリーケースはシャルロットのものだ。制服ではなく私服なので、アウロラに帰るついでに寄ったのだろう。


「んあー、ドミニクさんどうしたんです?」

「どうしたもこうしたも……お前の私物をホテルから持ってきた。置きっぱなしにもできんだろう」


 言って、病室の壁際にキャリーケースを置いたドミニクが、拓海と美里に視線を移した。


「ご家族か?」

「はい。母とお兄ちゃんです」


 紹介すると、ドミニクはさっと身なりを整えてから一礼する。相変わらず所作が綺麗な男だ。


「初めまして。娘さんとバディを組ませてもらっている、ドミニク・ホワイトフィールドと申します」

「あら、ご丁寧に……母の園山そのやま美里です。娘がいつもお世話になっているようで」

「兄の園山・T・拓海だ。君が止めてくれたらしいな、礼を言うよ」


 家族と握手を交わしたドミニクは、肩に掛けていた鞄を机に置いた。これもシャルロットの私物である。


「主治医の話はちゃんと聞けよ。いいか、脱走してうまい飯でも食いに行こうとするなよ」


 ぎくり、とシャルロットの口角が引きつった。


「げ……なんで私が病院食物足りないって思ってるの分かったんですか」

「勘だ。その物言いはお前、本当に脱走するつもりだったのか?」


 何故分かる。ちょっと食欲が出てきて量足りないなと思っていたのもお見通しとは。


「……お医者様に許可取れたら、差し入れ買って持ってくるから、大人しくしてなさい」

「絶対安静なんだぞ、下手に外出てどやされるより、さっさと治してしまった方がいいに決まってんだろ」


 母と兄に聞かれたのがまずかった。知られなければこそっと出られたのに、これでは見舞いもとい監視の回数が増えるのでは?


「諦めろ。気胸よりも魂が過敏になってる方が問題なんだ」

「はぁ……麻婆豆腐食べたい……カレーでもいい……」

「刺激物を食おうとするな、ド阿呆」


 がっくりと落胆したシャルロットは肩を落とし、ふてくされるように布団を首元まで引っ張り上げた。


「悪いな、意外と我が儘なんだよこいつ。我が強くてな」

「いえ。もう慣れましたので」

「君みたいにしっかりした奴がいてくれて助かるよ」


 拓海の言葉も、ドミニクの返事も、なんらフォローになっていないのが不服だ。正確が悪いと言っているようなものではないか。事実だが。


 否定もできないので、布団に隠れるふりをしてこっそりと様子を窺う。シャルロットを茶化すように軽く言った拓海が、ドミニクに真っ直ぐ向き合っていた。


「妹は復帰したらまた君と?」

「その予定です」

「じゃあ……妹を、よろしく頼む」


 拓海がドミニクに頭を下げた。護ってやってくれと言わなかったのは、拓海自身がシャルロットの潜在能力を理解しているが故だろう。


 顔を上げてください、とドミニクが言って、続けて答えた。


「全力を尽くします」

「そこは〝善処する〟じゃないんですねー?」

「ハッ、誤魔化す理由がない。事実だからな」


 ドミニクが鼻で笑って、つられてシャルロットも布団から顔を出して微笑んだ。

 なんだか和やかな雰囲気だ。が、ドミニクはまだもの言いたげに突っ立っている。


「……すみません、しばらく二人にさせていただいても?」


 ドミニクは言って、軽く頭を下げた。やはり話したいことがあるらしい。


「……? えぇ、構いませんよ」

「どうせだから観光してきなよー。そろそろお昼だし、おいしいお店でごはん食べてきたらー? あ、あそこ美味しいよ。メインストリートのハンバーガー屋さん」


 観光もついでにするよう勧めておいて、相棒だからということで美里と拓海が一旦部屋から出ていく。じゃあねー、と笑顔で家族を見送っている間に、先ほどまで拓海が座っていた席にドミニクが座っていた。


