15話③ 天上への道
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フィニークの家々は砂色の壁の特徴的な建築様式だ。
一花の港からまっすぐユーシェッド家へ向かった俺は、召使の案内ももどかしく大股でサイードの部屋へ入っていった。
「アーノルド! 結局来ちまったのかよ!?」
サイードは、俺を見て驚き半分呆れ半分といった様子で立ち上がった。先触れは頼んでいたが、それでも信じられなかったようだ。
シェヘラザードが店を畳んでから、俺は彼女を探し続けていた。
サイードにも手紙を書いたが、「無駄足になるからやめとけ」という素っ気ない返事だった。他に心当たりもなく、彼が持っているはずの手がかりを求めて結局足を運んだ。
「シェヘラザードは帰っていないのか!?」
「言ったはずだぜ。無駄だって」
「いないのか、いても会えないのか。どっちの意味で無駄なんだ?」
俺はサイードに詰め寄った。
「…まあ、いないと思うけどな」
サイードは関心なさそうに答えた。
「お前も会っていないのか?」
「用がないんでね」
「家族だろう?」
「家族」
そう言うと、軽く鼻で笑った。
異世界巡りをしていた頃に比べて彼女とのあまりの疎遠さに、俺は面食らった。
「アーノルド、何だってそんなに浮き足立ってんだ? 借金でも踏み倒されたのか」
「金を払う義務があるのは、依頼人の俺の方だ」
「じゃあ何だ。史上最強の性悪女でも紹介されたのか」
「違う。シェヘラザードに逃げられた」
「それは聞いた。何でだ」
「俺は、…彼女を妻に迎えたいんだ」
サイードは一瞬黙ったが、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「…やっと動いたか」
彼はこの展開を予測していたに違いない。
「正直これ以上兄が増えるのは御免だが、おれも煽った手前があるからな。話は聞こう」
彼に勧められて床の固いクッションに腰を下ろすと、俺は経緯をかいつまんで話した。
「元カノにその後の女を全部調べ上げられたのか! 恐ろしいな。その上今カノとも対決してくるとは、やっぱりアナスタシアは史上最恐だな」
「今そんな話じゃない」
どうやらかいつまむ場所を間違えたようだ。あと、シェヘラザードは今カノじゃない。まだ。
「とにかく、シェヘラザードの話から考えると、天上の主をも動かす存在がいて、そいつから解放しないことには彼女も俺も望みを叶えられないらしいんだ」
「よくはわからんが、つくづくお前は厄介な女が好きだな」
「厄介な女の大半はシェヘラザードが連れてきたんだ。俺の趣味なわけじゃない」
「厄介な女の総元締めなんだから、超厄介なのも当然だな」
「漫才はもういい。彼女はここにいるのか?」
サイードは「無駄足の意味を教えてやる」と言って部屋を出て俺を案内した。
中庭を横切り、廊下の奥を巡って目立たない扉の前で止まる。
「ここが姉上の部屋だ」
サイードはノックすることなく扉を開けた。
だが、部屋には誰もいなかった。天井と、部屋の高い位置の明り取りから光が入り、モザイク文様の床に静かに落ちているだけだった。家具はあったが、長らく使われていないことは明らかだった。
異世界巡りの帰還直後にフィニークに滞在していた時から半年そこそこだが、その時ですら足を踏み入れられてはいないのではないかと思われた。
「わかったか」
「…そんなことだろうとは思ってた。だがサイード、だからお前に用があったんだ」
「そう来ると思ったぜ」
サイードは、今でも腕にはめている古ぼけたミサンガに手をやった。
異世界巡りをしていた頃、彼はこれを使ってシェヘラザードに連絡したりオアシスへの道を開いたりしていた。
しかし、続く言葉に俺は肝を冷やした。
「だがこれはもう使えないぜ」
「…どういうことだ?」
サイードは腕からミサンガを外し、俺の目の前に差し出した。
「石を見ろ」
編み紐の留石になっている黄緑色の石には、ひびが入っていた。
「こっちに帰ってから一度使おうとしたら、発動せずにそうなった。お役御免てことだろう」
肩をすくめて自嘲気味に言う。
お役御免なのはアイテムか、彼自身か。彼女について冷淡な反応だった理由がわかった。だが俺もすんなりうなずいてるわけにはいかない。
「代わりになるものはないのか?」
「ないね」
「本当か? それはどういう石なんだ?」
「…これは、姉上がずっと昔おれにくれたんだ。おふくろの形見だと言ってな。おふくろは親父殿の一人目の後妻だ。兄どもとは違う、姉上だけがおれと本当に姉弟だ。おれにとってはな」
「……」
「今じゃ本当に形見なのかはわからねえ。だがポイントは、姉上の手から渡された、おれと姉上を繋ぐものがマーカーになるっていうことだ。編み紐は、マーカーを持つ者を天上つまりオアシスへ吊り上げる、えー…『プログラム』だそうだ」
「シェヘラザードがそう説明したのか?」
「ああ、そう聞いてる」
俺はもう少し食い下がってみることにした。
「それだけじゃ発動しない原因はわからない」
「完全にだめだったわけじゃない。一旦発動しかけて、そしてひびが入ったんだ。これ以上はまずいと思ってそれきりだ」
「魔力切れじゃないのか? あるいは、石自体が経年劣化したとか」
「どうだかな…。魔法はお前のほうが得意だろ」
俺はミサンガを手にとって検分した。といってもこの世界ではほとんど魔法がないから、見て何がわかるわけじゃない。
石にはくっきりと亀裂が入っており、アイテムとして使わなくても日常生活でぶつけただけで簡単に砕けそうだった。形見すらも雑に扱うサイードにはさすがに少し呆れる。
一方、編み紐は意外と頑丈で、多少毛羽立ってはいるもののほつれる様子はなかった。真珠色の光沢がやけに眩しく揺らめく。おそらく魔力があるのは編み紐の方だ。
「石さえ換えれば済むような気はするが…」
何に換えればいいんだ?
