23.友達百人できるかな
「だ、だって……人に触ったのだって……一週間前が初めてで……人ってあったかいんだなーとか、今、改めて思って……ええ? ちょ……な、何……」
目の前に居る三人が急に泣き出すものだから、秀貴のおろおろは止まらない。
「なんだよぉ! 秀貴、お前、捨て子だったのか!」
握りこぶしを両目に当てて天井に向かって泣き叫んでいるつぐみに、目頭を押さえている竜真が、
「つぐみ、秀貴君は捨て子じゃないってつい先日言ったよね? 年末にも聞いたよね?」
と、いつもより幾分弱々しい声でツッコミを入れ、ハンカチで目頭を押さえている彩花は、
「秀貴さん、そんなに嫌われていたんですね……」
と、憐みの目に涙を滲ませている。
「彩花ちゃん、秀貴君は何も、嫌われてたから人に寄り付かれなかったんじゃないんだよ?」
竜真のささやかなフォロー。しかし、つぐみも彩花もそれを無視して、涙を拭っている。
「ええっと……」
「うん。秀貴君は気にしなくていいから」
「はぁ……」
わけもわからず、生返事しかできない。その間に、彼の涙はすっかり乾いていた。
料理が冷めては勿体ないからと、一斉に食卓へ向かい、少し遅い昼食となった。竜真も彩花も辛いものは平気らしく、真っ赤な麻婆豆腐は瞬く間に減っていく。
つぐみと彩花は、食後に何をするかという話題で盛り上がっている。三学期が始まり、宿題が出ているから、それも済ませなければならないとのことだ。
彩花が予習の話を持ち掛けたところで、つぐみが吠えた。
「ああーもう! 良いんだよ、予習なんかしなくても! 授業聞いたら覚えられるっつーの!」
「それはそうかもしれないけれど、授業中に居眠りをしていたら覚えられないわ。せめて、先生に当てられそうな所だけでも見ておきましょう」
彩花に宥められ、つぐみは渋々自室へと上がっていった。
秀貴はというと、脳内パニック三度。“先生”、“授業”、“当てられる”、“予習”……生で聞くのは新鮮な単語が飛び交っていた。それらは教科書で秀貴が“予習”した中に出てきた単語たちだ。
単語の意味を少しずつ思い出してみる。授業は物事を学ぶこと。先生は、それらを教えてくれる人。『当てられる』とは何だろうかと、秀貴は首を捻った。
考えてもよく分からないので、現在の“先生”に訊いてみる。
「それはね、授業中に先生が生徒を指名して、問題の答えを訊いたり、教科書の内容を読ませたりするんだよ。つまり、当てられるっていうのは、指名されるっていうことだね」
秀貴はそういう事かと納得して、大皿に残っている麻婆豆腐を少しだけ自分の皿へ移した。
実のところ、麻婆豆腐を食べたのは――というか、ここまで辛いものを食べたのは、この家へ来るまで未経験だった。そんな秀貴にとって、この刺激物はなかなか強敵だ。食べられないことはないが、休みながらでないと箸が進まない。
それを察して、竜真は麻婆豆腐を多めに取り、唐揚げは大皿に残してある。背が高いので量を沢山たべそうに見られがちな竜真だが、大食漢ではない。
「秀貴君はよく食べるよね。成長期だからかな? 生家に居た時から沢山食べてたの?」
「いや……今までは、これより少ない量だったな」
「ふぅん。どうりで、ここへ来た時に痩せてたわけだね」
竜真曰く、数珠で抑え込んでいるならまだしも、力を垂れ流していた状態ではカロリーの消費量が著しいらしい。
言われてみれば、十歳になった頃から、よく空腹を感じるようになった。成長に合わせて食事の量も増えていたので、指摘することはなかったが。
そして、ここへ来てからは食べる量も増えた。数珠のお陰で力は抑制されているが、運動量が増えたので腹も減る。
食事しているところをじっと見られるのも気恥しく、秀貴は一度、箸を置いた。
「竜真さんは、高校……楽しかったのか?」
今まで、高校は厳しくつらい場所であると聞いてきた秀貴にとって、疑問だった。何故、皆はそんな場所へ赴いて勉学に励むのか。
勿論、これは秀貴の勘違いと思い込みであり、実際の高等学校は――個人差はあれど――苦痛に喘ぎ苦しむ場ではない。何せ、高校へ通うことは“義務”ではないのだ。
竜真はお茶をひと口飲み下してから、いつもの朗らかな笑顔で答えた。
「うん。楽しかったよ。友達も居るし、賑やかだし。秀貴君にも楽しんでもらえると嬉しいなぁ」
秀貴が通う予定の高校は、竜真の母校でもある。先輩がそう言うのなら、きっと楽しいのだろう。
しかし、
「……ともだち……」
縁遠い単語に、不安が一気に膨れ上がる。言葉の意味は識っているが、作り方も接し方も未知数だ。
秀貴は急に重く感じるようになった内臓へ、無理矢理唐揚げを押し込んだ。




