第四章 偽悪×偽善=照応依存 4
埠頭から奥への道は、ロック付きの扉で締め切られていた。付近をくまなく探したものの、入り口は一箇所だけ。このロックを解除できない限りは、海底ドック内に進めない。
物資輸送の道もあるかと思ったが、そもそも唯一の扉自体が大掛かりだ。細かく用途を分けることができず、出入口は一つに固めてしまっているらしい。
「……無理矢理こじ開けたら、向こうに分かりますよね」
「せっかくバレずに侵入できたんだ、それは避けたいところだが……」
アウロラでの地下駐車場奥に併設された研究施設の様に、目に見える位置に排気口もない。
かといって実力行使に出れば、音やセキュリティエラーで施設側に分かってしまう。
さてどうする。どうにかできないかとシャルロットが首を捻っていると、おもむろにドミニクがコンソールの前に立つ。
「一つ、試していいか」
「方法がないので、どうぞ」
半信半疑ながら、ドミニクがコンソールを操作した。キーボードを叩く彼の手元を、後ろから覗き込むように見やる。
コンソールに光が灯る。平たい板状のパーツが光って、手のひらの形が浮かび上がった。まさか魔力認証か。
「これまでの情報を纏めれば、通れるはずだが……」
ドミニクが形に合わせ、読み取り機に掌を当てる。しばらく待っていると、扉の奥からがちゃりと鍵が開く音がした。続けてコンソールに緑色の光が灯り、正常に解錠できたことを知らせてくる。
「やっぱりテラサルースの施設か。まだ識別番号が残してあるなんてな」
ドミニクがコンソールから手を放す。重たい音を立てて、扉が左右に開いていく。
考えてみればそうだ。テラサルースが絡んでいるのは分かり切っていたし、隠れて施設を作るのも常套手段。あくまで未知の施設ということで、指令書には書かれていなかっただけ。
初めから、ここにはオーウェンの情報を求めに来たではないか。奴に情報を渡した者を探すために。
「……テラサルースは癌兵器を番号づけててな。俺の番号と魔力の照会をした。登録が残ってたから、正常に通れたわけだ」
「もう死んだことになってるのにです?」
「〝ウォルフ・ライエ〟はな。ただ俺は生きている。オーウェンだって、暴走しても死ぬとは思ってなかったんだろう」
表舞台から消された巨竜の癌。オーウェンはその出来に自信があったようで、識別番号を登録したままにしていたらしい。処理が面倒でそのままにしていたのか、その内手元に戻ってくるだろうと思っていたのか。あるいは、取り戻すつもりだったのか。
「……ドミニクさん」
「なんだ」
聞くべきか、聞かないべきか。逡巡した後、シャルロットは口を開いた。
「長官に……葬送庁に拾われなかったらどうしてたか、考えたことあります?」
ドミニクを見上げる。彼はじっと扉の奥を見つめたまま、解錠に使った左手を握りしめていた。
──全てを殺した、その後で。
誰も横に居なければ、ドミニクはどうしたのだろう。
「……さてな。分からん」
いくぞ、とドミニクが歩き出す。
気を取り直してシャルロットは魔導銃を抜き、ドミニクは腰から愛刀を鞘ごと引き抜く。真剣だとうっかり殺しかねないからだろう。
誰かに見つかれば脅して道や情報を得ればいいし、見つからなくてもこっそり虱潰しに探すことはできる。問題は、求める情報がどこにあるのか。
「さて……どこから調べたものか」
「オーウェンが此処にいた可能性も踏まえると……個人的に、個室とか調べてみたいですけど」
あいつ、とは言わずもがなオーウェンのことだ。この海底ドックに滞在していたら、の話にはなるが、当たってみる価値はある。
「あいつの事だ、要人が使う部屋だろうな」
ドミニクも同意したので、目的地は決定。シャルロットは全身の魔力増幅器を作動させ、攻撃行動をとる準備をする。
「前に出ます。私が安全確保してから続いてください」
「……了解した」
ドミニクのクラウィスによる魔弾は破壊力がありすぎるし、連射は最大五発まで。シャルロットが探りながら進んだ方がいい。人がいれば、アンカーで引きずり寄せることもできるし。
