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ツインレイ・オブ・スターシード  作者: 露藤蛍
MISSION:2 Awakening the White witch
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第五章 閉塞輪廻性は変わらず 4

 オーウェンを殺すための刃を阻んだ男に、シャルロットは動揺を隠せなかった。


「……いいか、今すぐ止めろ。正気に戻れ。魔力生成を止めろ」


 どこか焦った様子で、全身に青白い魔力を漲らせたドミニクが言った。


 何故彼がオーウェンを殺すのを止めるのだろう。彼だって体を弄られて散々な目にあって、憎たらしいはずなのに。


 何故彼が、オーウェンを庇った?


「……街ごと全員死ぬぞ。もれなくお前も、俺達も」


 ドミニクは少々息を荒げているが、普段よりも身に纏う魔力が濃い。魔力生成でコートの裾や袖がはためくほどだ。


 とはいえ、ドミニクの言葉がピンとこない。全員死ぬなんて、何を根拠に言っているのか分からなかった。


「ジオの予知夢だ。あの状況になってる。引き起こしてるのはお前だ」


 ジオが視た予知夢ってなんだったっけ。ぼんやりと思い出して、タイトロープ島が砕けて沈む風景だったことを思い出す。


 まさか。シャルロットは内心鼻で笑った。


 いくらトランス状態になっているとはいえ、島一つ壊すなんてできるはずがないだろう。ドミニクでもあるまいし。


「まさかぁ。じゃあ退いてください。そいつ、殺すので。死んだら落ち着くでしょうし」


 ただ、止めろと言うのならやめた方がいいんだろうな、なんて漠然と思って、シャルロットはオーウェンを指さした。ドミニクが仇敵を庇うように立っているのが、酷く気に入らない。


「駄目だ。下がるのはお前だ」

「なんでです」

「お前に殺しはさせられない」

「……じゃあ、殺すのはドミニクさんに譲りますけど」

「俺もこいつを殺さない」


 どうしてだろう。毅然と立っているドミニクは、何故私を阻むのだろう。


 首を傾げて様子を窺うと、ドミニクは険しい表情を崩さないまま問うてきた。


「今、お前が何をしているのか理解できているか」

「……そいつを殺そうとしてます」

「無意識か──いいかシャルロット。今お前は市街地を覆う過重力の力場を張っている。街も人も砕けて皆死ぬぞ、それがお前の望みか」


 タイトロープタワーの骨組みが負荷に耐え切れず悲鳴を上げている。


 事ここに至って、シャルロットは自分がある種の魔法を発動していたことに気付いた。範囲内にある魔導機器や生物内の魔力の動きを停滞させ、動作不良を引き起こす固有魔法。幼少期に比べて魂や精神が成熟したため、魔力出力に応じた威力を持っただけ。名前はないが、決まって怒りの沸点がピークに達した時には同じ現象が起こっていた。


 でも止め方が分からない。発動方法も解除方法も、未知の固有魔法だからシャルロット自身の制御下にはない。


 ああうん、これは、確かに市街地くらいなら岩盤が砕けそう。でも一緒に自分も巻き添えになるだろうし、それは嫌だけれど──島が砕けるより優先する事象が、今はある。


「……私の望みなんて、今そこで転がってる人を殺す事だけですけど」

「いつも俺に抑えろと言うお前が、人を殺したがるのか」

「だって理由ありますもん。お父さん殺して、ドミニクさんも弄って、また私にちょっかいかけてきて。死ぬべきだと思うので、殺します」

「シャルロット」


 ドミニクは再三名前を呼んだ。どこか責め立てるような声色で、聞いているのが不愉快だった。


「死ぬべき人間はいない。こいつは法で裁かれるべきだ。だから殺さない。生きて司法の場に突き出す」

「できません」

「何故だ」

「この男を司法の場に出したら、ドミニクさんが私の横からいなくなるから」


 仮に、先日オーウェンが言ったことを本当に行われるとして。そんなことが起これば、ドミニクはパムリコ島の癌災害を起こした張本人として拘束されることになるだろう。


 また、全てを隠して匿っていた葬送庁も責任を問われる。様々な事情が重なっていたとはいえ、一般市民が理解できるはずもない。デメリットがありすぎるのだ。


 キャンサーなら殺せと言うだろう。殺した末、返り討ちに合うとも知らずに。そうなれば、別に自業自得だからシャルロットに守ってやる義理もないし、ひとまず死んでいいからドミニクを止めないと思う。


