クリスマスの告白
学祭からしばらく経ち、構内のみならず私の周囲も、平常時の落ち着きを取り戻していた。
彼はお兄さんに対して辛辣だし、お姉ちゃんも塩対応というか、なんか威嚇的だし、学祭後もしばらく引きずっていて気になっていたから、落ち着いてくれたのは本当に良かった。
二人はお兄さんが私とお姉ちゃんを間違えたことについてすごく怒ってて、だけど間違われた本人である私が気にしてないのに、それをいつまでも気にする方が良くないと気づいてくれたらしい。ほっとした。
あれだけ顔が整った人から見れば、私なんてモブにしか見えないだろうし、お姉ちゃんを彼女だと思うのもわかる。美人とモブが並んでいたら、美人を認識してしまうのは人間の心理的にも、よくわかる。
でも私が言ってしまうとお兄さんが責められる気がしたので、黙っておいた。
女装してミスコンに出たりするユーモア溢れる人で、悪い人では無さそうだし、何より彼のお兄さんだし、できれば仲良くしたいんだけどな。次に会うことがあれば、もっと話をしてみたい。
「その……クリスマスイヴは、会えるかな?」
二人で自習室に居るとき、彼がそう切り出すので、驚いてしまった。
「あ、会いたい!」
「良かった。断られたらどうしようかと」
「むしろ、約束してなかったことに驚いちゃった」
「え?」
「なんか、当然会うものだと思ってたから。そういえば約束してなかったんだなって、驚いちゃった」
思い込みってすごいな、と一人頷いていると、彼は少し赤くなってた。
「……私、変なこと言った?」
「いや……嬉しすぎて」
「嬉しい?」
「会うのが当然と思うくらい、一緒に居ることを自然に思ってくれてるんだと思って」
「鬱陶しくない? 大丈夫?」
「全然。すごく嬉しいよ」
「夏休みもほぼ毎日会ってたし、きっと冬休みもほぼ毎日会うよ!」
「それは願ったりかなったり」
柔らかく笑う彼の顔は、とても嬉しそうで。私もつられて笑ってしまった。
「というわけで、もうすぐクリスマスだから、タカトさんにプレゼントしたいの。使えるものって考えたら、ベルトとかどうかなって」
いつものように、夕飯を食べながらお姉ちゃんに相談する。
「いいじゃん。ベルトなら絶対使うだろうし、何本あっても困らないよ」
「それでね、選ぶとき、お姉ちゃんのアドバイスを貰えないかな?」
お姉ちゃんはアパレル勤務だから、とてもセンスが良いのだ。
「任せて! びっくりするくらい喜ぶベルトを選んであげる!」
びっくりしなくても良い……んだけど、お姉ちゃんの好意は有り難いので、笑って流しておいた。
「これとか、どうかな」
「お、いいね! 使いやすそう」
休日、お姉ちゃんと二人でベルトを見ていた。
ベルトに決めたのは良いけど、カラーバリエーションや、バックルとか、革の太さとか、予想以上に種類が多くて、たぶん一人では選びきれなかったと思う。
「タカトくんのイメージで考えると、出番多そうだよね」
「うん……いつもシンプルな服装が多いから、それに合わせようと思ってるの」
「服装がシンプルなら、小物で遊ぶのも有りなんだけど……ベルトだけ派手だと浮いちゃうもんね」
「タカトさん、たぶん好みじゃなくても気を遣ってベルトを使う気がするから、本当に使いやすいやつにしたくて」
「な、なんかわかる……タカトくん、ほんとにユイのこと好きだよね」
スン……とした顔でお姉ちゃんが言う。彼と付き合う前も、付き合ってからも、ずっと話を聞いてくれたお姉ちゃんだから、なんとなく彼の性格も把握できてるのだ。
「どっちにするの?」
二つのベルトを交互に眺める私に、お姉ちゃんが問う。
「う〜ん。これにしようかな」
黒とダークブラウンで悩んだ結果、ダークブラウンにした。黒のベルトはたくさん持っていそうだし、ダークブラウンなら予備の予備くらいには入れそうだなと思って。
「いいね。ユイが選んだし、きっと喜んでくれるよ」
お姉ちゃんが柔らかく笑って、背中を押してくれる。
「ありがとう。お姉ちゃんのアドバイスのおかげだよ」
選んだベルトを綺麗にラッピングしてもらい、クリスマスプレゼントはバッチリだ。彼の喜ぶ顔が楽しみ!