両手に愛銃を構え、扉の横に静かに立つ。自動的に開いたドアの向こうをちらりと確認して、銃を構えて飛び出した。
殺風景な廊下だ。人の気配は感じない。とはいえ港の近くなら、此処は物置かそこらしかないだろう。構造も何も分からないが、もう少し奥に進む必要がある。
誰か人がいれば聞き出せるんだけど。緊張感を持ちながらも、内心では苦労しそうだとげんなりした時だった。
何度か階段を上って廊下を曲がり、お話するための部屋も確保しておいて直ぐ。ちらりと眺めた廊下の向こうに人間を発見した。銃を持ったまま片手でドミニクを静止し、様子を窺う。ひ弱そうな陶器肌の男は、こちらに向かっているようだった。
ドミニクにアイコンタクトを送る。幸いなことに、見つけた無人の部屋には監視カメラが設置されていなかった。彼には先にそちらへ行ってもらって、シャルロットは男の確保に専念する。
本当は、体格も力も上なドミニクにやってもらった方がいいけれど、彼に犯罪紛いの事をさせるのは忍びなかった。これから尋問しようというのだ。根が真面目なドミニクには、出来ようもない。後ろで睨みを利かせて、目に余るなら止めてくれ、とだけ言ってある。
「んもー、オーウェンの旦那にも困ったもんだなぁ……上が諦めたんだから手ぇ出さない方がいいと思うんだけどなー俺は―」
のんびりと、男が愚痴を言いながら近づいてくる。シャルロット達が潜む通路を通り過ぎた瞬間、首根っこを掴んで通路に引きずり込んだ。
「ちょっとだけ黙っててくださいね」
突然のことに状況が掴めていない男の口を、ガントレットをつけた左手で覆う。魔力を流し込んで魔力酔いを引き起こし、意識が朦朧とした男を引きずって個室に放り投げて鍵を閉める。魔鎖で適当な椅子に拘束すれば準備完了だ。
シャルロットも椅子を引っ張ってきて座り、首をぐらぐらと揺らしている男の頬を両手でぱしぱしと叩いた。男に放った魔力を霧散させてやれば、直ぐに意識は戻ってくる。
「こんにちは。ここ、テラサルースの施設であってますよね? ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいです?」
とりあえず怯えられたら困るので、笑顔を作って気軽に呼びかけてみる。男は目を白黒とさせて、状況が掴めていないようだった。
「さっきオーウェンって言ってましたよね。その人の部屋を探してるんですけど、どこにあります?」
「へっ……あんた、誰? いや、っなんだよこれ、外せ──」
「私、シャルロット・ソーンといいます。ご存知ですよね?」
ようやく拘束されていることに気付いた男に名乗る。一気に顔を青ざめさせた男は、微笑を崩さないシャルロットから壁に背中を預けて腕組しているドミニクに視線を移した。
いるはずのない女と男がいる。ようやく理解が追い付いたのか、いないのか。男は叫ぼうと口を開けたので、そこに銃口を突きつける。
バレルが口に入るか入らないか、ギリギリの距離だ。マズルガードを唾液で汚したくない。
「叫ぶと撃っちゃうかもしれませんよ? 必要なことだけ喋ってくれればいいです」
片手で銃を向け、見やすいようにもう片手でひらひらと愛銃を見せつける。
「ひっ、あ……!な、お前らどこから入って──!」
「質問してるのこっちですけど? 今目の前にいるだけで十分では? 答えてくれません?」
矢継ぎ早に言って、銃身で男の頬を軽く叩いた。引き金はトリガーガードに添えているので暴発の恐れはない。
「──っ誰が、言うか……! お前らなんか」
「殺せるとでも? 残念ですね、あの男は私が欲しいから、殺してしまったら大目玉かもしれませんよ? 方法があったとしても、この状態でどうするので?」
子供たちに怯えられて、ノイエには傲岸不遜と言われ、今ここで男を恫喝してみて、腑に落ちたことがある。
表面上穏便に済ませようとする態度が、逆に相手を怖がらせているのでは?
