人身御供と久遠とリナ
人身御供の子守歌。今回のエンドの清書版でございます
グリモアベース。猟兵達が集まり、そして数多の世界へと導く地。
そこでラーナは一つの悲しい想いを感じる世界に出会った。
「ごめんね。二人共、忙しい中呼び出しちゃって」
申し訳無さそうに苦笑いを浮かべ、二人へ語りかけるラーナ。
「私は大丈夫、いつものことだからね」
そんなラーナの言葉に、気にするなと言った風に返す久遠。
「別に忙しかない。
仕事だろ?いつも通り説明頼むわ。」
そして、何処か気怠げにさっさと要件を済ませようと話を促すリナ。
「うん。ありがとう。早速説明するね」
二人の返事に安心して、ラーナは語る。
「この洞窟の先の世界、サムライエンパイアって所で、とても悲しい想いを感知したの。
ただ、何が起きているのか。具体的にはわからない。でもリナちゃんと久遠ちゃんなら、きっとこの悲しい想いを消してあげる事が出来ると思って」
「なるほど……とりあえず何かあったって訳だな。オレの方は呼ばれた段階で既に準備出来てるぜ。」
「私には魔を斬ることしかできない…でもこの力が少しでも役立つなら全力を尽くすよ」
何が起きているのかわからないと言う不安は彼女達から感じられない。
ラーナはそんな頼れる二人の言葉に少し安堵する。
「ありがとう。私は行けないから、その代わりに二人に御守りを作ってきたの。きっと何かの役に立つと思うから」
ラーナはそう言うと二人に自分の『誰も傷付いて欲しくない』と言う想いを込めた小さな石を一個ずつ手渡した。
「ありがとうラーナ。大事に使わせてもらうね」
久遠はお守りをぎゅっと握りしめた。
「おう!ありがたく受け取っとく。
だからお前は安心してここで待ってな。」
戦闘向けじゃない能力のラーナを気遣ってか、久遠もリナもラーナを悪く言うような事はせず逆に感謝の言葉を述べて、洞窟へと入って行く。
「気をつけて。悲しい想いは呪いになるから……」
二人の言葉と立ち去る姿。残されたラーナは小さく呟いた。
ーー洞窟を抜けると、そこは小さな村だった。
過去の日本のような世界。サムライエンパイア。
二人はラーナの依頼をこなす為、まずは何が起きているのかその村で聞き込みをする事にする。
だが村人達は何処か余所余所しく、何かを隠しているような雰囲気だ。
「さて…まずはどうする?異変に関係して警戒されているのは間違いなさそうだけど…」
久遠は村人達の様子を見て、リナに意見を求める。
「そうだなぁ……大人じゃなくて子供はいねぇかな?子供なら案外簡単に聞き出せるかもしれねーし。……それにオレは嘘を吐くの苦手なんだ」
その何処か淀んだ空気の村に、リナは少し気怠そうに返した。
そんなリナの気持ちが通じたのか、偶然か。
一人の少年が二人のやり取りを見て興味深そうに近付いてきた
「ネーチャン達、見かけねー人だな。紫呉祭の事でも探ってんのか?」
他の村人達とは少し毛色の違う雰囲気。二人にも興味があると言った様子だ。
「しぐれ?ちょっとよくわかんねーな。
オレらはただの観光者だよ。ここにいる奴らが陰気臭え雰囲気しか出してねーから心配してた所だ。」
「リナ…それは言い過ぎ…。
…ごめんね?でもちょっとこの村の雰囲気は気になるかな…」
村人の少年にリナは思った事を言い、久遠はそれをフォローするように言った。
そんなやり取りで少年は何処か二人なら頼れると判断したようだった。
「あぁ、俺だってこの村は変だって思ってんだ……」
二人の持つ刀を見つめながら、何かを決意したように少年は語る。
「ネーチャン達、大人達に声を掛けなくて正解だよ。大人達は今日の紫呉祭で神様に人柱を与えるって言ってた。
……確か雨神様だったかな。神様に供物として与えるって話。そんなふざけた儀式が何年かに一度あるんだ。この村には」
「ほれ、合ってるじゃんか。
本当に辛気臭え事してんだな。迷信かなにかとかじゃねぇのか?」
少年の言葉に、予想通りだと少し苛立たしげに返すリナ。
(雨神様…?もしかして妖魔の類…?)