クリスマスイヴ当日、待ちあわせ場所へ向かいながら、何度も服装を確かめてしまう。お姉ちゃんプレゼンツで、お洒落な仕上がりだ。
「初めてのクリスマスでしょ? いつもと違う雰囲気で、ドキッとさせてみたくない?」
なんて言われたら、あっさりと誘惑に負けてしまった。彼氏にドキッとしてほしいのは、たぶん彼女として永遠の課題だと思う。
今日の私は、モーブのケーブルニットワンピースに、ダークブラウンの細めベルトを締めて、ネイビーのファー付きポンチョと、チャコールのリブタイツにダークブラウンのショートブーツを合わせて、ダークブラウンのショルダーバッグ。彼と付き合い始めてから伸ばしている髪は、毛先をゆるく巻き、サイドを編み込みしてもらった。
いつもはブラウスにスカート、髪はそのまま、ばかりなので、随分と雰囲気が違うことに自分でも驚いた。軽くお化粧をしてもらったこともあると思うけど、すごく大人っぽくなった気がする。
お姉ちゃんは、私の仕上がりにきゃあきゃあ喜んでいた。どうやら私がお洒落に興味を持ったことが本当に嬉しいみたい。これからは私も、お洒落にもう少し感心を持ったほうが良いかも……。
ふとした瞬間、ガラスに写る自分が、自分じゃないみたいで落ち着かない。……彼は、褒めてくれるだろうか?
昨日もバイトで会ったばかりで、その時とは別人みたいな私に、驚いてくれるかな。こういう服装、好きだと良いけど。
緊張と期待で胸を膨らませながら待ちあわせ場所に着いた瞬間、胸が高鳴る。人混みの中、一際背の高い人物。
ネイビーのチェスターコート、白いシャツにモスグリーンのケーブルニットセーター、チャコールのテーパードパンツにダークブラウンのレザーシューズ。首元に緩く巻いたダークモーブのストールが、スタイリッシュさを強調している。髪もいつもと違って、無造作に流してるから顔がよく見える。
そこにはいつもよりすっきりとした、かっこいい彼が居た。服装自体は普段とそう変わらないけど、サイズ感がピッタリしてるだけで、印象が全然違う。かっこいい。何度も言うが、かっこいい。
「ユイちゃん」
多くの人が行き交う中でも私を見つけて柔らかく笑う彼に、顔が熱くなる。きっと赤くなってるだろう。
痛いくらいにドキドキする胸を抑えて、彼へ駆け寄る。
「ごめんね、待たせちゃったよね」
「全然。僕も今来たところ」
絶対ウソ。私も時間より早く来るようにしてるけど、いつも必ず私より早く来ている彼は、いったいどのくらい早く来ているんだろう?
「タカトさん、すごくかっこよくて、見惚れちゃった」
思考を切り替えるように、彼の服装について褒める。いや、いつもかっこいいんだけど。なんならいつも見惚れてますけど。
「僕も。ユイちゃん、いつもと雰囲気が違うからドキッとした」
「ほんと? へんじゃない?」
「まさか。すごく似合ってる。可愛い」
そっと髪を直してくれる彼に、私の心臓はドキドキを通り越してバクバクしてる。私の彼氏、かっこよすぎる……!
