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10話③ 戦利品

* * *


 魔術師組合で鏡の鑑定を頼むと、係の初老の男は丸眼鏡をかけ直してにやりとした。


「こいつは魔除けの鏡だな。こんなものが廃城にまだ残ってたのか」

「魔除け? そんな風には見えないが」

「結界破りだよ。こいつで後ろを覗いてみたか? 魔物が姿を隠して忍び寄ってたかもしれないぜ」


 俺の顔色を見て男は笑い出した。


「冗談だよ。石が取れちまって、もうそんな力はない。がらくただな」


 冗談じゃない。そんな力があるとは知らずにすぐしまったが、庭をうろついていた魔物はゴブリンか何かが乗ってきていたのかもしれない。地下道にいた奴は見張りだったのだろうか。二人きりで行くなんて、相当危ないことをした。


 鏡は、がらくたとして買い取られた。


「ひょっとして、修復したら使えるんじゃないか? その辺も考えてくれないか」

「可能性に金を払えるか。今はがらくただ。修復の手間賃も考えたら足が出る」

「しわい奴だぜ。あのカンテラも値段ほどには役に立たなかったし、魔術師組合はぼったくりだ」


 サイードがクレームを付けたが、男は慣れた様子で動じなかった。


「有利に交渉したけりゃ、さっさと初心者を卒業するんだな。拾い物をしてもがらくた、カンテラの持ち時間も伸ばせない。運も足りなそうだし、いっぺん寺院で鑑定してもらったらどうだ」

「寺院で鑑定?」

「ああ。魔術師組合は物の鑑定、寺院は人の鑑定。棲み分けしてるのさ」


 俺たちは顔を見合わせた。つまりステータスがわかるのか。ギルドがないから、こんな情報も手探りだ。


 だが、寺院の鑑定は期待したほどではなかった。ぼったくりと言うなら寺院の方がふさわしい。

 お布施を払うと誰でもセルフサービスで鑑定ができる。四つの箱に入った水晶玉に手を乗せると、持っている力の量に応じた色に玉が光る。

 色は紫・青・緑・黄・白のグラデーションで、紫が一番高位だ。何とも大雑把だ。しかもそれで鑑定しているものが何なのか、名称を聞いてももっとわけがわからない。


【生命力】体力の回復量の多さ、及び蘇生の成功しやすさ。

【精神】魔法の効果の強さ、及び悪影響の受けにくさ。

【幸運】蘇生成功率、罠解除成功率、アイテム発見率を上げる。

(ごう)】魔物との遭遇率、ダメージ量、罠の発動率を上げる。


 幸運と業は、どこかの異世界のアビリティみたいなものだろうか。

 一方、攻撃力や素早さ、器用さといったものは測る方法がない。身体能力だから自分でわかるだろうということらしい。そりゃもっともだ。


 俺の鑑定結果は、生命力が紫、精神が青、幸運も青、業が白っぽい黄だった。

 サイードは、生命力は紫、精神は青緑、幸運は黄、業が青紫だった。


 ちなみに大抵の者は業が緑止まりだそうだ。

 どこの世界へ行っても、お前って奴は。


「なあ、サイード」

「うるせえ」

「…業が完全な紫じゃなくて何よりだ」

「うるせえつったろ!?」


 蘇生についても説明を聞いた。こっちの情報が重要だ。


 この世界では、死亡しても蘇生を試みることができるが、決して確実ではない。時間とともに体内から抜けていく生命力をかき集めて蘇生させるため、息を吹き返しても生命力が減った分だけ老け込んでしまう。そして生命力が少ないほど蘇生の成功率は落ちる。また、蘇生に失敗しても生命力は失われる。極めつけは、老い過ぎたり蘇生の失敗で生命力を使い果たすと、塵になってしまうのだ。


 これはおいそれと死ぬわけにはいかない。一度だって死んではいけないくらいだ。

 しかしよく考えたら、元の世界だって死んだら二度はない。異世界の便利な仕組みに慣れすぎて、俺たちの価値観はおかしくなっているようだ。


 俺は、元の世界へはうすうす帰りどきだと感じていた。死については遊びの少ないこの世界は、ずれた価値観を直すのにちょうどいいかもしれない。


* * *


 俺は、砦の傭兵の徴募を受けることにした。魔法を使えない今、剣の腕がなまっているのは文字通り死活問題だった。傭兵として登録すれば、好きなだけ訓練を受けられる。最短の雇用期間は三ヶ月だが、最近臨時で一ヶ月の受け入れも始めたそうだ。


