37.六合の仲間
「ばっちゃん!」
野次馬の間を掻い潜り、小柄な老人の元へ辿り着いた。
“おか豆腐店”。地元の保育園や幼稚園に豆腐を卸し、移動販売も行っているため若夫婦は店を空けている事が多い。代わりに、御年八十超えの富子が店番をしている。
そんな中、倒れた富子を中心に出来ている人垣を押し退け、近付いてくる人物がいた。
「おふくろ!」
外回りから帰ってきた現店主である息子の悲痛な声が響く。
暖かい厨房から寒い屋外へ出た事によるヒートショックでも起こしたのか、外傷は見当たらないが脈がない。
「秀貴、電気ショック!」
「いやいやいや。俺は医者じゃねーし。そんな勝手に医療行為は――」
「うっせ―黙れ! ばっちゃんが死んじまっても良いってのか!」
「いや、よくはねーけど……」
ならやれよ! と責め立てられ人徳的に抵抗はあるものの、つぐみの勢いに気圧されて言われるがまま富子の側へ腰を落とす。
ギリギリ触れない程度の間隔を保ったまま、手を翳した。自分の中を流れる電気を、富子へ流し込むイメージで。
すると、止まっていた心臓が動き出した。
「いや、心臓、完全に止まってたぞ?」
信じられない。
「心肺停止して、あまり時間が経ってなかったからじゃない?」
遅れてやって来た竜真が、秀貴の隣にしゃがみ込む。富子の脈を測り、頷いたと同時に富子の目が開いた。
「おや、まぁ……どうしたんだい? みんな集まって」
「おふくろ! よかった! 体に違和感はないか!?」
号泣している息子に抱きつかれ、富子は目を皿のようにした。
「そういえば、夢の中にお父さんが出てきたよ。久し振りだったねぇ」
呑気な事を言っているが、死んだ夫に逢ったという事はそうとう危険な状態だったのだろう。実際に、心臓も止まっていたのだ。
「でも、何だか体がスッキリしているよ」
そう言って立ち上がった富子の背筋はピンと伸びていた。いつもはアルマジロのように丸い背中をしていたというのに。あまつ、腕を振り上げながら屈伸まで始めた。
「秀貴君、富子さんに何したの……?」
「……わかんねぇ……」
「ヤバイ薬キメたみてーになってんじゃねーか……」
「……俺はその、ヤバイ薬っつーのも知らねぇんだけど……」
「うん。君は知らなくていいよ」
念の為病院へ行くように伝え、三人はぎゅうぎゅうに集まっている人の間をこそっと抜け出す。
富子を中心に大喝采が起きている中、三人は他人事のようにそれを眺めていたが、程なくして豆腐屋を後にした。
富子が無事で安心したものの、学校からここまで怒涛の勢いで色々起きていて、秀貴も何が何やら気持ちの整理がつかないでいる。
余談だが、富子は今後、元気に百歳以上生きて、市から表彰までされる事となる。
『しっかし、こんなに早く数珠がダメになるとはねぇ』
壊れた数珠の輪の中心で、六合が溜息を吐く。
『あたいは植物の神。石は石の神を訪ねるのが一番さね』
六合の案内でやって来たのは、街並みが一望できる山の頂上だった。
『今から会うヤツは、厳密には“大地の神”って呼ばれる土神さね。あたいとは持ちつ持たれつの関係さ。まぁ、十二天将でワンマンなのは、四神と騰蛇くらいのモンだけどね』
ここに居る“神様”は人が好きなのだが、人に嫌われているからと、自らこの山に引きこもっているらしい。
竜真とつぐみが言うには、一部の界隈では心霊スポットとして有名になっているとか。昼夜問わず暗い山の中で、笑い声がするためだという。
今の秀貴には、その正体が神様だと分かるので怖くはないが、何も知らなかったなら震えあがっていたことだろう。
周りを見れば、まだ昼間だというのに陽の光が届かないほど木々がうっそうと生い茂っているのだ。それも、六合の合図でモーゼの海割りが如く、木々が幹を湾曲させて道をあけてくれる。
『おーい! 元気にしてるかい?』
六合が呼びかけると、地震のような振動があり、大地を揺るがすバリトンボイスが響いた。
『あっらー! 六ちゃんじゃない! 久し振りねぇ~! 元気にしてたぁ? アタシは元気よ! でも最近、肝試しに来る子も減っちゃってぇー! 寂しくしてたのよぉ! アラアラ! 今日は初めての顔が居るわね! 可愛い坊や、つぐみちゃんのカレシかしらぁ? あ、ねぇねぇ聞いて! アタシ「カレシ」「カノジョ」って言葉を覚えたのぉー! この前やって来たアベックが――』
『後で聞いたげるから、少し黙んな』
永遠に続きそうなマシンガントークに六合がストップをかけると、ソレは『ごめんなさぁい』と俯いた。
十二天将の天空。
その外見は、ひと言で表すなら“ガイコツ”だった。声質はコントラバスを思わせる低音だが、話し方と仕草は女性的である。