 ここでオーウェンを殺さなければ、ドミニクを守れない。生死すらツインレイとして紐ついている存在が居なくなってしまうのは避けたいところだ。


「絶対に司法だけじゃ済みません。そいつはいいけど、ドミニクさんが。貴方が何も知らない馬鹿な一般人に責め立てられるのは見たくないので」

「……それが俺の罰だと言ったら」

「──だから」


 これまで何度も聞いた言い訳に、シャルロットはあからさまに表情を険しくした。


 彼が法を順守するのなら、法外で嘲りを受けるのは間違っている。感情に任せて正義に酔って、自分の正しさを信じて疑わない奴らなんて、死んでしまって構わない。


 ──死者に貴賤はない。死んでしまった後なら、きちんと葬ってやるけれど。


「ドミニクさんへの罰を決めるのは、ドミニクさんじゃないです。一般人でもない。この分からず屋」


 冷淡に言い放って、つかつかとドミニクに歩み寄る。彼は抜き身の愛刀を下ろしたまま、至近距離まで近寄ったシャルロットを見下ろしていた。


 常と変わらない、蒼玉のように深い青と、暗がりを照らす三日月が如き瞳孔。至って冷静であるらしい。違いは、魔力放出ではためき続けるコートだけ。余裕は一切失われている。


「退いて」

「断る」

「だから、なんでです」

「お前の力は死者を弔うためにあるものだ。死人を増やすための力じゃない。溺れるな。お前は何も分かっていない。自分の力の使い方も、威力も、何もかもだ」


 ──分かっていないのは、そちらでは?


 私が本当はどんな人間かなんて、まだ教えていないのに。


「お前に殺しはさせられない。いいから大人しくして、この魔力放出を止めろ。島ごと粉砕するつもりか、俺と同じことを真人間のお前がするつもりか! もう大勢が意識を失ってる、長引けばどうなるか分からないんだぞ!」


