邪神と久遠とスズ
グリモアベース。そこは全ての猟兵が様々な世界を行き来する為に使う中間地点。
何もないような無機質な空間の中、二人の少女は言葉を交わしていた。
「ご苦労様。ここに呼ばれたという事はわかってるわよね……?」
何処か知性的な雰囲気を感じさせるククリという少女。
「妖魔を狩れ…ってことでしょ?」
もう一人はククリとは対象的に、随分と戦闘に慣れていると言った様子の少女。
「理解が早くて助かるわ。UDCアースでちょっとした事件の予知をしたの。
何でも邪神を信仰している狂信者が大量殺戮をして邪神を復活させようとしているみたいなの……」
ククリの言葉に、少女の瞳は決意に満ちたものとなる。
「邪神……。そんなモノの為にまた多くの人の命が? そんなの絶対に許せない……私が止めて見せるっ!」
それが彼女の生きる道なのか。
言葉に迷いは無い。
「そうね。人手不足の問題であなた一人に行かせるのも少し心配だけれども……安心して。向こうについたらきっと心強い味方がいるはずだから」
様々な世界で様々なオブリビオンが生まれるこの世界では
猟兵の人手不足も仕方の無い事だろう。
「一人でも大丈夫。って言いたいところだけど仲間の力はよくわかってる。当てにさせてもらうとするよ」
ククリの言葉に、少女は頷く。
「えぇ。頑張って"仲間にしてきて"頂戴。
さて……時間はそんなにないから始めるわよ……」
何処か意味深な言葉。だが有無を言わせずと言ったばかりにククリは少女を転送させる。
「えっ?ちょ、ちょっと…それってどういうこ……!」
ククリに問いただそうとする彼女の言葉は、届く事なく転送されて行く。
「転送完了。…………さて、あたしの今日のノルマはこれで終わりかしら……彼女達なら多分大丈夫でしょ。少し寝よ……」
場面は変わってUDCアース。
現代日本に近いその世界で、スズと言う名の少女は複数の装束を纏った男達に追われていた。
「追え!!!!! あの少女を邪神様の生贄とするのだ!!!!」
「邪神って……もう、いきなり訳が分からない!」
スズの素早さならば、一般人程度の脚力では追い付けない。
だが、スズもまた一般人を相手に無駄な争いはしたくない。
そんな気持ちからスズは逃げると言う方法を取っていたのだが……
「チッ……!!! すばっしこい奴め……!!」
そんな悪態と、装束の男達の数の多さにジワジワと追い詰められてしまう。
「あのね、私は逃げてるわけじゃないの。無駄な戦闘は避けたいだけ……理解できる? この意味」
こんな人間くらいは倒せる力はある。
ため息を吐き、鈴は構えを取った。
「何を言っているのかよくわからんーー」
「うぉおおおおおおおおーーーーー!!!!」
言葉を言い終える前に一人の装束が有無を言わさずスズに突っ込んで来る。
「力量差も分からないのね」
襲い掛かってきた装束を自慢の拳で殴り飛ばし、スズは大きく息を吐いた。
「それにしても、ちょっと敵が多すぎるかな……」
スズ自身、不思議な力を得た事は自覚していた。だが、そんな力があろうと鈴の体躯は少女のままで、体力も人間のまま。
この数を相手にするのはスズ一人では荷が重い。
何度も追跡を続け流石に動きが鈍りはじめて来たスズに気付くと、装束達は陣形を取り本格的な戦闘の準備に入った。
「諦めてくれたのなら簡単だったんだけれど。私の動きが鈍ってきたのまで理解してるみたい……見掛けによらず賢いのね。褒めてあげる」
捕まる未来があろうと、その誇りは決して失わない。
スズはそんな虚勢を張ってみせた。
「目覚めろ…ブレイブハート!」
……刹那。そんな言葉と共に一閃の光。その斬撃は鈴を囲む男達を吹き飛ばしていた。
「なっ……!? 何が起こった!?」
事態が飲み込めず、リーダー格であろう男が辺りを見回し状況を確認する。
「危ないところ…いやそれとも余計なお世話だったかな?」
集団への警戒はそのままに少女はスズに声をかける
「貴女は……?ううん。今は素直に助かったってお礼からかな。……でも、まだ厄介なのが残ってるし、お礼もキミの事を聞くのも後になっちゃいそう。
情けないけれど私はもう体力が残り少ないの。もう少し手伝ってくれると助かるんだけれど……」
突如現れた謎の女性にとりあえずは感謝の言葉を述べ、スズは提案する。
彼女の力は、自分以上のモノがある。それはその斬撃だけでも充分に伝わった。
