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43.入試開始

「本当に? 君が? 藤原君が推してきた次代の風紀委員長?」


 前後左右、上から下までジロジロ値踏みするように見られ、一方的に落胆される。

 先ほどの優しげで落ち着いた声が嘘のようだ。

 校長はスーツジャケットのポケットからハンカチを取り出すと、視線を右往左往させつつ秀貴を見ながらハンカチで額の汗を拭った。


「気を悪くしないでほしいんだけどね。私はね、藤原君のように、大柄で頼りがいのありそうな子を想像していたものだからね、少々、驚いてしまってね……」

「それは、申し訳ありません」


 期待を裏切ってしまったらしいので、とりあえず謝っておく。

 勝手に期待されて勝手に落ち込まれているので、自分にはどうしようもない事なのだが……。


「あと君、髪の色が違うようだけど?」


 校長の視線の先には、黒髪と眼鏡。

 あの教師らしき中年男も、この姿を見てよく自分の事だと気付いたな。秀貴は胸中で静かに感心した。


「竜真さんが、地毛だと眩しすぎるからとカツラを用意してくれました。あと眼鏡も、明るめの瞳の色が抑えられるからと……」


 ありのままを喋っているのに、何故か校長からの猜疑心に満ちた目は継続中だ。

 なので、秀貴はカツラを外した。その下にある黒いネットも取り払い、奥から輝く金色の髪が現れた瞬間、校長が「眩しいっ」と目を細める。


「自分では分からないんですけど、俺の髪って見る人によってはそうとう明るいみたいで……。入学までには抑えられるようにしておきます」


 眼鏡も外しながら言ったところで、自分はまだ入学が決まっているわけではない事に気付く。何せ、今日は入学試験を受けに来たのだ。


「そのためにも、入試と面接をお願いします」


 竜真から言われた通り、出来るだけ堂々と促す。

 校長は何度か強く瞬きを繰り返したのち、思い出したようにひとつ手を叩いた。


「おお、そうだった。まぁそこへ腰を掛けてくれ。聞けば、君は小中学校へ通っていなかったとか」


 校長は立ったまま、おそらく三人掛けであろうソファーを手で示す。

 ひと言「失礼します」と頭を下げ、ソファーへ座ると、秀貴は頷いた。


「はい。十五歳までは家の外へも出た事がなく……」


 質問の意図は不明だが、嘘偽りなく話す。

 さすがに、事細かに明かすのは気が引けたので言葉はここで止まった。


「ああ、大丈夫だよ。どのような家庭で育っていようと、そこを基準として入学を断ることはないからね」


 彼は本棚から、しっかりとした装丁(そうてい)の本を一冊引き抜いて戻ってくる。

 それをローテーブルの上へ置き、どっこらしょ、という掛け声と共に、秀貴の向かいへ腰を下ろした。


「これは、藤原君が卒業した年のものだよ」


 金色の箔押しが施された『卒業アルバム』の文字。藍色の表紙を捲り、生徒会や各委員会のメンバーの集合写真が並ぶ中で校長の丸い指が止まった。

 見覚えのある顔ぶれに囲まれた、見覚えのあるクリーム色のウエーブかかった髪。前髪は今より短く、後ろ髪は肩くらいまである。他の委員会に比べて人数が多く感じるのは気の所為ではないだろう。なんというか、画面が圧倒的に騒がしい。

