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第五話 魔物の支配

 テオールの町を支配している魔物――グルブドの来訪により、家を出て行ってしまったレイラとレオ。

 そしてアトロは一人、家の中に取り残された。

 

 レイラには机の下に隠れていてと言われたが、アトロは勿論机の下にはいない。こっそりと立ち上がって、窓の端から外を眺めていた。

 何が起こるのか分からない状況で下手に外に出るわけにはいかないが、それでも倒さねばいけない魔物が自ら来てくれるのだ。黙って隠れているわけにはいかない。


 だがそんな風に思っていたアトロの視界に入ったのは、驚愕の光景であった。


「なんだよ、これ」


 レイラ宅からこっそりと外を眺めるアトロの視界に映るのは、街路の端に列を成して並んで立っている住民たちだ。

 中央の街路を挟むようにしてきっちりと列をなし、暗い表情で俯き続けている。

 その中には勿論、レイラとレオの姿もあった。二人の表情は、この家を出た時と変わらずに何かに怯えているようであった。

 そして、奥からは先程から響いている巨大な足音が次第に近づいてきている。


 この異様な光景は恐らく、これから訪れるグルブドへの服従の示しだ。

 

「だからレイラたちは外に……」


 すると、端に並んでいた住人の一人が恐る恐る移動し、街路の真ん中に膝をつき始めた。

 その住人は、四十代くらいの男性だ。しかし、その顔はやせ細り、目は力を失っている。

 

 そして彼の視線を向ける方から、何か巨大な物体がやってきた。


 全身を灰色の固そうな皮膚で包み、右手には十メートルくらいの棘付き棍棒が握られている。

 そしてそれを軽々肩に乗せながら、大きな足音を立ててくるそれは、全長が二十メートルはあろうかというくらい巨大な二足歩行の魔物であった。 

 顔は太った犬のような顔つきだが、その口から飛び出すくらいに発達した牙がその獰猛さを表している。

 体つきも太ってはいるが、これほど巨大なのだ。むしろ大きい方がその強さに磨きをかけるだろう。

 

「こいつが、グルブドか」


 レイラが言っていた通り、恐ろしい魔物だ。歩くだけで地響きが鳴るのだから、並みの冒険者なら傷をつけるだけでも困難なはずだ。

 踏むだけで人は殺され、少し動いただけでそれが致命傷を与える攻撃となり、棍棒を振り回せば全てを粉砕するだろう。

 それくらいは、見ただけで察することが出来る。

 

