第五章 閉塞輪廻性は変わらず 2
爆発物の捜索は、ミアの先導で行った。爆発物処理班がタイトロープタワーの各所に散らばり爆弾を探しに行くが、彼女なら場所を知っている確信があったからだ。
「えーっと……あった」
煌々とライトが照らす中、ミアは強化ガラス沿いに放置されていた鞄の中から爆発物を見つけた。流石に一言止めはしたが、触っても構わないと言わんばかりに迷いがなかった。そこにあると確信していたようなものだ。
ひとまず、解除はさせた。近くに爆弾が置かれては落ち着いて話ができない。
「よしおっけー。簡単な奴だった──よ」
振り返ったミアに、シャルロットは魔導銃を突きつけた。
「やっぱり分かってましたよねここ」
きょとんとした顔で見つめるミアに、シャルロットは続ける。
「私の話をオーウェンに流してたの、ミアさんでしょう?」
「へ? いや、なんのこと?」
「その爆弾、どうせ押収物の魔石が使われてるんでしょう。私がアウロラに帰る前に、もう一回捕まえられないか試してみた。と言うことは、癌兵器もどこかにありますね? どこに混ざってるかまでは分かりませんか」
意外と雑な計画をするものだ、とシャルロットは一人ごちた。
よほどシャルロットが欲しいのか、或いは癌兵器の実戦テストが目的なのか。それとも──使えはするが、実験しつくした個体を処分するためか。
元は命の一つをなんだと思っているのか、理解に苦しむ。
「今日一日、私達が何してたと思います? ポントス島に行って、潜水艇とオーウェンの出所を探ってました」
淡々と話すと、見る見るうちにミアの表情が曇っていく。ひくひくと引きつる口が、言葉を無くして空気を吐いていた。
「タイトロープ警察署の内通者についても、じきに捕まるはずです。言い逃れはできませんよ」
彼女の兄の名前を出した途端、慌てて取り繕っていた歪な笑顔が消し飛んだ。
ミアはしゃがみ込んだまま、回収予定だった魔導爆弾から手を離す。力なく垂れ下がった腕が、しかし力強く拳を握っていた。
「……なんでそんな余計なことするかなぁ……」
声色には腹立たしさが滲んでいた。
ミアが顔を上げる。
遥か高層の展望回廊に放たれた弾丸の音が、彼女の我慢を突き穿つ。
「大体さぁ、オーウェンさんが余裕ぶっこいて遊んでるからじゃん。あんたがあそこでちゃんと捕まってれば、エル兄に知られなくてよかったのにさ。隠すの結構大変だったのに」
「……もしかして、私ミアさんに嫌われてます? 会うのも話すのも初めてのはずですけど」
「うん、初めてだよ。でもエル兄からは聞いてたし、アウロラ行ったジオ兄の部下になったのも知ってた」
知ってたよ。
立ち上がったミアが、おもむろに腰の短槍に手を伸ばす。
「ずるいじゃん。なんでぽっと出のあんたがさぁ、エル兄の口から出てくるわけ?」
備えて一歩後方に下がったシャルロットだったが、続く言葉に毒気を抜かれた。抜かれてしまった。
「はい?」
「ジオ兄だってさ、あんたなら大丈夫だって随分信頼してんじゃん。あたしがそうなるまでどんだけ頑張ってきたと思ってんの? ぶっちゃけあたし、ジオ兄にはまだ信頼してもらってないのにさぁ」
語る言葉が、現状となにも結びつかない。本人に嫌われている理由を問うているのに、何故兄二人の話が出てくるのだ?
