ワンピース
「お兄ちゃん遊ぼっ!」
僕は歳の離れたお兄ちゃんが大好きだ。
6つも離れているが、いつも汚いボールでサッカーを一緒にしてくれるんだ!
ーーー
家は6畳一間に家族4人で過ごしている。
家のドアには鍵がつけれらてはおらず、畳の部屋一つ。
TVもなく少し大きな声を出せば、『うるさいぞ!』と隣の家の人に怒られる。
水はアパートの皆の共有で、トイレもお風呂も同じ。
ここのアパートは特殊でまず玄関があり、そこで靴を脱ぐ。
皆の共有のギシギシいう廊下を通り、『保田』と汚く書かれているのが僕らの家のドアだ。
ただコンロは部屋にあり、食事に困ることはないはず。
洗濯機はアパートないだけど、ドア近くの共有の廊下にある。
夫婦喧嘩は当たり前。
それが普通だと思ってた。
ーーー
そんなある時、今日もお兄ちゃんと遊ぼうと汚いボールを持って声をかけようとしたそのとき、
「しっ!」
と、お兄ちゃんが口に右手の人差し指をたてた。
僕はとっさに喋ろうとしたのをやめた。
その次の瞬間、夫婦喧嘩の始まりだった。
僕とお兄ちゃんは居場所をドアへとそっと移動し外までゆっくりと波風たてないようにでて、お互いにっこりし顔を見合わせたあと公園でいつものように遊んだのだった。
これは毎日のことと思っていた。
しかし、今回は雰囲気が違う。
難しそうな書類を眺めながら、お父さんとお母さんはテーブルを挟んで鬼のような形相で話し込んでいた。
「蒼人は長男だから俺がもらう!代わりに養育費をなしにしろ!」
とお父さんはお兄ちゃんの名前を出しながら何やら難しい話をしている。
バンッ!!
と、机を叩くお母さん。
「葵はどうするのよ!私が引き取るのだったら養育費はいただきますからね!!」
と言い出すお母さん。
結果的にはお兄ちゃんはお父さんが引き取り、僕はお母さんが引き取ることとなった。
お母さんには、荷物をまとめるよう指示され、渋々まとめることに。
「……お兄ちゃん……グスッ」
と僕はお兄ちゃんにすり寄る。
「大丈夫。きっとまた会えるから!」
と慰めてくれるお兄ちゃん。
僕は明日このアパートから引っ越すこととなる。
まだ5歳になって間もないときだった。
ーーー
新しいお家は前の家より良かった。
鍵もかけれるし、何よりお部屋が2つもあるんだ!
ただ、お兄ちゃんがいないのがとても寂しい。
畳の部屋が6畳2つにおトイレとお風呂もついている。
僕は少し嬉しくて興奮が覚めやらずだった。
近くに公園もあり、ボール遊びにももってこいの広さだ。
だが、問題があった。
今まで着ていた服がすぐにぱちぱちで着れなくなったのだ。
そこでお母さんが仕方無しにお父さんに電話したらしい。
数日後、着払いというやつで送られてきたのは、お兄ちゃんのお古の服だった。
しかしながら、歳の離れたお兄ちゃんの洋服はどれもぶかぶかだった。
だが、お母さんはこれを着てろとうるさい。
ズボンなんて落ちていくだけなので、仕方なく僕はお兄ちゃんの洋服の上の服だけで当分過ごすこととなった。
半袖の服なのに、僕の腕を全て隠し長さは膝よりも下だ。
股の間がスースーする。
なんだか女の子の服みたい。
届いてから次の日、僕はボールではなくスコップやバケツを持ち砂遊びをしていた。
こんな格好でボール遊びは恥ずかしい。
隅っこの方でそそくさと一人で遊んでいると、
「ねぇ、一緒に遊ばない?私、この辺に引っ越してきたばかりなの。」
と、少し年上の女の子が声をかけてきた。
僕はぶっきらぼうに、
「別にいいよ……」
とそれだけ言うと、二人で黙々と砂山を作りトンネル作りにいそしんだ。
すると、女の子が、
「私ね、ゆうかって言うの。あなたは?」
と聞かれた。
「……僕は……あおいだよ」
と言うと、ゆうかちゃんはクスクス笑いだした。
何か変なこと言ったであろうか?
「女の子なのに"僕"はおかしいよ、クスクス」
ーーー
どうやらこのときの服が問題らしい。
どう見ても女の子の着る服だよなぁ。
これが、幼なじみ優花との出会いだった。
小学校に入るとき、優花は三年生だったらしくすごく驚いてた。
「えっ!あーちゃん男の子だったの?ほんとに?じゃあなんでワンピース着てたの?」
と何度言われたことか。
説明もしたが、なかなか信じてもらえずじまいだった。
そんな俺も高校2年生。
お袋は朝早くから相変わらず全身映る鏡で、どのワンピースを着るのか迷ってる。
その歳で構ってもらえるやつどこにいんだよ、と内心呆れていた。
引っ越して間もなく、男漁りにワンピースをよく広げていたことを思い出す。
俺の養育費の殆どは、男漁りに消えたのだ。
だから、"ワンピース"なんて嫌いなんだ。
"ワンピース"を着ていたころは、俺の黒歴史。
抹殺のしたいくらいだ。
聞いていないだろうと思いながらも、
「行ってきまーす」
と言って高校に向かう。
徒歩で通ってるなか、
「よっ少年、青春してるかい?」
と若くて可愛いOLが話しかける。
可愛いとは、ホントは認めたくないけど。
「んだよ、優花。今日は珍しく上機嫌だな。あっ、さては最近できた彼氏と会うのか?」
冗談交じりで俺が言うと、
「や、やだ。人がいるときにその話やめてよ!恥ずかしいじゃないの!!」
と、照れながら満更でもない様子。
俺が言うのも癪だが、可愛いし性格もよく友達も多い優花のこと少しはきになってるんだ!
俺の身にもなってくれよと思いながら、分かれ道になると、
「じゃあ……」
「そうだ!葵。今日予定ないわよね?『ワンピースの女の子』の話ししたらね、『どんな女の子』か気になるっていうのよ彼が!17時に賀茂駅集合ね♪」
おい俺の予定無視かよ、と言いたいが優花には逆らえねーんだよな。
こうやって、優花が『俺』を誰かに紹介するときはいつだって『ワンピースの女の子』と言われる。
俺の黒歴史を弄ばないでほしいものだ。
またか、と思いつつも俺は適当に相槌うってその場をあとにする。
ーーー
17:20。
遅い!
貧乏ゆすりがとまらない。
いっその事、帰ろうかと思っていたとき、
「葵!ごめんねー仕事長引いちゃってさ……」
優花が片手で許してとジェスチャーしているが、俺は半ギレ状態。
「お前なー!遅れるなら遅れると……」
とそこまで言うと、
「やぁ、久しぶりだね葵。」
と遮られた。
誰だ呼び捨てにしやがって!
顔を上の方に向けると、
「元気だったか?」
と言われた。
声も違うし背たけも違うがこの人は間違いない。
ずっと会いたかった人だ。
あのあとどうなったかは知らないが、今はキレイなスーツにネクタイをし立派な社会人としているのだろう。
涙が勝手に込み上げてくる。
どんなに成長しようが、変わらない顔立ちですぐにわかった。
あの時と変わらない優しさ溢れる立ち振舞いに、俺は幼少期の『黒歴史』が『思い出』になる瞬間をただただ泣くことで噛み締めていた。




