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14話⑥ アナスタシア 〜一方その頃、全てを悟っていた

* * *


 殿下が成年を迎えた日の祝宴で、私はそこに似つかわしくない人物を見かけて歩み寄っていった。


「あら、出番のないモブじゃない。こんなところへ何しにいらしたの?」


 あの生意気なサイード・ユーシェッドは、ホールの一角で殿下の学友たちの輪に交じって歓談していた。


「出番が来たのさ」


 サイードはにやりとして言うと、グラスに口をつけた。


「フィニーク大使の随伴だそうだ。公式の場は初めてじゃないのか?」


 学友の一人、オリバーが言った。


「そうかもな。外交を手伝う義務はおれにはないんだ」

「君の盛装は初めて見たが、フィニークの礼装は瀟洒だな。足が長く見える」

「足が長いから映えるんだ。短かったら地獄だぜ」


 洒落者を自認するピートは、牽制を軽くいなされてちょっと気を悪くした。


「最近、殿下とも急に親しくなったようだな。何か気が合うところがあったのか?」


 意外と繊細なロナルドは、殿下の変化にはよく気づく。

 急に親しくなったとは私も少し聞き捨てならない。やはり警戒しておくべきだった。


「さあな。自由なおれが羨ましいんじゃないか」

「殿下は人を羨んだりしないよ?」


 ティモシーが異を唱えた。

 でも殿下とて人の子だ。羨んだり愚痴ったりはそこそこある。学友なのにそれを分かってないなんて、ちょっと残念だ。


 それにしても、彼らも学園の中では選りすぐりの才気溢れる男子たちとして人気があったのに、サイードが喋ると一気に霞んでしまう。背景にある世界観がまるで違うような印象だ。こんなオーラをよくも今まで隠しおおせたものだ。


「それで、あなたはどんな出番が来たの?」

「…水先案内人かな?」


 意味がわからなくて、私は眉をひそめた。


「あと何日かしたら、おれはお前らの大好きなアーノルドを預かってくぜ」

「「「!?」」」

「じゃあほんとにフィニークへ遊学するんだ!?」


 彼は、私たちの誰も成し得なかったことを軽々としてみせた。

 殿下をただのアーノルドと呼べるサイードは、臣下ではなく対等な友人の座にいつの間にか着いていた。

 そしてあろうことか、フィニークへ連れて行くつもりらしい。


「…そんなことは初耳だわ」

「さっき決まったばかりだからな」


 何だってこんなに余裕ぶっているのか。馬鹿にしている。

 殿下も殿下だ。ソロンも継げずにいるこんなときに、国を放り出してどこへ行こうというのか。まさか、この国ではもう相手が見つからないからというわけじゃあるまい。


「あなたは殿下にとても信頼されていらっしゃるようね。ぜひ私たちとも親しくしてくださるかしら?」

「残念だな。おれは馴染みは作らない主義でね」

「あら、ここは社交の場よ。どうかしら、一曲?」


 私は彼に手を差し出して微笑んだ。

 もしも三年前からこの展開を狙っていたとしたら、大した辛抱強さだ。むしろ有能な諜報員と言われた方が納得がいく。


「…悪いが、この国の貴族文化には詳しくないんだ。なああんた、相手してやんなよ」


 サイードは隣に立っていたロナルドの背を叩くと、去っていった。

 ロナルドは後ろ姿を見送っていたが、我に返ると私の手を取った。内心では私以上に彼を不快に思っているに違いない。他の面々も似たような表情を浮かべていた。


 殿下の遊学を、ヴィンセント陛下がお許しになったのも驚きだ。

 陛下自身、お若い頃は武者修行と称して放浪の旅に出られていたというから、息子のモラトリアムにもご寛容なのだろうか。

 陛下は当初王太子ではなかったので、ソロンに関わることなく王位に就かれた。武者修行も王位継承権争いを避けてのことだったと聞く。

 そのような経緯だから、王太子にソロンは必ずしも重要でないというお考えなのかもしれない。


 陛下の治世は非常に盤石で安定しており、この二十年は目立った戦争もない。行政は政庁に、政策は貴族院に少しずつ委譲を進めていて、王が執務のために一日中机に貼り付いて書類の山と格闘するような光景はもう見られない。

 そういった意味での余裕もあるので、後継者をゆっくり育てても何とかなるのだろう。


 もうそんな関係性でもないので、殿下が王都を出るときも港を出るときも、私は見送りに行かなかった。

 けれど後日、行くべきだったかと激しく後悔した。むしろ引き止めるべきだった。


 殿下はフィニークへ着く前にサイードとともに船を乗り換え、南洋への探検船に同行していってしまったのだ。


 フィニーク近辺にいる探検船なんて、海賊と大して変わらない。新しい航路とその先の珍しい特産品を探して、時には略奪しながら海を進んでいく連中だと、事情通の(グレアム)から聞かされている。


 殿下が拘束されたり、この国と陛下にとってもっと深刻な事態になっているのではないかと総毛立ったが、陛下は殿下からの手紙を示されて無事を告げた。

 彼からの手紙はその後も届いたので、信じざるを得なかった。ただ内容は公開されなかったので、本当のところは何をしているのかわからなかった。


* * *


 学園を卒業した私は、領地へ戻って次兄アシュレーの領政を手伝った。


 ただ一方で、私は彼が関わった女性たちについても調べ続けた。シリーンやディアーヌのような、筋書きを持って生まれた者がいるのではないかと思ったからだ。


 ディアーヌの前世の知識はかなり役に立った。何人かの女性と殿下の関わり方はやはり定型的な物語に沿うように展開しており、しかし物語では最後に王子様と結ばれてハッピーエンドになるところを、彼女たちは別の結末をたどっていた。