「エル兄直々にスカウトされてんのに突っぱねるの、失礼だと思わなかった? 普通喜ぶとこじゃん。アトラス最高峰の魔法士に実力認められてんだよ? その事誇ってもいない癖に、なんでまだエル兄と親しくしてるの」
「え、いや……私は捜査官よりも葬儀官になりたかったから蹴っただけで、エルさんとは訓練の時以外関わりはなかったですし、別に親しくもしてないんですが」
困惑を隠さず、あっけに取られて銃口を僅かに下ろす。
なんだか勘違いされていないか。これは──厄介な人間に恨まれたかもしれない。
「……嘘。嘘、嘘、嘘! エル兄こっち来てから毎日あんたの事話してる! 魔法障壁が頼りになるとか、随分ものになったもんだとか、あんなに嬉しそうだった! おかしいでしょ、なんであんたが、エル兄の横に相応しいみたいな面してるのッ!」
猛烈に思い違いが発生している。激怒するミアの言葉を一つ、絶対に訂正しておかなければならなかった。
「あの、私の隣に相応しいのはエルさんじゃなくて、ドミニクさんです。ジオさんも分かってると思うんですけど」
相棒はドミニク以外に他はない。誰であろうと、隣に立たせるのは彼だけだ。
ジオもエルも、あくまで同僚で仕事仲間というだけ。知り合いなだけでそこまで親密な仲ではない。だのに、なにをそんなに恐れているのだ。
ただ、相棒はドミニクだと言っても、逆にミアの神経を逆撫でするだけだったらしい。
「何⁉ エル兄やジオ兄じゃ役不足だっていうの⁉ その割に平気でエル兄から認められて、ジオ兄に頼られて、自分たちよりも強いよって持ちあげられて悦に浸ってるんだ⁉」
「喜んでなんてそんな……得意分野が全然違いますし」
「満更でもなさそうな顔してた癖に! あのね、あんたの立ち位置は、元はあたしのもんなの、あたしだけがエル兄とジオ兄の隣に居ていいの、なのになんで!」
ミアが懐からアンプルを取り出し、服の隙間から腹に刺す。止めようとしたが遅く、投げ捨てられた空容器を跳ね返した。
「あたしがどんだけ苦労したと思ってんの⁉ こんな方法使ってでもエル兄たちの助けになりたくてお堅い警察の捜査官にだってなったのに辺鄙な田舎に飛ばされて離れ離れだし! ジオ兄は止めさせようとして葬送庁に行かされちゃうし! 止めないよ止めるわけないでしょ、才能も力もなかったのに、エル兄達を助けるのは妹のあたしの役目なの! 一緒に居ていいのはあたしなのッ!」
途端、徐々にミアを取り巻く魔力が増幅する。舞い散り始めた氷の欠片に火が灯る。
先日オーウェンが使っていたドーピング剤だろう。体にも負荷がかかるだろうに、そうまでして排除したいのか。
「平気で、あんた如きが、エル兄たちに口聞くなァっ!」
叫びながら振るわれた短槍の切っ先を両手の双銃で受け止めながら、エルとジオから聞いたミアの評価を思い出す。
双子に近づく女に対して当たりが強く、常に一緒にいることを望み、役に立つことを至上命題と考えている。
役に立つ、については既に達成できているだろう。彼女の魔導機器への造詣のおかげで、今回の仕事も順調に進んだと言える。しかし、それで満足できないのなら。心配性な兄二人からの評価と思いが、全く届いていないのなら。
シャルロットは全身の魔導機器を起動させて、全身に増幅させた魔力を回す。紅紫の魔力を滲ませたバトルブーツでミアに足払いをかけ、崩れた状態を回し蹴りで吹き飛ばした。
「──そういうとこですよ」
受け身を取って体勢を整えたミアに、シャルロットは言った。
怒りも憎しみもない。ただただ哀れに感じた。
「……は?」
「自信がないんでしょう。ジオさんやエルさんに、妹として愛される自信が。弱いから」
血縁関係はない。ジオとエルは双子だが、ミアは養子に入った先の子供。血のつながりがないことが、そんなに意味のあることか。
「私を排除すれば空いた席に座れると思ってるんでしょうけど、そんなわけないでしょう。絶対に座れない。座る権利すら与えられない」
望むものが違うから。
貴方の席は、もっと別の場所にあるから。
言ったところで理解できないだろうから、敢えて言わなかった。こればかりは本人が気づかねばならない。
「ありませんよ、そんなもの」
「──っ、るさい! あんたがいるから、エル兄があたしを頼ってくれない! 頑張って守れるようにしたのに! ジオ兄だってどっかに行っちゃった、全部、あんたのせいだ!」
「違います、ミアさん自身のせいですよ」
「あたしが死ぬほど頑張って手に入れようとした場所を、なんであんたがロクに努力もせずにかっさらっていくの! あり得ないでしょ⁉」
「あり得ないのはそっちでしょう。私に恨み言を言うより、ちゃんと兄妹で話し合うのが先だと思いますけど。っていうか奪ったつもりもないし」
