夜這え! 玉国くん
「好きだ! 好きでたまらないんだ!」
春の土手で、玉国くんはそう叫びながら、恋に苦しむ胸を抑えた。仰げば春の空はさやさやと流れ、どうでもいいような顔をしている。
「ああ……! どうすればいいんだ! どうすればこの胸の苦しみをなくすことが出来る!?」
「教えようか?」
突然、足元のスミレがそう言ったので、玉国くんはびっくりして飛び上がってしまった。
「スミレが……! 喋った!」
「スミレじゃねーよ」
ぺろんと地面の模様のシートをめくり、忍者が顔を見せた。
「同級生だろ、見忘れんな」
「あっ! 君は忍田くん。天気がいいからってそんなところで昼寝か?」
「玉国。お前、同じクラスの白根高百合のことが好きだよな?」
「なっ……! なぜ、それを!?」
「簡単なことだ。お前があの娘の名前を連呼してたのを聞いていただけだ。冒頭読み返せ、『好きだ!』の前な。省略されてるけど」
「聞いてたのかよ!」
玉国くんは恥ずかしさに真っ赤になった顔を急いで隠す。
「玉国。どうすればいいか教えてやる」
忍田くんは格好良く立ち上がり、腰に両手を当てて、教授のポーズになった。
「夜這いだ」
「よ、夜這い?」
「そう。日本人に古くから伝わる風習。恋に苦しむ男の胸をスッキリさせる何よりの特効薬。それが夜這いだ」
「そんなの現代じゃ犯罪行為だろ! できるか!」
「やるんだ」
「そんな恐ろしいことをするよりは胸の苦しみを抱えたままのほうが……」
「いいと言うのか?」
「ウゥ……」
「断言してやる。お前、そのままでは死ぬぞ? 恋の苦しみに胸に空けられ、ある朝突然死んでいる」
「そんな大袈裟な!」
「貴様、恋を見縊りすぎた。恋というものはな、本来恐ろしいものなのだ」
「や、やるよ」
「んっ?」
「やるよ! やってやんよ、夜這いをよ!」
「やたら素直だな。本当は最初からやりたかっ……」
「いいから教えろよ! それってどうやってやるんだよ!? やったことねーから教えろよ、経験者!」
「勝手に経験者にするな。俺も未経験者だ。ただし、お前よりは詳しい。前々から物凄く興味はあったからな」
「ゴタクはいーよ! 必要なことだけ教えろ! どうすればいいんだ!?」
「ふむ。まずはどうやって彼女の部屋に忍び込むか、だが……」
「うんうん」
「ピッキングだ」
「てめー忍者だろ! 何、空き巣みてーなこと言い出してんだよ!?」
「俺も住居不法侵入の術はまだ試したことがないんでな」
「じゃあ、いーよ! ピッキングを教えてくれよ!」
「知らん。お前が自分で調べ、自分で身につけるんだ」
「……わ、わかった。それで? 忍び込んで、それからどうするんだ?」
「夜這うんだ」
「夜這う……とは?」
「わからんのか? とにかくお前の心のままに夜這えばいいんだ。一度夜這われてしまえば女は夜這った相手のことを忘れられなくなるもんだ。そうだろ?(ドヤ顔)」
「だからそれ、どうやんだよ!? わかんねーよ! そんな日本語聞いたことねーよ!」
「わかれよ! 無理やりマウント取って、こうやって、こう!」
「それレイプじゃねーか!」
「現代ではそう言うようだな。しかし、これは夜這いだ。日本古来の伝統なのだ。犯罪行為などではない」
「立派に犯罪だよ!」
「貴様! 日本古来の伝統的文化を犯罪呼ばわりする気か!?」
「まきびし撒くなよ。落ち着け」
「よし! じゃあ、代わりに俺が夜這おう! やって見せてやる! お前は見ておけ! 日本人が伝統的にどんなことをして来たか、しっかりとその目に焼きつけるんだぞ!」
その夜、忍田くんは白根高百合の部屋に忍び込んだ。見事なピッキングで窓の鍵を開け、中へ入って行くその怪しいピンク色の背中を見送りながら、玉国くんは警察に通報した。
「ありがとう! あなたが目撃してくれてなかったら、私……、どんなことをされていたか」
パトカーの赤ランプがギラギラと夜を照らす中、白根高百合は玉国くんの手を握って感謝の言葉を述べた。
「と、当然のことをしたまでだよ。現代人として……」
玉国くんはしっとりと涙に濡れた彼女のまつ毛の動きに見とれながら、しめしめと思っていた。これをきっかけに関係も肉体も急接近できるかもしれないと思ったのである。
「あなたにお礼がしたいです」
白根高百合は言った。
「あなたの通ってる高校と、あなたのお名前を教えてください。母からお礼をしてもらいますので」
「え……。俺のこと……知らないの?」
「はい」
「同じクラスなんだけど」
「まさか」
白根高百合は高らかに笑った。
「あなたみたいな面白い顔、見たら絶対覚えてるはずだもの!」
夜這っとけばよかったかな、と玉国くんは思った。