 ドミニクに怒鳴られたのは、数か月前、病室で彼の過去を暴いた時以来だった。


 けれど状況が違う。彼は間違いなく、シャルロット自身の事を想ったうえで言っている。


 ──自分と同じことをさせたくないのだ。多くを殺した、自分自身と。


 それだけは、シャルロットの心に芽生えた善性の欠片と、同じ理由だ。


「それはそれ、これはこれでしょう。じゃあ止めてくださいよ。言ったでしょう? 何かあったら、って」


 挑発するようにドミニクに言う。元より命令されると反発したくなる質だし──オーウェンを殺したい気持ちに、偽りは欠片もない。


 だったら力づくで止めてみせてほしい。それができるだけの力は、あると思う。


「できるんでしょう? ねぇ」


 挑発するように悪い笑みを浮かべ、背伸びして顔を寄せる。驚きに目を見開いた彼は、右腕を振り上げて魔力を放ち、衝撃に煽られてシャルロットは距離をとった。


「エルさん! やってくれ!」


 ドミニクが声を張り上げ、エルを呼ぶ。この状況下で浮遊魔法を使っているエルが、割れたガラスの向こうから杖槍を向けていた。


 意識が外縁部に移る。隙を縫ってドミニクがオーウェンとミアの体を抱きかかえ、離脱の準備を始めた。


「〝炎牙えんが二式・猩々灼火(しょうじょうしゃっか)〟!」


 大火球が展望デッキに撃ち込まれる。シャルロットが無造作に右手をかざすと、床に停滞していた魔力が蠢いて前方に展開した。


 魔法障壁は作らない。濃密な魔力を反応させれば、大火球とて一瞬で結晶化させられる。


 紅紫の渦に吸い込まれたエルの大火球は、圧縮されて中程度の魔石に代わり砕け散った。間髪入れずに地上から放たれた煙幕弾が、展望デッキを白い煙で埋め尽くす。


 魔法ではない物質の白煙は、恐らくジオのもの。


「視界だけ奪った程度で──」


 全身から魔力を放ち、衝撃で煙幕を払う。ドミニクは窓から飛び降りた後で、外にはまだエルがいる。


「おい、スモーク一瞬しか効かねぇのかよ……!」


 過重力に耐えることで必死なのか、汗だくで杖槍を向けるエルが再び魔法の発射に移る。彼の事だから、数瞬で準備は完了するだろう。


 シャルロットは無言でドミニクを追い、展望デッキから飛び降りる。突入前は明るいオーロラも星も見えていた夜空が、今は黒い魔力に覆われて見えなくなっていた。


 街並みから命が全て消えたようだった。人の営みも何もかも、全てが消えて闇に包まれている。いたるところから地鳴りが響き、さながら星が押しつぶされて悲鳴を上げているようだ。


 ほんとに魔力が停滞してる、なんて他人事のように思う。


 これを自分がやっている、なんて実感は、まだなかった。


「なんだ、ちゃんと魔力使えてるじゃん」


 ぼやく。あばらを折られ、背中を強打した痛みすらない。暗がりにいる割に視野は明るく開けているし、落ちているのに浮遊感すら感じる始末。


 最高に気分がいい。こうして遠慮せず魔力を作るのは、子供の頃以来だ。父がいないことをからかわれて、カッとなって相手を叩きのめした後くらい。大抵、しんどくてすぐに意識を飛ばしていたけれど。


 なんだ、ちゃんと使えるじゃないか。体が成長したからだろうか。


 別に子供だったからうまく魔力を使えなかっただけで、本当は魔導機器を使わなくても普通に戦えるんじゃないかとも思ってしまう。


「そっかぁ、普通の人ってこんなに苦しまずに魔力生成できるんですね」

「馬鹿野郎! お前トランス状態なんだ! 呑まれてどうする、魔力制御で大事なのは自我を保つことだって言っただろ! 体が持たねぇぞ⁉」


 体も動かさず、意識だけで魔力操作ができるなんて。


 とても楽しい。エルが怒鳴りながら振り下ろした雷撃は、上方に魔力を集めるだけで弾き返せた。


「チッ……! ホワイトフィールド、早く戻って来い! 俺一人じゃ割に合わねぇ!」

「ふふ──ドミニクさんが戻ってくるのと、エルさんが落ちるの、どっちが先でしょうねぇ?」


 楽しい。


 嬉しい。


 魔導機器無しで固有魔法を使うのがこんなに愉快なのは初めてだ。


 せっかくだし、大砲のキャンサーが使っていたあの子機砲身を真似してみよう。


 くすくすと笑いながら、シャルロットは思うがままに魔力を振るう。


「〝砲門展開オープンファイア、一番二番。強襲形態アサルトモード装填ロード〟」

「おいシャルロット!」

「〝照準エイム砲身バレル弾倉シリンダー良し(オールグリーン)──発射ディスチャージ〟」


 集めた魔力が背後で小銃となり、先端に帯状の魔紋が砲身として浮かぶ。魔法を発動するための子機となるマルチビット。形を変えれば、盾から銃まで思うがまま。魔力を乗せた思念で動くなら、最早手で握る必要もない。


 照準を向けた先は、浮かび続けるエルその人。最早シャルロットの思考の中から、殺す殺さないすら消し飛んでいた。


 魔法小銃ライフルビットから魔力が放たれ、砲身を通して圧縮された照射弾の二本がエルへと向かう。咄嗟に移動したエルを追い、薙ぎ払うように小銃を動かして、バックブラストによる後退でブレる射線を補正する。


「だから止めろっつってんだろ、この馬鹿弟子がァッ!」


 エルが吼え、追尾する照射弾から逃げながら杖槍を振るった。


「〝凍華とうか四式・銀嶺波濤ぎんれいはとう〟──ッ!」


 シャルロットの周辺温度が一気に下がる。魔力もろとも、大気中の水分が凍り付いて体に霜が降りた。


 いつだったかミアが氷山を作るのに使った、汎用魔法の四式、干渉系の中級魔法。ただ、ミアと違って位置指定が緻密だ。閉所に魔力を集めれば集めるだけ、威力は濃縮されて激増する。やはり腕前は何倍もエルの方が上。