「もし大人に話しかけてたら私たちがその人柱にされていたってわけじゃないよね…?」
雨神が妖魔、オブリビオンでは無いか。そんな事を思いながら久遠は少年に問う。
「いや、人身御供はもう決まってる。……正確には生まれた時からそういう定めを受けた子がいるって言い方が良いのかもな」
少し悲しげに、少年は続ける。
「なぁ、ネーチャン達は強いんだろ?そんな神様倒してくれよ。
俺はこんな儀式なんて認めて無いんだ。一人でも贄の女の子を助けてやりたかった。でも、俺じゃ無理なんだ。
頼むよ、あの子を助けてやってくれよ。人身御供として選ばれたせいで、生まれてから一度も外に出てないんだぜ……。俺と同じくらいの子なのに、何も知らないまま育って、今日の夜には雨神様に供物として捧げられて死んじゃうんだよ……」
二人が刀を持っている事。そして、村の外と言う人間である事で
少年はその生贄にされるであろう少女を助けてくれと二人に懇願する。
「そうだな……オレも糞みたいな下らねーしきたりは嫌いなんだ。オレの力でなんとかなる範囲で手伝ってやるよ。……なんとかならんかったらこいつがなんとかしてくれるだろ。」
久遠を指差し、失敗しても自分のせいじゃないと何処かそんな風な様子で
リナはその願いを受け入れる。
「調子がいいんだからリナは…
でもそうだね、私の剣にかけて誓うよ。
その雨神をどうにかして人柱の子を救うことを」
久遠はそんなリナに呆れて返した後、腰のサムライブレイドに目をやり、少年の願いを受け入れた。
「……ありがとうネーチャン達!場所はこの村から北に抜けた森の中だよっ。そこに人身御供にされる女の子が住む家があるんだっ!」
少年はそんな二人に感謝を述べ、人身御供の少女の居場所を教える。
ーー第二章ーー
少年の言葉を信じ、北の森を進む二人。やがて小さな川の隣に立つように小さな家が見えてきた。
恐らくはここが贄と呼ばれる少女が暮らしている所だろう。
家に近付くと楽しそうな歌声が響いてきた。
「この歌声は…話に聞いた贄の子の…?
楽しそうに歌っている…生贄にされるというのに…」
「自分がこれから何されるかわかってねーだけかもしれないぜ?物心ついた時からこんな生活してたら洗脳されてるようなもんだろ。」
歌声を聞きながら、久遠とリナはそんな会話をした。
「大地が干からび人々倒れ雨が乞いしくて
誰も彼もが恵みを望む。雨よ降れ。雨よ降れ。もっと降れ
子供達から一人を選び雨を呼ぶ為、柱立て。
誰も彼もが神様に縋る。雨よ降れ。雨の降れ。命の雨。
子供を差し出し、命を繋ぐ。
雨よ降れ。雨よ降れ。もっと降れ。
柱が逃げたよ。約束破り。雨がやまなくなって、誰も彼もが子供を亡くす。
嘆きの雨が止まらない。
大人は後悔。命を繋ぐ。
雨よ降れ。雨よ降れ。もっともっと雨よ降れ」
尚も楽しそうに歌う少女の声。
だが、その歌の内容は明らかに人身御供を連想させるモノだった。
「よぉーお前!楽しそうだね。
オレも混ぜてもらっていいかい?」
ズカズカと歌声の聞こえる家に入るなり、リナは言う。
「ちょ、ちょっとリナ…勝手に入っちゃ…ってもう!