「初めからそのつもり。寄ってたかって一人に襲いかかる輩にはお灸を据えてやらなきゃ……!」
少女はスズに近寄り剣を構え直す。
疲弊しているスズをこれ以上傷付けはしない。そんな意思表示のように。
「よくはわからないが、貴様はこの女の仲間か? ……仲間でなくとも関係はないな。
光栄に思え! 貴様も邪神様復活の贄となるのだ!」
装束の男は叫び、改めて少女とスズに対して戦闘の構えを取った。
「一人増えたところで関係ないッ! まずは手負いから落としてやる!!!」
一人の男はそう発すると何名かの装束はスズに向かい刃物を投げつけ追い込もうとする。
「手負いの獣が一番怖いって習わなかった?」
スズはナイフを避け反撃の拳を繰り出そうと男達へ向かい走り出した。
装束達の攻撃を何度か避ける事は出来たが、疲弊していたせいか、止まらない連撃に対応し切れずに反撃をする前に投げナイフがスズの身体に幾つもの切り傷を作る。
「っ……!万全ならって言うのは……言い訳っぽくなっちゃうかな」
その攻撃に膝をつき、悔しそうに呟くスズ。
「あちらも時間の問題だな。行くぞ……!」
スズが押されてるのを確認し、少女の方をマークしていた装束達も少女に攻撃を仕掛ける。
何名かは少女にナイフを投げ牽制しつつ、一人はナイフを逆手に持ち急接近して斬りかかろうとしていた。
「私も同じようにいくと思わないで……それに向こうだってまだ決したわけじゃない!」
少女は飛んでくるナイフは当たらないものと考え逆手持ちの信者に真っ向から切り結ぶっ。
投げられたナイフを避け、弾き。少女は真っ向から挑んできた男に一閃を入れた。
「ーーッッ!!」
誰が見ても、その一撃は致命傷だとわかるほどの威力。
剣を受けた男は声を上げることも出来ず地に伏せた。
「……!?」
「!?」
信者達の間に明らかな動揺が走る。
もしかすると今、少女が斬り伏せた男は彼らのリーダー格だったのかもしれない。
指揮官を失った男達は蜘蛛の子を散らすように。何かを喚きながら逃げていこうとする。
どうせ貴様等など邪神様は必要としていない。
生贄はある程度もう集まっている。後は邪神様の復活の時を待つだけだ……と。
そんな捨て台詞を吐きながら。
装束達がその場から全ていなくなり先程までの騒乱が嘘の様に静かになった。
「怪我のほう大丈夫?」
少女は具現化していた剣を解き、スズへと問い掛ける。
「ちょっと掠っただけだから……。でも驚いた。貴女、凄く強いんだね」
「そんなことは……貴方だって消耗してなかったら同じ結果になってたはずだよ」
照れたようにスズのフォローをする少女。
「ううん。私一人じゃあいつ等を倒せなかった。改めてお礼を言わせて。ありがとう……えっと」
そこまで言って、まだ謎の少女の名を聞いていない事を思い出すスズ。
「私は妖魔狩り(イレイザー)の久遠。妖魔…みんながオブリビオンと呼んでる存在を倒す仕事をしているの」
スズの考えを察したように、少女。久遠はそう応えてくれた。
「久遠……。うん。久遠、ありがとう。私はスズ。妖魔ってあいつ等の事かな。
邪神なんて物騒な言葉も言っていたみたいだけれど……一体この世界で何が起きているの?」
スズは改めて礼を良い、今起きている事を久遠に問う。
「妖魔……奴らを倒さなければ私たちの世界は滅びる。私はさっきの狂信者が邪神……オブリビオンを復活させると聞いてこの世界に来たんだ」
その言葉にスズは少し思案するも、納得したように返す。
「信じられない……って言いたいけれど、その強さにさっきの変な奴ら。ウソはついていないんだよね。
助けてくれたお礼。私にもそのオブリビオンとか言うのを倒す手伝いをさせて。久遠程強くなくても、私も不思議な力があるみたいだから」
それが猟兵としての力だと自覚はしていないが、不思議な力をスズは感じ取っていた。
「……ありがとう、あいつ等と一人で戦うのは正直少し不安だったんだ。スズ、私と一緒に邪神復活を阻止しよう……!」
急に早口になった久遠。スズの手伝いを了承した彼女は何処か嬉しそうに鈴の瞳に映った。
「ひ、一人で戦うつもりだったのね……」
いくら久遠が強いのを目の当たりにしても、一人で戦うという彼女の言葉に少しスズは驚き、苦笑いを浮かべる。
「それで、その邪神だけれど、何処に居るのかとかは分かってるの?