 服に降りた霜が一気に広がり、体から氷柱が生える。冷たい氷塊に動きを阻害されて尚、高揚したシャルロットの気分は駆け上がるばかりだった。


 ──過重力と魔法が失敗するほど魔力の動きを制限されている状況で、ここまで見事な魔法を使ってくるなんて。


 なんだかゾクゾクする。高揚に震えあがる体が、〝銀嶺波濤〟の氷に覆い隠されていく。固い氷の中から、エルが杖槍を振り上げたのが見えた。


「〝天津雷・驟雨の兆し、炎天覆う巨濤に果て、彼方よりここに来たれ〟!」


 詠唱がある。形態化された汎用魔法ではない。槍の穂先に集まった魔力が水となり、細く伸びて龍のように変形する。バチバチと白雷を帯電させている水龍は、簡易の使い魔とも呼べるだろう。


 エルが杖槍を振り下ろす。水龍が咆哮を上げ、シャルロットを包み込んだ氷塊に噛みついた。


「〝ヴァッサーフォール・ブリッツ〟!」

「〝一番二番、防御形態ディフェンダー再装填リロード──展開デプロイ〟!」


 体は動かないが、幸い二本の魔法小銃は動かせた。大きく口を開けた水龍の口内に展開し、詠唱で形態変化を起こす。小銃は平たく形を変え、大きな盾となって水龍の顎を開いたまま固定した。


 白雷が氷塊を砕き、めきめきと盾が悲鳴を上げている。魔法障壁と同等の強度を持つ魔法盾シールドビットは砕けない自信があるが、遠心力と重力も乗った速度を止めることはできない。


「このまま落ちろッ、馬鹿野郎!」


 体に雷が打ち付けても、やはり痛みはなかった。咳き込んで血を吐きながら、地面まで真っ逆さまに落ちる。タイトロープタワーから滝の如く落ちた水龍は、シャルロットを顎にとらえたまま地面に叩きつけた。


 咄嗟に盾を一枚背後に回して防御し、直撃は免れた。とはいえ、叩きつけられた衝撃の後に電荷を纏った水の塊を打ち付けられては、相応のダメージはあるというもの。


「っぐ、げほっ、ごほっ……は、咳が止まらないん、ですけど」


 相変わらず痛みはないが、全身に回った電流で痺れはある。加えて体の稼働率が悪く、特に背中あたりは曲げにくい。


 ただ、それがどうしただろう。シャルロットの脳内にはオーウェンを殺すことしかなく、エルの妨害もドミニクの説得も、自身の命題を阻むものとしてしか認識していなかった──できていなかった。


 ドミニクでは飽き足らず、以降も思うままにキャンサー兵器を作っていたなど、到底許せるはずもない。


 あの男をここで仕留めなければ、どれだけの人間が不利益を被るか、分からないというのに。


「ホワイトフィールド、後は任せる。お前の相棒だ、ケツは拭けよ」

「当然だ──ミア・ヴェルトの方は、意識がある」

「……そうか」


 座り込んで咳き込み、血を吐き出す、目元を雑多に拭うと、ブラウスの袖が赤黒く変色していた。充血しすぎて血管が切れたようだ。そういえば暗く滲んで視界が悪い。


 分担した役割が終わったのか、エルはシャルロットに背を向けて、妹を保護しているジオの下に駆けていった。追撃をかけようと地面に突き刺さった魔法盾を魔法小銃に戻して向けるが、ドミニクの刀で一閃される。


「……エルさん、なんであんなに動けるんです? あり得ないでしょ」


 折れた魔法小銃は魔力に戻し、再生成しながらドミニクに問う。


 地上を見渡せばそこかしこで人間が倒れている。魔法の心構えがあるオーウェンですら卒倒した加圧空間で、何故浮遊魔法を使い、大規模の固有魔法が使えるのか。


「グラナート海岸に行くとき使っただろう。これだ」


 ドミニクは言って、地面に何かを投げ捨てた。青い外装のショットシェルは、ドミニクのクラウィスに使用する専用弾。確かに、内包されたドミニクの魔力を身に纏ってコーティングし、一時的に魔力の影響を無効化する策をとった。