ごめんなさい、私の相方が勝手に…」
久遠はそんなリナをたしなめながら中にいた少女に詫びた。
「……お姉ちゃん達だあれ?」
キョトンと目を丸くして二人を見つめる少女。
二人に警戒してると言う様子は無さそうだ。
「私は久遠。この子…リナと一緒に旅をしてる旅人ってところかな…
村の子にあなたのことを聞いてここに来たんだ」
「って訳だ。お前の事、好きだから生きていてほしいって奴がいるんだよ。」
二人の言葉。だが、生まれてから外を知らない少女に好きと言う感情は理解出来ないようだ。
「好きってなあに……?私ね、今日の人身御供で初めて外に出られるんだっ!死ぬんじゃないよ?私と友達になってくれる人が現れるって言ってたの!」
少女には生きるや死ぬと言う事よりも、外の世界を見たい。そんな思いの方が強いようだ。
「外に出ることなんて人身御供にならなくてもできる…。
外に出たいなら私たちがいくらでも連れて行ってあげる。
だから村の人たちの言うとおりにしなくてもいいんだ」
「ってな訳で久遠に免じてここは一つ……
そもそもその友達って神だぜ。神って実はロリコンが多いからお前も連れて行かれたらどうなるかわからんぞ〜!」
わざとらしく脅かしてみせるリナ。
「えっ、お姉ちゃん達が、外に連れて行ってくれるの?」
だがそんなリナの言葉よりも、久遠が外に連れて行ってくれると。その言葉の方に彼女の心は惹かれている。
「それなら、お姉ちゃん達についていくっ!」
少女は嬉しそうにそんな反応を示して、二人の手を繋いで家を出た。
贄の少女と共に家を出る二人。だがその瞬間、突如として空が暗くなり雨が降り出した。
「何処に行こうと言うのだ?貴様は我の贄として生を受けたのだろう?」
雷雨と共に姿を見せたのは、雨神と呼ばれ恐れられるオブリビオン。贄の少女を救った事で雨神は少し怒りを見せている。
「随分登場が早いんじゃないか?
予定ではもう少し後だろう?そんなにこの娘と一緒になりたかったのかい?」
想定外の自体に悪態をつきながらも雨神を強く睨み、構えを取るリナ。
「ひっ……」
贄の少女は、自身が想像していた神様とは違うその姿に、涙を浮かべ恐怖で動けないようだ。
「この子は自身の意思で外に出た…。
それを阻もうというのなら例え神だとしても容赦しない!」
少女を自身の背後に庇うように、久遠はサムライブレイドに手をかけ吼える。
「黙れっ!我の贄を逃がそうなどと言う不届き者めが!」
リナの挑発に雨神は怒り、リナへと向け爪を薙ごうとする。
「話し合ったりする気はミリもないと……
やっぱ所詮は獣だな。」
言いつつ、リナは刀に手を掛けユーベルコード『煌鬼』による居合で迎え討とうとする。
だが、リナの想定した以上に雨神は素早かった。
居合いの一撃をかわし、逆に自慢の爪による薙ぎの攻撃を入れる。
「所詮人間!貴様らがどれだけあがこうが我には勝てぬのだ!」
「———ッッ!!」
瞬間的に体を反らし致命傷は避けたが、雨神の驚異的な一撃により吹き飛ばされ、後方にあった川にそのまま叩きつけられてしまうリナ。
「ちっ、致命傷は避けたか。だが、死ぬのが少し遅れるだけだ。黒の小娘!次は貴様の番だ!」
川に落ちたリナは後回しとばかりに、今度は久遠に襲いかかる。
「リナ、そのまま川の中に居て。『今』はその方が都合がいい…!」
久遠の必殺技。夜を討つもの【ナイトバスター】
それは速く動くもの全てを斬り付けてしまう。
だからこそ、その方が都合が良いと久遠は言ったのだ。
「ぐおおぉっ!」
雨神の攻撃よりも速く、久遠の攻撃は雨神を切り刻む。
倒すとまではいかなくとも、それは雨神に瀕死の傷を負わせるだけの威力を持つ。
