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第七話 守りたいもの

「……アトロは、何で勇者ってこと黙ってたの」


 そう呟くレオの瞳は、明らかにアトロに敵意を向けていた。

 まだ幼い少年とは言え、その目には威圧がこもっている。


「こら、レオ。そんな怖い顔しないの。今日はもう暗くなるから夕食の準備しないとでしょ」


「うるさい! 姉ちゃんは、アトロの正体を知っていたんでしょ。それなのに僕に嘘をついて、家に上がらせた。お父さんの椅子に座らせたんだ! 裏切りものの勇者に!」


 レオに近づこうとしたレイラの足が止まる。それほど、レオの言葉には怒りが込められていた。

 アトロは黙って、レオを見つめている。

 

 あれだけ外で騒いでいたせいで、レオはすでアトロが勇者であることにに気づいたのだろう。

 レイラの言う通り、レオは勇者に対して激しい憤りを抱いている。

 それは、親の死というあまりにも重い事柄を通してであった。


「……レオ」


 レイラが名前を呼ぶも、レオの怒りは収まらない。


「今更何でこの町に来たんだ! お前のせいでお父さんとお母さんは死んだんだぞ! お前が、お前が魔王を倒していればこんなことにならなかったのに!」


 その言葉を発すると同時に、レオの手が淡い光を纏う。そして、その手からアトロの顔めがけて水が勢いよく放たれた。

 その攻撃をアトロは躱さないで、真正面から受ける。

 ただ冷たいだけで肉体的なダメージは皆無だが、それよりも心にささる一撃だった。


「何とか言えよ。勇者だったら、何とか言えよ!」


 レオが水浸しのアトロに走ってくる。そして、アトロの腹を殴った。

 これも勇者のアトロには、ダメージは無かったが、心が痛かった。

 

 拳を振るレオを見て、アトロの唇が微かに震える。

 アトロには昼間のあの輝かしい少年の瞳に、影を落とした責任がある。しかし、何を言えばいいのかまだはっきりと定まっていなかった。

 だがそれでも、伝えなければいけないことは分かっている。


「……レオ。すまなかったな、俺のせいで、俺が不甲斐ないせいで。大切な家族を失わせてしまって」


「そうだよ! アトロのせいでお父さんとお母さんは死んだんだ。お前が、お父さんたちを殺したんだ」


 アトロのずぶ濡れの腹をレオが叩く。力はないが、胸に響いてくる。

 その様子をレイラは、暗い顔で見つめていた。

 

 レオのその言葉は、この世界の意見を代弁しているように聞こえた。

 この街の人も、大切な人を失ったに違いない。


 それは、アトロが魔王を倒せなかったからである。

 ただもてはやされるだけの勇者ではいられない。レオの口が紡ぐ暗い思いも、勇者であるならば受け止めなくてはいけないはずである。

 

 だからこそ、レオの思いには真摯に答えなくてはいけない。


「……なあレオ、俺にはさ仲間がいたんだ。四人の仲間だ。俺たちは仲が良くてさ、それこそ家族みたいな感じに思ってたよ。一緒に冒険もしてさ、毎日が楽しかったんだ」


「だから何だよ! 自慢したいの? 哀れで惨めな僕とは違うって言いたいわけ? 両親が死んだ僕と違って……」


「――そいつらも、死んだんだ」


 その一言で、レオの手が止まった。


「信じられなかったよ。今でも半信半疑だ。それでも、アイツらは死んだんだってさ。俺は辛かったよ。一緒にするのはよくないかもしれないけど、お前も辛かったんだよな。その気持ちは、痛いほどわかるよ」


 アトロの仲間、ガレン、オリバ、フィオ、カイ。彼らとはとても濃密で幸せな時間を共にしてきた。

 世界を救うという壮大な使命も、彼らがいたからこそアトロは諦めることなく進んでこられた。

 

 しかし、その別れは突然訪れたのだ。それも死という形で、最期の時を知ることもできずに。

 もし立ち止まることを許されるなら、アトロは後悔したい。泣き叫んで、自分の無力さに打ちひしがれて、心の底から彼らを望むだろう。


「でも、俺たちは前をむいて進まなきゃいけないんだ」


 アトロは静かな声でそう呟き、レオを見つめた。その視線の先で、レオの体は微かに震えていた。


「……そんなこと言われても、無理だよ。だって苦しいんだ……心が痛くなるんだ」


 レオの目には涙が浮かんでいた。


「僕は……アトロと違って、弱いから」


 俯くレオの瞳から涙が零れ落ち、床にできた水たまりが音を立てる。

 その音に、どれほどの悲しみが籠っているのだろうか。どれほどの悔しさが籠っているのだろうか。


 分からない。分かったなんて、簡単に言ってはいけない。

 しかし、分かろうとしないで手放すなんて、絶対にしてはいけないのだ。

 

 だからアトロは、真っ直ぐにレオを見つめる。


「俺だって弱いさ。一人の俺は強くなんかない。みんなそうだよ、誰もが自分の内側に弱さを抱えている。だけど、人には強くなれるきっかけがあるんだ」


「きっかけ?」


 アトロの言葉を受けて、レオが顔を上げる。そして、アトロを見つめ返した。


「ああ。そのきっかけっていうのは、()()()()()()()()()()って気持ちだ」


 アトロは知っている。

 人は、誰かを守ろうとするときに本当に強くなれるのだと。

 その力を、今は亡きかつての仲間たちが教えてくれた。


「レオが守りたいものはなんだ?」


「僕の、守りたいもの」


 レオが振り返る。その視線の先には、レイラがいた。レオに微笑みかける、レイラがそこにはいた。


「僕は……姉ちゃんを守りたい。お父さんたちがいなくなってから、いつも一人で悲しそうにしてて、それでも僕にはいっつも笑顔を向ける、苦しそうな姉ちゃんを守りたい。もう、一人で悲しまないでほしいんだ」


 その言葉には決意がこもっていた。レオの心の思いが、アトロに伝わってくる。


「そしたら、あとはその人を守るために一生懸命になるんだ。苦しくなって振り返りたくなったら、その人のことを思い出せばいい。怖くなって逃げ出したいときも、その人のことを思い出せばいい。そうすればもう、俯いたままではいられないだろ」


 いつも、アトロはこの言葉を大事にしてきた。

 どれだけ凶悪な敵でも、どれだけ敵わないと思い知らされても前を向く理由は、全て背負ってきているからだ。

 俯いて、逃げ出すことは絶対にしない。それは、この世界でも同じである。


「悪かったなレオ。でも任せてくれ。俺の守りたいものは、この世界のすべての人だ。レオもレイラも、テオールの街の住人も全てを救う。そして、俺が守る。それが俺の強くあれる理由だ。だからレオ、俺がもう二度と誰も悲しませない」


「――」


「俺の手は小さいけど、皆を抱えて、世界を背負って、全てを救う。だから、もう一度勇者である俺を信じてくれ」


 アトロの言葉には大きな覚悟が込められている。

 そしてその覚悟はレオの心にもしっかりと伝わったはずだ。


「……約束、だからね。必ず、僕たちを救ってよ」


「ああ」


 レオから、救ってくれと言われた。

 その言葉がアトロを強くしてくれる。勇気を与えてくれる。きっとどんな困難が訪れようと、アトロは乗り越えられるだろう。

 

 そして、アトロがまだ受け取っていないその言葉はあと一つあった。 

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