二人で水族館へ向かう。たぶん私が前に、水族館が好きだと言ったから。
「もうすぐショーが始まるみたいだけど、どうする?」
「今日はのんびり見て回りたいな」
「いいよ、そうしよう」
当たり前のように頷いてくれる彼に、すごく安心する。
「タカトさんは? ほんとはショー見たい?」
「僕は正直、どっちでも良いんだ。ユイちゃんが見たいものを見れば良いやと思ってたから」
「なんかいつも私ばかり優先してくれてない?」
「僕がそうしたいから。可愛い彼女を優先するのは当然じゃない?」
「かっ、……ありがとう」
ショーへ向かう人たちの中、のんびり歩きながら真っ赤になってしまった。いつもよりかっこいいから、いつもよりドキドキする……。
アナウンスで再三ショーの案内が流れた後、人の少ない館内を二人でのんびり見て回る。
「ショーも好きだけど、こうして人の少ない水族館を見て回るのも好きなの」
「そうだね。歩きやすくて良いね」
「人が多いと、たくさんの文字を見ることになって、ちょっと疲れるから」
「それは……たいへんそう」
「だからたまにこうして、人の少ない水族館を歩きたくなるの。付き合わせてしまって、申し訳ないけど」
「僕も楽しいから、気にしないで」
ほとんど人の居ない、静かな通路。水槽から届く水越しの光は、穏やかに足元を照らす。
私が水槽を見ると、彼の足がゆっくりと止まる。私が見たいように見られるよう、気を配ってくれてるのだ。こういうところ、本当にすごいなぁと思う。
魚が自由に泳ぐ様子を見るのは好きだ。広い海を泳ぐ様子を想像する楽しみがある。だから水族館は好き。でも、少しだけ苦手なこともある。
「すごい。ラッコ水槽の前も空いてるね。ゆっくり見られるよ」
ぎくりと体が強張りそうになるのを必死で抑えて、なるべく水槽から目を逸らす。
「そ、そうだね。やっぱり寒いところの生き物だから、ちょっと寒いね」
「寒い? じゃあ早く次を見よう」
私が少し腕を擦ると、思ったとおり、彼はラッコ水槽を素通りしてくれた。嬉しさと、少しの罪悪感。
「このコーナー、温かいね」
アマゾンの水域を再現したコーナーで私が笑いかけると、彼も安心したように笑った。やはりさっきの寒い発言で、心配かけたようだ。
「……あの、心配かけてごめんね」
「そんなこと。僕こそ寒いところに留まろうとしてごめん」
「違うの。あのね……私、名前の付いた生き物、苦手なの」
彼の手を引いて、小さな熱帯魚の泳ぐ水槽へ近づく。
「こういう小さい魚は、名前が付いてないから平気。他の、大きな水槽でたくさん泳いでる魚も。でもラッコとか、イルカとか、ペンギンとかもそうだけど、誰かに名前を付けられた生き物は、顔が見えないから、苦手」
思い切って告げる。緊張しながら見上げると、彼は目を丸くしていた。
「泳ぐ魚を見るのは好きだし、癒やされるから水族館は好きだけど、名付けられた生き物を見るのは、苦手。だから、動物園が苦手なの。象も絵本で見るのと全然違うから、鼻が長いって言われても意味わかんなかった」
「そ、れは……本当に、たいへんだ」
納得したように彼が頷く。
「誰かが飼ってる動物も、そう。犬も猫もみんな、名前が書いてある」
人だけでなく、動物も。名前を付けられて、おそらくそれを認識した瞬間から、私には、もう顔が見えない。
どんな生き物も、等しく平坦な顔に名前が書いてある。凹凸も特徴も、何もわからなくなる。
嘴が付いてるとか、目が大きいとか、そういったものが何も、全く、わからない。
「その生き物が、これが自分の名前だって認識したら、もうダメなの。小学校の通学路でよく見かけた野良猫がね、みんながクロって呼んでたら、それが自分の名前だって思ったみたいで。昨日まで猫の顔だったのに、次の日突然、平坦な顔にクロって書いてあったときの衝撃が、忘れられない。くりっとした目も、ピンとしたヒゲも、少し湿ってた鼻も、何もわからなくなった」
水槽の中を泳ぎ回る小魚たち。きっとこの子たちも、名前を付けられてしまえば、こうして穏やかな気持ちで見ることはできなくなるんだろう。
「凹凸も無い、特徴もわからない、平坦な顔しか見られないと思ってた。文字の羅列だけが、顔だと思ってた。だから、タカトさんに会えて、本当に奇跡だと思ったの」
そっと彼を仰ぎ見ると、予想外に真剣な顔をした彼がこちらを見ていた。大きな掌が、私の頬に添えられる。
「ユイちゃんに見える僕は、どんなふうに見えてるんだろうね」
「すごく、すごくかっこいいの。今日はとくに。ずっとドキドキしてるよ」
私が胸に手を置いて言うと、切なそうな顔をした彼が口を開く。
「認識できる顔が、僕だけだから、好きになってくれたんだとしても。ずっと大切にするから、僕と一緒にいて欲しい」
祈るように、希うように、真っ直ぐに私を見て伝えられた言葉は、私の胸を温かなもので満たす。
「たとえ他の顔がわかるようになっても、私はタカトさんを好きになったし、これからも好きだよ」
頬に添えられた掌に顔を寄せると、緩く上を向かされた。優しく腰を抱かれ、彼が少し屈むから、私も少し背伸びした。
柔らかく温かな唇が重なり、人の居ない水槽の前で、少しの間二人で抱き合っていた。
水族館の後は彼に手を引かれ、小洒落た古民家レストランへ来た。
住宅街の中、見逃してしまいそうな小さな看板を掲げたその店は、あまり広くはないけれど、清潔感のある、居心地の良いレストランだった。
「素敵なお店だね!」
「花火大会の日は驚かせてしまったから、今日は気兼ねなく過ごしてもらえる店を探したんだ」
キャンドルがぼんやりと二人の間で燃える様子は、なんともロマンティックだと思う。
「ありがとう。私一人ならきっと、見つけられない」
「……実は、兄さんが教えてくれたんだ。良い店があるから、ユイちゃんを連れて行ったらどうかって」
「お兄さんが? やっぱり、良い人だね」
「兄さんなりに、第一印象をなんとかしたいんだと思う」
苦虫を噛み潰したような顔で彼が言う。なんだかんだ、お兄さんのこと好きなのでは?
