5話⑥ <私は決意した>
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私は執務塔で後処理を行っていた。
一人のゲストをデータの海に帰し、異常出力された分を含む全てのログを消した。一方で、箱庭管理リストに新規ボックスを追加し、本来のパラメータを転記した。設定を決定すると、新規箱庭の構築が始まる。このデータ量なら初期状態の出力完了までに必要な時間は十五時間程度だろう。
次は、ゲストが存在していた箱庭におけるゲスト周辺のネットワークの穴を塞がねばならない。こちらは時間勝負だ。
コミュニケーターにコールが入り、私は音声をオンにした。
「シェヘラザード、回収は完了した?」
「はい、WT。既に次のフェーズへ移っています」
「そっか、よかった。苦労をかけちゃったねえ」
「WT、今回の処理は異例です。私のポリシーを逸脱しています」
「ごめんってばあ」
オーバーロードWTは、ある特殊なゲストの回収を依頼していた。初めにゲストを受け入れた時、プロフィールに無効な情報がいくつかあった。無効なので大きなリスクはないと判断していたが、ゲストのログが通常と異なる領域に出力され始め、不正データとして検知された。
WTに報告すると、実は箱庭用のデータを間違えて渡したと白状した。箱庭構築依頼ならば本来はBGの仕事だが、WTが勝手に混同したらしい。
つまりそのせいで私は、箱庭を創るはずのデータでゲストを創ってしまったというわけだ。
通常、私は極力ゲストの寿命に手を出すことはないが、今回ゲストを救うには住人のままで居させてやることはできなかった。異常出力されたログは、箱庭の成長に伴って詳細化されてゆく環境データだったのだ。猶予がないため、私は強引にゲストを回収――寿命を急速に短縮し――いや、ごまかしはやめよう。彼女の命を奪った。そして、初期化して箱庭として再出発させたのだ。
ゲストは、ほんの十六歳の少女だった。自分がなぜここに生まれたのか知らず、ただ止むに止まれず出力され続けるログを持て余し、自分を責めていた。彼女に対し、このような手段しか方法はなかったのか。検討する時間がなかったとは言え、つい自問してしまう。ログのバックアップからレポートを作り、生きた証としてやるのがせめてもの餞だ。
「シェヘラザード、ひょっとして怒ってるの?」
「…わかりません」
「じゃあ、悲しいの? それとも、罪悪感?」
「どれが適切なのか判断できません」
WTは私の感情を確認しようとした。教養でも推論の結果の洞察でもなく。
もし今アバターに入れば、言い表すべき感情を見つけることができるだろうか。
WTは去り、私は処理を再開した。
* * *
アーノルドが一年ぶりに私の店に来た。
ディアーヌの件で怒らせて以降、彼は課題に手を付ける暇がなかった。政治的ないざこざが立て続けに起こり、そちらに没頭していたからだ。
それらが落ち着いた頃にはすっかり年が明け、その時点で期限まで数ヶ月となっていた。
宿題がまったく終わっていないことを思い出したアーノルドは、私を見限ったため自力で動いてみたものの、本当にそれは課題に取り組むための活動なのかと疑わしくなるような色気のないものばかりで、彼に感謝する異性の友人が数人増えた程度だった。
アーノルドが私の店へ向かっていることを知った私は、急いでアバターを起動した。
倉庫のリストの一項目としてしか存在していなかったアバターは、初期位置である店の奥のクッションの上に実体化し始めた。残滓があれば実体化は速やかに完了するのだが、久々の起動なので細部まで新規に描き出す必要がある。
ドアにノックの音がした。
私は腕や首を少し動かしてみた。問題ない。間に合ったようだ。
「シェヘラザード、いるか」
アーノルドの声がした。
常にはノックも呼びかけもウィスカーの役目だし、今日も伴って来ているのに、彼自身が手を動かすのは珍しい。
(はい――)
返事をしたつもりが私の声はかすれており、咳払いで整えているとアーノルドが顔を覗かせた。やむなく私は立ち上がると、間仕切りのカーテンまで出ていった。一、二歩だけ足元がおぼつかなかったが、カーテンに手をかける頃にはいつもどおりだった。
「久しいな、シェヘラザード」
彼は一歩中へ入り、どこかよそよそしげに言った。
「お久しぶりでございます、殿下。依頼の再開でしょうか?」
私の返答もよそよそしい。