 先日会った顔たちだが、写真の中で笑っている彼らには、まだ少年らしさが残っている。

 秀貴の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。

 一方、校長の表情は暗い。


「あれからたった二年で校内は荒れ放題だ」


 重い溜息を吐きながら、校長が背中を丸めた。その姿は、多くの生徒を統率する長の姿とは思えないほど小さく見える気がする。


「本校が髪型など、他校に比べて自由度が高いのは知っているね?」


 秀貴が肯首で答えると、校長は続けた。


「いわゆる不良を校内へ入れないようにするために、なるべく入試問題を難しいものにしているのだがね」


 またひとつ、溜息をもらす。


「結果的に、頭の良い不良が増えてしまってね。いやはや……教師たちも手を焼いているんだよ」

「髪を染めたり、服装が乱れているだけで不良と呼ばれてしまうのですか?」


 一般的な“不良”の基準。テレビドラマで取り上げられる、不良の印象がこれだった。しかし、この学校は校長が言った通り『髪型などの自由度が高い』のだ。

 秀貴とてそれは承知している。ただ、この学校でどのような行為をすると“不良”と呼ばれるのか、が気になっているのだ。

 問いに対して、校長は首を横にゆっくりと揺らし、答える。膝の上で組んだ両手を握ったり開いたりしながら、視線をそこへ落したまま。


「いいや。我が校は頭髪や服装に関する校則は、あってないようなものでね。私たちが不良と呼ぶ生徒は、他の生徒や教師、果ては他校の生徒に対する迷惑行為を働く者たちのことを差すんだよ。頭が切れる分、いじめの内容も巧妙化してきていて……」


 校長の声が尻すぼみになってきたかと思うと、急に大声が秀貴の耳を直撃した。


「そこで! 君に校内でいじめや暴力が横行しないように見張ってもらいたいんだ!」

「……はい、そういう……話ですし……」


 キィンと鳴る耳から手を離し、ぎこちなく頷く。

 竜真から、風紀委員としての役目は教わっている。一般的に『風紀委員』とは、校内における男女交際などの不純行為に関する取り締まりを行うのが主らしいが、この学校では『他者への迷惑行為を取り締まる人のこと』を差すのだと。

 例えば、ひとりで授業をサボるのは個人の自由だが、連れ立って行うのは取り締まりの対象となる。

 これは校長の言う“不良行為”と一致する。秀貴はこれが知りたかった。風紀委員の役割が、竜真と校長との間で共通した認識なのかどうか。ズレが生じていては、後から多方面で軋轢を生んでしまうかもしれないからだ。


 竜真からは、自分の悪事に他者を巻き込む行為に対して注意するようにと言われている。嫌々参加させられている者も、表面上は悪ぶったり仲間面をしている場合が多いからだそうだ。

 その話を聞いた時も秀貴は「人の中で生きるのは大変なんだな」と思ったものだ。


「それじゃあ、入試をしよう」


 どさ、とテーブルの上に置かれた問題用紙に、秀貴の切れ長の目が丸くなる。

 受験科目は国語、数学、英語のみだと聞いているが、理科や社会、音楽の問題用紙も見える。そして、量が多い。


「君、小中学校へ通っていなかったんだよね? これ、小学校のおさらい分もあるからね」


 にっこりと口元に皺を作って、校長は「問題用紙と解答用紙の番号をよく見てね」と、解答用紙を手渡してきた。解答用紙だけでもゆうに十枚はある。

 秀貴はそれを疑問に思うこともなく、言われるがまま、ただ黙々と問題を解いた。

 夕方の五時が提出期限だ。当然、昼も跨ぐ。

 昼食は学校側が用意をしてくれたし、常にお茶が用意され、トイレ休憩なども自由に行えた。

 小学校の問題は、漢字や、面積、体積、分数問題を中心に、楽譜を読んだり簡単な絵を描くものがあった。秀貴を悩ませたのは、心理テストのような道徳問題だ。「答えがないので、直感で答えましょう」と問題文に添えられていても、戸惑ってしまった。

 中学の問題も当然出されている。一年からの復習問題。それは通常の入試内容と同じもののようだ。竜真が用意してくれた過去問題で見たものがたくさん並んでいる。こちらは、さほど頭を悩ませずに進めることが出来た。


 どっさりと置かれていた試験問題が全て見直しまで終わったのは、午後四時三十分だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 秀貴が風紀委員……。廊下に死体(に近いもの)が点々と転がっている風景が思い浮かべられてしまいますが(笑)。
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