 病室のベッドにはシャルロット。見舞いに来たのはドミニクで、数か月前とは立場が逆だ。


「お前、トランスしてた時のこと覚えてるか?」


 人が掃けてすぐにドミニクが問うたので、タイトロープタワーでの一件を思い返す。


 ミアに事の次第を問い詰めたら、なんか私怨じみた返事が返ってきて。交戦したらオーウェンが現れて、魔導機器を潰された。それからオーウェンと問答をして──


 オーウェンを魔力放出で卒倒させ、ミアが邪魔で蹴り飛ばしてから。どうしたっけ。


 とても気分が良くて楽しかったことは覚えているけれど。


「んー……なんか、楽しかったのは覚えてますけど。変ですね、相手がエルさんとドミニクさんだったのに」

「あのな、健常者にとってのトランスは、自己崩壊症患者にとっての発作だ。理性よりも本能が上回るから、感情的になるし……深層心理というか、〝そいつが本来心の中で思ってること〟が表に出やすいんだ」

「自己崩壊症だとキャンサー寄りになってるから、それで対人に突出した衝動性がでるんですっけ」


 ベッドの角度を上げながらドミニクの問いに答える。


「よし、シャルロット。この点を踏まえてもう一回何を感じたのか言ってみろ」

「えー……楽しかったです?」


 こて、と首を傾げる。その仕草を見たドミニクはさっと顔を反らしてしまった。


「……つまるところな、お前、他人への攻撃性が高いんだ。言葉も魔力も。今までよく隠してこれたなと感心するほどだが。本当に、自分の事しか頭にない。自分が楽しむことしか、な」


 実際に交戦したドミニクの言葉である。嘘は言っていないだろう。


「……他人を傷つけることに、躊躇いがないんだ。お前は。致命的だと思う」

「もしかして……なんか、言いました? 私」


 ドミニクは無言で首を縦に振った。記憶にはない。ただ、そんなことを言ったような気が、しないでもないような。


「オーウェンの提案を受けるつもりだから今戦ってるんだろうとか。俺に、本当は人殺しがしたくてたまらないんだろうとか、お前を、殺したいんだろう、とか」


 言って、いた。


 ドミニクが膝の上で作った握りこぶしが、傍目に分かるほど震えていた。


 自分の口から言う事すら憚られるに決まっている。けれど今彼が言ったことは、シャルロットが不意に考えたことでもあった。


 ドミニクが、自分を殺したいと思うことはあるのか。立場や理念を度外視して保身だけ考えれば、オーウェンの提案も悪くない。


 流石に言うのはマズいと思って黙っていたのに、言ってしまったのか?


 そんな、ドミニクを侮辱するようなことを?


「それは、その……すみませんでした」

「……悪いことだと思ってるなら、いい」


 ──そう。人間と対峙した時、敢えておちょくるような態度をとることも。法を守る理由が〝守った方が得だから〟なのも。感情的にならないよう、怒らないよう常に気をつけていたのも。


 全部、己の攻撃性を隠すためだった。


 傷ついて、苦しんで、悲しくて。誰かから何かを奪うことが、苦痛をもたらす事であると、分かっていたから。極力抑えて、余計な諍いを起こさないようにするのが一番だと。


 まぁ、力で分からせた方がいいこともあったから、判断次第ではあったが。


「お父さんがいなくなって、悲しかったのは当然なんですけど。それがなかったら、悲しいこととか苦しいこととか、何も知らずに育ってたらどうなってただろうって……思うことは、あります」

