41.報酬
目標が定まれば、行動は早い。
今まで通り筋トレや買い物、料理に加え、他の家事も覚え、高校入試に向けて過去問題も山のように用意された。
もちろん、これだけの課題をこなすのは極めて困難なことだ。
しかし、全教科九十五点以上とれなければ強制的に家族全員夕食抜きなので、必死に解いた。竜真やつぐみまで食事抜きとなると、秀貴も本気にならざるを得ない。
いや、元々手を抜いたりはしていないのだが、一層自分を追い込み、文字通り必死に、確実に目の前の課題をやり遂げていった。
秀貴が通う予定の私立高校は入試科目が国語、数学、英語の三科目のみ。それに加え、自己アピールや特技披露などを見る面接が行われる。
そして、受験科目以外のテストも加わってくる。特に体育と音楽は今まで全くと言っていいほど触れてこなかったので、教える側にも熱がこもる。つぐみの歌のうまさは、秀貴も拍手をおくるほどだった。
体育は家の隣にある小さな公園を使い、縄跳びを中心に走り込みや鉄棒を。その合間にスケッチブックを持って河原へ行き、絵を描いたりもした。
目を閉じたと思えば、すぐに朝が訪れる。そんな毎日を送っていた。気付くと、二月も終盤という事実に、ある時秀貴は驚愕してしまう。
そして、驚くことがもうひとつ。
「秀貴君、君の口座、お金が結構追加されてるはずだから、見に行こうか」
「へ?」
竜真が持ってくる仕事も継続中だ。もう一か月と少し経つ。作った護符の枚数は覚えていないが、一日に一、二枚作ってきた。生家や伯父の家に居た時と比べれば、かなり少ない。
ある意味、課題の息抜きとなっていた。
「世の中、景気が良いところは良いからさ。初回一枚二万円でも買う人は買うし、効果が実感できればもっと高値でも買ってくれる」
東京の人って特に、高価なものほど手を伸ばす傾向にあるから、一枚十万円以上でも買い手は居る。逆に大阪だと五千円でも売れないのだと、竜真は言った。
竜真と共に初めて銀行へ行き、窓口で手続きをして、通帳を開いてみる。そこにに記入されている数字を見て、固まってしまった。
伯父に使われて五十万以下まで減っていた残高が、九十万円に増えているのだ。
「一か月ちょっとでこの金額って……」
数字と睨めっこするも、まるで実感が湧かない。
「金運上昇系のお札は初回五万円。恋愛関係は初回五千円。面白半分で買った人がパチンコや競馬で大勝ちして、そこから噂を広めてもらったカンジかな」
詐欺のような値段でも、実績が伴えば信憑性も出る。噂に敏感な金持ちが買って、また実績作りを手伝ってくれる。
とにもかくにも、影響力のある人物からの信頼を得ることが重要なのだと、竜真は言う。
反面、地元のお年寄りを中心に始めた電気マッサージは一回につき二千円程度。直後から効果が実感できるので、リピーターが多い。
問題は、秀貴がまだ未成年だという点だが、竜真の名義で仕事を請けているので、現状でいえば、税金さえ納めていればお役所は何も言ってこないだろう。とのことだ。
というか、最近は政治家の耳にも入ったらしく、問い合わせがちらほらあるらしい。
竜真の仲間の七三眼鏡の父が自治省に勤めていて、そこから各界の大御所にも話が広がりつつあるとか。
「……話がでかくなりすぎてて怖ぇんだけど……」
秀貴は通帳を閉じて身震いした。
「大丈夫。隠すところは隠して進めてるから。その為の窓口だよ」
頼もしい限りだ。
メディア露出は避けつつ、間口を広げてくれている。
天空から散々『運がない』と言われた自分にはデキすぎている。となれば、やはりこの状況は自分の力というより、竜真の運と実力と人脈のなせる業だ。
「じゃあ、そろそろ家に生活費を……」
「それは要らないって言ったよね?」
顔は笑っているが、空気は笑っていない。
冷たくなった背筋を伸ばし、秀貴は口を真一文字に結んだ。
竜真がまなじりを下げて小さく手を振る。
「大丈夫。ちゃんと、仲介料と事務費用を受け取るからさ。一割くらい」
「少なすぎるだろ! せめて半分受け取ってくれよ!」
思わず大きな声が出てしまった。それくらい、竜真の仕事量と報酬が見合わないのだ。
竜真は「じゃあ三割。次回からね」とにっこり笑って報酬の話を打ち切った。
「と、いうわけで。学費は口座から引かせてもらうよ」
「もちろん、それでいい」
「制服や鞄は僕からの入学祝いのプレゼントってことで。あ、受験料は君のお父さんがもう払ってくれてるんだって」
話が、もう受験に合格した態で進んでいる事にツッコミを入れようとした時、思いがけない名前が出てきて、動きが止まってしまった。
「父う……父が?」
「君、愛されてたんだねぇ」
「そう……なのかな……」
体感としては、薄い。
年に一度しか顔を合せなかったのだ。秀貴に『愛』という表現はすんなり沁みてこなかった。
「だって、君の部屋、本の重みで少し傾いてたけど、あれだけの本を用意してくれてたんだよ? 広さだって充分あったし。礼儀作法を君に教えていたって事は、将来、外へ出られるようにするんだって気持ちの表れだと思うんだよね。それに、憎い子に『秀貴』なんて立派な名前を付けたりしないよ」
言われてみればそうなのかもしれない。
顔を会わせて話すのは年に一回きり。口数も少なく、その会話すら長くは続かなかった。体調はどうか、困っていることはないか、どんな本が好きなのか。去年の会話の内容はそんなものだったように思う。
少なくとも、罵声を浴びせられたことはない。が、結局のところ父親の真意など今の秀貴には分かるはずもないし、今更な話だ。
ただ、竜真の言葉を突っぱねる気にもなれず、秀貴は口元を緩めて軽く肩を竦めた。
「だと良いな」
その短い答えに、竜真は柔和な笑みを返した。




