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第八話 突然の来訪

「それじゃあ、アトロはびしょ濡れだから、家に上がる前にお風呂に入ってきて」

 

 先ほどまでレオとアトロのやり取りを傍観していたレイラがようやく口を開いた。

 その口調は相変わらずだが、何処か声色が寂しそうだった。


「そうだな、全くいきなり水を掛けんのは反則だぞレオ」


 服を引っ張ってみるアトロだが、綺麗に水がしたたり落ちる。これだけの量の水を生成して飛ばせるレオの技量は大したものだ。


「し、仕方ないじゃん。別に」

 

 少し恥ずかしがるようなレオのその表情が実に子供らしい。守ってあげたいと、そう思えるほどに。


「お風呂はこのまま真っ直ぐだけど、お湯は、自分で張れるわよね?」


「ああ、そういうのには慣れてるから大丈夫だ」


 温水を作り出す魔法もアトロは心得ている。浴槽のようなものさえあれば、あとは何とかできるのだ。


「じゃあ、ありがたく借りるよ」


「ん、どうぞ」



「ふう、疲れたな」


 今、アトロは風呂に浸かっている。特に何かあるわけでもなく、ただ風呂に浸かっている。


「久しぶりにこんな立派な風呂に入ったよ。疲れも取れるな」


 今までのアトロたちの冒険では、地面に穴を掘って作った簡易的な温泉が代表だった。

 別に文句はないが、土の中かつ周りが薄暗い森というのが雰囲気を壊していた。


 かつての仲間のオリバとフィオはその風呂には遠慮がちで、食事と同様に何処かの街の温泉に、わざわざ転移魔法を使って赴いていた。

 それらも、今となっては良い思い出である。

 

「……ガレン、オリバ、フィオ、カイ。お前たちから見たらさ、俺は上手くやれてるのかな」


 振り返ってみれば、今日は怒涛の展開であった。感覚的には、魔王の領地に足を踏み入れたのも今日のように感じるから、本当にいろいろあった。

 いきなり五年が経っていたと言われ、何とかここまでやってきたがやはり違和感はある。


「でもまあ、これからやることは変わらないからな」


 魔王を倒すという最終目標はアトロにとって絶対的なものだ。これはこの先何が起ころうと決して揺るがない。

 失った仲間のためにも、絶対に成し遂げなければいけないのだ。

 その為にも、まずはこの街を救うことが重要になってくる。


 必ず救うと言っておいてなんだが、グルブドを余裕で倒せるなどアトロは思っていない。

 グルブド自身の見た目から想定できる強さもそうだが、アトロは自分の体に違和感を覚えていた。


「なんか、身体が重いんだよ。さっき走った時も、苦労したし」


 目覚めた時の倦怠感も含めて、先ほどの全力疾走の時にアトロは身体の不調に気づいていた。身体が重いだけだが、その違和感が戦闘においては命取りになることは多々ある。

 

 その原因は、恐らくは五年が経過していることだろう。

 その間も記憶がないということは眠っていたか、気絶していたかということで、そうなれば五年もろくに身体を動かしていないということになる。

 

 それでもこれだけ動けるのだから、大きな問題にはならと思うが、少しは休養が必要かもしれない。

 全力疾走と、回復魔法の際の魔力の消費もあるし、明日に備えて今日は休むのが得策だろう。


「ま、後のことはこの街を救ってからでいいだろう。取りあえずは、グルブドを倒さないといけないから――」


 そうアトロが決意しようとした、その時だった。


『ドンッ、ドンッ!』


 大きな地響きがし始めた。否、この音は聞き覚えのあるものだった。


「……グルブドの足音」


『ゥゥゥオオオイ! 人間ども、よぉく聞け! この街で、このグルブド様が可愛がった女を治療する不届きものがいるようだな! 十秒数えるうちに出てこい! 十、九!』


 突然、家の壁を無視したグルブドの怒号が鳴り響いた。その声の大きさも問題だが、何より肝心なのはその内容だ。 

 その言葉の意味する人物は、アトロの頭に直ぐに浮かんだ。


「レイラだ」


 アトロは急いで、湯舟から出て勇者の装備に着替える。風呂に入る前に、魔法で乾かしているので問題はないが、その間にもグルブドのカウントダウンは続いている。

 

