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涙の日を歌って[退魔と巫女の少女]

グリモアベース。そこは猟兵が集い、様々な世界へと旅立つ場所。

ここでアリスは二人の少女を呼び出していた。


「ようこそ、二人とも。

急に呼び出してごめんなさい」


二人の少女に詫ながら、アリスは語りかける。


「私に仕事ってよっぽどの事件?」


集められた一人。滅多な事では動かない少女。天海花は問い掛ける。


「いえ、仕事ですので」


そう答えるもう一人は三好ルナ。退魔師の力を持つ少女。


「ええ、あなたたちでなければこなせそうにない仕事かもしれないわ。

それじゃあ説明するわね」


特に拒絶も無いと判断したアリスは語りだす。今回起きたその事件の内容を。


「猟兵に迫る力をもつ魔法使いを育てる『アルダワ魔法学園』、

ここの地下には古くから優秀な魔法使いによって無数の災魔…オブリビオンが封じられていたらしいの」


静かに話を続けるアリス。


「…でもついさっきその封印が解かれ学園の校舎が襲撃される予知を見てしまったわ。

貴方たちにお願いしたいのは『オブリビオンの掃討』と『生徒たちの保護』」


成程と。アリスの説明に花は少し納得した。


「生徒といっても魔法の訓練を受けていてあなたたちの助力があれば状況を切り抜ける程度の力を持っているから安心して。

できる限り彼らから犠牲者を出さないように守ってあげて」


「……私の力は守護の力。そう言う事なら」


巫女として幼い頃から修練を重ねてきた少女、花の言葉。

守ると言う任務ならば自身が一番向いているだろうと納得したようだった。


「なるほどー。守りながらサーチ・アンド・デストロイすればいいって事ですね!了解しました~」


飄々と答えるルナ。退魔師としての修練を重ねたルナは花とは違い戦闘もこなせる。


確かに今回の任務はこの二人が適任だろう。



「それと…今回の災魔たちを率いている者が人に対してなんらかの執着をもっているように感じるの。

強く、悲しい…だけどとても身勝手な…だからこのお守りを持って行って。『もしものとき』はきっと役に立ってくれるはず」


アリスはそう言って二人に『絆の護石』を手渡した。


「わざわざありがとう。アリス。攻撃の力が無い私には使えそうな道具」


アリスの実力も相当なモノ。そんな彼女が不安がると言う事は相当な事件なのかも知れない。


「ん……。ありがたく受け取らせた頂きますねー。出来れば使わずに済むのが一番ですけどね」


その事を薄々と感じた二人はソレを素直に受け取る事にした。


「本当はもっといいものを渡したかったんだけどね…ごめんなさい。…それじゃあ転送するわ。二人とも気を付けてね!」


一刻を争う事態のようで、アリスは護石を受け取った二人を見ると、早速とばかりにアルダワ魔法学園へ送り出しだ。


__アルダワ魔法学園。


二人が転送された時には学園は既に災魔たちに襲撃されていた。


「ルナ……貴方ならわかっているでしょうけど、私は攻撃の力はあまり無いから。頼らせてもらうわ」


「まぁまぁそれなりにやりますよー。合わせるのは得意なんで!」


既にオブリビオン達は生徒を襲っている。

確かに、それなりに渡り合えているとは言え傍から見ても劣勢なのは感じ取れた。

会話を早々に済ませると、二人は生徒達の元へ駆け寄る。


「くっ…こいつら…強い…!」


強気そうな生徒の言葉。


「やめてっ!今こんなこと思い出してる場合じゃ…っ!」


そして、よくわからない術にかけられているような生徒の言葉。


「貴方達。自分の身は自分で守れる?」


流石に生徒達全員を守りながら戦うのは厳しいと判断したのか、花は二人の生徒に問いかけた。


「呼ばれて飛び出てルナ参上!!呼んではなかった?―――ってそんな余裕そうな雰囲気じゃなさそうでしたか。」


ルナの空気を読めないような明るい言葉。

だが、それは生徒達を落ち着かせる為のモノ。


「誰!?助けてくれるの!?」


「は、はい…体勢さえ立て直せれば…!