盾を構えた突進を蹴りつけ、サマーソルトで飛び退く。着地後に放った魔弾はワイヤーランスに弾き飛ばされ、強化ガラスにヒビを入れた。
呆れてものも言えない。まさか狙われた理由が独占欲から来る私怨だなんて。数刻前のドミニクではないが、痴情のもつれかと嗤ってしまう。
「自分が至らないのを責任転嫁だなんて、くだらない」
馬鹿馬鹿しい。話をする価値すらない。シャルロットはそう決定づけた。
が、その発言が、ミアの逆鱗に触れたらしい。彼女は震えながら、甲高い声で怨嗟を叫んだ。
「くだらない……? くだらない⁉ あたしがこんなに必死なのに、あんたはくだらないって嗤うの⁉ いい気になって、弱い人間がどれだけ苦労してるか知りもしないで!」
襲い掛かる氷炎を、簡易の魔法障壁で弾きながらシャルロットは考える。
そうだ。シャルロットは知らない。
ミアが兄達に並び立つために費やした時間も、方法も、手段も。きっとできの良い兄二人と比べられ、理不尽に卑下されることもあっただろう。
けれど、苦労することは言い訳にならない。己が強いた罪業の、免罪符にはならない。
被害者ぶるのは気に入らない。シャルロットをハメようとした時点で、ただの加害者だ。
「必死で? 弱くて? 苦労して? だからなんです、何をしても許されるとでも?」
手っ取り早く済ませてしまおう。相手は近接と防御特化。遠距離から射程を押し付ければ、どうということはない。
守勢に徹する人間を落とすにはどうすればよいか。簡単だ。
火力で押し潰せばいい。
「……私も思い込みが激しい方だとは言われますけど、ちゃんと相手の意見を取り入れますよ。ミアさんにはそれがない。自分が自分がばっかりで、相手の事ちゃんと見たことあります? エルさんやジオさんが、あなたのことどう思ってるかなんて、考えもしなかった癖に」
左の魔導銃で乱射し、魔導盾で防御するミアをその場に縫い留める。
右手の魔導銃はセレクターを切り替え、放射砲へ。増幅装置をフル稼働させ、乱射を終えた左手で魔導銃を支える。
「……弱いなら弱いなりに、足手まといにならないのは当然では?」
身の程を弁えろ。相手に心配をかけさせないことだって、愛情の一つだ。
濃縮された紅紫の魔力が、奔流となって銃口から放たれる。魔力を拡散でなく収束させることで威力を増した照射弾。純粋なエネルギー塊を受け続ければ、ただでは済まない。
ミアは咄嗟に盾を床に突き立て、全身を内に収めて防御態勢を取った。直撃した魔力の奔流が、魔導盾に反射されて展望デッキのそこら中を抉り取る。強化ガラスが粉々に割れ、流れ込んできた外気で宙を舞った。
反動を全身で受け流しながら、シャルロットは違和感に顔をしかめた。
いくら魔導盾に耐魔力コーティングをしてあっても、ガントレットで増幅した魔力も上乗せした一撃だ。
──何故受けられる。魔導兵装だからこそ、シャルロットの魔力は特攻性を持つはずだ。だが、組み込まれた術式は発動したまま、機能を停止させられた手応えもない。
何か細工がしてある。照射を打ち切り、シャルロットはバトルブーツを輝かせた。回し蹴りと共に放った巨大な魔石は、ミアの魔導盾に当たるがびくともしない。
衝撃はあるはずだ。ドーピングによる出力増があっても、よろけていておかしくない。
「ミア君が君の魔弾を受けられるのがそんなに可笑しいかね? 簡単なことだ」
展望デッキの入り口から聞こえた声に、シャルロットは反射的に引き金を引いて魔弾を浴びせかけた。
声の主は自身の前に水塊の壁を生み出し、魔弾の威力をそぎ落とす。水壁は内側から結晶化して砕け散ったが、その様子をしたり顔で見ている男がいた。
「なに、先ほどの活性剤さ。よく聞いているようで何よりだ」
「ちょっと、援護遅い……!」
「いやはや、すまないねミア君。ソーン嬢の戦いも見てみたかったのだよ」
オーウェンだ、やはり控えていたか。
「本命が、のこのこ出てきて助かりますよ」
シャルロットの意識から一瞬でミアが消え、強烈な踏み込みと共に蹴りかかる。邪魔な水壁の残骸を打ち砕いた回し蹴りは、しかし腕一本で受け止められた。
「手癖が悪いな、ソーン嬢。いや足癖か?」
足を掴まれる。顎下に突き付けられた杖の先に、魔力が集束している。
咄嗟にシャルロットが思いきり体を反らすと、圧縮された水が刺突の様に放たれた。回し蹴りを再度放って拘束から逃れると、放水弾が天井の照明を根こそぎ破壊していく。
光源が無くなり、一気に暗闇が舞い降りる。闇に目が眩んだ隙をつき、背後から更にワイヤーランスの穂先が襲う。杖先に再度魔力を充填させたオーウェンの次弾は直ぐに来る。
「鬱陶しい……!」
