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第九話 待っていた言葉

 グルブドがレイラの家を破壊してから、少しの時間が経った。

 その間、町の人々は目の前で起きた出来事を飲み込めずにただ唖然と、木屑となったレイラたちの家を各々の家の窓から眺めていただけであった。


 両親が魔法使いで、姉弟揃って魔法が使えるレイラ達の家族はこの町の中で多くの人から、尊敬されていた。

 

 そしてグルブドの来訪時にも、誰よりも一番最初に声を上げたのはレイラ達の両親だった。

 冒険者を引退したのにもかかわらず二人は勇敢にも、現役の冒険者達と共にグルブドへと挑んだのだ。


 だが、それ以来二人が帰ってくることは無かった。


 そのことが、どれだけレイラとレオの心を傷を与えたのかは誰にも計り知れないが、レイラの作り笑いで固めるその表情と、レオの暗く沈んだ顔を見れば、誰だって二人が無理をしていることは分かった。


 それでも二人は、グルブドによって傷付つけられた人がいたら治してあげ、困っている人がいたら小さな事でも助けてあげていた。

 しかし町の人々は、彼らに対してただ感謝を述べることしかできなかった。

 

 作り笑いに表情を固めたレイラと、俯いて沈んだ顔をしているレオに「大丈夫か」と、心配の声をかけるのを皆は躊躇っていた。

 彼らの表情と心情は、あの頃から大きく変わってしまったのだ。


 だが、今日は違った。


 グルブドの巡回の時刻が来るまで、町の住人達は最低限自由を与えられる。それでも多くの者は家の中で怠惰にグルブドの巡回が始まるまで待っているだけだ。

 