「土神様の天空だよ。オカマちゃんの骨格標本みたいでカワイイよね」
竜真が雑に紹介する。
「天空、こっちは人間の秀貴君。かくかくしかじかで大至急、新しい数珠が欲しいんだ。石を用意してくれないかな」
天空は、まぶたのない顔で瞬きをすると、ほっそりとした指を顎に置いて秀貴の周りをぐるりと一周した。
割れていない方の数珠を見つめながら、小さく頷いている。
『電気石も良いけれど、アタシは瑠璃をオススメするわ』
『へぇ、どうしてだい?』
六合が興味津々で身を乗り出す。
『だぁってこの子、不幸っていうか不運っていうか、とにかく運勢が良くないもの。今生きている事で、一生分の運を使い切ってる感じよ? しかも、コミュニケーション力も低いんじゃない? 人慣れしてない小動物みたいに見えるわ』
あぁ、確かに。と六合も頷いた。
散々な言われようだが、竜真やつぐみはおろか、秀貴さえも何も言い返せないでいる。実際、秀貴自身も散々な人生だったと思っている。
『ラピスラズリは、邪気を跳ね除けて幸運をもたらす石なの。この子の場合、それでも平均より少し下の運気でしょうけど、今よりはずっと良くなるはずよ。加えて、コミュニケーション能力も高めてくれるわ!』
更に、さすが神様というべきか……ラピスラズリは柔らかい石だが、硬度を極限まで高めてくれるらしい。
つぐみは声を上げて感心しているが、秀貴は「俺って、そんなに不運なのか……」と絶望に表情を曇らせている。
「あー……まぁ、一、二週間の内に身内が三人も死んでるもんねぇ……」
竜真たちが居なければ、天涯孤独なのだ。最後の身内を喰い殺した竜真が、苦い笑顔を作っている。
「っつーか、そんなバカみてーな力持って生まれた時点で“幸運”じゃねーよな」
つぐみの、歯に物着せぬ言葉が秀貴の精神を直撃した。
『神様のアタイから見てもバケモンだものねぇ』
人外の六合にまで言葉でぶん殴られる。
泣く寸前の秀貴。
『ア、アタシの力をもってすれば、今のこの子の力だったら向こう百年は抑えてあげられるわよ!』
心が損傷していた秀貴だが、天空の言葉に顔を上げる。一番の希望が叶えられる事に、取り敢えず安堵して。
『ところで坊や……秀貴っていったわよね』
「ああ」
『神様に頼みごとをする時は――』
「お供え物か!」
ハッとして服の中を漁りだす。
今日は授業参観日だったので、金銭は持ち合わせていない。かろうじて、以前道を歩いている時に近所のおばちゃんから貰ったアメがひとつ。
「こ、これで……」
『うーん、アタシ、食事って摂らないの』
秀貴は再び、顔面を絶望色に染めた。
じゃあどうすれば良いのか、と竜真を振り返ると、彼は苦い笑顔のままだった。
つぐみは笑顔だが、六合の表情は分からない。
戸惑っていると、天空が細くて白い人差し指で空中に「の」の字を書きながら言った。
『ひと晩、アタシと寝てちょうだい』
竜真が「その言い方はちょっと」と呟いたが、誰にも届かなかった。
「そんな事で良いのか。わかった。寒いから、布団と毛布を持ってくる」
即答されて驚愕したのは、天空だった。しばしきょとんとした後、女子高生のようにはしゃぎ出す。
『きゃあ! やったわ! 願いを聞き入れてもらえたのなんて、何百年振りかしらぁ!』
願いを聞く立場が喜びながら手を叩く。
アタシが快適な空間を提供するから、布団とか必要ないわよぉ!
飛び跳ねるように言いながら天空が指をくるくる回すと、ドーム状の倉――かまくらのようなもの――が地面から生えるように出現した。人がゆうに四人は入れる大きさだ。その横に縦長の、電話ボックスのようなものも現れた。
『寝所と厠よ! 他に必要なものはあるかしら?』
「すごいな、神様! 魔法みたいだ」
『ふふ! 魔女っ子天空ちゃんね! 必要なものがあったら言ってね! アタシ、岩塩だって出せるわよぉ!』
岩盤浴セットまで出てきた。温度調節まで自在らしく、これで寒さはしのげそうだ。
その上、六合がサボテンや水の出る木や、果物を出してくれた。
加えて、剛田との乱闘で破れまくった服まで修復された。綿百パーセントのロングTシャツは新品同様だ。スカジャンは化学繊維が使われているので完全には直っていないが、ほつれや破れが縫製された。
『お風呂が用意できなくてごめんなさいね』
天空が眉尻のあたりを下げる。というか、すぐにお泊りする流れになってしまっている。
竜真とつぐみの夕食は……と思ったが、竜真が「僕たちはテキトーに何か食べるから気にしなくて良いよ」と言ってくれた。
こうして急遽、土神天空と、一夜を共にする事となった。
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