「人間の分際で……!ならば贄の娘を頂くまでだ!」
雨神は悔しそうに叫ぶと、恐怖で動けなかった贄の少女に向かい大きく口を開いて飛び掛った。
「ーー想定通りに動いてくれたな畜生がよ!」
戦闘開始前に予め少女の周りに守護の結界術を貼っていたリナ。
雨神が結界に手間取っている隙に、瞬時に川の中から飛び出し
その勢いのまま接近しリナは煌鬼による一撃を入れる。
「ぐ、ぐうぅ!貴様ぁ!貴様など、贄の力さえあればぁ……!!!」
リナのその一撃は確実な致命傷。
まさかそこまで考えていたとはと、悔しそうに顔を歪め、雨神は霧となって消えて行った。
「やったね、リナ!」
久遠は息を吐きリナに声をかける。
「かぁ〜ぺっぺっ!!」
リナはどんなもんだとばかりに雨神がいた箇所にツバを吐いていた。
「おーう!まぁオレは居ても居なくて、さして変わんなかった気もするけどな。」
それは謙遜か、それとも本心なのか。
「……まだ、終わってない」
贄の少女は小さく呟いた。
ーー第三章ーー
霧となって消えた雨神。
だが、その霧から一人の少女が姿を現していた。
「私の友達……返して」
そう呟くのは先程までの異形とは違う、何処か物悲しげな少女。
ーー彼女こそが雨神に贄として与えられた一番最初の人身御供。
少女もオブリビオンに取り込まれてしまったせいか、雨神以上のとてつもない力を秘めている。
雨に濡れた少女。
ラーナが感じた悲しい想いは恐らく彼女のモノだろう。
彼女の悲しい『想い』を止めて、この世界の悲しみを無くす為、リナと久遠は再び刀を構えた。
「!!すごい力を感じる…。
だけどとても悲しそうな…この子も…倒すしかない…?
いや、必ず何か方法はあるはず!」
「友達……?どういう事だ?
さっきの畜生とは雰囲気が全然違う。
あんた一体……」
二人の言葉。だが、それはオブリビオンとなってしまった少女には伝わらない。
「友達……。貴女達も、友達になってくれる?」
雨を操り、少女はリナへと攻撃を仕掛ける。
「相変わらず急な奴らばっかだな……!?
少し大人しくしてもらうしかねーのか……!?」
リナは少し顔をしかめ、結界術を使用し自身の上方に結界を展開して、傘の様にしつつ接近して煌鬼による居合で攻撃をする。
先程は雨神すらも一撃で葬った技。だが、それを直撃しても雨に濡れた少女は少し怯むだけだった。
「……痛いよ。どうして私だけこんな目に遭うの。助けて。助けてよ……」
少女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
その感情は少女の身体を巨大化させる。
「貴女は、私を傷付けない……?」
久遠に向け近付く少女。その身体は大きく、触れるだけでダメージを与えてしまう。
だがそんな事はお構いなしに、雨に濡れた少女は助けを乞うように久遠へと歩みを進めた。
(夜を討つものは…ダメ!リナを巻き込む!だったら…)
久遠は刀を二本振り放りユーベルコード、ケルベロスソードビットによる範囲攻撃を試みる…!
久遠の範囲攻撃に、雨に濡れた少女は久遠に近付けず、投げた刀によってダメージを負う。
「私は……一人ぼっち。これまでも、これからも」
ダメージを受け、元の体に戻ると少女は呟く。
「誰も助けてくれない……なら、友達なんて……」
ーー皆死んでしまえ。そんな憎悪の心は雨を強くした。
「友達になってくれないなら、消えちゃえ……全部、全部雨に溶けちゃえ」
尽きぬ雨。それは少女のユーベルコードであり、自身に害をなすモノ全てを攻撃する技。
(オレはともかくこのままじゃ久遠が少し危ねーか……!?少し忙しね—がこうするしかないか……!)