気を付けてください…!この人形たちは人の記憶を呼び起こす力を持っています…!」


生徒の言葉に、その術にかけられていたのかと二人は納得する。

とりあえず生徒達も落ち着きを取り戻した様子。

ならば、半数以上をこちらが相手にすればなんとかなるだろう。


「人形遊びですか!懐かしい!よく色々な人形のパーツをチグハグにして最強のお人形を作ってみんなの人形と戦わせてました!」


ルナは戦いの最中に言うような事ではない事を飄々と言いながらユーベルコード『Fortuna Laplace'sフォルトゥーナラプラス』を使用し

敵達の合間を駆け抜けつつ最も効率的な方法で結界と『アンフェルシェーヌ』を組み合わせたトラップを仕掛けていく、これで大凡の敵達は踏む事によって鎖が束縛し動けなくなる所を狙って所持している二丁拳銃で蜂の巣にする。


その弾丸は機械人形達の急所を全て捕捉し、撃ち抜いていた。


(強すぎないこの子……)


三好という退魔の一族が強い力を持っている事はある程度知っていた花でも、その技術には思わず驚いた。


「代わりに働いておきましたよ~。」


これくらい朝飯前と言わんばかりのルナの言葉に花はその実力に呆れてしまった。


「うん。ルナ、お疲れ様。私いなくても良いような気がしてきた……」


思わずそんな事を言ってしまう程に。


「あんな単純なトラップに踏むあいつらが無能なだけですよ。所詮は人形ですねー__っ!?」


ルナは花に対していつものように軽い受け答えをするが、話している最中に目眩に襲われて一瞬だけふらついた。


「……?大丈夫?」


ルナがダメージを受けた様子は見て取れなかった。少し不思議そうに、花は声をかける。


「え、えぇ……。ちょっとした寝不足と貧血ですね!!……あはは!リア充なんで忙しくて困っちゃうなぁ~!」


ルナは顔色は優れないがなんとか取り繕おうしていた。


「私も敵を封じる術が使えるからわかる。その技は多用したらダメ。気をつけて」


自身の敵の技を封じる術は、精神的にも肉体的にも疲労する。

もしも彼女の攻撃が自分と似たようなモノならば……。


そう思い軽いアドバイスを投げ、花は小さく息を吐いた。


「あ、あの…危ないところをありがとうございました…!」


「お二人のおかげで命拾いできましたわ…」


そんな二人の会話に割り込むよう、生徒達が声をかけてくる。


「お礼ならルナに。私はただ見ていただけ」


「あはは~大丈夫そうなら、よきかなよきかな~!これからは私の事はお姉さまって呼ぶように!」


そう言っておどけて見せるルナ。ある程度は体力も回復したのだろう。


「お、お姉さま…」


(本当に呼ばなくても)


一人の生徒の言葉に花は少し息を吐いた。


「コホン…今の化け物たちは先ほど急にこの学園に現れ生徒たちに攻撃を始めたんです…。

いくらこの学園の生徒たちが魔法を使えると言っても実戦経験はなく劣勢を強いられていたんですの」


傍らの生徒が現状を説明してくれる。


「普通の人間でそこまで戦えるだけ充分凄い。あいつらは普通の敵じゃないから。まだ敵はいるの?」


花は生徒達に問う。


「は、はい!この教室棟の屋上、そこから奴らは来ているようです」


「……ルナ」


そんな生徒の言葉に花はルナを見る。雑魚を倒し続けるより、元凶を断つのが早い。恐らく彼女も理解しているだろうと言った風に。


「りょーかいです。さっさと根本から絶ちましょう。早く終わらせたら寝て寝不足解消です!」


流石は退魔の少女だと、自分の言いたい事を説明してくれたルナの察しの良さに花は少し驚かされた。


「あ、ありがとうございます…。

私たちが屋上までご案内しますのでどうか奴らを倒しこの学園をお救いください!」


生徒の少女達の案内で、二人は屋上へ続く道を歩き始める。



「__この廊下を進んでいけば屋上への階段があります」


ある程度歩みを進め、階段が遠くに見えて来た頃。

一人の生徒が二人にそう声を掛けた。


「待って…突き当りに赤い灯りが…あれは何?」


もう一人の生徒の言葉。言われれば、確かに妖しく光る生き物とも植物とも取れないようなモノが階段の付近で蠢いている。


「あんな灯りこの学園で見たことない…多分あれも襲ってきた災魔です!」


生徒の言葉に、花は護符を取り出して構えた。


「貴方達は下がってて。ルナ、戦える?」


先程軽くふらついていた彼女がまだ動けるか心配で花はルナに声をかける。


「なんだか蟹みたいでかわいいですねー!毛蟹ならぬ火蟹ですかね?―――私は元気ハツラツよりちょっと下くらいだから大丈夫ですよー」


言葉ではそう言うモノの、やはり顔色は優れない。

……花が持つ似たような術ならばここまで後を引いたりはしないのだが。


(……あまりルナばかりに頼ってたらこの災いを起こしてる主との戦いで消耗しそうね)