「──そうか」

「もしかすると、ノイエさんのおっしゃってた私の前世とか前々世とかは、そうやって自己中心的に育ちきった私だったのかもしれませんね」


 傲岸不遜にして、天上天下唯我独尊。その性が、ないわけではない。


「勘弁してくれ。俺の心労がとんでもないことになる」

「ひょっとすると私が武力面に全振りで、ドミニクさんはお目付け役的な立場だったのでは」

「あり得そうだな。とすると……俺が表に出るのが初めてと言っていたのはつまり、お前の力だけでどうこうできない問題が発生しかねない──ということか?」


 それはそれで困る。


 二人して今後を憂いてため息をつくと、同じタイミングだったので顔を見合わせた。


「……あと、すいません。もう一つ」

「なんだ」

「止めてくれて、ありがとうございます」


 頭を下げる。ドミニクは無言で見ているだけだった。


 何となく、自分が何かをやらかす予感はしていたけれど。ここまで大規模な騒ぎになるなんて思っていなかったのだ。せいぜい、人を殺すか殺さないか、そうなったら止めてほしかっただけだが、まさか市街地丸ごと破壊しかけたとは。


 正気に戻って考えるとぞっとする。最終的に出たであろう死人の量に、ではない。


 人間を手にかけた実感もなく、人を殺せた可能性があったことだ。


 それでは──命の重みが、分からなくなる。


「罪のない人を殺すところでした。ありがとうございます」

「……それは、前科持ちになるからか」


 ミアやオーウェンとの会話は、全て筒抜けだった。シャルロットが言ったことだって、ドミニクは聞いていたはずだ。


 〝人殺しをしないのは、刑務所に行きたくないから〟


 知られたくなかった。ドミニクの様に矜持と高潔さを持った男の横に立つには、少し後ろめたかった。


 内面が、こんなに深く暗いのに。


「……ほんとだったんですねぇ。魔女がどうのって話」


 やはり他人事のように、シャルロットは呟いてテーブルの上を指さした。


 入院中は、事情聴取くらいしかやることがなくて暇だった。なので、ジオに頼んでアズテック諸島とポントス民族の歴史を纏めた本を持ってきてもらっていたのだ。既に読破済みである。


 過去数回に渡り、アトラシア大陸に入植し開拓してきた移民たちと、現地住民だったポントス人たちとの紛争があった。


 初期の頃は持ち込まれていた空母やイージス艦、実弾兵装が魔法に対して有効だったが、ポントス側が対処方法を確立すると劣勢になったのだという。


 その時、移民側の救世主として現れたのが──元々はアトラシア大陸の外からやってきた移民の中から産まれた、魔法士だったそうだ。


 〝魔女〟と銘打ったのはポントス側。自分たちと同じ魔法を扱いながら、移民に組している悪として呼ばれるようになった魔法士は、現れてから都度、姿や出生を変えて何度も紛争史に現れることとなる。


「歴史書か」

「ジオさんがご実家にあったのを持ってきてくれました」

「実家? そうか、元々はここの出身だったか」

「子供の頃はエルさんと二人、悪ガキとして良くも悪くも有名だったみたいですね~」


 個体としては別人なのに、必ず白い衣装と判別できない暗い魔力を持っている事から、〝白き魔女〟として記録に残った。使用する武器も、長距離攻撃が可能な魔導弓か杖だったらしい。銃をメインウェポンに据えたのは、記録上シャルロットが初めてか。そういえば葬儀官の制服や武装も白ベースなので、ノイエが正体を看破したのも身なりが聞く通りだったからだろう。