まだ復活してないのなら、急ぐに越したことは無いと思うけれど」
久遠の口振りから、妖魔。オブリビオンの強さはなんとなくスズにも想像は出来た。
それならば復活を阻止するのが一番間違いが無いだろうと久遠に問う。
「私も狂信者たちが大量殺戮の生贄で邪神を復活させるとしか聞いてなくて……」
ここまで口にして久遠はハッとした。
「さっき逃げ出した信者たち……散り散りになったとはいえ何人かの集団もいた。もしかしてその方向に教団本部が……?」
「あの、本拠地もわからないで来たって事だよね。ソレ。」
久遠の言葉にスズは少し呆れてしまった。
まさか、そんな無計画だったとは。と。
「こ、こっちには最低限の情報だけで送られてきたから……! そ、それに狂信者たちを倒していけばいずれたどり着けるかなって……」
慌てたように言い繕う久遠。
「えっと……うん。情報を与える人が間抜けだったのかな……」
久遠は多分戦うことしか知らないのだと、だからそこまで深く聞く事は無かったのだと。
なんとなく小さな会話で久遠の性格が理解出来たスズだった。
「あの子、私をここに送った子だけど意味深な言い方でスズのこと"仲間にしてきて"とか確かに抜けたところはあったかも……」
久遠は鈴の言葉に苦い顔をしながら言った。
「その子、私が一緒に戦わないって言い出したらどうするつもりだったんだろう……一応世界の危機なんだよね。コレ」
なんだか行き当たりばったりの作戦に久遠を送ってきたその人に呆れてしまうスズ。
……スズが力を貸す。そんな確信を持っていたのなら、それはそれで凄い人なのかも知れない。
その言葉はとりあえずは飲み込んで。
「それで久遠。この後はどうするつもりなの?」
「逃げた集団を追おう。仮に教団本部じゃなくても捕まえて情報を聞き出せば手掛かりになるはずだ」
久遠も久遠で、それなりには頭が回るようだった。
確かに闇雲に探すよりかは、それが一番確実だろうとスズも判断する。
「うん。了解。狼に喧嘩を売るなんていい度胸してる連中だもの。少しはわからせてあげないとね」
ーー互いに手を組み、逃げた教団の信者達を追跡した二人。
信者達が慌てて逃げ帰ったせいか、痕跡は多く、想像していたよりもあっさりと早く教団本部らしき場所を二人は見つける事が出来た。
「ここが教団の本部……奥で邪神復活の儀式をしているに違いない。十分に注意して入ろう」
久遠は表情を引き締めスズに注意を促す。
「復活を阻止出来れば一番簡単なんだけれど……」
コクリと久遠の言葉に頷いて教団の扉を開いた。
スズが教団の扉を開けるとーー二人の警戒は虚しく、瞬きをするよりも早い速度で視界が歪んで行く……。
瞬く間に先程までとは全く違う空間の形を成してしまった。
二人は罠だと気付き、すぐさま後ろを振り向いたが、扉は影も形もなく消えている。
「なっ……?」
その不思議な空間に、スズは小さな声を上げる。
「気を付けて! 罠だ!」
久遠の言葉。油断無く周囲を見渡す彼女の姿にスズも我に返る。
「警戒も作戦もこれじゃ意味ないけれど……!」
してやられた。そんな思いを込めた皮肉の言葉を込めて、スズも構えを取った。
警戒態勢を取る二人……しかし、いくら待ち構えても何かが来る気配はない。
だが、歪んで上下左右わからないような亜空間も消える気配もない。
どうやらこの状況をどうにかして打破しなければならないようだ。
「敵って訳では無いみたいだけれど……もう、こんな所で時間食ってたら邪神が復活しちゃう!」
とりあえず床と思えるその場所をスズは拳で殴りつける。
亜空間なんてモノの壊し方も脱出の仕方も良くわからない。
ならば破壊は出来ないかと試した一撃だったのだが……
スズが激しく床と思える場所を叩きつけると、床にヒビが入り……その床を起点に空間が割れてゆき、二人は何処かに落ちていった。
「ちんけな罠で時間取らせようったってそうは行かないからね!」