「それでも動くのすらしんどかったらしいが。流石は稀代の魔法士だな」


 なるほど、それなら頷ける。動けないにしろミアが意識を保てていたのは──間違いなく、ドーピングで魔力出力が上がっていたからだ。どれだけ強力な薬剤を使っていたんだ、という話にもなるが。


「なるほど。すっかり忘れてました」


 ゆっくりと立ち上がって、シャルロットは修復を終えた小銃二本に加え、もう二本を追加で生成した。四丁の魔法小銃を携えて右腕を振り払うと、右肩をカバーするよう大きなケープが現れる。全身に魔力をたぎらせれば、機能停止したバトルブーツを補強するように紅紫の結晶が覆った。


 まだ終わっていない。まだやれる、体は動く。むしろここからが本骨頂。であれば、諦める理由がどこにも存在しない。


「〝一番から四番、強襲形態アサルトモード再装填リロード〟」


 殺意がみなぎる目をドミニクに向けると、彼は呆れたように深くため息をつく。


「……まだやるのか」

「オーウェンを殺すまでは」

「私刑にしかならん。止めろ」

「自分の一存で死にたがってた人が、よく言いますね」


 鼻で笑うと、図星だったのかドミニクは顔を伏せて黙り込んだ。


「退いてください、ね? 悪い事は言いませんから」

「俺にはお前を止める義務がある。力尽くでな」


 声色を変えず、ドミニクが愛刀を構えた。


 居合の一撃で落として来るかと思ったが、そうではない。彼としてはあくまで、シャルロットを傷つけないことも目的の一つなのだろう。


 条件は、シャルロットとしても同じ。ドミニクを殺すつもりなど毛頭ない。よって現時点でとるべきなのは、妨害行為の一択になる。


 強烈な踏み込みで斬り込んできたドミニクをの一閃をケープで防御する。柔軟性のある魔法障壁でできたケープは斬撃を防いだが、青白く軌跡を残した一撃は重く、両足が地面にめり込んだ。


 衝撃を受け流し、四本の小銃をドミニクの周囲に配置して照射砲を継続射撃。器用に照射砲をはじき返し、避けながら刀を振るうドミニクを、ケープの裏から発生させた結晶片で迎撃し、時折蹴り飛ばしながらシャルロットは思う。


 調子が狂う。ドミニクの魔力を受けると、魔力が緩んで小銃が制御を失うことがある。加えて速度が早く、照準が追い付かない。


 味方なら心強い男だが、敵に回すと厄介極まる。とはいえ──本気を出してドミニクに致命傷を与えることのほうがリスクだ。



 でも、とっても楽しい。



 そんな前提条件が頭から吹き飛ぶほど、ドミニクを相手に戦っているのが、愉しかった。


 自然とほくそ笑んでしまう。次の攻撃は捌いてくれるだろうか。人への殺意が魂に刻まれているドミニクの衝動を受けてみたい気持ちが、腹の底から湧き上がってくる。妙な高揚感で、シャルロットの変色した瞳は瞳孔が開きっぱなしで黒ずんでいた。


 そういえば、オーウェンがドミニクを誘っていたなぁ。アレに関しては、確かに合理的だと思う。何も聞いていないけれど、ドミニクはどう考えているのだろうか。


 饒舌になった口は、普段ならあり得ない嘲弄ですら止まらない。


「ドミニクさん、ほんとはオーウェンの提案を受けようとか思ってません? そうですよ、ドミニクさんが今まで通りに生きたいなら、私を渡しちゃった方がいいんですもん! ふふ、うふふふふふ!」

