17.仕事をしよう!
夕飯の買い物をして、帰宅する。汗をかいたので、つぐみが沸かした風呂へ先に入った。
今日は疲れているだろうからと、竜真が惣菜を買ってくれた。唐揚げ、コロッケ、マカロニサラダの乗った大皿が、食卓にドンと置かれる。
「炭水化物ばかりだけど、若いから大丈夫だよね」
インスタントの味噌汁にお湯を注ぎながら、竜真が言った。
つぐみは小首をかしげる。
「ウチの夕飯なんて、いつもこんな感じだろ?」
今更なに言ってんだ、と。
「まぁ、そうなんだけどね。昨日は言わなかったけど、秀貴君ってお坊ちゃんだからさ……」
「へ? 小間使いじゃねーの? あたしはてっきり、身売りされた奴かと思ってた」
「いや、年末に父さんと母さんが言ってたでしょ。つぐみも『ああ!』って言ってたじゃないか」
「ジョーダンだって」
けたけたと笑うつぐみと、やれやれと肩を竦める竜真を交互に見ながら、秀貴は少しだけ身を小さくした。
いつも笑顔で『坊ちゃま』と声を掛けてくれていた存在が、脳裏に浮かぶ。心の片隅で“会いたい”と思うも、どうすれば良いのかわからない。そんな考えも、ふたりの「いただきます」という声に掻き消された。
秀貴が味噌汁のお椀を口へ近付けた時だ。竜真が「秀貴君に話したいことがあるんだ」と切り出した。
「お仕事をしようか」
笑顔から発せられた言葉にハッとする。
「す、すみません! 食費も入れず置いていただいて……!」
「敬語使ったから、後で腹筋五十回ね。いや、生活費の事は気にしなくて良いんだけどね。君がこの先、生きていくために少しずつでもお金を貯めておいた方が良いんじゃないかなって」
そうなのだ。父が貯めておいてくれた二千万円は、現在五百万円まで減っている。
「その体質じゃ将来的にも会社員は難しいだろうから、折角だし特技を活かした仕事をしてみようよ」
「兄貴だって、こう見えて一応働いてんだぜ?」
つぐみが、コロッケを頬張りながら言った。
「そ。前も言ったけど、僕は御用聞きをしてるんだ。なんでも屋みたいなカンジかな。これでも顔は広い方なんだよ」
買い物中の声の掛けられ方が竜真のルックスのみによるものだとは思い難かったが、なるほどな、と秀貴は腑に落ちた。
(人望もあるんだな)
素直に尊敬する。だからか、何を言われても反対する気にならない。
否、それは“言われた事には従うしかない”という、秀貴の現状と性格によるものだ。竜真はそれに気付いているので、今日の訓練でも少しばかり無理を強いて様子を見ていた。だが、“お坊ちゃん”といっても、秀貴は甘やかされて育ったわけではないので我慢強い。それは長所であり、短所でもある。
「ところで、仕事って何をすれば良いん……だ?」
年上相手にタメ口はやはり慣れない。たどたどしく言葉を直すと、竜真にくすりと笑われた。
「君は、君の価値をまだ分かってないんだよねぇ……。今はまだ、大っぴらにその“力”を披露するべきじゃないと、僕は思うんだ」
「それこそ、誘拐からの身売りからの見世物小屋行きだぜ?」
つぐみが箸の先を向けてきた。間髪入れず、行儀が悪いと竜真に叱られている。
「昨日作ったお札。アレを売って生活費にするところから始めようか」
言われてみれば、元々父を介して自分が行っていた仕事だ。今、先祖代々受け継がれてきた護符に関する手記は手元にないが、頭には入っている。効果も、中華料理屋の一件で確認できた。
(自分が作った符の効果を見たの初めてだったけど、ちゃんと使えるんだもんな)
己の力に、少しばかり感動する。なにせ、自分の作った符は自分自身に使えないのだ。護符を春江の為に作って持ってもらったこともあるが、目に見える効果ではないので半信半疑だった。
竜真から、具体的にどのような効果のある符が作れるのかと問われた。
まず、一枚のみで効果のあるものと、そうでないものに分かれる旨を伝える。続けて、個体に作用するものと、空間に作用するものについて説明する。
基本的に、個体は一枚、空間は四枚の札が必要になる。
「例えばだけど、神社とかでよく見かける“恋愛成就”のお札って作れるの?」
その手の符も、今まで何枚も作ってきた。
「はい。ただ、いわゆる“両思い”になれるものではなく、ぼ……俺が作るものは、あくまで“対象の人物に出逢う回数が増える”といった効果のあるものだと思い……思う」
「つまり、成就するかどうかは本人次第?」
「そういうことで……だな」
とはいえ、それも効果を見て確かめたことはない。
持ち歩くのが基本だが、小さく折り畳んで飲み込む方法もあるのだと、竜真に伝える。
「知り合いから恋愛相談受けてたから、丁度いいや。効果の持続期間って変えられるの?」
「えーっと……一日から一か月くらい……だな」
竜真は満足そうに笑うと、長い指を顎へ当てて言った。
「じゃあ、三日くらいの長さを一枚、五千円で買うから作ってくれるかな?」
「え……」
期間が短すぎやしないかと、秀貴は耳を疑った。今まで受けてきた依頼は、どれも一週間以上効果があるものばかりだったからだ。
「安すぎたかな? じゃあ、一万――」
「いえ! そうじゃなくて……!」
口から飛び出た大きな声に、秀貴自身も驚いた。
竜真は一瞬動きを止めたが、すぐにいつもの笑顔へと戻った。何も言わず、秀貴の続きの言葉を待っている。
「あの……その……三日で本当に良いのかな、と……」
「うん。大丈夫。値段は? 安かったらもう少し上乗せするけど」
自分の符の価値が分かっていない秀貴は、恐縮しっぱなしだ。“五千円”の価値も、彼の中では曖昧だったりする。買い物をしたのも昨日が初めてなので、仕方がない。
「ぼ……俺はお金の価値に疎いので、価格設定は竜真さんにお任せします」
その返答に、竜真がふふっと笑う。
「分かったよ。それより、秀貴君……」
「はい……敬語を使ったから……」
「そう。食後に腕立て伏せ五十回しようね」
秀貴は小さく、はい、とだけ答えて、コロッケを口へ運んだ。