 そしてグルブドの背後には、配下と思われる十数匹の同じく二足歩行の犬の魔物たちが並んでいる。

 この犬の魔物たちの戦力はおそらく大したことはない。しかし、これだけ行列を成していれば、それだけで圧がある。


「――グ、グルブド様。本日も巡回ご労様です。我々一同、グルブド様の来訪を楽しみに待っていました」


 街路の真ん中で膝をついて、グルブドを迎えたのは先ほどの四十代くらいの男性だ。

 彼の口から放たれた言葉は、あの怯えようから察するに本心ではないのだろう。それでも、何とかグルブドの機嫌を損ねまいと自分を偽っている。


「おお、そうかそうか。お前らの整列も随分様になってきてるな。そんなお前らに今日はプレゼントだ。先月預かった女を返してやる」


 グルブドがそう言うと、背後に並んでいる数十匹の魔物の一体が何かをその男性の前に置いた。

 それは、全身が痣や傷だらけの女性だ。

 髪はぼさぼさで、身体の傷は見るに堪えない。微かに身体を動かしているから、生きているのは分かるが、それでも危険な状態である。


「なっ……」


 アトロは今すぐにでも、家を飛び出してグルブドを倒しに行きたかった。しかしこの状況で戦闘を始めれば、街路に並んでいる住人達を危険にさらすことになる。

 そうなってしまえば、この街を救うというアトロがここに来た意味も無駄になってしまう。


 仕方がないが、今はグルブドが通り過ぎていくのを待つことしかできない。


「ああ、グルブド様。ありがとうございます。その娘の家族も、随分お悦びになっておられることでしょう」


 男性が傷だらけの女性を前にして手を前に付き、頭を下げ土下座の姿勢をとる。


 そして、街路の端で並んでいた夫婦らしき男女二人が立ち上がり、男性の後ろに向かうと、同じようにを土下座しながら、


「は、はい。グルブド様、私たちの愚かな娘をかわいがってくださってありがとうございました」


 と大きな声で言った。

 この二人はあの傷だらけの女性の両親なのだろう。親に娘を傷つけられて感謝を述べさせるなど、アトロには許せない。


「クソッ! グルブドめ、ふざけるなよ! ……だけど、今出たら」


 アトロは腰に差している剣を握っているが、これを引き抜いて家を飛び出すことはできない。

 アトロは歯を強く噛みしめ、動き出したい気持ちを必死に押さえつける。

 そのもどかしさが、アトロを苦しめる。


 しかし、その時。一人の女性が、グルブドの前に走っていった。


「――ミラッ! ミラ! 大丈夫? ねえ、返事してよ!」


 その女性は、倒れている傷だらけの女性に寄り添って名前を呼んでいる。その瞳には涙が浮かんでいた。


「んあ? 誰だお前。俺様が可愛がってやった女に気安く触りやがって!」


 だが、それはグルブドの目の前で行われている。この行動がグルブドの逆鱗に触れるなど、この場にいる者なら簡単に理解できた。


「グルブド! よくも私の妹を! 許さない、許さない!」


 しかし、少女はグルブドにも恐れることなく涙を流しながらグルブドを睨みつける。

 そして、自分の背中に手を回すと、腰に仕舞われた包丁を取り出した。


「おいお前、誰に逆らってるのか分かってんのか? この町の支配者グルブド様だぞ!」


「う、うるさいこのデブ犬! あんたなんか、あんたなんか……」


 女性は、包丁をもってグルブドのその巨大な足めがけて走っていった。

 そして、その包丁で足を突き刺す。

 だが、女性の包丁はパキンッと綺麗に折れて宙を舞った。


「うぅ……うあああ! 許さない、よくも私の妹を、ミラを! あんたなんか、死ねばいいのに!」


「カッカッカ! 吠えるな人間、耳障りだ。さっさと、お前が死ね」


 そう言ってグルブドは、その女性を左手でつまみ、そのまま後ろの方に適当に投げたのだ。

 適当に、と言ったがそれはグルブドの巨体で行われれば、人間を殺すには十分な高さまで投擲されることになる。

 女性は叫び声を上げながら、空を飛んで行った。街を抜けて森へと落ちるくらいに放り投げられている。

 だが、その間も住民たちは誰一人として動こうとしなかった。


「――助けないと!」


 しかし、アトロだけは違った。直ぐにレイラの家の後ろの窓を割って飛び出した。そして、全速力で駆けていく。


 両足に魔力を纏い、力強く地を蹴り、全力で飛ばされた女性の元へと走る。グルブド達に見つからないように、並ぶ家屋の後ろを通っている。


「クッソ、間に合ってくれ!」


 上を眺めると女性が気を失って、空を舞っていた。まだ落下までには十分な高さがあるが、飛距離がかなりある。

 アトロの全力疾走でギリギリ間に合うか、間に合わないか位だ。


 グルブド達の背後をバレないように大きく回って、アトロはようやく森へと駆け入った。

 森の中の方が障害物が多いが、上手く避けながら女性の落下地点を目測する。

 

 しかし、その落下地点には木が群生している。このままでは間に合ったとしても、少しでも木にかすっただけで致命傷を負わせてしまう。


「だったら、切り落とすまでだ」


 アトロは剣を引き抜いて、前方に一線。魔力と剣圧によって生み出される見えない斬撃が、木々を蹂躙する。

 斬られたことで生み出された隙間に身体を通すように、アトロは地面を蹴って跳ねる。


 剣を納め、両手にありったけの魔力を込めてクッションを作る。

 その瞬間、落下してきた女性がアトロの腕に収まった。

 アトロの手に弾かれないように、そして落下の衝撃を最小限に抑える為に、両腕の魔力がクッションの役割を果たす。


「よし……間に合った!」


 空中で女性をキャッチしたまま、アトロは地面を削って着地する。

 なんとか、無事に女性を受け止めることに成功した。ただ、女性は気絶しているようで目を覚さない。それでもちゃんと息をしているから良かった。


 助けられる命は全て助けるという勇者の覚悟を、アトロは持っている。そして、助けてあげなくてはいけない者たちを助ける為にアトロはこの町に来たのだ。


 アトロが見たのはほんの僅かだが、あれほど酷いことがこの五年間も行われていた。

 その事実は街の様子、住人の態度から簡単に伺える。


「グルブドめ、絶対にお前は許さないからな」


 そう決意して、アトロは女性を抱えたままテオールの町へと帰っていった。 

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