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27.最期

 

 今まで無感情に等しかった彼が、僅かに苛立ちを滲ませて言った。


「気絶させんじゃねーぞ」


 誰に言ったのか――秀貴が視線をスライドさせる。

 以前、竜真が『使役している』と言っていた六合。竜真の背中から生えている“植物たち”は、六合が具現化したもののようだ。今は人ひとりくらいならば容易に取り込めるだろう。巨大なウツボカズラが、竜真の隣に控えている。

 更に、そこから伸びた細い、糸のような、繊維ともいえる(つる)が数本。それらは男の耳から中へ(・・)と入っていった。


『任せときな。気絶しちゃわないように、神経叩き起こしといてあげるわさ!』


 人の形ををしていたならば、ウインクを飛ばしてきそうな声で六合(ウツボカズラ)が答えている。

 人の悲鳴をこんなに聞き続けることなど生まれて初めての秀貴は、完全にすくみ上ってしまっていた。

 こんなに声が響き渡れば、近隣の住人が不思議に思いそうなものだが、外野は静かなものだ。

 そうこうしていると、六合(ウツボカズラ)は巨体を男の横へつけ、蔓で男をクレーンゲームのごとく掴み上げた。


『いっただっきまーす』


 ぱくん、とかわいらしい音……ではなく、ドボンという、沼に落ちたような気味の悪い嫌な音が、狭い納屋に響いた。

 男の悲鳴は継続している。

 喉が焼けるような声。聞いている者の精神を削ぐ声だ。

 他人の血を見ただけで倒れる秀貴には、正直(こた)える。伯父の姿が見えていないのが、せめてもの救いかもしれない。

 つぐみは指で耳栓をしたまま、つまらなさそうに人を喰らうウツボカズラを見ている。

 顔面蒼白で動かない秀貴に、竜真はゆっくり近付いた。


「“悪を裁けるのは更なる悪だ”なんて言う人がいるけど、僕は悪人になったつもりはないんだ。かといって、正義っていう鈍器で人を殴りつける趣味もない」


 竜真が右手を上げると、男の悲鳴がぱたりと止んだ。

 どうなったのか、など考えたくもないので、秀貴は竜真の言葉に耳を傾ける。

 つぐみも耳栓を解いた。


「僕はただ、人の形をしたゴミを掃除しただけ」

「……じゃ、なかったら……」


 血の色を失くした唇から、小さな、震える声が発せられた。


「た……竜真さんにとって、ゴミ、でも……もし、そうじゃない人がいたら……大切に思う人が、いたら…………」


 居なくなって悲しむ人が存在する限り、遺された人にとって、この行いは悪になる。


「いないよ」


 竜真が寸分の迷いなく、ぴしゃりと否定した。


「他の血縁者、配偶者、恋人、子ども……誰もいない」

「え……」

「調べたよ。ちゃんとね。一応、一緒に住むからにはある程度のことは知っておかないと。()が、ここでどんな扱いを受けていたかまでは調査が及ばなかったけど、ここも、君の生家も調べさせてもらったよ」

「だ、だからって…………」


 腑に落ちない。


「結局、天秤に掛けるしかないよね。僕は、あいつが生きてることで君の生活が脅かされるのに我慢が出来なかった。だからって、あいつが死んだのは君の所為じゃない。殺したのは僕。と、いうわけで、秀貴君は気にしなくて良いんだよ」


 気にするなと言われても、とても出来そうにはない。

 しかし、手を差し伸べる竜真の声も口調も、秀貴がよく知っているものへ戻っている。それに関しては安堵しつつ、秀貴は竜真の手を取った。

 ふらつきながら自分の足で立ったところで、竜真が手首に何かを巻いてきた。葉っぱ……いや、蔓だろうか。両手にそれが巻きつけられると、今まで重力に逆らってふわふわ浮いていた竜真の髪の毛が、すとんと下がった。


