9話③ やんごとプリンス
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結論から言って、俺は古ガレンドール語による詠唱魔法の発動に成功した。
また遭遇したブルーウルフの一団に『火焔・強』の魔法陣を古ガレンドール語の詠唱で構築していった。陣の内側で足元から緑の光条が次々と噴き上ってゆく。どうやら言語によって魔力充填の様相が違うようだ。
仕上げに祈りの言葉を放つ。
「『天上の主の恩寵を』!」
と同時に、魔力が充満する魔法陣の内側に、追加の魔力が注ぎ込まれた。俺のMPからの支払いではない。背後にシェヘラザードが立ち、俺の手に彼女の手が添えられているような錯覚を感じた。本当に恩寵をくれているのか?
発動した魔法はヒルダのものより強力だった。SPの支払いも思ったほどではない。
やったぜ!
…と盛り上がりたいところだが、ヒルダは面子を潰されて非常に険悪なムードになってしまった。
「今のが『火焔・強』じゃと…? 我より威力が高いだと? 有りえん。認められん。人間の分際で…冒険者の分際で…」
「何言ってんだ、お前だって冒険者なんだろ」
「我を侮るな! エルフは、身も心も弱くしょっちゅう死ぬような貴様らとは有りようが違うのだ」
「じゃあ何でここにいるんだよ」
「……フン!」
サイードの至極まっとうな突っ込みに、彼女は真っ赤になりながら黙った。
幸先が悪いなと思っていたら、野営の後ヒルダは消えていた。彼女のことは俺たちもだいぶうんざりしていたし、一人でも『全滅救済措置』で帰れるだろうとほっとくことにした。
「あいつ、一体何がしたかったんだ?」
「さあな。お前のMPが枯渇したら、あのもったいぶった魔法を見せつけて感謝されようって魂胆かもな」
「それはいくら何でも性格が悪過ぎる…が、あの女ならそうだとしても納得だ」
とは言え二人になってしまった俺たちは、いったんキャンプへ引き返すことにした。無謀に進んで全滅するのは性に合わない――と言うより単純にかっこ悪いし、他のパーティーを探すのも賭けだ。それよりキャンプに戻って新顔を入れる方が確実だ。
キャンプへ戻るメリットは他にもある。ギルドが、他の冒険者が踏破した範囲のマップを共有してくれるのだ。マルチメニューからいつでも確認できるので進行が早くなるし、先行パーティーが戦っている場所の地形がわからないなんてリスクもかなり避けられる。
クエスト開始と同時に潜った俺たちには、ギルドが事前調査したほんの少しの範囲と、俺たち自身で踏破した範囲のマップしかなかった。
* * *
キャンプでマップを手に入れ、物資も補充して休息を取っているとギルドに呼び出された。二人揃って一際大きなギルド本部のテントに入ると、そこにはこのクエストの統率者がいた。
皇太子ザカリーだ。
初対面だが、纏うオーラが違うのですぐわかった。冒険者風の、だが良い仕立ての服に分厚い筋肉を包み、厳めしい顔つきをしていた。所作からは、人の上に立つのに慣れているのが明らかだった。
二十代後半くらいだろうか、覇気があるとはこういう男のことか。
ザカリーは、俺が元の世界を出てから初めて会う王族だ。
他の世界の王や統治者たちに会ってみたいと思ってはいたが、地方領主よりも高位の者にはなかなか会う機会がなかった。ギルドが実質的に民の暮らしを支えていることも多く、大抵のギルドマスターは実務と実利を重視していた。
俺は、こんな世界の王が何をもって王たり得ているのか知りたかった。王だからこそ背負うものがあればそれは何か、備えている資質は何なのか。そして彼らを見ることで、俺に何が備わっていないのかを知りたかった。
ガレンドールの王太子である俺が、父上のもとにいては手に入れられないもの、それを知るのが今の俺の課題なのだ。
テントの中には、他にも騎士らしい若い女性がいた。白銀の髪を頭頂で一つにまとめ、鎧を纏っている。
と言っても胴と腰を覆うだけで、脛当てや手甲はあるものの手足は根元まで素肌丸出しだ。その格好にはもう突っ込むまい。
概して、ステータス画面のある世界では女性の露出度は高い。
彼女も俺たちを見定めるような厳しい目で見ている。
「こちらにおわすは、ザカリー皇太子殿下ならびにイネス皇女殿下である。控えよ」
側近の男が言った。俺たちはとりあえず頭を下げた。この国の敬礼など知らないが、冒険者なんだから礼儀知らずでいいだろう。
「名前と認証を」
「アーノルドと申します、殿下」
「サイードだ」