正直、やぶれかぶれの攻撃だったのだが、それは亜空間を破る事に成功したようだった。
「(亜空間って拳で割れるんだ……)」久遠は怪訝な顔でスズを見つめていた。
亜空間が割れ、そこから暫し落下し無事に着地した二人。
幸か不幸か、二人が落下した場所は狂信者達が儀式を行っていた中心だった。
「な、何者だ!?」
「貴様らは先程の……!!」
「おおおおおおおおおおおお!!!!邪神様ーーーーーーー!!!!!!!!」
狂信者達は各々に二人の姿を見て声を上げる。
「そこまでだ! 邪神は絶対に復活させない!!」
狂信者相手に久遠は啖呵を切った。
「オオカミを手負いにして逃した罪、ちゃんと受けてもらうからね!」
久遠の言葉に続くよう、スズも声を上げる。
「ククク……何者かと思えば。
やはり貴様らも邪神様の生贄になりに来たのか?」
そんな訳では無いことは理解しているだろうに、狂信者はクツクツと嫌な笑い声発していた。
「だが、遅かったな。生憎だが最後にーー邪神様の血や肉になるのはこの私だ!」
そう叫んだかと思うと狂信者は自身の胸部を持っていたナイフで深く、一刺しした。
息絶える狂信者。
彼の背後にあった祭壇らしきモノがまるでその命を吸ったかの様に微かに蠢き始めた。
その様子に信者のある者は叫び、ある者は狂喜し、ある者は我も続くと自殺を始める者までもいた。
「なっ!?これは……進んで邪神の生贄になろうっていうの!?」
驚愕する久遠。
「コレが儀式……? ただの集団自殺じゃない……」
まるで儀式とは思えないその行為にスズも少し気分を悪くしていた。
次々と息絶えて逝く狂信者。その生命を吸って行くように段々と祭壇の中で蠢いていたそのモノが姿を表した。
「ーーーーォォオオオオオオォオオオオオオ!!!!!!!」
耳をつんざくような大声。そして、神とは思えぬ風体。
「っっ!!!!」
とっさに耳をふさぐ久遠。余りの声量に鼓膜が破れそうだ。
「邪神……これが妖魔、ううん。オブリビオンの本当の力……」
その力を本能的に捉える事が出来るのか、スズは少し怯んでいる.
召喚された邪神は次々と信者を喰らい、自身に摂り込んで行く……。
やがて、儀式の間にいた信者を全て摂り込んだ邪神は……静かに久遠とスズを見据えた。
「くっ……私達もエサみたいなモノって言いたいの……?」
未だ、身体が震えるスズ。
「怯むな!新しい夜明けを迎えるためにも…ここであいつを倒す…!」
だが、久遠の言葉でスズはその震えを無理やり抑え込んだ。
そう。倒さなければならない。倒さなければ、この世界は滅ぼされてしまう。
「う、うんっ。すばしっこさなら自信あるから私がアイツの気を引くっ!」
言うとスズは邪神の身体や壁などを利用し、上手くかく乱し始める。
自慢の素早さで邪神の攻撃をある程度かく乱しながら
自身もまた拳による攻撃を邪神に加える。だがスズの拳にはまるで効いているという手応えを感じられない。
「しまっ……」
一瞬の隙を見た邪神の攻撃。
スズは回避出来ず、腹部に邪神の拳による一撃が入ってしまう
「っく……見た目は小学生なんだから、少しくらい手加減してくれてもいいじゃない」
まだ動けない程ではない。悪態をついて腹部を抑えるスズ。
スズを吹き飛ばし距離が取れた事により、邪神は次のターゲットとして久遠をゆっくり見据えた。
……邪神の背中や肩、体の至るところから腕が生え始めていく。
よく観察をしてみると先程摂り込んだ信者や生贄らしき部位である事が解る。
全身に腕を生やした邪神は久遠に急接近して、猛攻を仕掛ける。
「(この速度。今のダメージを受けたスズよりずっと早い……これならっ!)夜を討つもの【ナイトバスター】発動!!」
久遠は自身の必殺技、ナイトバスターを放つ。
夜を討つものは大剣を与え能力を上昇させる。
だが、代償として理性を失い素早く動くもの敵味方問わず攻撃するという欠点も持ち合わせていた。
しかし今はスズの動きは止まっていて安心して使える。久遠は夜を討つもので邪神を迎え撃つ!
