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第三話 勇者の死

「レイラ……さっき言ってた勇者が死んだって、本当なのか」

 

 必死な顔でレイラに問いかけるアトロ。


 アトロとレイラの二人は今、森の中を歩いている。目指すはレイラの住むテオールの町。

 かつてはアトロも訪れたことがあるが、そこまで大きな出来事もなかったためレイラにとっては勇者の来訪は認知されていなかったようだ。

 しかし、レイラの善意によってこうして町までの案内を頼んでいる。


 そして会話の内容は、出会った際に聞かされた勇者の死についてだ。

 勇者であるアトロが生きているため明らかに虚偽であるものの、レイラは勇者はすでに死んだとの一点張りで――、


「もう、さっきから言ってる通りよ。五年前に勇者は魔王に殺されて、その仲間たちも一緒に、って」


 という結果だ。この衝撃の回答にはアトロも困惑を隠せない。


「……そんな……嘘だろ、五年前に俺が殺されたって。それに、ガレンたちも」


 どうやら、レイラの話によると魔王によってアトロは殺されたという。

 そしてその悲劇が起きたのは、およそ五年前。

 アトロが年代や日付を聞いて確かめたが、魔王城に挑んだあの日から確かに五年は経っていた。

 

 そして、死んだのはアトロだけでなく勇者パーティのガレン、オリバ、フィオ、カイ達もだそうだ。 

 即ち彼らは勇敢にも、アトロを失っても魔王へと挑んだということだ。アトロの瞳には最後の最後まであきらめなかった彼らの姿が浮かぶ。


 カイは状況を誰よりも早く理解し、素早く指示を出していた。そして強力な弓矢の一撃を放ち、結界を壊そうとした。

 フィオは誰よりも周りを見ていた。傷ついたガレンの治療をしながら、カイの一撃を付与魔法でサポートした。

 オリバは誰よりも多くの視点から、状況の打破を試みていた。魔法を駆使した巧みな方法で、アトロを救おうとしてくれた。

 ガレンは誰よりも早く結界を壊そうとしていた。結界に恐れることなく立ち向かい、最後の最後までアトロを救うことだけを考えていた。


 皆がアトロを救おうとしてくれた。それはあの場限りではもちろんない。今までもそうだった。必ず魔王を倒すと約束し、共に冒険を続け、何度も困難を越えてきた。


 そんな彼らと、別れを告げることなくこのような形で死別を迎えるなどアトロには耐えられない。

 だが、きっと彼らならこのような場面でもアトロの背を押して、「立ち向かえ」とそう言ってくれるだろう。


「……分かってる。分かってるよ、俺は止まらない。お前たちの思いも全部抱えて、俺が必ず……」


 アトロは潤んだ瞳を手で拭いながら、レイラに聞こえないようにそう呟いた。

 その姿を横目で見ながらレイラも暗い顔をしていた。アトロが勇者であることは信じられなくても、彼女もアトロの悲しみは少しは理解できるところはある。

 だからこそ、アトロが顔を上げるまで静かに待ってあげていた。


「悪いレイラ、話を続けよう。それで、なんだ?」


「だから……アトロが勇者だって言っても信じれないの。五年も前に死んだ筈の勇者が、今さらこんな所に姿を表すなんて。普通じゃありえないもの」


 それには確かにと納得するしかない言い分だ。

 レイラからしたら、五年前に死んだはずの勇者がその間一切の音沙汰もなく、いきなりこうして自分の街の近所に現れたのだから。

 だが、それに対してはアトロにとっても謎な点が多い。魔王城手前での一部始終を語ったところで彼女の信頼を得るのは難しいだろう。


 しかし、アトロもただ信じてくれと訴えかけるだけでは無駄だということは理解している。

 そうすると、アトロは自分を信じてもらうために彼女が信頼を置いているモノを崩す必要がある。

 

 即ち、アトロが魔王に殺されたという情報だ。だが、正確に言えばこれも正しくはない。アトロは魔王と対峙したわけではないのだ。

 となると、この情報は何者かに脚色された可能性がある。


「なあ、レイラは勇者が魔王に殺されたなんて誰に聞いたんだ?」


 アトロはただ単純に疑問だったことを伺うような軽い口調でそう言った。急に疑い深くなったことで下手に警戒されては困る、という意味を込めての装いだ。

 そんなアトロの質問に対してのレイラの回答は――、


「誰って、魔物だけど」


「魔物!?」


 予想の斜め上、いや予想に対して直角に突き刺さるような角度で放たれた。

 確かにその線はないこともないが、まさか魔物だとは。というのが、アトロの率直な回答だ。


 因みに、魔物というのは魔族の一種である。魔族に関しての種別について話すと、大きく分けて二つある。

 一つはレイラの挙げた魔物。動物だとか、植物の様に自然物に則った姿をしており、魔族の中でその数は最も多い。知能を有している者は大半だが、言語を話せる者は半分も居ない。

 

 二つ目は魔人だ。その名の通り、人のような見た目をしている魔族だ。人が魔人になったのか、魔物が進化して魔人となったのかは個体によって違うが、殆どが高い知能を持ち、人語を流調に話す。