再び側近に言われて俺たちは名乗り、右手のグローブを外した。手の甲を彼らの前にかざし、紋章を浮き上がらせる。
この世界では、冒険者の証はギルドカードではなくこの紋章だ。紋章は、少しの間入れ墨のように肌の上にとどまり、そして染み入るように消えた。高貴な兄妹は目配せし、兄が口を開いた。
「お前たち、家名はあるか」
この世界では、家名を持たない冒険者は多かったが、持っている者も別に珍しくはなかった。
「…アーノルド・ソロンです、殿下」
「サイード・ユーシェッド」
「ほう、ソロンと言うか。ではお前が詠唱魔法の使い手か。エルフの係累か?」
ヒルダの告げ口か。本当に何をしたいんだ。
異世界とは言え、仰々しいフルネームは避けようと俺のもう一つの身分を使ったが、逆に興味を持たれてしまった。俺の持つ爵位及び領地の名である「ソロン」は、上古ガレンドール語の名称だ。我が王家発祥の地だから当然だが、この世界ではエルフの言葉を家名として名乗っていることになる。それで詠唱魔法が使えると思われたようだ。
「まったく関係ありませんよ。ただの偶然の一致でしょう」
「本当か?」
皇太子は隙のない目で俺を見てくる。厄介だな。シェヘラザード、お前が手抜きするからだ。
「はい」
「一介の冒険者とも思えんがな。お前には、俺たちと似たような高貴な血が流れている気がする」
「買いかぶりです。この地には、私が統べる国などありませんよ」
「なるほど。しかし流浪の王子ということもあるかもしれんな」
俺の横でサイードが吹き出した。
何だよ、当たってるだろ。言い回しがちょっとかっこ良いくらいは見逃せよ。
「殿下、御用はそれだけでしょうか。本題があるならお願いします」
こうやって怯まないところが見込まれたのか? いや、俺は礼儀知らずの冒険者に徹するぞ。
「お前たちはこのクエストで、今後は我が妹イネスとパーティーを組んでほしい」
「…皇女殿下と?」
「そうだ。そして最速で最深部を目指してほしい」
俺とサイードは顔を見合わせた。
「心配は要らん。イネスは一流の剣士だ。この規模のダンジョンなら例え一人でも最深部へ到達できるだろう。だが万が一を考え、死なさぬようサポートしてほしい」
この世界の冒険者は三度死ぬ。
一つはHPを使い果たすと陥る「戦闘不能」で、蘇生魔法があれば確実に息を吹き返せる。
だが戦闘不能の状態で一定以上のダメージを受けると、魂と肉体が虚空に回収されてしまう。これが二つ目の死だが、生前最後に祈りを捧げた教会で復活できるため、「帰還」と呼ばれている。
三つ目が、冒険者でなくとも全ての者に平等に訪れる、復活することのない真の死だ。
一般人と違い、冒険者になると「戦闘不能」と「帰還」によって真の死を遠ざける資格を与えられる。「戦闘不能」は何度でも経験できるが、「帰還」の回数には上限があり使い切るとそのまま死んでしまう。
だから冒険者にとって蘇生魔法は習得必須だ。俺は当然ながら、基礎魔力が低めなサイードも覚えている。
ちなみに戦闘不能で放置された死体は、魔物に悪用される恐れがある。
それを避けるためギルドでは、パーティーが全滅すると全員を強制的に帰還させる魔法を、出発前に有償でかけてくれるサービスをやっている。それが『全滅救済措置』だ。
高額だし、勝手に帰還回数が減ってしまうので避ける冒険者もそれなりにいるが、今回のキャンプでは無償で参加者全員に提供していた。
ザカリーの意図は、イネスの帰還回数を抑制することなのか?
「それで? おれたちには何のメリットがあるんだ?」
「メンバーが足りなかったんだろう? イネスがいればボスの間発見の報酬はお前たちのものだ」
「不確定だな」
「試してみろ」
「サイード、よしとけ。こういうのは応諾しかない」
礼儀知らずぶりではサイードには敵わないな。俺が止めに入ると、イネスが進み出た。
「ステータスを見れば分かる」
そう言って表示された彼女のステータスや技一覧は、確かにかなり高いレベルまで育っている。だが前衛特化型に見える。彼女が大砲のように突進するのを妨げないよう、俺たちで露払いや雑魚の始末をしていくことになるだろう。楽ができると思うべきなんだろうか。
「納得したか? お前たちには、堂々と女の尻を追いかける栄誉をやろうというのだ。私に吹き飛ばされないよう、せいぜいしがみつくがいい」
…この世界の女はどいつもこんな調子なのか?
俺たちは黙ってまた頭を下げた。
2023/1/7 サブタイトル変更
2024/7/11 サブタイトル及び本文修正