 その中でもレイラは、いつも町の外へ行き果実を取って来ていた。その真意は不明だが、きっとレオのためなのだろうと、町の住人たちは特に気に留めてはいなかった。


 そして今日も、一食分にしかならない程度の果実を持ってくるのかと思っていたら、何と彼女が連れてきたのは一人の青年だった。


 見れば動きやすい装備に身を包み、剣を構えていた。住人達は皆、冒険者がやって来たと驚いた。

 しかしそれ以上に驚いたのは、その青年に対してレイラが、()()()()()を浮かべていた事だった。



「――大丈夫か……レイラ」


 先程まで、レイラ達の家の一部であった瓦礫の中からアトロが立ち上がった。

 グルブドの一撃を避けることは出来ないと踏んだアトロはすぐに魔力を込めた背中を上にして、全身でレイラを覆っていたのだ。

 そして何とか守ることができた。


「……う、うん。でも、アトロの方が」


 レイラも瓦礫から立ち上がり、アトロへと近づく。

 あのグルブドの一撃を真っ向から受けたのだ。立ち上がったとはいえ、ただでは済まないだろう。そう思い見てみるが、命にかかわるような酷い外傷は特にはない。

 だが、無事とは言い切れないはずだとレイラは心配する。


「俺は大丈夫だ。魔力で何とか耐えたし、こういうのは慣れている。それより、グルブドはもういないか」


「大丈夫ならよかった。グルブドは……うん、もう帰ったみたい」


 見渡してみても、グルブドの配下の魔物の一匹すらも視界には映らない。

 これで取り敢えずは落ち着くことができる。


 アトロは一度深呼吸をして全身に冷たい空気を巡らせる。痛むところは特には無い。

 だが、大分魔力は消費してしまった。それに、なによりもレオが連れ去られてしまった。

 その原因は二度目のグルブドの来訪は予想外の事であったため、咄嗟の対応が遅れてしまったからだ。


「レイラ。普通だったら、グルブドは今日はもう来ないはずだったんだよな」


「いつもはそう。グルブドはこの町を時計回りに巡回して、それであの城に戻るの。だからこないはずなのに、どうして今日に限って」


 やはり今回の出来事はイレギュラーだったようだ。それならばレイラを責めることは出来ない。

 あの状況で呑気に風呂に浸かっていた事は悔やまれるが、全ての原因はアトロでも無い。


「グルブドの言葉から恐らく、レイラが治療してあげた誰かが綺麗に治ったのをグルブドに見つかって、そっからバレたんだろ。レイラは悪くない、悪いのはグルブドだ」


 そう、悪いのはグルブドである。グルブドは冒険者のいないこの町の住人達を奴隷のように扱い、自分の気分で破壊と傷害を与える。

 これ以上、この町の住人を傷付けないためにも、レオを救うためにもアトロがするべきことはたった一つである。


「よし、それじゃあ行ってくるよ」


「行ってくるって、どこに?」


「……レオを助けに、だ」


 アトロは真っ直ぐとレイラを見つめる。

 グルブドとの決戦を明日まで待っている余裕はない。魔力の不足も、身体の不調もあるがそれを理由に躊躇っている状況ではないのだ。


「――っだめよ、アトロ。あの城に行ったら、絶対に……」


「レオが連れ去られたのは、俺の責任だ。今更明日までって、躊躇っているわけにはいかない」


 アトロはレイラに背を向けて、瓦礫の山を後にしようとする。

 向かうべきはこの街の中央に位置するグルブドの城だ。あそこにグルブドと連れ去れらたレオがいるのだ。

 この町の平和のために、アトロは足を踏み出そうとした。その時だった。


「……行ったら、殺される。誰もグルブドには勝てないわ」


 レイラのか細い声が、悲しく響いた。

 そして日が落ちたテオールの町に、何処からともなくと冷たい風が吹き始める。


「レオは私をかばったの。アトロのせいじゃない、私のせいよ。だから、今日は休んで明日になったらこの町を出て行って」


 瓦礫の上をレイラが歩き、寂しい足音がアトロの耳に残る。

 そして、踏み出そうとした足を思わず止めたアトロをレイラは追い越していく。


「俺がこの町を出て行って、レオをどうするんだ?」


 アトロの言葉に、レイラも足を止める。そしてアトロの方へと振り返った。

 彼女の美しい翡翠の瞳が、月明かりの陰に染まった。


「……どうもしないわ。行っても、無駄死にするだけだもの」


「――っレオが、レオがどんな思いで外に出て声を上げたと思ってるんだ! レオはレイラを守るために、前を向いて進んだんだぞ」


 予想外の無情な言葉に、アトロは声を荒げた。そんな言葉をレイラの口から聞きたくないのだ。

 それでも、レイラは虚空を見つめながら言葉を紡ぐ。


「……グルブドが来てから、大勢の人が傷つけられて亡くなったわ。私たちがここまで生きてこられたのは、ただ運が良かっただけよ。だから、分かってた。いずれこういう日が来るって。だから仕方ないのよ」


 何も期待しない。何も求めない。

 

 レイラの心を絶望に満ちた言葉が染めていく。

 大切な両親を奪われ、大切な町の住人が傷つけられ、大切な家が壊され、大切な弟も連れ去られた。

 

 昔からそうだった。


 幸せを感じた時に、いつも不幸が訪れる。

 でも、そんなものにはもう慣れたのだ。仕方ないとそう割り切るしかないのだ。

 

 だから、レイラは何も期待しないのだ。何も求めないのだ。今更、救いなんて訪れないと知っているから。

 この世界は残酷で塗り固められている。絶望で溢れている。悲しみが降り注ぐ。

 そう思っていた。生きていても、残酷で、絶望で、悲しいことしかないと、そう思っていた。

 

 それなのに、レイラの前に立つ青年だけはどうしてだろうか。

 

 ――不思議とその声を聴くたびに、心が温まるのだ。


「……仕方ないっていうなら、どうしてそんな悲しそうな顔をするんだよ、レイラ」

 

 そんなことは無いと、レイラは内心で反論する。

 

 悲しい顔なんて、してないはずだ。

 悲しいなんて、簡単に表現してはいけない。ただただ、作り上げたものだけを浮かべなくてはいけないのだ。

 

 みんなを心配させないためにも。みんなを苦しませないためにも。みんなが傷つかないためにも。

 長女であるレイラが、かつて母親がしてくれていたみたいにみんなに道を示さなくてはいけないのだ。

 

 でも、もしも弱音を吐いていいなら、弱さを受け止めてくれるなら、吐き出したいのものは沢山ある。


「……どうしてって、どうしてだろうね。分かんないわ。もう何も分からないの。何が正しくて、何が間違っていて、何がうれしくて、何が悲しいのか。もう、分かんないの」


 最初はただ、みんなを安心させたかっただけだ。

 いつかこの日々に終わりが来るはずだから、それまで待とうと。

 

 でも、いくら待ってもそんなものは来なかった。

 だから、終わりなんて来ないと気づいた時にレイラの心は欠けただのだ。

 それでも、みんなに悟られてはいけないと、強引に固めて、崩れないようにしたのだ。


 それなのに今になって、次第にそれが溶け始めてきた。


「分からないんだったら、俺が教えるよ。森の中でレイラは籠の中の果物だけが幸せと、そう言った。でも、違う。世界は広いんだ。いろんな世界を見てきて、俺は知っている。レイラが笑顔になれるものが、世界には沢山あるって。食べ物も、洋服も、風景も、何でも世界には溢れているんだ。それを一緒に見に行こう」


「無理よ。この街からは出られない。グルブドからは逃れられないもの」


「出れるさ。グルブドは俺が倒す。そして、レオを連れて帰ってくる」


「……どうして、どうしてアトロはそんなに」


 レイラの頬を温かい涙が伝っていく。悲しみが、苦しみが、絶望が、溶けだしていく。

 荒んでいた筈の心が、彩を取り戻し始めていくのを感じる。

 

 レイラは、最初からずっと待っていたのかもしれない。

 誰よりも、この世界の誰よりも、この言葉を。


「――勇者だからだ。勇者だから、君を救う。世界を救う。何回言ったか分からないけど、これが俺の答えだよ」


「――」


「だから、もう一人で悲しむ必要はないんだ。俺が必ず救うから」


「……信じて、良いの?」


「信じてくれ、必ず帰ってくる。だから、君の口から俺に力を与えてくれないか?」


 その言葉でレイラは気づいた。

 自分が、本当に期待していたものを。本当に求めていたものを。


「……もう、誰も失いたくない。レオも、アトロも、街の皆も。だから、グルブドを倒して……私を救って」


「ああ、任せてくれ。その言葉が俺を強くしてくれる。だから俺は必ず帰ってくるよ」 

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