 強力な魔法障壁で船舶を魔法から守り、時に乱射で広範囲の空間制圧を行う。戦闘スタイルもシャルロットと似通っている。


「……本当に俺の……前世の記録はないんだな」


 歴史書を丁寧に扱い、目次を確認したドミニクが言った。


「でも長官の話だと、二人一緒でいるときは世界的な変化が起こってたって話なので……一人で来てたか、別行動してたかってとこです?」

「単独でこの影響力か……いやまぁ、納得だが」


 静かに歴史書を閉じて、サイドテーブルに置く。ドミニクはゆっくりと足を組み、言葉を選びながら口を開く。


「……全く。よくよく考えれば分かったことだった。対処のために呼んだお前が、予知夢の内容の張本人だとはな」

「ですよねー。ほんと、呼ばなかったらそれで解決してたじゃんって話で」


 軽い口調でシャルロットが言うと、ドミニクが細目で見つめてきた。


 お前が言うかお前が、とでも言いたげである。


「……なんですか、ちゃんと反省してますよ」

「嘘だな」


 嘘だ。やはり分かるか。シャルロットは口をへの字に曲げて、ドミニクから顔を反らす。


 横目でちらりと見やると、ドミニクはじっとシャルロットを見続けていた。どこか責めているように感じて、いたたまれずに布団を口元まで引き上げた。


「悲壮感がない。止められなかったら何千人殺すつもりだった、お前は」

「人口何万人でしたっけ、タイトロープ島って」

「……万単位だ、パムリコ島よりは遥かに多いだろうな」


 アズテック諸島でも東端にあったパムリコ島と、中心地であるタイトロープ島では人口の比が違う。


 ドミニクは、〝俺以上の災害を引き起こしていたらどうするつもりだった〟と問うている。


 人間で、キャンサーではないから処されぬ道理がなく。生かされる理由もなく。


 シャルロットは寝返りを打って窓際を向き、ドミニクに背を向けた。体を動かしたことで胸部が痛むが、その痛みすら、現実逃避をするのに心地よかった。


「……軽蔑しますか」

「何をだ」

「……こんな性格なの」


 やっぱり。


 人を殺すところだった実感はなくて。


 己の行いに対する怖さもなくて。


「──何も思ってないです」


 ドミニクやジオ達のおかげで未然に防げたとはいえ、余人であれば心底反省する事案だろう。自己都合にかまけてトランスした挙句、一人を殺したいがために多くを危機に曝した。事件となっていれば、魔法使用のライセンスはく奪か、特別葬儀官として働けなくなる可能性だって十分にある。