「応急処置だけど、今はこれで我慢してね」


 不思議に思って手首を見やれば、父から貰った腕珠の玉数個に大きな亀裂がはいっているではないか。一歩間違えれば、自分の周りの人々が皆死んでいたかもしれないのだ。

 秀貴は、本日何度目になるか――全身から血の気が引いた気がした。


「秀貴さん!」


 場に似合わぬ、鈴の音を連想させる声が飛び込んできた。


「彩花? 何でここに……」


 秀貴の疑問に答えるより先に、彩花は秀貴の胸に抱きついた。反動で秀貴の体が少しよろめいたが、彩花の両腕ががっしり捕まえて、倒れるのを防いでいる。


「父に全て吐かせました(・・・・・・)!」

「え……」


 秀貴には何のことだかさっぱりわからない。


「あのド畜生が、秀貴さんを誘拐するよう、うちの父に懇願してきたんです!」

「ど、どちく……?」

「手を貸す父も父です! わたし、お父様の事を一生許さないと申し上げたんです!」

「えっと……」

「そしたらお父様、泣いて許しを請うてきました。でもわたし、一週間口をきいてあげないんです!」

「あの……」

「あぁっ秀貴さん、お怪我をされています!」

「いや、大丈――」

「竜真さん! 秀貴さんの傷に薬を!」

挿絵(By みてみん)


 秀貴に喋る隙を与えない彩花。

 いつもおとなしい人物の隠れた一面を見た所為か、疲労がどっと増した。

 そんな中で、つぐみだけはいつもと変わらず前歯を見せて笑っている。その顔を見ると、秀貴は冷えきった体が少しだけ暖かくなった気がした。

 彩花に支えられて外へ出ると、見知らぬ男たちがライトを持って立っていた。

 男たちは竜真の姿を確認するなり、一斉に頭を下げる。それらは、人の手が入った金色の髪だったり、リーゼントだったり、コテで巻いたパンチパーマだったり、七三分けだったり……と様々な色と髪型をしていた。

 服装も、スーツやエプロンや土方(どかた)の作業着までいて、統一感がない。


「竜真さん、例の方は無事搬送が完了しました」


 七三分けで眼鏡の男が、姿勢を正して竜真に伝える。


「ああ。皆も悪いな。仕事中に呼び出して」


 竜真の言葉に、男たちはまんざらでもない顔。


「竜真さんの頼みとあらば、いつでも馳せ参じますぜ!」

「いつでも呼んでください!」


 僕もオレもと声が上がる。

 秀貴はこの空気に全くついて行けない。そう。竜真が“教科書”として渡してきたヤンキー漫画の世界に迷い込んでしまったような光景が、眼前で展開されているのだ。

 ついていけるはずがない。

 そして、極めつけはサングラスをかけている黒スーツの男たちだ。みな、同じような背格好をしている。彼らは彩花の前に並び、片膝を突いた。


「お嬢様、組長からの命とはいえ、お嬢様の大切なご友人を危険な目にあわせてしまい、申し開きのしようもございません」

「その場で腹を切って詫びなさい」


 彩花が言い放つと、男たちは懐からドスを取り出し、鞘から抜き始めた。

 秀貴は彩花と男たちを交互に見やり、止まる様子がないと悟ると慌てて割って入った。


「だ、大丈夫だから。彩花……やめさせろよ」

「秀貴さん、わたし、お友達は何より大切に想っているんです。この者たちもそれを知っているから、こうしてお腹を――」

「俺は無事だし、これ以上俺の所為で人が死んだなんて、夢見が悪くなるから……」


 秀貴が顔を伏せるので、彩花は黒スーツたちの切腹を止めさせ、先に車へ戻るよう指示した。


「秀貴さん」


 彩花の腕に力が加わった。


「わたしは、死とは人に負の記憶を刻む呪いだと考えています。わたしは、置いていかれるのは嫌です。ですから……」


 秀貴は黙って次の言葉を待ったが、彩花は長いまつ毛を伏せてかぶりを振った。


「わたしったら、急におかしな事を言ってしまって、すみません」


 残されるのは寂しいし、悲しいし、虚しい。秀貴には痛いほどわかる。

 彩花に何か言おうと口を開きかけたが、言葉が舌に乗ることもなく、口はそのまま閉じられた。





 

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― 新着の感想 ―
[一言] 人それぞれに思いや信条があって互いに絡み合ってできる流れが現実というもの。柔軟でありながらも迎合しない意思が大きな流れを先導していく。そんな感じですよね。
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