雑魚くらいならば自分一人でも多少は戦えるかも知れない。


奇声のような言葉を発するその異形を見て、花は考える。


「……相手は炎のオブリビオン。それなら水の精霊をこの護符に込める」


見た限りは燃え盛る異形。ならば弱点は水だろうと、その力を護符に込める。


「力を貸して。クロ。この護符をアイツに当ててきて」


花が言うと、何処からか黒い猫が現れ護符を咥えて葬彩花に飛び掛かった。


花の言葉に従って黒猫は葬彩花に襲い掛かり水の護符による一撃を与える。


「――!――!!」


狙い通り。どうやらその異形の弱点は水だったようで苦しみだした。

だが、消える様子は無い。……やっぱり攻撃の力はルナの方が上だと改めて感じ、花は顔をしかめた。


「いやあああ!」


「だ、誰か助け…!!」


異形の花達が茨を生徒達に向けているのに気付けなかったのはそのせいだろうか。

考えている暇はないっ。


「……!下がっててって言ったのに。護符は……ダメ。まだ力が足りない……ルナっ」


花は生徒達を守ろうと護符に力を込めるが、間に合いそうにない。

……守護の力を持つとか言っておきながら情けない。そう思いながら花はルナに向けて叫んだ。


「任されましたー!」

先程の花の弱点を突いた攻撃のおかげで動きは鈍っているだろうと踏んで

ルナは得意のスピードを活かし最速で生徒達に向かい結界を貼る。


そしてそのままの流れでルナティックダンスによる連撃を放った。


「――!――!!」


ルナの踊り狂うかのような高速のルナティックダンスは全ての葬彩花を切り裂く事に成功する。


「……ルナ。それに貴方達も無事?」


間に合った事に安堵しながらも、ルナの体調に少し心配をして花は声をかける。


「私は大した事してないですから平気ですよー。」


多少弱らせた事が功を奏したのか、ルナは平気そうだ。


「は、はい…あなた方のおかげでなんとか…」


生徒達も怪我をした様子は見受けられない。


「この階段を上った先が屋上です…!」


__生徒の言葉。


瞬間、学園中に鐘の音が鳴り響き、甘く蕩けるような少女の声がした。


「さあ、準備が整ったわ。皆様どうぞ、屋上へ」


姿は見えない。だが、その口調は明らかに味方のものとは思えなかった。


「……誰」


その得体の知れない声の主に花は護符を油断なく構えて問い掛ける。


「ふふっ…そう身構えないでくださいな。

ただ私の愛の晩餐にご招待したいだけですのよ」


「あらあらそれは楽しみですね~。良いご趣味もしてそうですし。」


皮肉を込めたよう、ルナはその主に返す。


「きっとお気に召すと思いますわ…。

楽しい楽しい晩餐にしましょう?」


その声と同時に気配は消え去った。


「…………晩餐?」


どういう意味だろうと少し考える花。


「歓迎はしてもらえてるみたいですよ?」


「どうせろくな歓迎じゃない……」


ルナの気楽な雰囲気も今回ばかりは笑えそうにないと返す花。


「何はともあれ楽しみですね♪」


ルナはそんな花の様子を気にした感じも無く、軽い足取りで歩を進め始める。


「あの…上にいるのは強大な災魔…私たちは足手まといになります」


「私たちはここであなたたちの無事をお祈りいたしますわ」


__確かに。先程も危ない所だった。


生徒達の言葉に花は頷いた。


「……またあいつらが現れないとも限らない。貴方達には念の為一時的に能力が上がる護符を渡しておく」


そう言うと花は生徒達に護符を一枚ずつ配った。


「あ、ありがとうございます…助けてくれるだけじゃなくこんな護符まで…」


「この護符と私たちの魔法があれば先ほどまでの災魔くらいならどうにかなります!」


これで彼女達の心配も要らないだろう。


「大切な命。護符の力を過信しちゃダメ。危なくなったら逃げなさい。……時間を取らせてごめんなさい。ルナ、行きましょう」


それでも変に過信をして無茶はするなと釘を刺し、花はルナの方へ向き直す。


「ジーッ……」

ルナは階段の手摺の辺りでチラチラとそちらの様子を伺っていた。


「……ルナも欲しいの? でもこの子達ので力を使ったから、また力を込めるのは時間がかかる」


「いえ、友達にお土産であげようかと」


……リナの事だろうか。ルナの言葉はそんな事を何となく感じるような口振りだった。


「帰ったら作ってあげるから……」


友達思いな子。そんな事を思いながら、花は約束をする。