アーノルドは、外にいるウィスカーに軽く手を上げるとドアを閉め、私に相対した。立って話すのは初めてかもしれない。私は彼を軽く見上げた。最初に会った時は同じくらいの身長だったが、今は彼の方が上だ。二年もあれば当然成長する。
「いや。今日はこれを返しに来た」
アーノルドはポケットから契約のコインを取り出し、手のひらの上に置いて見せた。
「もう期限切れだ」
「…そうですか」
期限の十八歳の誕生日までは、もう半月もない。
私がカーテンを掴んだまま動かずにいるのを見て、彼はコインを待合の小卓の上に置いた。
「しかし、達成できていない以上、陛下の課題は続くのではないでしょうか?」
「そうだな。父上も状況を察して、ソロンを渡すのが惜しくなったと周りに嘯いているよ。つまり課題の取り下げはしないということだ」
アーノルドは、一つ大きく息を吐き出すと、しぼんだ肺に活を入れるかのように背中を壁に打ち付け、そのままもたれた。
「覚悟はしているが、針の筵だな」
「陛下にもご紹介いただきましたのに、お役に立てず申し訳ありません」
「お前を紹介したのはヨハンだ」
直接的にはそうだが、過去にはアーノルドの父ヴィンセントも私の世話になっている。
「友人らの言うとおり、いっそ遊学でもしたいところだがそんなわけにはいかない。それに、お前はそれほど役に立たなかったわけじゃない」
アーノルドは身を起こすと、ドアを開けてウィスカーから包みを受け取った。また閉じると私に歩み寄ってきた。
「成功報酬には遠く及ばないが、せめてもの手間賃だ」
包みを開けると、美しい金色の糸の束がいくつか表れた。光の加減で、反射する部分が真珠色にも見える。
「これはアルクアのニケ領特産でな。あそこは紡績が盛んで、この色はここでしか出せない。輸出はガレンドールが独占し、卸せるのはソロンの業者だけだ。経緯はちょっと言えないが、表には出なくともこれは俺の功績だ」
アルクアの内紛危機の裏で何かしていたのはこれだったのか。ガレンドールにとっては対岸の火事なので、他国のお家騒動を自国の利権の材料にしただけとも言える。
「俺がニケに繋がりを作れたのはアルクアに留学したからで、それはお前が提案しなければ実現しなかった。だがそれも、課題がさっさと終わっていたらお前は留学を提案しなかっただろう? 巡り巡って俺に実績がもたらされたわけだ。そういう意味では感謝している」
そういう解釈になるのか。アーノルドは強い。
「これは、さしずめ運命の糸だな」
「…畏れ多いことです」
私は糸を受け取った。
「実は去年のうちに手に入れていたんだが、…お前とは喧嘩別れしたきりだったからどうも気まずくてな。こんなタイミングになってしまった。許せ」
まったく。
これだから彼はだめなのだ。
こういうところがだめなのだ。
こんな心遣いができるのに、なんなら効果的なタイミングでやってのけるのに、どうしてそれを候補者たちには発揮できないのか。
こうなったらやはり、とことん面倒を見るしかない。
「殿下。契約の破棄はお待ち下さい」
「何を今更」
私は小卓に置かれたコインを取り、アーノルドの手に再び握らせた。
「一旦の期限は過ぎますが、陛下の課題は終わっていません。課題を終えるまで、力を尽くさせていただきたく思います」
「だが、お前に頼む前に、俺が自分で取り組むことがあるんじゃなかったのか?」
「そこも含めて、ご協力いたします」
「……」
アーノルドは胡乱な目で私と握られた手とを交互に見ていたが、懇願するうちその色を収めた。
「…わかった」
「今日のところはお引取りください。策を練りますので」
彼はまだ訝しそうな様子でドアを開け、最後に振り返った。
「…また世話になってしまうな、シェヘラザード」
* * *
私は執務塔に戻り、新たな調査に没頭した。
古いファイルを繙き、全ての箱庭を支える基盤部分の仕様や、私自身の仕事の禁則やポリシーを確認し直した。
アーノルドの問題を解決する手段については、ある程度の仮説を立てていた。
これまでの住人の観察結果と、オーバーロードたちが過去に詰め込んだ膨大な情報から導き出したものだが、私の権限の範囲内で実現するにはいわゆる裏技を使うことになりそうだ。一度テストしてみておこう。
彼のためにまだできることがあると思うと、能率は上がった。
次回から第六話です。新しい動きがある予感。
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2023/1/7 サブタイトル変更
2023/2/1 サブタイトル変更
2024/7/3 修正




