15.先生たちが容赦ない
秀貴の数珠は電気石で出来ている。
自身では扱いきれない大きな力を抑制するために、今は亡き父が拵えてくれた。これがなければ……、
「ぼ……俺の周りに居る生物は、みんな……死ぬ」
「じゃあ、外してみよっか」
実に軽く言われたので、秀貴は自分の聞き間違いかと思い、もう一度言ってくれるよう頼んだ。すると、返ってきたのは同じ言葉。
竜真は相変わらず、女子が見れば目をハートにしそうな王子的笑顔をしている。
「僕のことなら心配いらないよ。そう簡単には死なないし。近隣への被害も、六合が食い止めてくれるから。大丈夫」
竜真の肩を見やれば、六合が胸を反らせてふん反り返っている。
『校庭の外はアタイが守ってやるよ!』
周りに目をやると、校庭に植わっている植物たちがぐんぐんと伸びて、校庭を覆ってしまった。
ずいぶんと暗くなった校庭には、発光するキノコが群生し、辺りを照らしてくれている。
秀貴は少しだけ、きのこは菌だけれど“植物”に含まれるのか? と疑問に思ったが、“木の子ども”だとも思い、深く考えないでおいた。
六合は神の一種だ。つまり、人間の力などおそるるに足りないだろう。その事実は、秀貴にとって今までにない安心感を与えた。
緑色の数珠に手を添えると、石同士が擦れて軽い音を奏でた。双方あることで、力に蓋をしている数珠。その片方が手首をゆっくりとくぐった刹那、バチンッと空気が鳴った。そこらじゅうで、静電気のようなものが弾けている。
周りをぐるりと見回し、六合が感嘆の声を上げた。
『こりゃすごい。どんなハッタリ小僧かと思ったら、この坊やを中心に半径十五メートル以内の生物は、焼けるか心臓麻痺で本当に死んでしまうのも頷ける。超局地的な災害ってカンジだねぇ』
「半径……十五メートル?」
力の発生源である秀貴が目を剥いた。
「ぼ……俺が生まれた時、一メートル以上離れていた人は無事だったと聞いています」
『そんなの、お前さんの体が成長してるんだから、内に在る力もでっかくなってるに決まってるじゃないか』
赤子と成人が同じでたまるか。そんなことを呟く六合。
『ま、もしもの時のために、その数珠の予備は用意しておいた方が良いだろうね。そういうのが得意な知り合いがいるから、また会わせてやるよ。それより、坊主』
小さな指先が、琥珀色の瞳へ向けられた。
『今ならまだ間に合う。自力で制御できるようになりな』
植物を司る神は、軽く言って退ける。
それが出来ていれば、秀貴は独りで過ごさず、皆と同じように生活してきている。出来ないから、“こう”なってしまったのだ。
そんな秀貴の心情を読んだかのように、六合は続けた。
『お前さんが力を制御できないのは、誰も、その方法を教えられなかったからだよ。そして、力を垂れ流しにするのが当たり前になっていたからだ。使い方のコツさえ掴めば、案外便利なものだよ。なにせ、生まれ持った自分の一部だからね』
扱えるようになればいい。
この力を抑え込む事ばかり考えていた秀貴にとって、目から鱗だった。
『習うより慣れろって言葉があるだろ? ま、どんな人間だって、最初から喋れるわけじゃないのと同じさ。見本がなければ、なかなか成長も出来ないものだよ』
厄介だとばかり思っていた体質だが、もし、自分の意思で扱えるようになるのであれば、それは呪いではなく宝になり得るかもしれない。
「それは……僕でも人の役に立てるようになる……ということでしょうか」
つぐみと行った、ひと晩の特訓が水泡に帰すほどの衝撃だ。暗闇だった人生に光明が差した。
『そんなの、お前さんの努力次第さね。毒は薬にもなるし、包丁も使い方次第ってね。せいぜいがんばりなよ』
それから六合は竜真の肩に乗ったまま、竜真に指示を出し、秀貴の指導にあたった。とはいえ、六合は文句を言うだけで、能力の扱い方については竜真の指導が大きい。同じ人間同士なので、感覚と経験から比較的わかりやすく指導をしてくれる。
数珠を外してから三十分が経った。
