4.高校とは、かくも過酷な場所らしい
準備など何もしていないが、竜真は秀貴を屋内へ招き入れた。
「さて……と。少し話をしようか」
竜真は居間のちゃぶ台に座布団を用意して秀貴を座らせ、お茶を温めに台所へ向かった。
藤原家は一般的な二階建ての住居だ。周りの家と比べても少し大きい程度で、特別な見た目はしていない。すぐ裏に商店街があるので、生活する上で不便な事もない。
湯気の昇る湯呑を卓上へ置き、竜真は秀貴の向かいに腰を下ろした。
「成山家といえば、異能関係の世界では名家だって聞いたけど……」
年末に両親から聞いた話を思い返す。
成山家の歴史は古く、呪禁師の家系で、どの時代でも政治などに関わる呪いをしてきたという。
人を助けることも殺すことも容易に出来る特殊な力を持っているが故に、一子相伝を守り、女が生まれれば殺して男子のみを育ててきた。
しかし、男児は体が弱く病気にもなりやすいので、願掛けとして七歳になるまでは女として育てられるのだそうだ。
昭和ももうすぐ六十年が来るというのに、時代錯誤も甚だしいと思ってしまう。
「ところで、秀貴君は七歳より大きいように見えるけど……歳はいくつ?」
竜真の視線の先には、先刻まで秀貴が頭に乗せていた綿帽子。
それには秀貴も気付いたようだ。
「十二月で……十五歳になりました。あれは、母が婚礼の時に被っていたものだそうで…………」
秀貴はちらりと竜真の頭を見て、言いにくそうに続けた。
「伯父に、『そのみっともない髪を隠すのに丁度いい』と被せられました」
秀貴の目は、竜真の頭と虚空を言ったり来たりしている。その意図が分かり、竜真は思わず吹き出した。
「あっはっはっはっ。そっか。僕も金髪だもんねぇ! はははっ」
笑い飛ばしている竜真の髪も“日本人”には珍しいド金髪だ。しかも、秀貴のものより少し色素が薄く、ふわっとした天然パーマ。
もちろん、生まれつきのものだ。前髪は真ん中で分かれていて、後ろ髪より長い。
竜真の瞳は一般的な“日本人”と同じように深い茶色だが、彫りが深くて長身なので、異国の血が混じっているようにも見える。
目尻の下がった優しい目で微笑むと、竜真はサイドに流している長い前髪を人差し指でくるくると弄びながら言った。
「まあねー。しょっちゅう変な目で見られるし、英語で話し掛けられたり、一緒に写真を撮ってくれって言われたりもするね」
竜真はパッと見中性的な顔立ちだが、太めの眉が“男らしさ”を演出している。体つきはがっしりとしていて、長身な事もあり、なかなかの迫力だ。胡坐を組んで座っていても、正座をしている秀貴より背が高い。
竜真はずっと俯いている秀貴にも苛立つ様子は見せない。今度は、秀貴が持ってきたボストンバッグを指差した。
「荷物はそれだけ? 何が入ってるのか見せてもらってもいい? あ、嫌だったら断ってね」
秀貴はちゃぶ台の脇から、自分の荷物を手渡した。
中から出てきたのは、銀行の通帳、印鑑、土地の権利書、短冊みたいな形をした紙、習字道具一式。それと、高校のパンフレットなどの案内が一式。
竜真はパンフレットを手に取った。
「この高校って……」
「ご存知……なのですか?」
秀貴がおずおずと面を上げる。
竜真はこの時、初めて秀貴の顔を正面から見た。長い前髪の隙間から覗く顔。血色は悪いし汚れているしで、お世辞にも清潔感があるとは言えない。しかし、綺麗で端正な顔立ちをしているなと思った。
申し訳なさそうに下がっている眉はこの際置いておき、しっかりとまつ毛に守られている目は、少々上がり気味で大きい。小さい顔に細い顎。肩まである髪も相まって、男だと分かっていても疑ってしまう容姿をしている。
「あ、ごめんごめん」
さすがに「君の顔に見とれていました」とは言えない。竜真は笑顔を作り直し、学校案内の表紙を秀貴に見せる。
「この高校、僕の出身校なんだ」
「そう、なのですか……」
私立の高校だ。学費もそれなりにするが……まだ出会って十数分。今、金銭面の話をするべきではないだろう。
両親曰く、この少年は十五年間家の中でも離れでしか生活していなかったらしい。つまり、義務教育を受けていないという事になる。そんな人物がいきなり高等学校へ――と思ったところで、竜真はもう一度秀貴を見た。頭から順に視線を下へ滑らせる。少し間を置いて、短く息を吐いた。
「君、今のままじゃ高校で生き残れないよ」
「こ、高等学校とは、そんなにも過酷な場所なのですか?」
秀貴がここへ来て、初めて見せる表情。驚愕と困惑がない交ぜとなっている、そんな顔。
(表情筋は生きてるんだ)
竜真はぼんやりとそんな事を考えた。