 そう考えて、そういう所だ、と自分を叱責した。


「……自分の事ばっかり考えちゃいます」


 真っ先に心配するのは自分のこと。


 次に自分の大事なもの。


 その次が、他の人。


 度外視するのが、気に入らない人。


 優先順位の中に、社会道徳一般は存在していない。


「嫌じゃないです?」

「何がだ」


 ドミニクは聞くだけだ。


 ずるいと思う。


 内心分かっているだろうに、わざわざ自分の口から喋らせるのは。


「……ちょっとは察してくださいよ」

「言わないと分からないと言ったのはお前だぞ」

「……そうでしたね」


 不満を垂れたって、今は不貞腐れているようにしか見えないだろう。


「……自分の相棒が、倫理観ないの」


 ──似つかわしくないのではないか、と思うことは度々あった。


 誰が見ても清廉潔白な男だ。確かに顔は強面でおっかない雰囲気はあるが、普通に義理人情に生きているのは早々に感じとれる。


 やはり、眩しいのだ。紆余曲折あってこんな人生を送っているが、本当は──自分のような人間と、関わることなどなかったのかもしれない。


 ツインレイなどでなければ。ドミニクは自分の事を嫌ったかもしれないのが、怖いのかもしれない。


「なら俺が補えばいいだけの話だろう」

「そういう問題じゃなくって。だってドミニクさん、この間の止められてなかったら絶対病んでたでしょう? 『俺がちゃんとしてればこんなことにならなかった』って」

「そうだな。まぁ、責任はある。欲を言えば、お前がトランスするのに間に合っていれば、どうにか説得できてブラックアウトも回避できたかもしれんが」

「だから、やったのは私で、ドミニクさん関係ないじゃないですか。めんどくさくないです? 他人の責任肩代わりして、起こったことどうこうできたって後から悔やんで」

「……何が言いたい?」


 あまりに責任感が強い男に、不要な重荷を負わせることになりはしないか。


 ──否。単純に、お前には付き合いきれんと捨てられるのが怖いのかもしれない。

 そんなこと、あるはずないと魂が分かっていても。


 心は、どうだろう。


「魔女だとか言われる女、横に立たせてていいんですか」


 かぶった布団の裾を握りしめる。


 今だけは、ドミニクの顔を直視できなかった。


 どうしてこんな女々しいことを言っているのか、我ながら馬鹿馬鹿しくなってくるものだが。


 分かっているのだ。だからこそ。


 己が大よそ善人でないのが理解できているからこそ、善人の横に平然と立つことに、漠然とした不安がある。


「はぁ…………とうの昔に、結論なんて自分で出してる癖に。何を言ってる」


 呆れと共に、ドミニクが盛大に息を漏らした。


 再び寝返りをしてドミニクに向き直り、恐る恐る布団の端から顔を出す。


「悪いと思ってるならまだマシだって、お前が教えたことだろうが」


 ドミニクは組んでいた足を解き、何故か姿勢を正してじっとシャルロットを見ていた。


「お前は自分がロクでもない人間なのを分かっていて隠していた。俺は多くを殺したことが罪だと分かっていた。お前が俺を肯定するなら、その逆も然り、だ」

「……それは善悪の話でしょう。罪と罰の話ですよ」

「違わんだろう。お互い、必死に真人間のフリして生きてるってことだ」


 まだストッパーがあるだけいい。効いてるうちに、止められる。


 ドミニクは言う。


「大体、魂が真っ二つになって俺もお前も極端なんだろう。お前が何者であろうが、側から離れるつもりはないぞ。お前以外に背中を任せられる奴はいないからな」

「……またそういう口説き文句みたいなことを……」

「本音だが?」


 だからたらしだなんて言われるのだ。


 ジト目で見ていると、何故かドミニクが薄ら笑った。


 あ、これは調子に乗るやつ。口を止める間もなく、ドミニクがにやけながら続けた。


「なんだ、足りないか? お前がトランスしようものならこの間みたいに止めてやるし、怒りで我を忘れそうになったら引き留めてやる」

「~~~~っ、いいですいいです、確信犯でそういうこと言うのやめてください」

「魔女だろうが何だろうが、俺が隣にいるのを許すのはお前だけだ。そこに、お前の性格は考慮されん」


 この男、たらしと呼ばれたことを逆手にとって武器にしてきたな?


 鼻で笑ったドミニクだったが、明らかに穏やかな表情をしていて。強烈な言葉と似つかない顔に呆れ果ててしまう。


 放置すればどれだけでも背筋が凍るような台詞を吐きそうだ。起き上がり、布団を引っぺがすと、穴が開いた胸が痛んで咄嗟に胸を抑えた。


「いきなり動くな、傷が開く」


 気にしてくれるのはありがたいが、やはり距離が近い。支えるために伸ばされた手はするりと躱して、掴みあげた布団で壁を作る。


「だーかーらーぁ! 急に近づいてくるの何とかしてくださ……っ痛た」

「少し落ち着け」

「誰のせいだと思ってんですか!」

「気は晴れたか」


 慌てて目を白黒させていたシャルロットは、ドミニクの不意の問いかけで我に返った。


 いつの間にかペースを乱されている。不安な気持ちも、どこかへ行ってしまったようだ。


「……ほんとに、いいんですね?」

「当たり前だ。これからも頼りにさせてもらう」


 別に、付き合っていると勘違いされることもあるが、ドミニクとの関係性はそうではない。


 互いが互いの手綱を握り、必死に制御している状態だ。力関係でも、人間関係でも。


 出会ってしまった以上、どちらか片方が欠けてしまえば成立しない。


「……じゃあ、私が休職してる間、ヘマしないでくださいよ」

「大丈夫だ。ジオ達がやる気満々なんでな──ところで」

「なんです」

「休職じゃなくて停職だぞ。お前、自分がやったことの責任はちゃんと取れよ」

「は?」


 少し咎めるように言ったドミニクの言葉に生返事を返す。


 責任って言ったって、ブラックアウトの件は、原因不明で処理されたので公的な処分はできないはずだが。


「三か月給料七割減、一か月出勤停止だ。追って長官から連絡が来るだろ」

「はぁーーーーーーーっ⁉」


 どうやらしばらく節制して生活しなければならないようだ。


 続いたドミニクの台詞に、シャルロットはこの日一番の悲鳴を上げることになった。


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