最初は半径十五メートルの広さに散っていた電気や磁気が、今では秀貴にまとわりつくように発生している。
「すごいすごい。そうそう。その調子でね。今の秀貴君の場合は、電気を着てるイメージかな? 次は、体内を流れる血液をイメージしてみようか」
訓練を始めた時……まずは、遠くで発生していた磁力たちを体全体で吸い込むように自身へ寄せた。その延長が、今の状態だ。
周囲への被害はないが、逆に言えば、今の秀貴とは握手を交わすこともできない。“纏う”状態から“取り込む”のがなかなか難しく、時間だけが過ぎていった。
「まぁ、すぐには無理だよね。でも、コツさえ掴めばすぐに出来ると思うよ。秀貴君、体の使い方も物覚えも良いからさ」
竜真が数珠を秀貴の手首へ戻す。フワフワと広がっていた秀貴の髪の毛が、重力に従ってストンと下がった。
同じように、秀貴自身も地面にへたり込む。
きゅうぅぅぅぅぅ。
「お腹がすきました……」
「うん。相変わらず可愛い声をした下腹の虫だね。あと、敬語を使ったから腹筋五十回してから帰ろうか」
天使様のような笑顔を湛え、悪魔のようなことを言われた。
基礎体力作りは、独りでいた時からやっている。面倒な体質な上に虚弱体質とあっては、周りに迷惑がかかりまくってしまうからだ。走った事こそなかったが、柔軟体操や腕立て、腹筋運動は日常的に行っていた。
ただ、こんなにハードではなかったが。
「三十、三十一……ほら、ペース落ちてるよ。三十三、三十四……起き上がった時、上体をもっと前に持ってくるように意識してね。それじゃカウントできないよ」
そう。竜真もなかなかのスパルタだったのだ。
昼食はチキンヌードルふた袋と、卵二個、帰りに精肉店で買ったコロッケ一個。それを、秀貴ひとりで食べた。
いくら空腹だったとはいえ、昨日の倍の量だ。半分で良いと言おうとしたが、竜真の笑顔がそれを許さなかった。なので、無理矢理腹へ収める。
午後は予定がないのか、つぐみも同行する事となった。
食後すぐに走ると吐き戻すかもしれないからと、歩いて小学校へ向かう。
到着後も、やはり食後に過度な運動はダメだろうということで、磁気を体内に留める訓練から始めた。もう六合の壁はない。
数珠を外すと、つぐみがキャッキャと騒ぎだした。
「すっげー! 線香花火みたいなのがスゲー散ってる!」
静電気の所為か、元々ふわふわのつぐみの髪が、重力に逆らった動きをしている。力の範囲を徐々に狭めると、つぐみの髪も声もおとなしくなった。
ただ、この力を完全に体内へ留めるのは難しく、どうしても体の周りをオブラートで包んだようになってしまう。つまり、人と握手もできない状態のままだ。
それを見た竜真は腕を組んで少し考え、ポンと手を叩いた。
「まぁ、数珠があれば大丈夫だし、体内へ収めるのは後回しでいっか!」
ということで、今度は磁気と電気を分けて放出してみたり、自分から距離のある場所へ発生させてみたりした。そちらは少し意識すれば、比較的容易にできる。
「この分だと、応用もすぐにできそうだね」
竜真がにこやかに言っている。
かなり高度な事をやって退けているのだが、竜真の反応は軽い。秀貴も「これが普通なんだ」と思って、言われる通りこなしていく。それをつぐみは、瞳をキラキラ輝かせて見ていた。
能力に関する訓練がひと通り終わった頃には三時が来ようとしていた。
竜真に渡されたチーズケーキドリンクを無理矢理喉に流し込んでいると、それに興味を持ったつぐみがボトルを奪い取った。ひと口飲む。
「何だコレ! うんめぇ!」
思わぬリアクションに、秀貴は自分の味覚がおかしいのだろうかと、手元へ戻ってきた甘ったるいドリンクをこくりと飲み直した。やはり、自分の口には合わない。
胃酸が逆流しそうになるのをグッと耐え、竜真の指示を待つ。
「秀貴君、顔色が悪いけど大丈夫?」
やっと竜真が気付いた。
そう。大丈夫ではない。だが、つぐみは容赦しなかった。
「大丈夫だよな! 一緒に筋トレしようぜ!」
秀貴は大きく深呼吸をして体内を浄化するイメージを強く持つと、つぐみの誘いに応えた。