 社交シーズンを利用して会いに行ってみると、皆それぞれの結末に満足していた。殿下以外の誰かと結ばれた人もいれば、恋愛以外の方法で問題を解決した人もいた。そして一様に、「殿下のおかげです」と感謝を口にした。


 …ああ…殿下、あなたは何をやってるの…。


 改めて情報をまとめてみて、私は思わず両手で顔を覆ってしまった。


 ガールハントしてたんなら、ガールハントとしての結果をちゃんと出しなさいよ。これだけ駆けずり回って骨折ったのに、誰一人あなたのものになっていないなんて…本当に本当にお人好しが過ぎる。


 でも私も、恋愛小説のような展開を彼に求めることはなかったから、彼の『実力』を知らずにいた。こんな体たらくになっているなんて、私がきちんと鍛えるべきだったのだろうか。いや、そんな義理も義務もないし、愛がわからない私に鍛えられるはずもない。


「ままならないものねぇ…」


 今は南洋かどこかにいる殿下に、幸多かれと祈った。この大地と異なる文化圏なら、マナーなんかそっちのけで女の子たちが取り囲んでくれるかもしれない。頑張ってほしい。


 調べていくうち、見過ごせない情報に行き当たった。


 私が殿下と婚約解消した頃に従者をやっていたヨハンは、今はシリーンの恋人だった。たまたま王都に出向いたときに、「殿下が相手を探すにあたってシェヘラザードという占い師を頼った」という話を彼から聞いた。シリーンに出会った経緯にもなるので、彼女の手前言いにくかったようだ。


 改めて、殿下の遊学開始時に彼を離れたもう一人の従者、ウィスカー――女性たちの情報を提供した一人でもある――を問い詰めると、裏が取れた。

 シェヘラザードは若い女性だったそうだが、フィニーク人だというのが引っかかる。

 そしてウィスカーは、その占い師の能力を買っているようだった。


「ええ、シェヘラザードの紹介する女性はどなたも、殿下の立場ならたやすく手に入れられそうな方ばかりでしたよ。なのに毎っ回、肝心なところで失敗するんですから呆れます。私も何度、『そこだ、いけ!』と拳を握りしめては虚しく脱力したことか」

「『いけ!』ってボクシングじゃないんだから…。じゃあシェヘラザードは、適当な相手を斡旋して紹介料を巻き上げていたってわけじゃないのね?」

「とんでもない。彼女には毎回僅かな手間賃を払うほかは、成功報酬しか受け取らない契約になっていました。むしろ何度も調べさせるので、持ち出しになってた可能性もありますね」


 ひとまず、王族をカモにするような不敬極まる悪徳業者ではなさそうだ。


「それで、彼女はどういう伝手(つて)でこの手の女性を調べ出せたのかしら?」

「知りませんが、『この手の』とは?」

「王子様が恋人になって救ってくれたらぜ〜んぶ解決しちゃう、って筋書きになってる女性よ」

「そうなんですか?」


 ウィスカーにはまったくピンと来ていないようだった。ディアーヌの前世の知識による見立てだから無理もない。


 しかし、シェヘラザードが一番最初に紹介したのが、あの転入生の少女だったという話を聞いて愕然とした。彼女が殿下と恋仲になったら、私には悲劇の死が降りかかるはずだった。

 そんな顛末になっても、殿下は何とも思わない人間だとシェヘラザードは思っているのだろうか。それとも、婚約解消してれば悲劇は絶対起きないと確信していたのか? なぜ言い切れる?


 …言い切れるからこそ紹介したのか?


 私はぞっとした。

 シェヘラザードは何かを知っている。

 その後、シリーンやディアーヌのような曰くのある女性を紹介しているのも、何か意図がある。


「ウィスカー、シェヘラザードの店を教えなさい」

「申し訳ありませんが、今は閉まっていると思います」

「なら明日行くわ」

「いえ、彼女はフィニークに帰られました」

「なぜ?」

「シェヘラザードは、弟に殿下を案内させると…」


 私は思わず立ち上がってウィスカーの胸倉を掴んでいた。


「その弟の名は!?」

「サ、サイードです」

「…何てこと…」


 シェヘラザードとサイードはグルだった。

 連中は本当にフィニークの諜報員に違いない。何年も潜伏して、殿下を(ほだ)してとうとうフィニークへ連れて行ってしまった。この国にとってかけがえのない大切な人を。


 許さない。

 陛下はなぜ黙っているのか。調査員を送り込むべきじゃないのか。


「…あの、アナスタシア様」

「何よ」

「今回の殿下の遊学は、陛下もお認めになったことで」

「建前はそうね」

「シェヘラザードも、契約が終わらなくて辟易してたんです。それは殿下に問題があって…殿下は、ええと…もっと情緒を育てる必要があると言ってました」

「それで?」

「今回の遊学では、その辺に目的があるかと」

「はあ? 情緒を育てるって、どうやって?」

「それは私にはわかりかねます」


 シェヘラザードに問い詰めなければならないことは、山程ありそうだった。

 彼女や殿下は無事に帰ってくるのだろうか。

 一体いつ帰ってくるのだろうか。


 私は、怒りを抑えながらじりじりと待つしかなかった。

2023/1/7 サブタイトル変更

2024/7/28 修正

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