 街の人が、グルブドはこのテオールの街を巡回して城に戻るというような内容の話をしていた。その話とレイラの言葉を信じる限り、一度グルブドが回った場所はもう来ないはずである。

 しかし、現にこうしてきているのだから、事態は急である。


『六、五、四!』


 着替えが完了して、剣を腰に差して直ぐに風呂場から出る。そしてその先の、昼飯を食べた部屋へ向かう。


「レイラ、大丈夫か!」


 アトロが中をのぞくと、そこには長い金髪を揺らす少女――レイラが地面に座り込んでいた。


「……アトロ」


『三、二!』


「よかった。ここは俺が出るから、レオと隠れててくれ」


 アトロはレイラの肩を掴んで、そう言った。そして直ぐに立ち上がって、玄関へ向かおうとする。


「待って、アトロ。違うの、レオが!」


「――僕が、魔法で治した! 僕が、皆を治療したんだ!」


 その時、家の外からレオの声が聞こえた。震えているが、アトロの耳にも入るくらいに大きな声だ。


『ああ? お前みてぇなガキが、女を治したのか?』


「そ、そうだ! 僕が治したんだ! 傷だらけの彼女たちを僕が治療してあげたんだ!」


『……クッ、クッ……カッカッカッカ! そうか、お前か。お前が治したのか! 使えないゴミどもの集まりだと思ったが、おもしれえガキもいるもんだな!』


 グルブドの笑い声が響き渡る。

 アトロは理解した。きっと、レオはレイラを守るために自分から家の外に出たのだ。それは、先程のアトロの言葉を受けてだ。


 守りたい人のことを思えば、もう俯いていられない。


 その言葉の通り、レオは守りたいレイラのために勇気をもってグルブドの元に向かった。

 その行動は勇敢だ。

 だけど、今この状況でそれをしなければいけないのはアトロのはずだ。


「くっそ、俺のせいでレオが――。レイラ、直ぐに逃げてくれ。レオを助けてくる」


 アトロはレイラ肩を掴んで立ち上がらせる。ここで戦闘が始まれば、ここら一体も安全だとは言い切れない。

 その前に、住人たちを避難させる必要がある。


「だめ、アトロ。だめよ、行っても殺されるだけ。アトロまで死んだら、私はもう」


「大丈夫だ、レイラ。俺は死なない。必ず皆を救うから。だから、ここは逃げてくれ」


 アトロがレイラの肩を離そうとしたその時、この家が大きく揺れた。


「きゃああ!」


 レイラが悲鳴を上げ、アトロもしゃがむ。


『よし、このガキは特別に俺様が預かってやる。そのお礼にこの家を壊してやるよ!』


「――だ、ダメだ! この家を壊すな! この家にはまだ人がいる!」


 どうやら、グルブドがこの家を壊そうとしているらしい。それに、レオが必死に抵抗している。


『知らねえよ! 魔法が使えるガキは、利用できるからな! だからお前にはもうこの家は必要ねえんだ! お前の帰る場所は、俺の城だからな!』


「やめろぉぉぉ!」


 レオの抵抗もむなしく、グルブドがその手に握る巨大な棘付き棍棒を振り下ろした。


 町中に轟音が響き渡り、粉塵が舞った。

 レオとレイラの家は、その一撃の前で無残に崩れ去ってしまったのだ。


『よし、行くぞガキ。そんな木くずより、俺様の立派な城に住めるんだ。感謝しろ!』


 そう言い残してグルブドは、レオを連れて巨大な城へと帰っていった。 

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