「何度も言ってるけど、私はそんな、第一印象悪くないからね。面白い人だなって思ってるよ」
ミスコンのお兄さんを思い出しながら伝えると、彼は困ったように眉を下げた。
「……兄さんに伝えておくよ」
どうして困り眉なの? と思ったけど、そんな顔も可愛いから黙っておいた。
サーブされた食事はどれも美味しくて、デザートのチョコケーキまで美味しく完食した。量も丁度良くて、残さずに済んで良かった。こんな美味しいものを残したりしたら、きっと心残りになってしまっただろうから。
「すごく美味しかった!」
「良かった」
「お兄さんのおかげもあるよね。お礼しなくちゃ」
「兄さんには伝えておくから、気にしないで」
「もしまた会えたら直接言うね!」
「そうだね。そんな感じで良いと思うよ」
どうやら彼は、私とお兄さんが会うことにあまり気が進まないようだ。女装のインパクトが強すぎるのかな?
「ユイちゃん、受け取ってほしい」
全てのお皿が下げられて広くなったテーブルに、彼が小さな箱を出した。
「あ、私もあるの!」
負けじと私も用意したプレゼントを出す。二人で顔を見合わせて笑った。
「開けてみて良い?」
なんて言いながらも、私は緊張しながら彼が開封する様子を見つめた。自分の開封する手が止まってるのは大目に見てほしい。初めてのプレゼントを喜んでもらえるか、ドキドキなのだ。
「これは……ベルト? ありがとう。使いやすそうだ」
嬉しそうな彼に、ほっとした。良かった。
「使ってもらえるのが良いなって、ベルトにしたの。お姉ちゃんに聞いたら、ベルトなら何本あっても困らないだろうって」
「そうだね。毎日使うよ」
「たくさん使ってくれると嬉しいな」
嬉しそうにベルトを撫でる彼に、いっぱい悩んで選んだことが報われたように感じた。嬉しい。自分のプレゼントを喜んでもらえると、こんなに嬉しいんだ。
私は自分の手が止まっていたことを思い出し、ゆっくりとラッピングに手をかけた。
綺麗なラッピングを解くと、やっぱり小さな白い箱。そっと蓋を持ち上げると、シンプルな指輪が光っていた。
「え?」
びっくりして指輪を見つめる私に、彼がイタズラの成功した子どものような顔で笑う。
「重いかなと思ったんだけど、どうしても目に見えてわかる繋がりが欲しくて」
私の手から箱ごと指輪を取り上げた彼が、私の左手を取り、薬指に指輪を通すと、それはピタリと私の指に収まる。
「僕のもあるんだ。ユイちゃんがつけてくれる?」
胸ポケットから私のものより大きな指輪を取り出した彼が、私の掌にそれを置いた。自分の分はケースにも入れず剥き出しで持っているところが彼らしくて、少しおかしい。
私より大きな彼の左手を取り、薬指に通すと、それはやはりピタリと彼の指に収まった。
「タカトさんのがピッタリなのはわかるけど、どうして私のサイズがわかったの?」
「あー、その。お姉さんに頼んで、教えてもらったんだ」
「えっ」
「この服、一式お姉さんの店で揃えたんだけど、そのときにユイちゃんの指のサイズを教えてもらった」
なるほど、見送ってくれたお姉ちゃんが悪い顔で笑ってたのはこれが原因だったのか。
「そんなの私に聞いてくれたら……でも私も、自分のサイズ知らないかも」
「たぶんそうじゃないかなと思って。あとやっぱり、驚かせたくて」
そっと私の左手を取った彼が、優しく指輪をなぞる。
「邪魔なら外してくれて良いんだけど、つけてもらえると、嬉しいな」
「外さないよ。私も嬉しいから」
ぎゅっと彼の手を握ると、少し驚いた様子の彼が、ゆるりと口端を上げた。
「あとこれは、オマケみたいなものなんだけど」
さっきの箱より少し大きめの箱をもう一つ出した彼が、ついでのように言う。
「なぁに?」
「開けてみて」
ラッピングを解きながら、左手薬指で光る指輪に口元が緩んでしまう。嬉しい。
