第五章 閉塞輪廻性は変わらず 1
タイトロープタワ―は、島で最も高い建築物だ。灯台としての役割も兼ねており、タイトロープ市の海岸エリアに立てられたランドマークである。
オーウェンであれば、爆発物なんて軽く作ってしまえる気がする。この騒ぎだって、彼がシャルロットを手に入れるために仕掛けた可能性が高い。今回は親ポントス派がデモによるいざこざで動けない状態なので、動ける敵性組織と言えばテラサルースくらいしか思いつかない。
タイトロープ港に接岸したマリアナから降り、急いでタイトロープタワーへ向かう。入手したタブレットはジオが手配した捜査官に預け、ライトアップされた塔の下でジオ兄妹と合流した。
巨大な塔の周辺は騒然としている。進入禁止ラインが引かれた外側には、逃げてきた観光客や職員が不安げにタワーを見上げていた。
「ジオさん、状況は」
「観光客には外に出てもらった。が、少々厄介なことになってね」
「どこぞの馬鹿が、こんな時に立てこもりしやがった。爆弾があるから逃げろっつってんのに、やれ女がどうの取られたとかなんとか」
「痴情のもつれが命よりも大事か……?」
ぼやいたドミニクを肯定して何度も頷く。全くの別件が重なるとは、運のない。
立てこもりとはいえ民間人。人質が取られていて下手に動けず、爆弾の捜索もできない状況だった。
「私は狙撃要員として、立てこもり犯を監視するよう言われてる。直ぐに行くけど……どう?」
調査結果はどうだった、と聞きたいのだろう。しかし、協力者が今まさにここにいて、この爆発物事件にも関係がありそうです、なんて容易には言えない。
どうしたものか。シャルロットが必死に考えていると、ドミニクが口を開いた。
「収穫はあった」
今はそれだけ。ミアがいる以上、詳細を語るのは憚られる。
「朝から見かけなかったけど、何してたの?」
「葬送庁の仕事だ。ポントス島近海に出た癌兵器の捜索をしていた」
ナイスフォロー、とシャルロットは内心でガッツポーズをした。
ドミニクが言っている事も間違いではない。もう少し、やったことは多いだけだ。
「爆弾の処理ならあたしができるよ。念のために、シャルロットちゃんも欲しいかも。処理中に間違って爆発したら防御できないし」
ミアの進言も最もだが──現状、何か裏がありそうだ。オーウェンが絡んでいるなら、爆発物を置いた場所に奴が潜んでいる可能性もある。
ただ、ここは誘いに乗ってやろう。問題は。
「俺が近くにいると誘因されて起爆しかねんのだよな……」
シャルロットの守りが手薄になることだ。二対一になることは容易に想像がつく。シャルロット自身、一人でも対処できる自信はあるが、相手が相手だ。
また癌兵器を仕込んでいたら。或いは、タイトロープタワーに仕掛けられた爆弾自体が癌兵器だったら。人数差に加えて閉所での戦闘となると、少し心許ないかもしれない。
「そうだねぇ……ドミニク君は立てこもり犯の方に行くのがいいだろう」
「なら俺とホワイトフィールドを起点に立てこもり犯と人質の確保。シャルロットとミアは爆発物処理。ジオは全体把握と監視。これでいいな」
エルがシャルロットの名前を先に出した時、やはりミアの表情が曇った気がした。
たかが名前、されど名前。無意識でつけている優先順位が反映されやすいものだ。
「了解。まぁ……普通の狙撃銃で足りるだろう。癌を撃とうってんじゃないしね」
「凶器を狙えよ、間違っても殺すな。報道用に誤魔化したヘリがある。そこから撃て」
言葉を受けて、ジオは無言で狙撃地点に向かっていった。
「よし、配置につけ──始めるぞ」
ただ、現状ミアの関与を知っているのはシャルロットとドミニクのみ。シャルロットがミアに同行している間、ドミニクに事情を話してもらって素早く救援に来てもらうのがいいだろう。
「あ、ちょっと待ってください。ドミニクさん、こっち」
作戦が開始されそうだったので、シャルロットは素早く引き留めてドミニクを手招きした。
少し離れた場所に誘導して、さらに小声で話しかける。
「エルさんにインカム貸してあげてください。現場でミアさんを追及します。マイクつけたままにするんで、聞いてもらいましょう」