「それじゃ、晩餐も冷めたら折角招待してくれた彼女にも悪いですしそろそろ行きましょうか!」


そうして、二人は最後の戦いの予感を抱きながら屋上へ上がっていくのだった。


__屋上に上がったルナと花。


その上空には竜の翼を生やした少女が浮かんでいた。


「皆様、お待ちしておりましたわ。私がこの宴の主催者『心喰の亡我竜』」


美しいその姿と仕草は、ここが平和な場所ならば本当にお茶会でも開かれるのだろうと勘違いしそうになる。


「とても強いお二人さん、あなたたちの素敵な素敵な思い出、ぜひ口にしたくて招待しましたの」


だが、そんな事がある訳は無い。


「……私達への食事が無いなんて、招待した割には自分勝手ね」


可能な限り皮肉を込め、そんなふざけた宴を行う少女に向け花は言葉を吐く。


「右に同じく。

それに私の思い出なんて食べれた物じゃないですよ。」


ルナも同じようにそんな言葉を吐いた。


ルナの思い出。三好に多少の知識があるとはいえ、花はそこまで深い内情は知らない。

だが、どうも口振りではあまり良い思い出と言う訳では無いと花は感じた。


「あなたたちへの食事も勿論用意してますわ。

心の奥底に秘められた大事な記憶…それを引き出してあげます。

それを食べられるか食べられないか判断するのはこの私」


「人の心を勝手に見るなんて、マナーもなってない子」


呆れた花は呟く。


「―――大事な記憶?今の私にはそんな物どうでもいいです。大事なのはそんな物より『現在』なので。」


花にはどうにも、ルナの言葉が引っ掛かっていた。

だが、今はそれを考える暇は無いと心を切り替える。


「私にはこの地に封じられる以前の記憶が全てありません。

かつて人との戦いに敗れ記憶を奪われ封印されたということは理解していますが…」


[心喰の亡我竜はうつむきがちに語る。


「ふふっ…でも勘違いしていただかないで欲しいのですが、私、それで人を恨んではおりませんわ。

むしろ人類全てを愛しているんですのよ?」


本当に愛おしいとばかりに、微笑む亡我竜。

彼女は更に言葉を続けた。


「私が嫌いなのは災魔を滅ぼすべきと決めつけた『世界』そのもの。

その『世界』が私から思い出を取り上げたに等しい…」


その表情は少しずつ怒りへと変化している。


「だからこそ、私が思い出ごと人を喰らいこの残酷な世界から引き離し永遠の思い出にすることは、私なりの愛なのですわ!」


……人が愛おしいとか言う割には言っている事は滅茶苦茶で自分勝手。


「ただの八つ当たり。過去に囚われたただの亡霊ね」


花はこれ以上の対話は無駄だと判断する。


「歪んだ愛……気持ちはわからなくはないですけど、こう事を大きくしすぎるとこうやって私達に消されちゃいますよ?」


ルナも同じく。構えを取り吐き捨てた。


[「…そう、どうやらわかっていただけなようですわね…。

いいでしょう、あなた方の心象を映し出しその思い出ごと喰らいつくしてあげますわ!!」


「おいでなさい…彼女の愛しい人…!」


叫び、亡我竜はユーベルコードを発動する。

それは他人の心の幻影を召喚するユーベルコード。


「ルナ…悪いな…」


「……あの影は、リナ?」


その見覚えのある幻影に、花は少し驚く。


「―――不愉快ね。

確かに大事な物だけど、私にはもう時間がないのよ。こんなものに時間を使わせないで頂戴。」


だが、流石は退魔として修練を重ねたルナ。例え相手が大切な人の姿をしていようとも

それが幻影だとはすぐに見破れたようだった。


ルナはラプラスの悪魔を神降ろしして『Fortuna Laplace'sフォルトゥーナラプラス』を使用しリナの幻影と全力で戦いつつ、

隙を縫って目立たないように『絆の護石』の力をも込めた全力の魔力を注いだ式神を使い、心喰の亡我竜に飛ばす。


「なっ!?…いやああああ!!」


絆の護石の力をまともに受け、更に赤い鎖によって能力を封じられる心喰の亡我竜。


「ルナ。その技は多用しちゃだめって言ったのに……。」


さっきの言葉と言い、無茶な戦い方をする彼女を少し咎めながらも、このチャンスは逃せないと、花も続く。


「貴方の悲しい想い。きっとあの子ならもっと上手く浄化させられたかも知れないけど、ごめんなさい。哀れな魂」


静かに花は護符に願いを込める。浄化の願いを。


「クロ、行っておいで」


再び黒猫を呼び出し、浄化の願いを込めた護符を与え、亡我竜へと攻撃を仕掛ける。


浄化の護符を咥えた黒猫が赤い鎖に縛られた心喰の亡我竜に追撃を加える!