シャルロットの苛立ちは頂点に達していた。理不尽な恨み言を吐かれ、怨敵は飄々と何度も目の前に現れ、訳も分からない耐久性の魔導盾は破壊できず、展望デッキは破壊されるばかりで。大体シャルロット自身は何も悪くないのに、向こうで勝手に舞い上がって迷惑ばかりかけて。
どいつもこいつも勝手をして。散々怒らないようにと自制してきたのに、今ばかりは我慢ができない。
「ちょっとは大人しくしなさいよ──ッ!」
吼える。魔導機器の装甲が展開し、地面を踏み鳴らして全身から魔力を放出する。
衝撃波が展望デッキを駆け抜ける。オーウェンは受けきれずに床の上を転がったが、ミアはやはり魔導盾でもって耐えていた。
「二人とも、半殺しにして警察に突き出す!」
まだ理性は効いている。ただ、感情に任せて魔力生成をしたので負荷がかかったのか、心臓がうるさい。
動悸が酷い。全身を巡る血液の音が鮮明に聞こえて不快だ。だが、それ以上に──
「死ぬより苦しくしてやりますから! 命があるだけ、ありがたく思ってくださいよッ!」
それ以上に。シャルロットはそこで思考を断ち切り、後方に向けて魔法障壁を打ち立てた。一枚はミアの後方、もう一枚は前方に。挟み込むように展開した障壁を蹴りつけ、壁で圧し潰す。
プレスされた障壁の、真ん中あたりはぷっくりと膨れていた。魔導盾の耐久性も加味して威力を決めたから、潰れてはいない。床に血液が飛び散っていないのが、ミアがまだ生きている証拠だ。
──まだ、である。どこかしらは潰れているかもしれないが、シャルロットとしてはどうでもいい。既に同僚で恩師の妹から、妙に突っかかってくる厄介な敵としか見ていなかった。
「おやおや、容赦がないなソーン嬢! 君はあれだね? 実はウォルフ・ライエよりも血気盛んだね?」
「そう煽らないでもらえます? 余計に殺したくなるでしょう⁉ 必死に我慢してるんで、止めてほしいんですけどね!」
「ハハハ、いいのかね? 死んだ命を弔う葬儀官が、ヒト死にを増やしてしまって!」
嘲笑うようなオーウェンの言葉が鼻につく。誰が好きで人を殺すか。相応の理由があるから怒っているのだ。
父を殺し、死後もこの世に縛り付けた。あまつさえドミニクにすら手を出し、本来は心優しい男に罪と抗いがたい衝動を植え付けた。
──それを成した男が、どの口でほざいているのか。
「ミア君! 彼女、四肢をもいでしまって構わない! 結束点さえあればいいのだからな!」
「──外道が……ッ!」
高らかに壁に挟まれたミアに指示したオーウェンが左手を構えた。ミアを拘束した壁が破られるけたたましい音が背後から聞こえ、意識がオーウェンから一瞬外れる。その瞬間を、至近距離にいる男が見逃すはずもない。
オーウェンが左手を振るい、鞭のごとくしなった水縄が右脚に絡みつく。後ろから飛ばされたワイヤーランスの穂先が、左腕のガントレットに巻き付いた。
「動きを止めた程度で──、ッ⁉」
ワイヤーランスの穂先が小さく輝く。
魔法を発動するための魔具として機能していない。どちらかと言えば魔導機器の動作に近い。
途端、正常に動いていたガントレットが緊急停止する。展開していた装甲が独りでに閉じ、魔力をほんの僅か流し込んでも反応しない。
──インジェクションアタックだ。魔力同士の干渉を利用して、事前に仕込んでおいた術式を流し込み、魔力増幅器の術式を書き換えてきただと?
巻き付かれて機能停止するまで一秒もなかった。あの短槍、ただの魔具ではなかったのか──!
「……よかった、効いたみたい。盾にもあんたの魔力に対応した防御術式組んどいたから。忘れてない? あんたの魔法障壁ってクラウィスの納棺術式に似てるから、対応はできるんだよ」
にやりとミアが口角を吊り上げた。腕に絡みついたワイヤーランスの鎖は、愛銃の一つにも絡み付いていた。ガントレットに続いて魔導銃の一丁が動作を停止し、引き戻されたワイヤーランスが引っかかって取り落としてしまう。
右脚に絡みついた魔法の鞭が、軽々とシャルロットの体を持ち上げる。天地がひっくり返り、なされるがまま投げ飛ばされた先は閉じたエレベーターの正面。
「──ッ、!」
衝撃に息が詰まる。肺から空気が押し出され、心臓が破れそうなほど跳ねた。受け身もとれずにずるずると座り込み、痛む体を抑え込みながらシャルロットは辛くも瞳を開ける。
見えたものは、砲口を露わにしたミアの魔導盾。反動に備えて床に突き立てたそれが、燃える氷の塵を集めている。
大火力の砲撃がくる。
シャルロットは両足を揃えて、前方に魔法障壁を形成した。闇色の魔力を固めただけの、組成の荒い障壁だ。長く持たないことは分かり切っているが、今の数瞬で用意できる限界だった。
「君はね、もう少し攻めることを念頭に置いたほうがいいと思うのだよ」
オーウェンの誹りが聞こえる。魔導盾の砲口から放たれたのは、火炎でも氷でもない。ただ濃縮された魔力波だった。