「お前っ、なんでそんなこと言うんだ……!」

「それとも私と全力で殺し合ってみたかったんです? 殺してみたかったんです? そうですよねぇ、ドミニクさん、人間殺したくって仕方ないんですもんねぇ!」


 距離をとったドミニクが、一度刀を下ろした。悲懐に顔を歪めて、堪えるようにゆっくりと納刀したドミニクは、左手でベルトから鞘を抜き放つ。


 居合の態勢をいつでも取れるのは脅威だ。ただ、ドミニクは腰を落として構えようとせず、左手で鞘を握ったまま。小さく俯いて、唇を真一文字に引き締めている。


「お前から見ても、俺は、そうなのか?」


 ドミニクは問うた。


「それがお前の望みなのか?」


 顔を上げたドミニクは、今まで観たこともないほど目尻も眉尻も下げていた。


 表情筋を全て使って悲哀を表現すると、こんな顔になるだろうか。普段の厳めしさが消え去っていた。


 弱く、脆い。触れたら崩れてしまう、敏感な精神を反映したかのような。


「いーえ? でもその方が合理的で効率的だし、事実では?」


 けらけらと笑いながら返事をする。


 酷くドミニクを傷つけた気がしたが、理性などどこかに吹き飛んでしまって、止められなかった。


 止まらなかったのだ。


「…………そんなことを、お前に言われるなんて……思って、なかったよ」

「本心ですけど?」


 首をことんと落としてあっけらかんと言い放ったシャルロットに、ドミニクはコートの裏地を青白く染めて答えた。


「なら──もう、黙れ。そんなお前は、見たくない」


 ドミニクが納刀し、柄頭で刺突を繰り出した。とうとう真剣で斬る気すらなくなったか、別に斬らなくても制圧可能と思われたのか。侮られたと思い込んだシャルロットは目を剥いて吼えた。


「そう言われましても! ドミニクさんが引いてくれたらさっさと殺してさっさと魔力放出も抑えますけどね⁉」


 シャルロットは体を捻って刺突を躱し、ケープを振り払ってドミニクを弾き飛ばす。続けざま、受け身をとったドミニクに向けて右腕を大きく天に突き上げた。


 周囲に滞っていた紅紫の魔力が一気に凝縮され、幾本もの棘が地表を貫く。ドミニクの動きを阻むよう体に刺さるギリギリを掠めた棘は、槍と見間違う程の長さを誇っている。


「──トランス状態なんだぞ、できない癖に……ッ」


 体の隙間と言う隙間に棘を打ち込まれ、ドミニクは身をよじって直撃を避けるが、一瞬で指の一本も動かせない状態に陥った。小銃四本を周囲に配置して、射撃体勢を維持したまま置いておく。


「ドミニクさん、動いたら撃ちますから。今は加減ができる気しないので、止めてくださいね?」


 ひとまずドミニクはこれで大人しくさせたとして、残りはエルとジオ。特にジオが問題だ。彼は魔力が効かないから、普段と変わらないパフォーマンスを発揮できる。


「さてと。できれば大人しくしててほしいんですけど」


 少し離れた場所で、エルがこちらに杖を向けている。


 相変わらず昏倒したオーウェンはそのまま、まだ意識のあるミアをジオが介抱しながら、実銃を向けている。


 ジオ達兄妹に興味はない。その後ろのオーウェンを殺せれば、シャルロットは満足だ。


 父の仇なのだ。どんな思惑が蠢いていたにせよ、実行犯はこの男だから。


 殺さなければ気が済まない。復讐は何も生まないなんて綺麗事は、聞きたくない。


 殺したいから殺す。理由なんてそれで十分だろう。


「……シャルロットちゃん、散々傲慢だのなんだの言われたんだって?」


 ジオが銃を構えながら言った。彼の腕の中にいるミアは、もう息も絶え絶えだ。処置をしなければ死ぬだろう。


 まぁ、構わないが。自分を陥れようとしてきた人間に対して、与える慈悲など毛頭ない。


「その傲慢さが、君の弱点なんだよ」


 言葉と共に、エルが魔法を放つ。


「〝嵐牙らんが五式・浦風うらかぜ〟」


 シャルロットから放出される濃密な魔力が、突風に煽られて動きを変えた。エルたちを包み込む形で渦巻いたのは、自己発信した魔力で周囲に影響を与える、汎用魔法の五式。守勢に優れた闇属性の魔力を巻き込んで、全周を覆う防御結界にしたのか。


