15話① <私は説得を試みた>
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私は、アナスタシア・ハイリッジの監視を三年前に終えていた。
彼女をゲストとしてこの箱庭に投入した時、「前世では十七歳で死んだ」というプロフィールを持っていたので、その死を回避したことを確認するまでがタスクだった。
レポートを受け取ったオーバーロードWTも、その後は興味を失った。以降は一般の住人と同程度の頻度で簡易なログを取得するだけだったが、アナスタシアは学園生活や自領での活動では優秀な実績を残し、充実しているように見えた。
だから、彼女がアーノルドとの関係を解消してからも、ずっと彼の心に影響を与え続けていることが意外だった。ゲストから住人になった彼女に、どんな役割が残っているのだろうか。
改めて彼女のログを見直すと、アーノルドと接触したことで無事に結末を成就したゲストたちと、連絡を取り合っていることがわかった。
ある意味、元婚約者の女性遍歴を追いかけるようなものだが、彼女にはまだ未練があったのだろうか?
そもそも、やむにやまれぬ事情があったとは言え、彼女が婚約解消を望んだためにシナリオが総崩れになったのだ。自ら元の鞘に収まりたいのであれば、私に否やはない。この行き詰まった状況も打開できるというものだ。
私には話の綾は作れても、その元となる人の心の綾まではわからない。
* * *
私はこれまで、基本的にはゲスト本人には接触しないようにしていた。ゲストに私を認識されてしまうと、そのレポートに私自身が登場してしまう。そのようなレポートに対するオーバーロードたちの評価は低く、WTには「メタなネタはNG」と突き返されることさえあった。アーノルドはゲストではないからこそ出会うことができたのだ。
アナスタシアは、私の店へ単身でやって来た。
騎士風の出で立ちで腰には細身の剣があり、いつでも使えるように鞘に手を置いていた。
「あなたが『占い師シェヘラザード』?」
彼女は、店の中に立つ私を上から下まで眺め、警戒を解くことなく言った。
「はい、いかにも。私が占い師シェヘラザードでございます、アナスタシア様」
大人しく片足を下げて深々と礼をしたが、彼女の態度は固いままだった。
「あなた、一体何者?」
「私はただの…」
アナスタシアは鞘を揺らし不穏な金属音を立てると、親指で剣の鍔を弾き鯉口を緩めた。
「フィニークは、この国の王太子をどうしようというの? あなたたち姉弟は、彼に取り入って何をするつもりなの。姉弟なんてのも、嘘じゃないの?」
そしてゆっくりと剣の柄に手をかける。
「私を納得させる答えを持っていらっしゃるかしら?」
どうやら彼女は、私とサイードがフィニークの間諜だと考えているようだ。アーノルドにも同じように詰め寄られたことがあるので、この誤解を受けるのは仕方ない。
私は両手を上げた。
「アナスタシア様、穏便に願います。私はヴィンセント陛下とアーノルド殿下のご意志に従い、お仕えしているまでです」
「証拠は」
「…契約書がございます。原本は殿下がお持ちです」
「写しは」
「守秘義務契約でもありますので、お見せできません」
断りの言葉に、アナスタシアは剣をわずかに引き出した。
私は小さく溜め息をついた。写しは実体では保管していない。私は机の引き出しの中に写しを実体化させ、それを取り出して彼女に差し出した。内容を確認すると、彼女は私とは違う意味を込めた深い溜め息をついた。
「…殿下も馬鹿な契約をしたものね…」
この契約を発端として今の彼があることを思うと、私には意義を問うことは難しい。
アナスタシアが彼を手放したからこそ、今の彼がある。
「シェヘラザード」
「はい」
「この契約から、彼を解放しなさい。今すぐ」
「…私も、そうしたいのはやまやまです」
「ふざけないで」
「契約を継続するかは、殿下から保留にされています。…私はこれまで殿下に力を尽くしましたが、今は手詰まりです」
「だったらさっさと、力不足でしたと白紙にすればいいでしょう。成功報酬が欲しいの?」
