39.ドライブデート
式神云々は無理でも、度々話し相手になりに来るから。と天空に別れを告げ、一行は下山した。
そして、秀貴はまた自分に課せられた試練と遭遇することになる。
「貴様が新しく彩花様の婚約者となった、ナルヤマヒデタだな!?」
顔じゅう傷痕だらけの男が、怪しいイントネーションで叫んで呼び止めてきた。ドスを持ち、秀貴を指差している。
どう見てもカタギではなさそうだが、スーツではなく和装を着崩し、胸の下まで巻かれているさらしがチラチラ見えている。見た目の年齢は二十代前半から三十前後といったところか。
「えーっと……俺はナリヤマヒデタカであって、ナルヤマヒデタさんではありません」
つられて若干カタコトになった秀貴が、律儀に頭を下げる。
男は「人違いか! すまねぇ!」と片手を挙げ、踵を返した。が、三歩進んだところで振り返り、再び秀貴との間を詰める。
「言い間違えただけだぁ! オレぁ、お前に用があるんでぃ!」
飛んでくる口角泡を避ける流れで、秀貴が首を傾げる。
「でも俺は彩花と婚約なんてしてな――」
「そうです! まさしく! この方が! わたしの新しい婚約者となった! 成山秀貴さんです!」
ぐいぃっと腕を引かれ、しがみ付くように抱き寄せられた。
彩花も引く気はなさそうだ。どうやら、彩花の婚約者はいつもこんな感じで狙われるらしい。
「やはりそうかぁ! 貴様を倒して、オレが槐の若頭になってやるぁあ!」
ヒャッヒャッヒャッ!
引き攣るような高笑いと共に、ドスが勢いよく振り上げられる。
「さぁ秀貴さん、他の刺客への見せしめに、殺してしまっても構いません!」
「いや、殺しちゃダメだろ」
人差し指を男へ向けると、男は電池が切れたおもちゃのように動かなくなり、あっけなく倒れた。
ドスを振りかぶったポーズのまま、地面にぶつかる。
「危ないから、警察呼んどこうか」
竜真の提案で目の前にある公衆電話で最寄りの交番へ連絡し、自分たちは用があるからと告げ、さっさとその場を後にした。
本来ならば事情聴取などが行われるのだが、槐の名前を出すと警察も「またか」というリアクションで見逃してくれたのだ。竜真も「この辺の警察は緩いから大丈夫」と言っている。
倒れた男を放置することに多少の罪悪感を抱きつつ、彩花に手を引かれるがまま秀貴も男から遠ざかった。おずおずと後ろを振り向く。ピクリとも動かない男が、少しばかり憐れに思えた。
「秀貴君、ちょっとドライブに付き合ってくれる?」
山から数分歩いたところで、竜真が空き地に停めてある赤い車を指差して言った。
「つぐみと彩花ちゃんはここでお別れ。気を付けて帰ってね」
「あー、そういや兄貴と秀貴って付き合ってんだっけか。秀貴、忙しいな。彩花と婚約して、兄貴ともデートして」
つぐみのひと言で、そんな設定もあったな、と竜真自身忘れていた事を思い出す。
「あー、うん。そう、デートデート。もしかしたら帰りが遅くなるかもしれないから、ご飯はテキトーにコレで食べといて」
つぐみは千円を手に入れた。
「遅くまでデート! なんて破廉恥な……!」
彩花は叫びながら、インスタントカメラで竜真と秀貴を激写している。
息を荒くしている親友に、つぐみがひと言。
「彩花ぁ……お前、どーいう心境で写真撮ってんだ?」
「あら、つぐみちゃん。殿方同士の禁断の愛と、わたし自身の恋心は同じ世界線に存在しないのよ」
「いや、コレについてはどー考えても同じ世界線の、同じ時間軸に存在してんよ……」
とか何とか言っている間に、竜真と秀貴はドライブデートとやらに出発していた。
「あのふたり、あんな所に置いてって大丈夫か?」
「大丈夫。公衆電話があったでしょ? きっと彩花ちゃんが家に電話して、迎えを呼ぶよ」
流れる景色を眺めていた秀貴が、竜真の横顔に目を向ける。
初めて会った時は物語の王子様かと思って緊張したこの顔も、毎日見ていると慣れるものだ。
赤信号。横断歩道を渡る人の様子を見ながら、竜真が口を開いた。
「秀貴君はさぁ、彩花ちゃんのこと、苦手?」
「え…………」
突然投げ掛けられた質問に、秀貴の思考が一瞬固まった。
脳を再起動させ、考える。
「苦手……じゃないけど、婚約……結婚は、ちょっと……。あ、えっと、仲良くしてくれるし、彩花の事は嫌とかじゃ、全然……でも、そういうのは違……うぅんと、何て言ったらいいのかな……怖い……っていうか、あ、彩花が怖いんじゃなくて、えぇっと、……関係? 俺は、前に彩花から『友達』って言ってもらえて、嬉しかったんだ。だから、友達としてそばに居たいっつーか……彩花には、他の奴と幸せになってほしい……っていうか……」
まとまりのない言葉を、竜真はクラッチとアクセルペダルを踏みながら聞いていた。
そして、言葉を掬い上げる。
「なるほどね。友達が急に婚約者になっちゃったら、戸惑っちゃうよねぇ……」
挙句、神様にまで散々言われた体質ときた。将来を今考えるなど酷な事だ。
竜真もあの時に秀貴をけしかけたひとりなので、バツが悪いし責任も感じている。
「でも、俺が拒絶するたびに彩花が嫌な思いをするのも、俺は嫌だ」
「あ、大丈夫、大丈夫。あの子はそんなにヤワじゃないから」
即座に“気にするな”と言われてしまう。
「友達でいたいなら、君はそうすればいいよ。彩花ちゃんにも、他に好きな人が出来るかもしれないし。もちろん、秀貴君もさ。その体質ごと愛してくれる人が現れたら、その時改めて結婚について真剣に考えればいいと、僕は思うよ」
なにせ、ふたりはまだ十四歳と十五歳。先は長いのだ。
愛だの恋だのはこれから向き合えばいい。
あとは、何でもない雑談をした。竜真の高校時代の話や、つぐみの中学での事など。
そうして着いた場所は――。