 知恵が回る。ただ、構成する魔力はシャルロット自身のもの。干渉するのも容易い。


「自分の力を過信して、慢心する。誰であってもそういう気があるのはよくないね……誰であっても、だよ?」

「馬鹿が、背中を向ける奴がどこにある!」


 エルが叱りつける声と共に、結界の中でジオが苦笑いしていた。彼には暗く圧力がかかり続ける空間ですら、常と変わらず見えているはずだ。


「──心外だ。この程度で止められたと思われるのはな──ッ!」


 背後からドミニクの唸りと共に、バキリと結晶が折れる音がした。



 ──待て。



 ドミニクは納刀していなかったか? 何故エルは攻撃でなく防御を行った?


 小銃が魔弾を発射した気配で振り返る。照射弾の直撃を身に纏った魔力で相殺しながら、ドミニクが棘をへし折って居合の態勢をとっている。


 あれは、届く。確実に。


 慌ててケープで体を覆い、小銃も防御形態にしながら呼び戻す。ドミニクが鯉口を切ったが、手元に戻ってきた小銃の変化が間に合わない。


「──〝星河一閃〟!」


 鞘から燐光が噴き出し、ドミニクの一閃が魔力を含めた大気すら斬り裂いた。


 居合の衝撃が静止していた木々や建物を揺らし、一瞬で重く暗い空気が祓われる。


 ちりちりと青く輝く星々の如く、閃光と共に振るわれた一撃は小銃を粉砕した。魔法障壁のケープを真っ二つに斬り裂き──真一文字にシャルロットに襲い掛かった。


 息が詰まる。圧縮された空気が、血と共に肺から溢れて口端から漏れる。


 心臓が止まった気がした。びりびりと皮膚を電流が走り、筋肉が硬直する。遅れてやってきた爆風に耐え切れず、シャルロットの体は枯れ葉の様に吹き込んだ。


「対人用の剣術じゃないんだ、悪く思うな」


 残心の後、振り抜いた体勢をゆっくりと解きながら、ドミニクが言う。


 この技は、父テオドリックとの戦いで使用したものだ。あの時は距離が足りなくて半端にしか斬れなかったけれど、強固な悪性細胞を両断する威力を持つ。


 加えてドミニクの魔力だ。結合した魔力を揺すぶって、小銃やケープの組成を壊したのだ。


 ──手加減はしたのだろう。体がくっついているだけ儲けものだ。


 強烈な振動を受けたのは魂もだ。糸が切れたように魔力生成が止まり、徐々に痛みが襲ってくる。


 とにかく全身が痛い。興奮から大量に生成されたアドレナリンの影響で痛覚が遮断されていただけで、シャルロットの体はとっくの昔に稼働限界を超えていた。


「やぁシャルロットちゃん。動けるかな?」


 ジオが銃を突きつけてくる。よく見ると実銃ではなくテーザーガンだ。最悪、止められなければ無理矢理気絶させる方針だったのだろう。


 どうしてこんなに用意がいいのか、疑問ではあるが。ぼんやりして頭が回らない。


 魔力生成量の低下による意識混濁は、トランスが治まった後の典型的な症状だった。


「……、ごほっ」


 無理です、と言おうとして、代わりに血が出てきた。


「自業自得だぞ、大人しくしていろ」

「まぁ無理だよねぇ。けど駄目だよ。気持ちは理解するけどね」

「お前ほどの奴が感情的になってトランスするとか馬鹿か。自分の実力をちゃんと理解しろ。お前、島一つ滅ぼせるんだぞ」


 相棒や同僚から、小言の様に責め立てられてもうまく頭に入ってこない。


「──、す」

「なんだ」


 霞む視界で思わず呟くと、ドミニクが返事をした。


「でも、結構、たのしかった、です」


 ただの独り言だ。口に出すか出さないか、そんな判断力も失われているようで、我ながら嗤ってしまう。


「どうせ、にげますよ、あいつ──ふふ……だめ、ですかね……ころす、の」

「……ド阿呆が」


 顔をしかめてドミニクが吐き捨てた。


 これは相当、後で怒られる奴だな。そう直感したが、悪い事をした自覚は、やはりなかった。


 残念だなぁ、殺せなくって。


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