 だがサイードは、一稼ぎの話には乗らなかった。


「冗談じゃないぜ、おれに兵士が務まるわけないだろう」

「稼ぎはいいぞ」

「兵隊だぞ? おれが規律を愛するタイプに見えるのか」

「学園じゃ三年も大人しくしてたろう」

「あんなぬるい場所とはわけが違う。お前の上品なご学友どもと一緒にすんな」

「サイード」

「勘弁しろよ。おれから気まぐれを取ったらおれじゃなくなっちまう。なあ、どうしてもってんならお前だけにしてくれ。おれも街には居るし、それで妥協してくれよ」


 とうとう、役目でも役目じゃなくても、奴が譲れないものに俺が負ける時が来たようだ。


「…わかった。サイード、俺が見てないところで無茶して死ぬなよ」

「お互い様だ」


 こうして俺たちは完全に別行動することになった。


「それと、姉上も近々来る」

「やっとか。待たされたな」


 俺は、今回の冒険にはシェヘラザードが同行することを要求していた。

 前回サイードが死にかけたことが大きな理由だ。確かにあいつは俺の課題に巻き込まれてる。例え承知の上だったとしても、俺の都合なのにシェヘラザードがそこまで弟に要求していいことじゃないと俺は思う。

 彼女が俺に対して責任を感じるなら、彼女自身で果たすべきじゃないか? 姿を現せば邪魔になると言うが、何がどう邪魔になるのかわからない。


 それに、もしサイードと死にはぐれたりしたら、俺はどうやってシェヘラザードと連絡を取って異世界から引き上げたらいいのか。天上の主ならどこかで見ているかもしれないが、その世界の教会まで出かけてお祈りしてる余裕があるとは限らない。


 それらをオアシスで主張すると、シェヘラザードは不承不承受け入れた。しかし彼女自身もこの世界で演じている役があるため、後から合流すると言っていた。 


「ここからは結構離れた街にいたらしい。馬車で向かってて、もう何日かかかる」

「一体何をやってんだ? 方向音痴ってわけじゃないだろうな」

「さあな。天上の主にも野暮用があるんだろ」


 俺は傭兵に登録し、宿舎に入った。宿舎と言っても砦の近くの宿屋を借り上げただけで、酒場もあれば娼婦がうろつくのも他の宿屋と変わらなかった。そんなもんならサイードでも我慢できそうな気はするが、意志は尊重しよう。


 練兵場では、剣、槍、メイス、弓、斧の扱いを一通り教わった。他の異世界で身に着けたスキルはリセットされているものの、剣はずっと使い続けていたので勘が残っている分マシだった。

 これまでは武器のスキルを付けると自動的に体が動けていたが、ここでは地道に筋トレから必要だった。スキルで繰り出せていた技は常軌を逸したものばかりなので、型も覚え直しだ。何とも現実的なことだ。そうしてみると、今まで巡った数々の異世界が幻のように思えてきた。


 俺が生まれ育った世界だけが俺にとっての現実で、ここは夢から覚めかけの世界なのかもしれない。


 次の休みの日にサイードと落ち合うと、奴は街の門の外へ俺を案内した。


 砦の街では、外壁の外にも若干の集落が寄り添っていた。そのさらに外れの森に接する辺りに、馬車が何台か停まっていた。俺たちの世界の街なかで見るような移送用の馬車ではなく、様々な色のペンキで賑やかに装飾された、年季の入ったワゴンだった。窓から見える内装から、生活用であることが察せられた。

 外では、数人の流れ者らしき人々が火の回りにたむろしていた。様相からして旅の楽団か芸人だろうか。


 ワゴンから一人の女が降りてきた。


 それがシェヘラザードであることはすぐにわかった。しかし、俺たちの知るシェヘラザードではなかった。

2023/1/7 サブタイトル変更

2024/7/14 修正

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