アナスタシアは呆れるように言った。
「違います! ただ…私には、彼が求めるものを与えられません」
「だから辞めればいいでしょう」
埒が明かない。
「アナスタシア様。あなたは、なぜここへいらしたのですか? 私を探し出したのはなぜですか」
「殿下のこともあるけれど…元々は私のためね」
彼女は肩の髪を払い、顎を上げて私を見た。
「シェヘラザード。あなたが操ろうとしているのは、殿下だけじゃないでしょう。私や、殿下が関わった女性たちの運命も、あなたが裏で糸を引いている、なんてことはなくて?」
私は、自分の安易な発想がもたらした失態に気づいた。
アーノルドをゲストにばかり関わらせていたために、ゲスト自身が箱庭のからくりに気づいてしまったのだ。とは言えアナスタシアのように積極的に情報収集しなければたどり着けないことだ。彼女がこんなに優れた洞察力を持っているとは思わなかった。
「私に張られた糸を手繰って行ったらあなたを見つけた。あなたに絡め取られた殿下を見つけた。だから今すぐ解放してほしいのよ」
アナスタシアは、再び剣の柄に手をかけた。
その威圧感と、放たれる言葉の不愉快さのせいで、アバターの平常心が急速に損なわれていく。
「私の大切な友人を、いかがわしい女郎蜘蛛の餌食になんかさせないわ」
……聞き捨てならない。
一言一句、聞き捨てならない。
「だったら…、アナスタシア様、ならばあなたが殿下をお引き受けになったらいかがですか!?」
「不敬」
「元はと言えばあなたが殿下との婚約を解消されたためです。でもあなたは殿下にふさわしく、今でも殿下と並び立てるような聡明な方はあなたしかいません」
彼女は一歩踏み出し、半分抜いた剣を私の胸元にかざした。
「あなたに言われる筋合いないわ。私の心には彼はいないし、彼の心にも私はいない」
「そんなことはありません」
私は引き下がらなかった。
「あなたが大切な友人とおっしゃるように、…彼にとってもあなたは大切な存在よ。彼は私に初めて会った時、自分からあなたに婚約解消を持ちかけたと言ったわ。でも事実は違う。あなたの懇願をアーノルドは受け入れた。決して嘘をつかない――多少のごまかしはするけれど――嘘を言わない彼が、あなたのためには言えるのよ。その重要さぐらい私にもわかるわ。冒険の間も、あなたのことを忘れてなかったわ。彼にとって、女性の基準はあなたなのよ…!」
私の言葉に彼女の眉間はいよいよ険しくなったが、咀嚼するように間を置くと片頬で笑った。
「…私は彼の最初の女友達だから、基準にされるのはしょうがないかもしれないわね」
「きっと、あなたの方が…あなたが一番、アーノルドとの絆が深いわ」
仮り初めの感情しかない私よりも、友情という形で気持ちを示せる彼女の方が、よっぽど絆を結ぶにふさわしい。
だがアナスタシアはぴしゃりと言った。
「私たちの間柄を勝手に定義しないで」
それでもどうか理解してほしい。
「アーノルドが誰かを愛するなら、あなたを愛するべきよ。それが自然よ。初めからそうだった」
最適なシナリオに収まってほしい。
「あなたに何の権利があってそんなことを決められるの!? 殿下だろうが誰だろうが、私に愛は必要ない! 私が求めているのは、愛よりも自由よ」
箱庭管理者に対して、アナスタシアはあくまで逆らった。
「フィニーク人の馴れ馴れしさったらないわね。あなたまで殿下の対等な友人気取りなの?」
そこまで言われて、私は自分の口調の変化に気づいた。アーノルドの友人らしく振る舞うのは「店の中でだけ」という条件が、変に干渉したせいだ。
私の様子を見たアナスタシアは笑いを漏らしたが、私には嘲りにしか聞こえなかった。
「あなたが何の目的でこの国をうろついてるのか知らないけれど、とっとと出ていってほしいわね。まだ殿下に関わるようなら、手を回して国外追放でもフィニークへの宣戦布告でも、何でもお見舞いするわよ」
アナスタシアは剣を収め、背を翻して出ていった。
彼女との交渉は完全に失敗した。
2023/1/7 サブタイトル変更
2023/2/1 サブタイトル変更
2024/7/30 修正