包みの中から出てきたのは黒っぽい箱。パカリと開くと、何やらイヤホンのようなものが入っていた。
「……イヤホン?」
「僕の声、聞こえにくいって言ってたから。イヤホン型の集音器。一応設定はしてるから、ちょっと試してもらえる? 右耳で良いかな?」
そう言って彼が私の右耳に装着してくれる。これはいつも私が彼の左側に立つことが多いからだと思う。
「どうかな?」
ピピ、という機械音が流れてから、いつもよりクリアに彼の声が聞こえた。
「えっ! なんかすごくよく聞こえる!」
「良かった。ちゃんと設定できてる」
「設定?」
「どちらかと言えば、補聴器に近いんだ。僕の声の周波数を拾うよう設定してるよ」
「す、すごーい」
もはや説明されてもさっぱりわからない。すごい以外言えない。
「でも、私ばかり貰って良いの? 私は一つしかプレゼント無いし、なんなら指輪も二つ買ってもらったようなものだし……それにイヤホンって、高価なんじゃ」
「僕がやりたくてしてることだから、気にしないで。それと、これは僕が作ったものだから、そんな高価じゃないよ」
……なんだって?
「え? 作った?」
「うん」
正直、声が聞こえにくい問題についてはこんなにあっさりと解決できると思ってなかったし、何よりこんなサクッと作れるものなの? イヤホンって……。精密機器では?
「ケースに入れたら充電できるから、寝る前にでも収納しておいてね。ケースはUSBで充電できるよ」
なんでもないことのようにさらっと言っているが、これが自作? 自分で、作った? ご家庭で精密機器って作れるもの?
……私の彼氏、やっぱりものすごい人なのでは???
「タカトさん、すごいね! イヤホンって作れるものなんだ」
「一応、理工学部だから。これはそんな難しいものじゃないよ」
彼はそう笑うけど、理工学部だからって作れるものでもないと思うんだけどな。難しくないとか言われても、私には絶対作れない代物だし。
「ユイちゃんが言ってたのを聞いて、あれから何度も試作したんだ。自分でずっとテストして、やっと納得いくレベルのものができたから、こうして渡すことができた。実は僕とお揃いなんだ」
そう言って彼の左耳を見せてくれる。たしかに、私のとよく似たイヤホンがそこにあった。
「ありがとう。大切にするね」
「そんなに喜んでもらえると、製作者冥利に尽きるね」
私はよほど緩みきった顔をしていたようだ。でも、嬉しいし、ニコニコしちゃうよね?
「タカトさんの声がハッキリ聞こえるの、すっごく嬉しい!」
距離の問題だというのはわかってたから、私の身長が伸びれば……と思っていたけど、まぁ現実的ではなかったし。
こうして彼が問題解決してくれるなんて……やっぱり私の彼氏、すごすぎない?
「いや、普通にすごすぎる」
彼に送ってもらって帰宅し、お姉ちゃんに話すと、やはりというか、そう言われた。
「やっぱりそうだよね……普通にすごいよね」
「私は今、イヤホンって自作できるんだって衝撃を受けてる」
スン……とした顔でお姉ちゃんが言う。やっぱり普通はイヤホンが自作できると思わないよね?
「一応理工学部だからって言われたけど、関係ないよね? 私、文学部だけど文学に詳しいかって言われたら、そうじゃないし」
「いや、普通はそんなもんでしょ。私も専攻分野を極めたかと言われると微妙だよ……まぁ、いいじゃん。便利になったんでしょ?」
「うん。すごくハッキリ声が聞こえるようになったよ」
「逆に今まで、そんなぼんやりした声聞いてたの……? ま、あれだけ身長差あれば、そうなるのか。良かったね」
優しく頭を撫でるお姉ちゃんの手は、とても温かかった。
小さな告白をして、受け入れられて、プレゼントを送り合って、ペアリングを貰ったクリスマス。
左手薬指に光る指輪も嬉しいけど、何より、彼の声がハッキリ聞こえるようになったことがとても嬉しい。
やっぱり私の彼氏は、すごい人だと思う。