高速で近づく邪神をユーベルコードで迎え討つ久遠。力の代償に理性を失った久遠と邪神の打ち合いは痛烈を極めていた。
千手観音の如く腕を生やした邪神の猛攻を久遠も鬼神の如く返して行く。
勝負はほぼ互角に見えた。だが一瞬。ほんの一瞬の隙。
たったの一撃、邪神の攻撃が久遠に命中してしまった。
久遠は体制を崩してしまい、更なる邪神の猛攻をまともに受けてしまう。
遂には久遠までも邪神の攻撃で吹き飛ばされてしまった。
「ぐぅっ!! ま、まさか夜を討つものになった私が押されるなんて……!」
その様子を見ていたスズ。邪神の強さはやはり想像以上だと。
そして、今のままではどうあがいても邪神には勝てないと理解する。
「久遠の強さでも敵わない……ううん。きっと普通にやっても勝てないっ」
呟き、考える。そして思い出す。使い道がないと呆れてしまった一つの技能の存在を。
スズは技能『鍵開け』を使う。……敵でも壁でも無く、久遠に向けて。
「鍵開け……意味なんてない技かも知れない。でも、久遠の強さを更に引き出す『鍵』があるなら!」
「なっ!?スズ一体何を…ぐ、ぐああああああ!!!」
失敗したら、久遠が戦えなくなるかも知れない。
それでも一か八か。その技に賭けるしか方法がなかった。
「久遠……きっと今なら攻撃が届くっ! 今の久遠なら、きっと勝てるっ!」
スズの賭けは成功した。
久遠の力の鍵を開くことが出来た。
「力が…みなぎってくる…!スズ…ありがとう!うおおおおおお!!!!」
鍵開けで潜在能力が一時的に解放された久遠が邪神の隙を突き切りかかる!!
「オォオォォオオオオオオォォオオオオオ!!!!!!!」
久遠の一撃を受けた邪神は悲痛の叫び声を上げる!
(本当ならこの一撃で決まると思ってた……しぶといね。流石邪神)
計算外。だったら……まだ私には残された技能があるっ!
鈴は決意する。これが失敗したら、自分が死ぬ事すらも。
「久遠、もう一撃……さっきの必殺技を! 大丈夫。私が『敵』になって久遠の『盾』になるから!」
敵を盾にする技能。もしも久遠の攻撃が外れたのなら、自分が盾になる!
その決意は久遠にも強く伝わったようだった。
邪神は先程の一撃を喰らい動きを止めている……これが正真正銘、ラストチャンス!
「……わかったスズ!ここで勝負をかけるしかない!さっき受けた傷…これを刻印に」
久遠は先ほどのダメージの流血を刻印につけ能力を上昇させた。
刻印。それは久遠が道中で手にしたアイテム。
「絶対に外せないっ!よく…"視ろ"…!!」
更に久遠は両眼に力を込め邪神に狙いを定める。
久遠の技能、視力。ソレは敵の動きと急所を確実に見定める力!
「そしてこれが…スズが与えてくれた…力だぁあああ!!!」久遠は夜を討つもの【ナイトバスター】を再発動させ邪神に猛攻をかける…!!!.
久遠の、スズの、全てを込めた一撃が邪神に叩き込まれる。
邪神の体は切り裂かれ、その衝撃で壁に強く叩きつけられた。
砂埃が舞う……全ての一撃を叩き込み、誰もが勝ったと思っていた。
だが…………砂埃が消えた時、全身の肉は引きちぎれボロボロになりながらも"ソレ"はまだ活動を続けていた……。.