「大丈夫なのか。オーウェンがいるのは確実だ、戦闘になるぞ」
「時間稼ぎくらいならできるでしょう。さっさと立てこもり犯どうにかして、援護に来てください。そっちはドミニクさんが集中して、エルさんにはこっちに意識割いてもらった方がいいかと」
二人だけの作戦会議。こそこそと長話をするわけにもいかないので、相談というより確認だ。
元々、この場でミアの行いを暴こうという判断ではあった。逃げられても困るなら、現行犯で罪を突きつけてやった方がいい。
シャルロットの身の安全というリスクはあるけれど、ミアの逃げ道を塞ぐ点では双子に知ってもらうことが何よりの策だと思う。
「……無理はするな。直ぐに行く」
「そうしてもらえると助かります」
話を終えて、エルとミアの元に二人で戻ってくる。少し顔色が悪く見えたのはミアの方で、エルは特段変わりがなかった。
これは、何かしら悟られているかもしれない。勝負を仕掛けるなら、今しかないだろう。
*
立てこもり犯がいるのはタイトロープタワ―の最上層、展望回廊。一つ下層の展望デッキで降りて行ったシャルロットとミアを見送り、エレベーターは更に上へ。
その中で、ドミニクはエルに話を切り出した。
「ポントス島の海底ドックはテラサルースのものだった」
「やっぱりか……で? オーウェンとか言うクソの情報は?」
「あった。内通者は警察署内に二人いる。正確に言えば、内通者と協力者が一人ずつ、だ」
インカムを起動させて、ジオにも通信を繋いでおく。今はヘリコプターの中で、立てこもり犯の監視をしているはずだ。話を聞く時間はある。
「……同じじゃないのか?」
「内通者はテラサルースの人間。協力者は、テラサルースと関係がある人間だ。内部にいるのか外部にいるのかで違ってくる。内通者の電話番号はそちらに送ったな、確認はしてくれたか」
「した。もう情報共有はしてある、確保できるのは直ぐだ。で、協力者の方は」
問われて、少しだけ渋る。これから人の命がかかった仕事をしなければならない時に、あまり心を揺さぶるようなことは言いたくない。
「……今、シャルロットと一緒にいる」
考えた末、妙に回りくどい言い方になってしまった。
エレベーターが鈴を鳴らして、展望回廊で扉が開く。ドミニクは灯りがついたままの回廊に一歩踏み出して、エレベーターの扉を支えた。
振り返る。エルが驚愕に目を見開いている。信じたくないと言わんばかりに、肩に立てかけていた杖槍から右手が滑り落ちていた。
音がするのはマズい。倒れそうになった杖槍を支えて、もう片手はエレベーター内の開放ボタンへ伸びる。押しながら様子を窺うが、エルの視線は見開かれ下に向いたままだ。
『……兄さん、昨日の晩、呑みながら話したことの答え合わせをしようか』
インカム越しに、ジオから声が届いた。
『奴らが関与していたからだよ、私が葬送庁に行ったのはね。つまるところ……』
ヘリコプターの中から、言葉を選びながらジオが言う。
「警察庁が、テラサルースの温床になってるって、言いたいのか」
『部署によってはそうだね。クリーンなところもあるだろうけど』
「ミアが、テラサルースと繋がりがあって、それを断とうとして、お前は捜査局を追われたって?」
『……運が悪くてねぇ』
「……んな話が、あって、たまるかよ……」
ぎり、とエルが歯を食いしばる。力なく垂れていた手は握りこぶしに代わり、爪が食い込むほど震えて赤く染め上がる。
「開いたままだ、ひとまず外に。人質がいる」
「じゃあ、狙いが、シャルロットってことは」
「あいつが問い詰めるらしい。これを」
ドミニクはひとまずエルをエレベーターの外に出し、つけていたインカムを外して差し出した。聞き逃すつもりもなかったので、スペアのイヤホンマイクを取り出して耳に入れる。
「盗み聞きになるが、聞いたほうがいい」
『早くして。聞かれてるねぇ、流石にエレベーターが開いたのは分かったか。ナイフ動かした瞬間に撃つから、突撃頼むね』
考えを整理する時間はない。エルはゆっくりとドミニクのインカムを受け取って、自らの耳にかけた。