咄嗟にリナは自身の結界の傘を維持しつつ、結界の力を込めた紙で作られた簡易的な式神を久遠に飛ばす。効力は低いがないよりは断然良いだろう。
「しんどいから使いたくないんだけどな……!」
更に自身の寿命と引き換えに敵を倒すユーベルコード『血リ塗ルヲ』を発動し、急接近をして少女に攻撃を加えた。
全体攻撃はリナの式神の術式によって久遠には届かず、そして全ての雨を避ける程までに身体の能力を上げたリナの連撃に雨に濡れた少女は膝をつく。
もう、彼女が倒れるのも時間の問題だろう。
「やだよ……消えたくない。消えたくないよっ!」
雨に濡れた少女は大きく叫び、涙を零した。
叫びに呼応するよう、少女が零した涙から雨神様と同じ風貌の妖魔が現れた。
少女の最後にして最大のユーベルコード『永久に乾かぬ雨』が発動したのだ。
「雨神!?いや、あの子が呼んだ使い魔か…!
どちらにしても放っておけない…なら!」
久遠は再度ユーベルコード、ケルベロスソードビットを発動する。
スズから託された刀を雨神に向け射出し、自身は少女に向けて突撃し薙ぎ払いを行う…!
だが、少女の悲痛な叫びに久遠は本来の力を出し切れなかった。本当に少女を倒してしまっていいのか。
そんな一瞬の迷い。
その隙を逃さなかった妖魔の爪牙が久遠に襲いかかり、その攻撃を避ける事にまで考えが至らなかった久遠は
爪牙をマトモに喰らってしまうっ。
「ぐっ…!
できない…あんな悲しい子に手をくだすなんて…私には…」
普通のオブリビオンならば迷いなく倒せたであろう。
だが、悲しみを抱き、人の姿をしたオブリビオンに久遠はダメージを負いながらも、悔しそうに呟いた。
「私の友達はこのお化けだけ……そういう事なの……?でも、消えるよりはずっとマシ……」
傷ついた少女自身は攻撃手段を持たない。
妖魔に命令し、次はリナへと攻撃を促す。
(さっきからあの悲しそうな姿と言葉……本当にオレ達がやってる事は合っているのか……?ただ倒すだけでいいのか……?考えろ……考えるんだ……)
妖魔の攻撃を受け流しながら、リナは考えを巡らせる。
(———!!)
そして、ふと思い出す。
こちらに飛ばされる前にラーナから受け取った御守りの存在を。
この暖かく、優しい想いを感じるこれならば彼女の悲しみを浄化してくれるかもしれない。
「———一か八かだ!!!!」
妖魔の攻撃を何度も『血リ塗ルヲ』で受け流しながらその隙を縫って、おまもりを乗せた式神を生成し、リナは少女に飛ばした。
リナの式神は雨に濡れた少女の元に届き、雨に濡れた少女はその御守りに触れた。
「温かい。とても優しくて……とても綺麗な石。これは……?」
石に触れた少女から憎悪の気配が消えるのを二人は感じ取った。
現に少女が生み出した妖魔の姿も消えている。
「こっから遠い何処かにいるお前の事を心配してくれてた奴からの届けもんだ。」
狙いがどうやら成功したようだ。と少し安堵しながら、リナは少女に説明する。
「私を、心配……?」
恐れられる事はあっても心配などされた事がない少女は、その言葉に信じられないといった様子で聞き直す。
「そう、あなたを想って作ってくれたお守り…」
久遠も雨に濡れた少女に自身の分のお守りを差し出した。
「とても優しい心。優しい想い。そう、それが本当の友達……私は一人が嫌なだけ。自分勝手だったんだね……気付かせてくれてありがとう。傷付けてごめんなさい……」
『誰も傷付いて欲しくない』ラーナのその想いはオブリビオンと化してしまった少女にも伝わったようだった。
「傷つけたのはこっちも同じ。
すぐに気づけなくてごめん…」
久遠は申し訳無さそうに軽く頭を下げた。
「うんにゃ!リナは怒ってるね!