「ぐぅ…!ハァッ…ハァッ…スズ…!奴にとどめの一撃を…!」
あまりに多くの技能とアイテムを使いすぎた久遠の身体は限界に近い。
でも、この程度なら……体力の落ちた今の鈴でも倒せるかも知れない。
「本当……邪神の名に恥じない生命力。呆れちゃう。でも、今のキミなら今の私でも充分に倒せる。ううん。ここまで来たのなら、倒して見せる!」
かも知れない。じゃない。久遠がこんなにも頑張ってくれた。
絶対に倒さなきゃいけない。
もう睨むことしか出来ないその邪神にゆっくりと近付きながら、鈴は呟く。
「出し惜しみなんてしてあげないから。私の血で『刻印』を刻む」
久遠と同じアイテムを使って身体強化。
「獣も人間も。手負いが一番危ないって学んで貰えたよね……でもキミはもう現れなくていい」
強く拳を握り、その拳に残された全ての闘気を込める。
「塵も残さずに消えて。ユーベルコード『降魔点穴』」
それはスズの必殺技。当たれば確実に全てを消し去る事の出来る、最大の攻撃。
スズの全てを込めた一撃がその小さな拳から突き立てられる。そこにある肉塊は何もせず、ただ一点。スズを見つめてその全てを静かに受け入れーーー崩壊した。
「……もう、本当の本当に終わり。だよね?」
まだ実感が無い。あんな化け物を倒せたなんて信じられない。
そんな風な鈴の言葉に久遠は返す。
「やつの体は崩壊した……私たちの、勝ちだ……」
久遠は既に具現化が解除された腕を上げ勝ち名乗りをあげた。
「はぁ……もう、こんなに疲れたの初めて。久遠が居てくれなかったらと思うとゾッとする」
久遠の言葉でようやく実感が湧いたのか、スズはペタン腰を落としてしまう。
「私こそ…スズがいなかったら絶対に勝てなかったよ…一緒に戦ってくれて…本当にありがとう」
久遠は心からの感謝をスズに伝える。目からは涙が零れていた。
最初に出会った時のクールな雰囲気は何処へやら。
「な、なんで此処で久遠が泣くかな……」
照れ臭そうにスズはそんな久遠を見て笑った。
「だ、だってぇ…」
涙が止まらなくなりしばし泣き出す久遠。泣き止むまで数分かかった。
「ご、ごめん……みっともないところを見せて……」
泣き止んだ久遠は涙を拭きスズに謝る。
「ううん。私だって今更腰が抜けちゃうくらい怖かったのは本音だから。でも、そんな姿は久遠に似合わないよ」
クスリと。床に座り込んだまま、鈴は久遠を見上げる。
「久遠が居てくれたから戦えた。久遠が居てくれたから邪神を倒せた。だから、胸を張って。出会った時みたいに格好良い久遠で居て」
……そんな久遠だからこそ手伝う気になれた。そこまで言うのはスズには少し恥ずかしかった。
「…………うん、わかったよスズ。私たちは勝った。胸を張って帰ろう。つかみ取った平和をもって」
「……そっか。もう平和になったんだから、久遠には会えないんだよね。最後に改めてお礼を言わせて。
私と戦ってくれて、私を助けてくれて、この世界を守ってくれて本当にありがとう。久遠」
少し寂しげに、それでもスズは彼女との別れは笑顔で居ようと別れの握手を求める。
「……………スズ、これは私の勝手なお願いなんだけど聞いてくれる?」
何処か真剣な久遠の言葉。
「えっ?」
何故か握手をしてくれない久遠にスズは首を傾げ、返した。
「私は、まだスズと一緒に居たい。お別れの握手なんかしたくない。あなたが望むなら…また一緒に戦いたい…背中を預け合いたいんだ」
「……最初は一人で戦うなんて言ってたクセに」
最初に出会った時の久遠からそんな言葉が出てくるのは意外だった。
でも、それはスズにとっても悪い提案では無い。
「私は見ての通り、久遠程強くなんてない。だけど、私もこの力が役に立つなら……ううん。もう素直に言っても良いよね。私も久遠と一緒に戦いたい」
「スズ…!」
久遠は少し涙を浮かべるが
先ほどのスズの言葉に従い泣くような姿は見せなかった。
「一緒に行こう…!妖魔たちを倒して新たな平和をつかむために!」
ワイヤー付きフックを使い地上に戻ろうとする久遠。
その久遠の姿は、最初に出会った頃よりも、もっと格好良く鈴の目に映った。
「うん。コレからも私を守ってね。オオカミだって寂しくなると死んじゃうかもよ?」
その方が久遠らしい。クスリと微笑み、スズは続けた。
「行こう!新しい平和を掴むために!」
久遠の言葉を真似するように。そう言うとスズは久遠の身体にしがみつく。
ワイヤーフックで戻るのなら、久遠に密着しなくてはいけない。自然と抱き着くような形になってしまう。
「離さないでね、スズ」スズに抱き着かれワイヤーを伝っていく久遠。その頬は少し赤みを帯びていた…。
「うんっ。離さないし放れない。私を飼い犬にしたんだから、ちゃんと最後まで面倒見てよ? 久遠」
微笑む鈴。
小さな物語はこうして幕を閉じた。
……久遠の雰囲気が変わった事。
それは、鈴の技能による鍵開けによって閉ざしていた久遠の心の鍵まで開いてしまった事が原因なのか。
それとも……。
いや、そんな事を考えるのは野暮な事なのかも知れない。