ミアのことなど別段どうでもいいが、一応聞いておくか。タイトロープ島で起こった事件を解決させることが目的であるし、シャルロットが巻き込まれたとはいえ、あいつが無事なら、それで。
そこでふと、ドミニクはやってきたもう一つの理由を思い出した。
何もしなければタイトロープ島が砕けて沈む。
今まで何も、音沙汰がない。きっかけになりそうな事件も、人間も癌も、本当に起こるのかとジオを咎めたくなるくらいに。
ただ。仮に今回の件と、ジオが視た未来が地続きだった場合。今この先に、彼が見た現象が起こるのだとしたら。
地形や空間全域に干渉できるなんて、癌でも無理だ。唯一、発作を起こした己だけが可能だろう。ただ焼き払われる訳ではない。その真逆の現象だ。
『切り替えて兄さん。いくよ』
「……後で詳しく話せよ」
ドミニクの脳裏にふと過ぎった考えで、背筋が凍った。
何が起こるか分からんが──あいつならやりかねん。
その考えを払拭できないことが、腹立たしかった。
「一歩で接近できる。人質は任せる」
「軽傷で済ませろよ」
「…………善処する」
展望回廊の影から、立てこもっている男がナイフを突きつけ、個人端末を耳にあてて何やら怒鳴りつけている。警察の制圧部隊と交渉でもしているのだろうが、そちらの狙いは時間稼ぎだ。
場所は分かった。タイミングはジオに任せてある。
窓ガラスが唐突に割れ、男が持っていたナイフが弾き上げられる。ドミニクは体だけを魔力強化して、大きく踏み込みたったの一歩で男の元へ飛び掛かった。
ナイフを弾丸で弾かれた男の目が驚愕に見開かれる。彼が拘束している女性もまた、発砲音に驚いて震えている──かと思えば、そんなことはなく。どんよりとした生気のない顔をして、驚いた素振りも見せていない。
「女を撃てッ! 癌だ!」
瞬間、ドミニクは保護対象を女から男に切り替える。間に割り込んで、跳ね上がったナイフを握りながら女を蹴り飛ばす。
『伏せて。射線に入ってる』
ジオの声が片耳に届き、ドミニクは片手を地面について上体を落とした。蹴りつけた女はしかし微動だにせず、脚を振り抜く前にぎこちない動きでドミニクに顔を向けた。
女の口元が動く。ぼそぼそと何かを呟いた瞬間、圧をかけられたように呼吸が止まる。それは立てこもりをしていた男も同様だったようで、数秒と経たない間に気絶してしまった。
息が詰まる。空気を求めるが喉が締め上げられるような圧迫感を覚える。恐らくは女の固有魔法だ、極めて限られた範囲の空気の対流を止めたのだろう。
ただ、体は動かせる。伊達に死線を潜り抜けてきた訳ではない。蹴り飛ばす予定だった女からなんとか距離をとり、片手を軸にバク転で後退。直後、ジオの放った二射目が女の頭を吹き飛ばす。
頭だったものが周囲に飛び散る。空気の流れは正常化し、顔に付着した返り血や肉塊は魔力を這わせて焼き焦がす。
たった数秒にも満たない出来事。後ろから、エルも見ていたはずだ。駆け寄ってきた彼は首無しの癌を一瞥して、気絶した男を担ぎ上げた。
表情は固い。今まさに、シャルロットがミアを糾弾しているところだった。
「捕獲用の癌兵器だ、火葬する」
「……頼んだ」
「終わり次第、シャルロットの援護に行きます。嫌な予感がする」
癌が一歩足を踏み出す。体を動かす司令塔の脳がなくなっているのに動ける、或いは倒れ込まないなど、命としてはあり得ない現象だ。
「癌さえどうにかなりゃ、後はこっちの領分だ。助けが必要なら呼べよ」
「了解」
『……ヘリは地上に降ろしておくよ。もう、視たのがいつ起こるか分からないからね』
この後の動きを打ち合わせておいて、ドミニクは愛刀を抜き放った。癌兵器の方は、消失した首の上から肉塊が盛り上がり、新たに頭を構成している。異形に変わるタイプではない──人の形を保つ必要がある癌なのだろう。
「……何か、残せるといいがな」
こうして癌兵器として立っているならば、行方不明者として届けが出ていておかしくない。できれば形として残るものを、或いは個人を特定できるものを手に入れたいが、難しいだろう。個人端末で写真を撮ることすら、現状ままならない。
遺族には申し訳ないが。早く火葬して、展望デッキに行かなければ。
今シャルロットを放置しておくのは、マズい。