友達が欲しけりゃ最初に普通に言うべきだっただろ!おかげでそいつも怯えてるんじゃねぇのか?」
言いながら、本来ならば今日生贄にされる予定だった友達も何もおらず、同様にずっと一人ぼっちでだったであろう少女を顎で指すリナ。
「私が貴方みたいになってた未来もきっとあったんだよね……」
そんなリナの言葉に贄の少女もまた悲しげにそんな言葉を呟いていた。
「リナ。リナって言うのね……ごめんなさい。謝っても謝っても足りないくらい。だけど……それ以上に、ありがとう」
本当にリナの言う通りだと。雨に濡れた少女は呟き、続けた。
「もう贄なんて要らない。ううん、最初から贄なんて要らなかった。私が欲しかったのは貴方達みたいに言葉を聞いてくれる友達だけだった」
そう言って微笑んだ少女。それは恐らくは生前の姿に近いモノなのだろう。
「そそ。
陰気臭く泣いてるよりその顔のが全然いいぜ。
多分オレらの目的もあんたのその顔を見ることだったんだろうしな。」
「そうだね。
ラーナ…私たちをここに導いてくれた人もそれを望んでいた」
ラーナの願いは決して『倒して』と言うモノでは無かった。
それを思い出したかのように二人も微笑んだ。
「うんっ。うん!」
彼女の零す涙。だが、その涙から妖魔が現れるような事は無い。
少女の魂は人間の心を取り戻していた。そして二人の言葉と御守りを大事そうに両手で抱え、少女の身体は光に包まれ消えて行く。
「こうやって消えるなら、私は本望。最期に温かい想いを、温かい言葉をありがとう……さようなら。優しい人達」
少女の魂は救われ、悲しい想いも消えた。
少女が消えると雨は止み、空には虹が浮かんでいた。
「さてと、これで私たちの仕事は終わり…。
ねぇ、あなたはこれからどうしたい?」
久遠は贄から解放された少女に問う。
「私はあの子の分まで生きてあげたい!それでね、伝えるの。雨神様は怖かったけど、本当は凄く悲しい子だったって事を……」
それだけじゃないと、深く息を吸って笑顔で二人を見て、言葉を続ける。
「それで、そんな悲しみから解放してみせたカッコいいお姉ちゃん達のお話もっ!ずっと、ずーっと伝えていくの!」
新しい目標が見つかった少女。
きっと彼女のその話は遥か後世まで語り継がれるだろう。
「いいね。それなら唄にしてみたらどうだ?
あ、オレはめっちゃかっこよく頼むぜ!」
元々、贄の少女は楽しげに歌を歌っていた。ならば、歌にするのが良いと。リナはそんな提案をした。
「歌……そうだね。人身御供の悲しい歌じゃなくて、とても優しい歌っ!」
リナの提案を、贄の少女は嬉しそうに呑む。
「結局私は力でしか解決しようとできなかった。
リナの機転、優しい気持ちを伝えるような歌にしなきゃね」
久遠はそんなやり取りを見て、リナにからかい混じりに言う。
「ばーか!偶々だ!偶々!