彼女から渡された、彼女と繋がりのあるもの。
そういうものなら、俺も持っている。
俺は首元を探り、細い鎖を引き出した。鎖の先にはロケットが、ロケットの中には契約のコインが収められている。
彼女と初めて会ったときに結んだ契約書を、彼女はこのコインの形に変えた。契約が成就しない限りコインが勝手に消えることはない。そうして俺たちの腐れ縁を保証している。
「石を外していいか」
「だめもとだ。好きにしな」
俺の意図を察し、サイードは許可した。
俺はミサンガから黄緑の石を注意深く外し、代わりにコインを結びつけた。滑り落ちたりしないか様子を見ていると、光沢がコインの表面を這っていった。
コインはどうやらアイテムの一部として組み入れられたようだ。
「…いけそうだ」
そしてサイードを見やると、彼は腕組みしたまま軽く顎を振った。
「ならやってみな。お前のマーカーを付けたんだから、発動すんのもお前だ」
「…呪文を教えてくれ」
「ふむ」
彼は、口を開きかけて一旦止まった。
「…あー…ところで、アーノルドよ」
「ん?」
「おれもわざわざこういうことは聞きたくないが…」
「何だ」
「今更だが、姉上の方にはその気はあんのかよ? ここまでして空振りはなしだぜ」
「……」
「あ、いや、悪かった。そんな顔をするな。確信はあるんだな?」
「…ああ」
彼女の言葉を思い出す。
『アーノルド…私は、あなたを何より大切に思っているわ。あなたが傷つかないように何でもしたいわ。あなたが求めるものを何でも与えたいわ。…でもだめよ』
そう言ってぼろぼろ泣いたんだ。
何とかして泣く理由を取り除いてやりたいんだ。
思い出すたび胸を衝く。
決定的な言葉を言われたわけじゃないが、それなら俺だって言えてない。
ここへ来るまでの間に、彼女の秘密に対する折り合いと覚悟はつけ終えている。
「ならいいさ。おれは展開を面白くするのが好きだが、ちゃんとオチまで面白くなっててくれなきゃつまらん。期待してるぜ」
「ああ。必ずお前の兄になってでかい顔をしてやるからな。待っていろ」
「ふん」
サイードは肩をすくめながら笑うと、呪文を教えた。
俺の知るフィニーク語ではないが、響きは似ていた。なるべく発音を似せて唱える。
「…△△△△、△△、△△△…」
しかし、コインに一瞬電流が走ったものの、それ以上何も起こらなかった。
「だめそうだな。そもそも異世界で使うもんだしな」
サイードが淡々と言った。
いや、俺は諦めないぞ。原因はまだわかってない。
「発動しようとはしてるから、この世界でもいけるはずだ。もともとこの世界自体が魔力が足りないんだ」
「魔力なあ…。こっちでも使えるチートとか何かないのかよ?」
「それだ! サイード、この呪文の意味はわかるのか」
「ああ、そりゃ万国共通のあれだよ」
それだ。俺は古ガレンドール語を唱えた。
「『天上の主の恩寵を』」
「…不発だ」
なら上古ガレンドール語だ。ちゃんと調べ直したぞ。
「『天上の主の恩寵を』」
呪文は発動した。
体の周りに白い火の粉が舞い、完全に包まれると俺はどこかへ転移した。
* * *
そこは、オアシスではなかった。
何もない空間だった。
空間かどうかすらわからなかった。
俺の意識だけがそこにあった。
意識もどこかへ拡散していきそうだった。
俺が俺であるという意識も、どこかへなくなっていきそうだった。
そこは、虚空だった。
(シェヘラザード…)
(どこだ…)
(俺は…)
(君を…)
俺の意識は、そこで途切れた。
2023/1/7 サブタイトル変更
2024/7/31 修正