「ぐぅ…!よくも…やってくれましたわね…!」


やはり花の力では致命傷は与えられない。ダメージを負いながらも亡我竜はまだ生きていた。


「この程度の鎖で…私を縛れると思わないで!」


叫び、心喰の亡我竜は赤い鎖を引きちぎる。


「貴方を縛ってるのは、本当にその鎖だけ……?」


……恐らくは彼女が縛られているのは過去。そして失った想い。

そう感じた花は小さく呟く。


「―――ッッゲホ!!」


鎖が解除されると同時に力をほぼ使ったルナが吐血しながらふらついた。


(思っていたよりルナの消耗が激しい……)


自身の唯一持つ攻撃の術を使うにはまだ条件が足りない。花は考える。


「もう段取りなんてどうでもいいですわ…あなたたちの心…私によこしなさい!」


最初の上品な雰囲気は何処へやら。感情を剥き出しに亡我竜は叫んだ。


「ルナ…やめてくれ…攻撃するなよ…」


再び、リナの幻影を出現させ。


(ルナはもう自慢のスピードも剣技も使えないかも知れない……それなら)


「リナ。いいえ、三好の恥晒し。貴方の相手は私がしてあげる」


花はルナを庇うようにリナの前に出ると護符でその攻撃を受け止めようとする!

自身の唯一の攻撃技。呪い返しの下準備の為に。


……だが、すんでのところで幻影は花をすり抜けルナに一撃を加えた!


「わりぃなルナ…お前の心貰うぜ」


「腐っても三好ね……私程度じゃ幻影ですら足止めは出来ないみたい」


流石は退魔の一族だと呟く。巫女としての力より、攻撃の力は確実に彼女達一族の方が上だと。


「その程度……くれてやるわ……

心の少しくらい……まだ―――まだ使える命があるわ……!!!」


ルナが再びユーベルコードを封じる術を使おうとするのを見て、花は制止する。


「……それ以上その技は使っちゃダメ」


__似たような術なら私だって使えるから。


「おいしい…おいしいわ…

ふふっ、次はあなたが心をくれるのかしら?」


亡我竜は花を睨む。


「花さん…ごめんっす…」


先程から厄介な術。今度は自分の弟子の姿をした幻影に花は少し怒りを感じた。


「ベルは心を入れ替えた。それくらい私が一番理解してる。その幻影は二度と使わせない」


一枚の護符を取り出す。それはルナのユーベルコード封じと同じ効力を持つモノ。


「ルナと同じような技を私が使えるのは、想定外?」


言いながら沈黙の護符を亡我竜へと向け投げる。


「回復の護符。クロ、ルナの体力を回復させて。それと私の護石をルナに」


更にもう一枚。今度は体力を回復させる護符を黒猫へと預ける。


花の投げた沈黙の護符は心喰の亡我竜に命中しダメージと共に沈黙を与えた。


それによって幻影は消滅し、ルナは黒猫から回復の護符と絆の護石を受け取り体を癒すことができた。


「~~~~~~~ッッ(そんな…何故大事な人を攻撃できますの!?)」


「バカにしないで。幻影だってわかってれば攻撃くらい出来る。幻影だってわかりやすいくらいに貴方の作ったソレは言葉を真似するだけの木偶人形」


本物のリナやベルならば決してそんな事はしない。

付き合いの長い彼女達だからこそ、その術は簡単に見破れた。


「~~~~ッッ!(馬鹿にして…馬鹿にして…!皆消えてしまえ!)」


心喰の亡我竜は悲痛な慟哭を上げ全てを燃やし尽くす程の炎を放つ。


「――――――!!!!」


花達が会話をしている間に気配を消していたルナ。


護石の加護を受け、ツクヨミにラプラスの悪魔、二つの神を同時に降ろし身体を超強化して生成した結界を足場にしつつ『Fortuna Laplace's』で最短ルートで高速で接近する。

そのダガーは真っ直ぐ、心喰の亡我竜の心臓に向かって一突きしようとしていた。


__ルナはラプラスの力で心喰の亡我竜の動き全てを予測し、そのダガーで心臓を突き刺す!……はずだった。


「ッッ!?」


だが、ルナの接近に気付いた心喰の亡我竜は驚き体制を崩す。

幸運にもそのお陰でルナのナイフは身を掠るだけですんだ。


「まだまだですよー!

