11.つぐみの友達と突然の告白
「彩花だ!」
声を聞くなり、つぐみが飛び出した。あまりの速さに、突風が生まれたほどだ。
竜真も立ち上がり玄関へ向かったが、秀貴は座ったままお茶を飲んでいる。
玄関からは、竜真が挨拶を交わす声や、はつらつとしたつぐみの笑い声が聞こえてきた。
秀貴は少しだけ、実家に居た頃を思い出してしまった。
聞くつもりはなかったが、どうやら、つぐみの“友達”はつぐみが忘れてしまった宿題を届けに来たらしい。
黙々と食事を取る秀貴の耳に「あら?」と、おっとりした声が届いた。
「どなたかお客様がいらしてるんですか? わたしったら、そうとは知らず……」
何故分かったのか、と思ったが、きっと靴を見たのだろう。これは、自分も出ていった方が良いのだろうか? と考えていると、つぐみがやって来て秀貴の手を引いた。手首の数珠が、カチカチ音を立てる。
連れられるがまま玄関に現れた秀貴を見て、艶やかでさらりと伸びた長い黒髪の少女が目を丸くした。口元に手を添えて。
「あらあら。つぐみちゃんにはお姉さんも居たの? 何で今まで教えてくれなかったの?」
つぐみが盛大にズッこけた。
確かに、タレ目の竜真よりも目付きは似ているかもしれない。髪も金髪で、長さも肩まである。おまけに、今は女物の服まで着ているので、彩花が間違えるのも無理はない。
しかし、つぐみと十年ほどの付き合いがあるというのに、この問いだ。
つぐみは起き上がると、秀貴について少し話し始めた。
「ちげーよ。こいつは秀貴っつって、えーっと、居候? ってのかな。今日から一緒に住み始めたんだ。あたしよりも年上だけど、弟みたいな奴で……」
彩花はにこにこと笑っている。
秀貴は、ここで初めて自分がつぐみよりも年上なのだと知った。
ふと、彩花と目が合った。肌の色が白く、深い紫色の着物がよく似合っている。
「つぐみちゃんと……男性が……同棲……」
おっとりとした声が少し震えている。
「いや、同棲じゃなくて同居ね?」
竜真が思わずツッコミを入れるも、彼女の耳には届いていない。かと思うと、急に黒目がちな眼がカッと見開かれた。
「竜真さんはよろしいんですか!? もし万が一、過ちがあってからでは遅いんですよ!?」
彩花が突然大きな声を出すので、秀貴は固まってしまった。
「いやぁ、僕も最初は少し不安だったけど、秀貴君はそんな子じゃ――」
「いいえ。まだ分からないじゃないですか! もし、つぐみちゃんに何かあったら……わたし……わたし……」
つぐみの可憐な友人は、細い肩を震わせ、涙を流している。
何ともいえない場の空気が居た堪れなくなり、竜真は頭を掻いた。
「あー……彩花ちゃん、折角来てくれたんだし、上がって行ったら?」
竜真が優しく声をかけると、彩花は長いまつ毛を震わせて首を小さく横へ振った。
すかさず竜真が「ケーキがあるんだ」と告げると、彩花の目が開き、キラキラ輝いた。
「はい、決まり。運転手さんに待っててもらうよう言っておいで」
竜真に促され、彩花は一度外へ出た。
すると、竜真が小声で、
「はい、秀貴君は食器を持って僕の隣へおいで。つぐみの隣にスペースを作って、ケーキ用のお皿とフォークと、あとココアを……」
「任せろ。秒で湯を沸かしてきて来っから」
つぐみもこそこそと、しかし素早く台所へ向かう。
秀貴も言われた通り、自分の食事を移動させた。
「彩花ちゃん、つぐみの事となると怒りっぽくなっちゃうんだ」
苦笑する竜真に、秀貴は顔の力を抜いて、
「友人想いの優しい方なんですね」
と返したが、竜真の苦笑は治まらない。それを少し不思議に思った秀貴だったが、その事に触れる前に、再び玄関の扉が開く音が耳へ届いた。続いて、おじゃまします、と彩花が入ってくる。
つぐみも、お盆に皿やフォークや、ココアの入ったマグカップと、白い箱を持って居間へ戻ってきた。
一式並べると、彩花に箱の中身を見せながら、どれが食べたいか訊いている。
秀貴の位置からでは中が見えないが、つぐみが皿に出したのは緑色のケーキだ。上から見ると三角にカットされたそれの側面となる断面には、生クリームと小豆が見えている。表面に緑色の粉がかかっているのは、抹茶だろうか。
(ケーキとは、ショートケーキやチョコレートケーキばかりかと思っていたけれど、知らない種類も沢山あるんだなぁ……)
少しだけ、緑色のケーキを食べる彩花を羨ましく思った。
「お食事中だったんですね」
「気にしないで。僕らもちゃちゃっと食べちゃうから」
彩花の目は、話し相手である竜真ではなく、秀貴へ向いている。睨みつけるような鋭い視線を肌にヂクヂクと感じながら、秀貴は味噌汁を飲み干した。
「彩花ぁ、そんなに睨むなよ。秀貴のやつ、泣きそうになってんじゃねーか」
泣きそうになってはいないが、秀貴は黙っている。
彩花はケーキをひと口大に切り、フォークで刺して言った。
「睨んでなんかいないわ。でも、大切なつぐみちゃんが男の人と暮らすなんて心配で……」
ぱくり。小さな口に、ケーキの欠片が納まった。
秀貴はその様子を見て、ぼんやりと、つぐみの事がよほど大事なんだなと思いつつ、食器をまとめていく。
空いた竜真の食器に手を伸ばした時、竜真が深刻な声を発した。
「彩花ちゃんには伝えておいた方が良いかな」
竜真の手が肩へ置かれ、秀貴は自分の体質の事について伝えられるのだろうかと思い、竜真を見上げる。
竜真は一度、眉をハの字に下げたが、すぐにまっすぐ彩花へと視線を戻した。
秀貴も、体質について言いふらす気は毛頭ないが、隠すつもりもない。竜真が明かすというのなら、止める気はない。
彩花はフォークを置き、竜真の次の言葉を待っている。
竜真は秀貴の肩をぐいっと引き寄せ、よく通る声で言った。
「実は僕たち、付き合ってるんだ」
突然の告白に、彩花は目を点にした。
つぐみは、今にも叫び出しそうな大口を開けて固まっている。
秀貴は竜真の言葉の意味が分からず、向かいに座っているふたりの姿を眺めながら、きょとんとしていた。