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第十六話 流れる光と溢れる想い

 剣を振るったアトロの手に残る感覚は、懐かしさだった。

 全身が悲鳴を上げ、倒せるか倒せないかのギリギリまでに追い込まれ、それでも仲間のおかげで勝利を収める。 

 そんな戦いの余韻が、剣を握るアトロの手には残っていた。


 昔からそうだった。勇者という強さをもってしても、一人の力には限界がある。

 何十人の強敵に囲まれたり、理性を失った巨大な敵だったり、いくつもの国を破壊した魔人だったり、一人では勝て無いと断言できる戦いはいくつもある。

 それでもこうして勝ち続けてこれたのは、仲間がいたからだ。

 誰かの言葉が、強くしてくれる。誰かの思いが、支えになる。誰かの助けが、好機につながる。


 だからこそ、アトロの手には懐かしさが残っていた。その手が求める温もりは温かく、それでいて何処か寂しいものだった。


「……あれ、ここは」


 目が覚めたアトロの視界には、夜空が広がっていた。

 輝く星々に囲まれるように、優しい光を放つ満月がこの町を照らしている。その景色には思わず息をするのも躊躇う程、見入ってしまう。

 

 そんな夜空を眺めながら、アトロはふと異変に気付く。

 アトロは今仰向けになっているが、後頭部を支える感触が不思議なモノであった。それは地面よりも柔らかく、それでいて生暖かいもので――、


「お疲れ様、アトロ」


 声がした。とてもやさしい声だ。

 その声の発せられたのは、アトロの頭上だった。

 ゆっくりと視線を上の方に送るとそこには、夜空の星にも、満月にも劣らない輝きを放つ金色の髪が流れていた。


「……レイラ」


 そう、この金髪も優しい声も、纏っているのはアトロが救うと約束した少女――レイラだ。

 アトロの真上にある逆さのレイラの顔と目が合うと、彼女は微笑んだ。


「そのまま休んでていいよ。アトロのおかげで、この町はもう平和になったから」


「そうか。じゃあ、このままぐっすりと眠っていたいな。なんか、すっごく心地いいんだ」

 

 そう言い残してアトロは再び目を閉じて、眠りへと沈んでいこうとした。しかし、その時にふと冷静になって今の瞬間を思い返した。

 仰向け、柔らかく生暖かい後頭部、頭上からの声と逆さのレイラの顔。それらを纏めて浮かんだ答えは――膝枕だ。


「――ッわ!」

 

 アトロは飛び起きるように上体を起こし、直ぐにレイラの正面に正座する。その間わずか一秒ほど。


「ご、ごめんレイラ。その、気づいていなくて……なんか、心地いいとか言っちゃったけど、そういうことじゃなくてって、いや実際には心地は良いんだけど……」


 激しい身振り手振りで、戸惑いながら弁明するアトロ。

 先程の発言はまるで下心丸出しのように捉えられるかもしれない。なんせ、膝枕をしてもらって心地いいからぐっすり眠りたいなど、アトロの勇者としての印象に影響を与えてしまう。

 

 でも心地よくないと言ってしまえば、レイラを傷つけてしまうかもと、アトロは必死に模範解答を紡ごうと口を動かすが――、


「うふふ、そんなに必死にならなくても言いたいことは伝わるわよ。それに、私がしたいからしてあげてたもの。遠慮しないで、ほら」


 予想とは異なったレイラの言葉に呆気にとられたアトロは、じっとレイラを見つめた。

 そしてそのまま、レイラの手に招き入れられるように、身体を動かして、お膝元へと帰還を果たす。

 

 やはり心地は良いが、さっきとは違って意識がはっきりとしていると思わず照れてしまう。

 何とかレイラにバレないようにと、視線を夜空へと移し、雑念を消すために夜空は綺麗だなと心の中で熱唱する。


「……すごく、かっこよかった。私を救ってくれるって約束してくれて、それで本当に救ってくれて。ありがとう、アトロ」


 頬を赤らめて発せられたその透き通るようなその声が、アトロの心にも浸透していく。


「……俺の方こそレイラに感謝したい。ありがとうな。最後にレイラがいたからこそ、俺は勝てたよ」

 

 最後、グルブドに吹き飛ばされた時に、レイラがアトロを支えてくれたのだ。あの時にレイラがいなかったら、どうなっていたか分からない。

 あれだけ威勢のいいことを言っておいて、約束を果たせなかったかもしれない。

 だからこそ、アトロはレイラに感謝しているのだ。最後に支えてくれたことを、そして心に力を与えてくれたことを。


「そう言ってくれて嬉しい。でも、だからって自分のことを責めないでね」


「別に、責めてないよ。今は……ただほっとしてる」


「嘘。アトロの顔見たらわかるわよ。自分のことを責めて、悪く思ってる。でしょ?」


 アトロがレイラに視線を向けると、レイラはアトロの心を見透かすように見つめ返す。その綺麗な翡翠色の瞳を見ると、アトロの心は素直な気持ちになる。

 だから一息、「はあ」とため息を吐いて口を開いた。


「……この街の人たちは、勇者としての俺を受け入れてくれた。でも、それでも俺は、この世界を五年間も放ったらかしにして、沢山の人を傷つけた。それは事実で、レイラやレオの心の傷もこの町の変わり果てた景観も、俺が五年前に救えなかったせいだ。いくらかっこいいこと言っても、いくら強くあろうとしても、疑問に思うんだ。仲間も世界も守れなかった俺が勇者で良かったのかな、って」


 それはアトロの本心だった。


 何とかやっていこうとしているが、アトロの心の整理は未だに完了していない。

 目の前のことに我武者羅の取り組んで、何とか意識の外へ追いやっていたことも、また帰ってきた。

 

