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24.ひとりでおつかい

 



 食事を終えた秀貴は、自分にあてがわれている部屋へと戻り、筋トレを再開した。壁の向こうからは、つぐみと彩花の笑い声がする。

 つぐみのカラカラとよく響く声と、彩花の鈴を転がしたような声。対照的なふたりだが、とても仲がいい。きっと“気が合う”というやつなのだろう。

 そうこうしていると、夕飯の買い出しの時間がやってきた。そもそも冷蔵庫があるのだから、食材をある程度まとめて買っておけばよいものだが……一度に食べる量が多いことと、すぐ裏が商店街ということもあり、マメに買い物へ行っている。そして、この時間から午後のタイムセールが始まるのだ。

 オマケでもらったひき肉を使って何が作れるかと考えながら、秀貴は本日二度目の買い物へと繰り出した。



 メンチカツ? いいや、それだと揚げ物が続いてしまう。ハンバーグも良いし、餃子や焼売(しゅうまい)はどうだろう。作り方が分からないから、また訊いてみるか……などと考えながら、商店街を端から歩く。

 豆腐屋、ブティック、文房具店、鮮魚店、八百屋に電気屋。一人で歩くと、改めて情報量と人の多さに圧倒されてしまう。数週間前まで、たったひと部屋が秀貴の世界だったのだ。大分慣れたとはいえ、室内飼いの猫が急に外へ放り出された状態のようなもの。

 それでも、慣れるしかない。

 しかし、まだ己の力を完全に御しきれていないのも事実。手首に数珠を着けているとはいえ、もし、これが片方だけでも外れてしまえば――


(周りの人は死ぬ)


 自然と、下腹部に力が入る。

 そんな秀貴の気持ちとは裏腹に、周りの人は気さくに話し掛けてくれる。

 今度は何が要るのか、とか、今日の夕飯は何にするんだ、とか。必要なものがあればすぐに用意するから、と。

 今日もここの人たちは優しい。だから余計に力んでしまう。油断をすると外へ外へと広がり出そうになる力を、内に留めておくために。

 午前中は彩花が一緒だったからかあまり気にならなかったというのに、ひとりになると余計な事まで考えてしまう。

 逆にいえば、人と話したり意識を他へ向けている間に何もないのだから、そんなに意識をしなくても良いはずなのだ。なのに力んでしまうのは、まだ体と神経が慣れていないから。


 精神力と体力をすり減らしながらも、なんとか買い物を終えた。

 結局、夕食はメンチカツを作ることにした。ろ過してある油を早く使い切りたい気持ちが決定打となった。パン粉や追加の卵、付け合わせのキャベツなどを買い回る。最後に寄った八百屋の女主人が、みかんまでサービスをしてくれた。

 無事に買い物を完遂出来た安堵感と人の親切によって、緊張の糸が緩んでいたのかもしれない。

 秀貴は、背後に迫っていた気配に、全く気付いていなかった。




「秀貴のやつ、おっせーな」


 家の者が心配するからと、彩花が藤原家を出て小一時間。陽が落ちるのは遅くなってきたが、夕方の五時となれば外はもう薄暗い。家の外にある外灯にも明かりが灯った。淡いオレンジ色の明かりをガラス越しに見ていても、暇なことに変わりはない。

 つぐみは堪らず、一階へ下りた。

 秀貴が出かけたのは三時頃だったと、つぐみは記憶している。道に迷ったとしても、商店街の人は世話焼きが多い。迷子の秀貴をほうっておける人は少ないだろう。

 ただでさえ、秀貴を構いたい人が多いのを、つぐみはよく知っている。知らぬ土地へ行くほど、秀貴がバカではないことも。

 だから、ひとりで買い物へ行かせたのだ。

 それなのに、帰ってこないとはどうしたことか。


「あー……何かマズったかな……」


 くるくるの癖毛をワシワシ掻く。

 やかんを手にあて、烏龍茶を温めていると、竜真が帰ってきた。玄関をくぐるなり、


「ねぇ、秀貴君の気配が感じられないんだけど! つぐみ、何か知ってる!?」


 竜真の手には、見慣れた買い物カゴ。卵が割れているらしく、底が湿って、中から黄身が滴っている。

 つぐみの不安は風船の如く膨れ上がり、そのまま破裂した。




◇◆◇◆



 

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― 新着の感想 ―
[一言] 誘拐? するにしても触れられないはずだし。 つぐみが心配しているのが夕飯でないことを祈る。
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