今あなたが放ったモノ、忘れてませんよねー?」


避けられはしたが即座に体制を立て直し―――そこにいる花を見やる。


……まるで避けられる事をわかっていたかのように。

そして、花がずっと何かを狙っていた事に気付いていたかのように。


「貴方の想い、貴方の記憶。自分で探しなさい。自分自身のその技で」


花はルナのアイコンタクトに頷き、一枚の護符を取り出す。


__それはリナの幻影による攻撃を防げなかったモノ。だが、ベルの幻影を防いだもの。


「クロ行くよ」


もう外さない。


どれがその護符かを悟らせぬよう、猫にも護符を持たせ、複数枚の護符を投げ付ける!


「そんな札で私の炎を防げるなんて…ッッ!?」


全ての護符ごと花を炎で焼こうとする心喰の亡我竜。


しかしその中には花の持つ唯一の攻撃技である呪い返しの護符が混ざっていた。


呪い返しによって炎は跳ね返され、心喰の亡我竜は自らの炎によって身を焼かされる!!!


「…………私は、死ぬ、の…?」


心喰の亡我竜は自身の炎に飲まれ少しずつ崩れていく。


「貴方に当てた呪い返しは一つだけじゃない。思い出しなさい。貴方の本当の心を。本当の記憶を。辛いだけじゃなかった筈」


決着はついた。だが、恐らく自分よりも巫女の才を持つ彼女ならば行うであろうその行為を花はしていた。


呪い返し。それは受けたユーベルコードの全てを返す。

花が受けたユーベルコードの中には、大切な想い人の幻影を産み出すユーベルコードも存在していた。


「私の…本当の…心…?」


わからない。そう言った表情の彼女へルナも続けた。


「そうです。きっとあったはずですよ。

忘れちゃってるナニかが―――だってあなたの気持ち、少しわかりましたし。」


__そのとき、花の放った呪い返しによって心喰の亡我竜は自身の幻影を見ることになった。


「もういい…もういいの…」


そう言う何処か神秘的な女性。恐らくは彼女が亡我竜の想い人なのだろう。


「あぁ…あなたは…そっか…私は…今まであなたのために…」


彼女の過去を知る事は出来ない。知った所で、何かが変わるわけでもない。


だが、想いと記憶を失った彼女に、最期くらい良い想いを見る権利はあるだろう。


心喰の亡我竜は安らかな笑みを浮かべ、思い出の…優しい幻影を見つめながら消え去っていくのだった…。


「…………疲れた。ルナ、肩貸して」


いつもなら弟子に頼むその言葉をルナにかけてみる花。


「え~~……ちょっと無理かも~私も眠……いし……」


だが、ルナはそのまま倒れ込み寝息を立て始めてしまった。


「……貴方の方が頑張ったものね」

クスリとほほえみ、花はルナの身体に肩を貸す。


「竜の女の子。今度産まれたときは、ちゃんと私達に美味しい手料理を振る舞いなさいよ」


きっと浄化出来ただろう。あの子ならもっと上手く出来ただろうけど。

そんな事を思い、花は少女の消えたその場所を軽く見て呟いた。


そして二人は体を預け合いながら生徒たちが待つ廊下に降りて行く。


そこでは災魔の消滅を感じ取った生徒たちが二人の帰還を首を長くして待っていた。


「ほら。お姉さまなんでしょう。起きなさいルナ」


「……ぁぁ、うん……メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシで……!」


……起きる様子のないルナに呆れ、とりあえず全てが終わったことを伝える事にする花。


「…………新しい呪文?貴方達も一人も欠けなかったみたいね。もう大丈夫だから」


「はい…お姉さまたちもご無事でよかったですわ…♡」


生徒のその熱い視線は自分よりもルナに向いていると感じた。


「あなた…本気で惚れてない…?」


「コホン…貴方たちのおかげで学園は救われました。

本当になんとお礼を言えば…」


別の生徒はある程度はマトモに受け答えをしてくれる事に少し安堵し、花は返す。


「お礼を言うべき子がこんな調子だから。気にしないで……それよりも。あの子の慰霊碑を建ててあげて。きっとルナもソレを望んでる」


自身の身を削る技を多用し、二手三手先まで考えたルナ。お礼は自分よりも彼女に言うべきだと。


そして、自分の願いは巫女としての責務だけ。


「あの子…災魔たちの主ですね…」


「ここに災魔たちが現れた時、歌が聞こえました。

