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13.厄介な体質も特技扱い

 



「つぐみさん、中へ入ってしまいましたけど……」


 狼狽える秀貴を尻目に、彩花は表情を変えず言った。


「大丈夫です。つぐみちゃんはきっと、とても格好よく鎮火してくれます」


 例え鎮火が成功しようとも、一酸化中毒になるのではないか。秀貴は思ったが、次に建物を見上げた時、つぐみは中華料理店の看板の裏に居た。窓から看板へ飛び乗り、さらに上へ。

 建物の屋根へ登ると、両手を挙げた。

 黄金色のつぐみの瞳が、秀貴を見下ろした。自信に満ちた強気な眼をしている。

 パリンッ、と中でガラスの弾ける音がした。


「秀貴、よく見とけ! でっかい力は、こうやって、人のために使ゃあ良いんだ!」


 カッと建物全体が赤い光に包まれたかと思うと、黒い煙も橙色の炎も、そんなものは幻だったかのように消え失せていた。

 つぐみがニッカリ笑って彩花に向かって手を振ると、彩花は綺麗に残っている中華料理屋の看板の下まで行き、手のひらを上にして体の前へ両腕を突き出した。

 降ってきたつぐみが、そこへボスンと収まる。

 彩花は微動だにせず、痛がる素振りも見せず、つぐみを受け止めている。

 彩花にお姫様抱っこをされている状態のつぐみが、足をバタつかせて得意げに言った。


「見てたか秀貴!」

「あ……はい……えっと……」


 見てはいたが、何が起きたのかが理解できていない。分かるのは、つぐみが叫んで、光って、鎮火したことのみ。

 すると竜真が、家主らしき人物と共に現れた。白髪まじりの男性で、後ろには妻と、子どもが三人居る。竜真から、家主の王さん、奥さんと子どもの紹介もされた。


「つぐみのする事は派手だけど、中で何が起きてるかなんて、見えないから分からないよね。ちょっと一緒に中へ入ってみようか」


 竜真に促されるまま、焼けた店内へ入ることになった。厨房から出火したのか、一階の被害が大きい。

 家主に案内され、二階へと上がる。金庫の前で家主が言った。


「防火金庫だから中は無事だと思うんだけど、鍵がないんだ。何とかしてくれ、(たっ)ちゃん」

「通帳や保険証は大切だもんね。お安い御用だよ」


 金庫の前に座ると、竜真は人差し指の先から、蔓のようなものを出した。細さは一ミリに満たないほどだ。


「この金庫、壊しちゃっても良いかな?」


 家主が頷く。

 竜真が鍵穴に蔓を差し込むと、少しして奥から小さく「かちっ」と音がした。


「良かった。壊さなくても開いた」


 しゅる、と穴から出てきた蔓は、鍵の形をしていた。暗がりで見ると、少々不気味だ。それもすぐに(ほど)け、竜真の指へ吸い込まれるように戻っていく。

 無事に開いた扉の奥からは、通帳に印鑑、保険証、食品衛生責任者や防火責任者の証明書、営業許可証、家族写真などが出てきた。


「よし、全部ある! これでまた店ができるよ!」

「次からは注意してね」


 竜真に指摘され、家主は頭を掻いた。


「ところで竜ちゃん、この子見ない顔だけど……」

「あぁ、ウチで預かることになったんだ。春から高校生。僕の跡を継いでもらおうと思っててさ」


 今日は色んな紹介をされるなぁ……と秀貴が思っていると、


「ははっ! こんなひょろい子がかい?」


 店主が吹き出した。

 何がそんなに面白いのか、秀貴にはさっぱり分からなかった。


「この子も何か“特技”があるのかい?」


 店主がズイッと秀貴に顔を近付けてくる。

 竜真は少し考え、天井の電球を外して、秀貴に渡した。すると、たちまち電球が明るくなった。


「この子は電気特異体質者(スライダー)だよ。磁気も電気も発することができるんだ」


 これには彩花も、目をしばたたせている。

 人前で自分の体質を晒すことに抵抗のある秀貴は、急に緊張し、電球をショートさせてしまった。

 バチバチ飛ぶ火花に驚き、電球を手から離してしまい、落ちた電球が飛散した。


「すみませ……」

「あぁ。大丈夫、大丈夫」


 竜真が、今度は手から(ほうき)を出した。否、箒に見えるが、これは巨大な――、


「ハエトリグサ……?」

「そう。秀貴君は物知りだね」


 牙のようにも見える葉を上下に開いたハエトリグサは、ハエトリグサには有り得ない舌を出した。紫色のそれで、ガラス片を舐め取り、食べていく(・・・・・)