 この二種類を纏めて魔族というのだ。そして魔王に関して言えば、一般的には魔人だと言われているが、実態は不明である。


 とまあ、話はそれたが魔物によってアトロの死が広められたとなると疑う余地は大きい。しかし、人間にそのような虚偽を広めるなんて魔族の中なら魔人しかないと思っていたが、まさか魔物だったとは。

 

「そうよ。テオールの町を占領してるグルブドって魔物が、初めてきた時に豪語してたわ。勇者とその仲間は、魔王様によって殺された。これからは、人間どもは我らに支配される時代だってね」


 レイラの口から放たれたのは、更に耳を疑うような内容だ。


 魔物が町を支配、魔族が人間を支配する時代だ、と。


 確かに勇者であるアトロが死ねば、そのような危機は訪れる可能性はあると思っていたが、実際に起きていたとは。


「町が魔物に支配されてる。そんな大変な事態に……今すぐ、救いに行かなきゃ」


 アトロはレイラの手を握って駆け出し、直ぐに町へと向かおうとする。


「え、ちょっとそんなに慌てないでよ。今アトロが行っても殺されるだけよ」


 しかし、レイラはアトロに抵抗する。その抵抗もアトロの身を思ってのことだろうが、アトロはその心配を振り払ってでも救わなくてはいけない命が沢山あるのだ。


「俺は殺されない。レイラたちが危険に脅かされてるんだっら、俺が救う。だって俺が勇者だから」


 アトロはレイラの手を握りながら、覚悟の眼差しをレイラに向ける。

 しかし、レイラはその眼差しにさらされた瞳を地へと伏せた。彼女の美しく輝いていた翡翠の瞳が、陰りを孕む。


「もう……勇者って言われても信じないのに。それに、アトロがもし勇者でも、グルブドには勝てないわよ」


 レイラのその「勝てない」という言葉は、彼女の沈んだ瞳とともにアトロの胸に深く沈んでいく。


「勝てないって、どうしてだ? 確かに俺は勇者には見えないかもしれない。だけど、少しくらい期待しても……」


「期待? そんなの、もう無いわ。だって今まで何人、いえ何十人の冒険者がグルブドを倒しに来たの。でも、みんなグルブドの前に呆気なく倒れたのよ。もう、誰が来たって期待なんてできないの」


 日光が雲に遮られ、レイラのその姿を陰が包む。

 レイラの美しく輝く金色の長髪も、その透き通るように綺麗な素肌も、彼女の心境と呼応するように陰に染まっていく。


「期待だけじゃないわ。私と話してて、おかしいと思うでしょ。どうして魔物に支配されてるのに、こんなに落ち着いているんだって。……もう、慣れちゃったの。魔物の仕打ちも、非道も、悪行も」


「……レイラ」


「それに外に出ても良いって言われて、こうして果実を拾えるだけの今に、満足してる自分がいるの。それ以外は、何も出来ないのに……もう、今のままでも良いって思えてきたの」


 そう言って、レイラは左手で持つ籠とその中に入った果実に目を向ける。

 小さくて、籠にはまだ余裕があるくらいしか入ってない果実だけが、彼女の日々に彩を与えるのか。

 

 いや違う。それだけではないはずだ。

 

 世界を見てきたアトロなら知っている。レイラを笑顔にする食べ物も、レイラに似合うはずの服も、レイラが喜ぶような都市も、レイラが幸せになれる世界はもっと広く、もっと色んなところにある。


「――っ、何が、そんな風にレイラを変えたんだ。教えてくれ。俺が、レイラを救うから!」


 覚悟の籠った言葉をアトロは発した。出会って半日もたっていないレイラだが、困っているのなら手を差し伸べる。救いを求めるならば、助けてあげられる。

 それはアトロにしかできない。アトロが、勇者だからだ。

 

 だが――、


「……無理よ。だって、私を変えたのは()()だもの。たった五年間、だけどこの五年が私を変えたの。期待しても、誰も救ってくれなかった五年間に、私は変えられたの」


 レイラのその言葉を届けた声は、困惑でも救いを求める声でもなかった。

 ただ単純に取り返しのつかないものに対する少しばかりの悲哀だけが、乗せられていた。

 そしてそれは、アトロにすら取り返すことのできない不動のものだ。

 

 時間という、絶対的な物には勇者であるアトロですら対抗はできない。いや、むしろアトロが勇者だからこそ生み出された不動の存在なのかもしれない。

 

 アトロが勇者だったからこそ、魔王を倒すことが出来ずに生まれてしまった五年という時間。

 そのように考えると、アトロの手には何とも言えない無力感だけが残った。


 だがそんな手を引いて、レイラは曇り切った表情でアトロを見つめる。


「そんな悔しそうな顔しないで。私は大丈夫だから。ほら、着いたわ。私たちの、テオールの町に」


 その言葉を最後にアトロとレイラは森を抜けた。

 そこに展開されるのは、地面が見えるくらいに抉れた跡がある街道と、傷だらけで薄汚れた家屋が立ち並ぶ、酷く静かな街であった。 

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