 五年の取り返しのつかない時間が過ぎ、仲間が死んだこと。救わなくてはいけない人たちを、傷つけてしまったこと。

 立ち止まらないように、俯かないようにしているが、気を抜くと直ぐに後悔が蘇る。


 そんな自分が勇者で良かったのだろうか。アトロの心に、冷たない波がさざめいていた。


「……アトロ。目を閉じて」


 後悔に押しつぶされそうなアトロの心に、レイラの声が届く。


「レイラ?」


 アトロはレイラを見つめ返す。レイラの頬が紅潮し、それを見るアトロ自身も顔が暖かくなってくる。


「いいから、目を閉じてみて」


 黙って、その言葉にアトロは従う。

 何が起きるのか、何をされるのか。考えないようにする。

 だけど、勇者だとしてもアトロは男なのだから、思わず期待してしまう。レイラの吐息を間近で感じ、早まりつつあるレイラの鼓動も聞こえ始めた。


「ねえアトロ、聞こえる?」


「聞こえるよ。レイラの鼓動」


 アトロは少し恥ずかしながら、それでも勇気をもってそう答えた。

 アトロの鼓動が刻む音も次第に速くなってきた。


「え、私の鼓動?」


 しかし、そのレイラの返答は予想とは違う。その瞬間に、アトロは自分が盛大な間違いをしていることに直ぐに気づいて――、


「い、いや何でもない。冗談だよ、冗談。ははは……で、聞こえるって?」


 と、何とも情けなく全てを無かったことにした。ロマンチックな展開はどうやらアトロにはまだ早いらしい。


「もう、耳をすませば聞こえるでしょ。町の皆の喜ぶ声が」


 アトロは今度こそ、静かに遠くの音に注意を向ける。

 すると、確かに聞こえてきた。多くの人の高い声や低い声、枯れた声なんかも入り混じった、様々な騒がしく喜ぶ声が。


「聞こえたでしょ? みんな、アトロに感謝してるんだよ。私もレオも、皆がアトロに感謝してる。誰も、アトロを恨んでなんかいないわ。だって、私たちはアトロに救われたもの」

 

 レイラの言う通り、町の皆は今頃宴でも開き、思い思いの感謝を空に叫んでいるのだろう。

 そして彼らの眼差しが向いているのは、自分たちを救ってくれた勇者であるアトロだ。 


 しかしアトロもただ卑屈になって、自分の立場に嫌気がさしているわけではないのだ。

 実際に見て、実際に感じて、実際に思って、勇者である資格は本当にあるのか疑問に思っているのだ。この世界を救う資格は本当にあるのかと。

 

 責任を、負い目を感じているそのことをアトロはレイラに伝えようとする。


「で、でもそれは――」


「――それは、アトロにしかできないことだよ」


 アトロの言葉を遮ったレイラの思いが、空に舞う。

 ポツンと、放たれた言葉は周囲の音を消し去って、アトロの視界を埋め尽くす。


「私たちが救われたのは、勇者がグルブドを倒してくれたからじゃないわ。アトロが、私たちの心を温めて溶かしてくれたから、私たちは救われたの。私は他の誰でもなくなくて、アトロが勇者で、私たちを救ってくれて、すごい嬉しかった」


「……レイラ」


「私たちを救ってくれたアトロの姿は、本物の勇者だった。悔みたい思いもあると思うけど、一緒に前に進んで行こ。きっとアトロの仲間達も、そう言うと思うよ」


 レイラのその言葉でアトロは気づいた。そして、思い出した。

 かつての仲間が教えてくれたことを。その言葉を。


『――アトロなら、必ず世界を救える。俺はそう信じている。だから俺はお前に付いていくぜ』


 ガレンは最初の仲間で、冒険を始めた時から何度も助けてくれた。そして誰よりも勇者であるアトロを信じてくれた。


『私は、諦めたくないの。だから何度でも立ち向かうわ。あなたもそうでしょ、アトロ』

 

 オリバは二人目の仲間で、ガレンと一緒に仲間になってくれと何度も頼んだ。誰よりも頑固であったが、それでいてどんな時も決して諦めなかった。


『アトロさんが悪を切る剣なら、私はアトロさんを支える杖になりたいです。そして一緒に、世界を笑顔にしましょうね』


 フィオは三人目の仲間で、笑顔の絶えない誰よりも勇敢な少女だった。彼女はいつも世界を救って、人々を笑顔にできることを誇りに思っていた。


『この世界は闇に覆われている。だから俺はアトロ、お前たちとともにこの世界の一筋の希望になりたいんだ』


 カイは四人目の仲間で、いつも前を向く青年だった。そして彼はどんな絶望的な状況でも希望を抱き、この世界を照らしたいとそう言っていた。


「……そうだ、忘れてたよ俺は。信じて、諦めないで、笑顔で、希望をもって進む。それが勇者だって、お前らに教えて貰ったことを」


 アトロの心を覆っていた疑念が薄れていき、晴れ渡った。そしてその目には既に光が灯されている。


「……よし。俺はもう大丈夫だよ。ありがとなレイラ」


 アトロは膝枕されたまま、目線を上げて感謝の言葉を述べる。


「ううん。むしろ、さっきまで沈んでた私がこんな事言っちゃうのは、少し恥ずかしいくらい」


 レイラもまた、視線を落としてアトロに本心を伝える。


「いや、俺だってあれだけ信じてくれって言ってたのに、こんな所見せて申し訳ないよ」


 そう、話し合って二人は笑いあう。弱いところを見せあって、強くあればいいのだとそう確かめるように。

 

 この世界はまだ闇に覆われている。だから誰かが光を灯して、闇を晴らさないといけない。それは他の誰かがやるのではない。

 アトロがやるのだ。アトロにしかできないのだ。アトロが勇者なのだから。 

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