自分にその気がなくたって、相手には分からないのだから、目に映るものだけが事実なのでは。
「じゃあ質問を変えましょうか。どうして貴方はテラサルースに? これなら話せるでしょう?」
「……急げシャルロット。時間はないぞ」
「分かってますって。ドミニクさんに尋問なんてさせませんから」
「──出番がなければいいがな」
あまり喋らないようなら、小指の一本は覚悟しておけ。
ドミニクが言うと、男は震えあがって体を硬直させた。簡単に想像できる恐怖の方が効くようだ。
それでも話すのを渋るので、シャルロットは魔鎖の拘束を強めた。椅子を潰すほどの圧力がかかり、男の体がみしみしと悲鳴を上げる。
「──っ、お前らは知らないだろうけどな、もう地球は終わってんだよ! 世界中のクソのせいで、オーロラの外は死界も同じだ、滅んじまったんだよ!」
よく聞く眉唾物の陰謀論だ。アトラシア大陸を守るオーロラの外は、とうに文明どころか生物が滅んでいると。かつてのアトラシア大陸は生物が住めない不毛の地であったが、今は逆。ユーラシア大陸も、南北アメリカ大陸もアフリカ大陸も、全てがヘドロに落ちたのだと。アトラスという栄えた国が、外国とのやり取りを一切しないのが証拠だと。
〝オーロラの外に出てはならない〟──アトラスに住む者の不文律だ。
「テラサルースの名の由来を知ってるか、文字通り地球を救う組織だからだ、俺達は、星をあるべき形に戻すんだ!」
何か糸口になればいいと興味本位で聞いてみたのに、とんだ大言壮語が出てきたものだ。シャルロットは呆れて男をなじった。
「ちょっと音量抑えて。他の人にバレちゃいますよ」
「喋れとか黙れとかどっちなんだよクソが! 不法侵入しといていい加減にしろ!」
「あのね、此処への捜査令状出てますし、うるさいし……で? その崇高な目的のために人を殺して実験して社会引っ掻き回して、許されるとでも思ってるので?」
魔鎖の拘束を更に強め、呻いた男に構わず席を立った。魔導銃のマズルガードで男の顎を押し上げ、無理矢理視線を合わせる。
「世界を救うとか、馬鹿馬鹿しい。犠牲になった人間も省みないで、よくもそんなことが言えますね」
シャルロットとしては『だから何?』で終わる話である。
どれだけ崇高な理想を抱えていても、そのために生者を犠牲にし、死者を天に還さず、人体実験やテロを起こしていいはずがない。
暗い室内で、シャルロットは男を見下す。突きつけた魔導銃が、淡く紅紫色の魔力を放っていた。
「聞いといてなんですけど、聞くんじゃなかった。オーウェンの個室はどこです?」
ゆっくりと、見せつけるように引き金に力を込める。サプレッサーがついていない銃だから、実際に撃つのは避けたかった。
男は固く唇を結んで堪えている。では仕方ないと、シャルロットは魔導銃を下ろした。代わりにバトルブーツを起動させて、男の座っている椅子を小突く。
「言わないと、全身固まって、死にますよ?」
魔鎖を更に圧縮。バトルブーツの踵が輝き、椅子の下ににわかに発生した魔力が凝縮していく。殺さないよう調整はするが、解除しない限りは死に体も同然だ。
さながら氷塊が産まれるように、男の足元が椅子ごと凍り付いていく。ただ冷えるだけではない。魔力の導線を侵蝕し、感覚自体を遮断する。
「言うまで止めませんから、ね?」
分かっているでしょう?
足元から感覚が無くなり、動かせなくなり、魔鎖で圧迫されていた痛みすらなくなる。その恐怖はいかほどか。オブジェとしては悪趣味だなと思っていると、結晶が腹部を登り始めた辺りでやっと男が口を開いた。
「──ッ三階の、廊下の突き当りだ──!」
「三階って、地下三階? ここは何階です?」
「言っただろ、止めろ、止めろよ……!」
「最後まで質問に答えてくれないと」
「ここは五階だ、あと二階上がればいい!」
数階上がってきて、基本的な構造は把握していた。ざっと検討がついたので、ドミニクにアイコンタクトを寄越してから結晶の生成を止める。結果、男の胸の位置で魔力の凝結は止まった。
もう用はない。踵を返してシャルロットが部屋を出ようとすると、背中に悲鳴に近い懇願が投げつけられた。
「おい、止めるって言っただろ、これ、消せよ!」
「解除するとは言ってませんよ? そのまま制圧終わるまで黙っといてください。じゃ!」
用済みだと言わんばかりに笑顔を返し、男の悲鳴をバックに部屋を飛び出した。