とても明るい声で…なのに内容はとても悲しい…涙の歌…」


「…………そう。悲しい想いが産んだ子。だから退魔と巫女の私達が来た。きっと、もう悲しい歌は流れない」


生徒達の言葉に、花は続ける。


「優しい歌であの子の……それと最後に見えたあの子の想い人の子の魂を鎮めてあげて。それが貴方達に出来る。いえ、貴方達にしか出来ない事」


この記憶があれば。ルナを想う気持ちがあれば。

その想いはきっとあの少女にも届くだろうと。


「わかりました…必ず建てますわ」


「私たち…この学園にいる全員で鎮め…お送りますわ…」


どうも自分だけでは説教臭くなる。自分の役割はここまでだろうと。

神妙な表情の生徒達を見て花は感じた。


「…………お願い。それといい加減起きて。私は肉体労働向きじゃないの」


ペチペチと未だに眠るルナの頬を軽く叩く花。


「―――か、カニみそ!?」


「…………カニ味噌は帰ったら食べましょう。この子達が貴方にお礼言いたいんだって」


素っ頓狂な言葉と共に目を開いたルナに少し呆れ、花は伝えた。


「……え?そうなの?確かに私雑魚相手に無双しすぎちゃったかな~。」


……無双したのは雑魚だけじゃないんだけど。それを言うのは野暮だろうと花は黙る。


「お姉さま…♡私最初にお姉さまの活躍を見た時から心を奪われて…♡」


一人の生徒が赤面し息を荒げながら言う。


(えっ……何この反応……。)


(沈黙の護符必要かしら?)


流石に想像を超えた彼女の言葉に二人はそんな事を思う。


「あ、あはは~そ、そっか~!いやぁー!!みんな無事で良かった良かった!!これで一件落着ですね!それじゃ、YOUも元気で!」


身の危険を覚えたのか、ルナはそそくさと通り過ぎようとする。


「あなた…あまり変なこといってこの方を困らせないの」


そんな生徒の一人に向けて、傍らの生徒が頭を小突いていた。


「いたぁ…か、軽い冗談ですわ…おほほ」


頭をさすりながら冗談と主張する少女。


「あはは……まぁ私なんか慕わない方がいいですよ~。……むしろ忘れてもらっても構わないよ。」


……やはり何処か含みのあるルナの言葉に花は返す。


「想いと記憶。きっと忘れないでしょうね。あの子が思い出したくらいだから。この子達の記憶の中でルナの存在は大きく残る気がする」


「そうかもしれないけど……」


__これからいなくなる人間の事なんて覚えない方が良いに決まってるじゃない。

微かな声で誰も聞かれないようにルナは呟いた。


「…………大切なモノは居なくなっても消えないモノ」


小さなルナの声は聞こえはしなかった。ただ、ルナの悲しそうなその表情に花はそんな言葉をかけた。


(そうする為に――――そうあるべきようにするために最後まで前に進むのよ……)

花の言葉を噛み締めながら返事はしなかった。


「さて…あまり引き留めるのもよくありませんわね」


一人の生徒が呟いた。


「…ええ、名残は惜しいですが…………とても」


「お姉さまたちのことは決して忘れません」


「これからの旅路でのご無事お祈りいたしますわ」


生徒達の言葉。


「ええ。貴方達も元気で」


コクリと。その言葉に頷き、花は呟く。



「ええ!それではごきげんよう!ごきげんよー!」


いつもの調子を取り戻したかのように、ルナもまたそう言って手を振っていた。


__心喰の亡我竜を倒し学園の平和を取り戻したルナと花、

二人は生徒たちに見送られグリモアベースに戻っていくのだった。


グリモアベースへ帰還した二人。


二人の帰還を信じていたアリスは笑顔で駆け寄る。


「おかえりなさい!どうやらうまくいったようね!」


安堵の笑みで、そう声を掛けてくるアリス。


「まっルナが血を吐いたくらいで、後は余裕っしたよ~~!」


「貴方の護石のお陰で。それより疲れた……もう帰って寝てもいい?」


二人の相変わらずの様子を見て、アリスは可笑しそうに笑った。


「ふふっ…本当にお疲れ様、二人とも。今だけは戦いも何も忘れてゆっくり体を休めていってね」


アリスの言葉。それは当然の事とばかりに頷き、花はルナへと向き直る。


「……ルナ。貴方が何を背負ってるのかわからない。私が口にするべき事でも無いのかも知れない。でも忘れないで。貴方を想う人がいる事を」


「いるからこそ頑張るつもりですよ~~!