 ついでに、室内の掃除まで始めた。(すす)やコゲまで、見る見る内に綺麗になっていく。


「焼けちゃってるから強度に不安があるし、寒いからテキトーに穴を塞いで柱も作っておこうか」


 竜真が手を叩くと小人(こびと)が現れた。手のひらサイズで緑色の癖毛をした、可愛らしい小人だ。

 秀貴はもう、驚くのに疲れてきていた。


「この子は六合(りくごう)。植物を司る精霊……いや、妖精……妖怪?」

『神様だよ! 全く、何度も言わせるんじゃないよ!』


 ご立腹の“神様”を無視し、竜真は紹介を続ける。


「この部屋全体を直すってなると、僕の力だけじゃ足りないからね」

『「僕の力」って、アタイが貸してあげてる力だろ!』


 六合がぷんすか飛び跳ねる。

 先程、竜真の指から出た蔓やハエトリグサは、六合の力らしい。


「神様……すごい、僕、初めて見ました」


 秀貴は何やら、いたく感動している。

 それに気をよくした六合は鼻を高くして両手を掲げた。ものの数秒で、部屋の下に太い柱が立ち、床は木の根のようなもので補強され、割れた窓はバナナの皮で覆われた。

 ひと仕事終えた六合は、だんだん透けていき、最後には消えてしまった。


「とまぁ、これで一晩は家族全員過ごせると思うよ。懐中電灯は後で持ってきてあげるからね」


 竜真はそのまま帰ろうとしたが、つぐみがひと言。


「でも、このままだと少し寒くねぇか?」


 彩花も、確かに、と腕をさする。


「うーん、でも、植物で密閉しすぎると建物自体が傷む可能性が高いんだよねぇ……」


 植物は二酸化炭素を取り込んで酸素を排出するが、元々ある建材の隙間にまで植物を這わすとなると、建物を圧迫しかねない。植物の力は、案外強いのだ。

 そこで、控えめに上がった声がひとつ。


「あの……要は、冷気が入らなければ良いんですよね……?」

「何かいい方法がある?」


 竜真の問いに、秀貴は小さく頷いた。


「白い紙と、筆が用意できれば」


 竜真は隣の精肉店から紙と筆ペンを借りてきた。

 秀貴は紙に折り目をつけて、手で切っていく。大きさはバラバラだが、長方形の紙が四枚用意できた。そこに、筆ペンでさらさらと、四角や角ばった模様のような文字を書いていく。

 同じものが四枚出来上がった。それらを、部屋の四隅に置いていく。すると、劇的に暖かくなった――とは言えないが、寒さを感じなくなった。


「何だコレ!? すっげぇ!」


 つぐみの触角がブンブン揺れている。


「あれ? つぐみは知らなかったっけ。父さんと母さんを守ってる護符を作ってるのって、秀貴君なんだよ?」

「マジかよ! 秀貴ってスゲェんだな!」

「つぐみは『お札なんて信じない』って言ってたけどね」


 今ソレ言うなよぉ! と怒るつぐみ。それを背後に、秀貴は家主に言った。


「簡易的なものですが、一日は効果があると思います。心配でしたら、こちらもお持ちください」


 予備の紙で作った、同じものを四枚渡す。

 符の効果に呆然としていた家主だったが、予備の札を受け取ると、指でパチンッと良い音を鳴らした。


「竜ちゃん! この子、コレで商売ができるよ!」


 店主の提案を聞き、竜真も心の中で指を鳴らした。




◇◆◇◆




「王さん、懐中電灯持ってきたよー」


 竜真が足を踏み入れたそこは、暖房器具がないのに暖かかった。布団がなくても寝られそうなほどだ。

 ありがとな、と懐中電灯を受け取った家主が声を落として言った。


「竜ちゃん、このお札を見て思い出したんだけどな……」


 今日、客とモメた時に投げつけるように置いていかれたものがそっくりらしい。

 客が店を出た直後に、今回の火災が起きたのだと言う家主。

 その札はもう焼けてしまって無いとのことだが、竜真は焼けた店内をぐるりと見回し――少し考える素振りを見せて、まだ微かに焦げ臭い店を後にした。




 

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[一言] 夜中にこっそりではなく、昼間に大胆に働く尊大な小人さんはありがたみが少ない?(笑)
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