あの御守りを作ってくれた奴がいなきゃ、結果的に倒す事になっちまってたさ。
つまりーー子守の歌なんかじゃねぇ。御守りの歌だな。」
照れくさそうに頭を掻いて、リナは贄の少女に言う。
「優しい御守りの歌。うん、早速歌詞を考えなきゃっ!」
少女はそそくさと再び家の中に戻って行った。お礼を言い忘れた事にすら気付けない程に。
それ程までに彼女の心は歌を書くことで一杯だったのだろう。
「元気だねぇ……。
オレはさっきの戦いのせいでびしょびしょだし、とっとと引き上げて風呂でも入ろうかなぁ……」
呆れているのか、それとも少女の無邪気さに慈しみを覚えたのか。
リナはそんな姿を見送り、小さく微笑んだ。
「そうだね…。
彼女を縛る神も、人柱の習わしもなくなった。
これからは彼女自身の人生だ。
私たちがここでやれることは終わったんだ」
少女を見届けた二人。もうこの世界に悲しみは存在しない。その事が伝わったかのように彼女達の姿もまた光となって消えた。
ーーエピローグーー
グリモアベースへと帰還する二人。するとラーナが駆け寄り、様々な事を聞いてきた。
リナと久遠は、簡潔に事の巻末をラーナへと伝える事になる。
「かくかくしかじか!!!———任せるぜ久遠!」
リナは濡れてしまった身体を乾かす為、ベースでラーナが焚いていた焚き火へと近付き細かい説明は久遠に投げる。
「えぇ!?…もう仕方ないなぁ…
あの世界の悲しみの元凶である雨神…オブリビオンは消滅した。
そしてその中に囚われていた少女の心は解放された。
きっとこれからは優しい歌声が響くような世界になるはずさ」
久遠は今代の贄の少女のことを想いながら説明した。
有り得ない話かもしれない。だが久遠には聞こえていた。
悲しい子守唄では無い。とても優しくて温かい歌詞の歌が。
「そんな事があったんだ……うん。でも悲しい想いは確かにもう感じない。やっぱり二人なら浄化出来るって信じてたっ! ありがとう! 久遠ちゃん、リナちゃん!」
笑顔でラーナは二人に感謝の言葉を述べた。
「ぶっちゃけお前の"アレ"がなければ詰んでたかもしれねーけどな……。今回はみんなようやったよ……。」
倒すだけなら簡単だった。だが、悲しい想いを消す。
今までに無いその依頼に疲れ切ったとばかりにリナは大きく息を吐いていた。
「最後はリナの機転で決めたようなものだけどね…。
本当におつかれさま」
久遠はリナに近寄り体を乾かすのを手伝いながら労う。
「わ、私は何もしてないよ……本当にお疲れ様!二人共!」
ラーナは知らない。そのお守りが雨に濡れた少女の悲しい想いを消した事を。
だから、ラーナは二人の功績を素直に讃え、労をねぎらう言葉をかけた。
「何度も言うがオレは居ても居なくても大して変わらんよ。少し戦う力があるから手伝ってるだけだって———ちかっ!?びっくりした!?」
その事に気付き、行動をしたのはリナなのだが……照れ隠しか。それとも本当に大した事はしていないと思っているのか。
リナはそんな事を言って、近付いて来た久遠に少し驚いていた。
「ほら、じっとして…。
私と違って奇麗で長い髪なんだからちゃんと手入れしないと…」
どこから出したのか久遠はタオルを使ってゴシゴシとリナの髪を拭いている。
(な、なんか久遠ちゃんの雰囲気がいつもと違う気がするけど……気にしなくていいよね)
仲睦まじい二人の姿にラーナはクスクスと笑っていた。
「んなぁ〜〜〜!!!別に大したもんじゃねーし気にしてないんだからこれでいいんだって!」
久遠の気遣いに、リナはそんな言葉を返しやめろと暴れていたーー。
……こうして、人身御供の悲しい物語は解決した。
和やかで少しふざけたような雰囲気なのは彼女達独特のものなのだろう……。
「雨に濡れた女の子は友達を求める。
とても悲しい人身御供。
その悲しみは永遠に続く筈だった。
友達の意味を知らない女の子は泣いていた。
とても強い女の子。とても悲しい女の子。
振り続ける雨。でも、止まない雨はないんだって。
二人のお姉ちゃん達が証明したの。とても優しい、綺麗なお話。届くといいな。虹の向こうにいるあの女の子に。御守りと共に。この歌も」
サムライエンパイア、その村で贄となるはずだった少女は歌う。
その奇跡を唄う、優しい歌を。