さて、花の言う通り私も寝たいです!」


言葉を受け取りはしたが表面上はもういつものルナに戻っている。


(貴方が居なくなったら、きっと涙の日を歌う子がもう一人出てくる。……いえ、これを言うのは余計なお世話ね)


あまり説教臭い事を言い続けるのも悪いと、花はその言葉を呑み込んだ。

それはきっと三好の恥晒しと吐き捨てたあの子が気付かせてくれる筈だから。


「……きっと次にあの学園で聞こえてくるのは笑顔の歌よ、きっと」


事の顛末をおおよそ理解しているアリスは小さく言った。


「その時は私じゃなくて別の子を呼んであげて。私の知り合いに笑顔が大好きな子がいるから」


「ええ…今度は戦いにじゃなくて、遊びにね?」


アリスは花の言葉に微笑みながら応える。


「そうですね!!よくよく考えたらあの娘達から何もお礼もらってないですしねー!!」


(寝てたからじゃない……?)


またも花は心の中でそんな突っ込みを入れる。


「!そうね、私のお願い通り一人も犠牲を出さずに学園を救ったんだもの。

いいわ、特別に私がとっておきの品をあげる!」


言いながら花は二人に自身のアイテムを手渡した。

ルナにはフック付きワイヤーを。花には髪飾りを。


「私の秘蔵のアイテムよ!大事に使ってね!」


「髪飾り……。ルナ、あげる」


それを見た花は思い出す。優しい髪飾りの記憶の話を。


「やったー!家宝にします!」


「……え?折角もらったのにいいんですか?」


喜ぶルナ。だが、花の言葉に少し目を丸くしていた。


「髪飾りのプレゼントの意味。絆だから」


少しは自身の意図が伝わればと。花はその言葉を口にしてルナへと髪飾りを手渡した。


「はわわ!!!つ、つまりルナと花はズッ友ってコト!?」


照れ隠しか。意図が伝わらなかったのか。何故か顔を赤らめるルナ。


「……そういう事にして。もしも貴方が居なくなっても、私は忘れてあげない」


だから花はただその言葉だけを述べた。

忘れてもいいと、生徒達に言った彼女の言葉を否定するように。


「…………

あはは~~!まだまだ若い花の14歳ですよー!

これからの人生楽しいことばっかりです!」


__楽しい想い出があればきっと乗り越えられるから。


「ゴホン!…二人とも熱々なのはいいけど私がいること忘れないでよね?」


アリスはそんなやり取りをする二人をジト目で眺め、続けた。


「…まぁ、いいわ。濃密な時間を共有した二人だもの、今だけは多めに見てあげる」


「ごめんなさい。アリス。せっかくのプレゼントだったのに」


そういうつもりじゃないんだけど。そう言おうとしたが、アリスにまで余計な心配はかける必要は無いと花は謝るだけに留める。


「いいのよ、それはもうあなたのもの。自分に付けようが大切な人に贈ろうがあなたの自由だもの」


「あっ!アリスも私からの友情の証いります?」


セレブリティ(正体不明)を懐から取り出しながら唐突にルナがそんな提案をしだした。


「い、いや私はいいわ…あ、あなたたちの吉報だけで十分だから!」


ゴミを押し付けられそうになったアリスは必死に言い訳をする。


「―――ッ!」


ルナは再度目眩に襲われ体をよろめかせる。


「さ、流石にちょっと疲れたみたいですし、今日の所は私はこの辺で勘弁してあげましょうかね~あはは……」


苦笑いで誤魔化すルナ。だがここから先は彼女の問題。彼女が決める事。


「私も同じく。……久々に術多用したから疲れた」


だから花も合わせるように、眠そうに瞳をこすりながら続けた。


__かくして戦いを終えた二人の少女、せめて今だけは安らかな時間を…。



____アルダワ学園にて


学園の屋上。


慰霊碑を前に生徒達は歌う。


涙の日の鎮魂歌を。

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