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第十五話 解放

 アトロがグルブドと戦闘している最中、テオールの町の住人たちは皆集まっていた。

 彼らは手に農具や、木の棒など武器になりそうなものを所持しており、ただ静かにグルブドの城を眺めていた。


「勇者殿、どうか私たちを救ってください」


 先程から、激しい戦いの音がここまで聞こえてきていた。

 そのたびに背筋が凍るような恐怖がフラッシュバックするが、彼らは決して目を背けることはしなかった。

 

 彼らもまた約束し、託したのだ。


 勇者であるアトロに、自分たちの運命を。


「――!!」


 その時、今日一番の轟音が響き渡った。

 金属同士がぶつかり合い、大気を震わせるような圧と音がここまで届いた。


「な、なんだよ。今のは」

「まさか、勇者様が」

「んなわけ、ねえだろ! 絶対に、グルブドなんかには負けねえ……はずだ」


 住人たちに不安が漂い始めた。

 彼らはグルブドの恐怖を身をもって知っている。いくら勇者とはいえ、万が一があるかもしれないと皆の手が震え始めた。

 

 彼らは先程まではレイラとともに、グルブドの配下の魔物たちと戦っていたのだ。

 彼らはアトロとレイラのやり取りを家から眺め、その決意に胸を打たれた。

 そして何かしようとレイラの元へ行き、彼女の先導を頼りにしてグルブドの城へ向かいながら魔物を狩っていたのだ。

 

 そしてレイラを無事に送り届けて、現在に至る。

 

 レイラといた時は心強く、住人たちは皆何でもできる気がした。

 でも今は、何もできない無力感におおわれ、夜風が吹くたびに心に不安の波紋が広がりだす。

 思わず決意が崩れだし、目をそらしそうになる。


 しかし、その中で一人だけは真っすぐな眼差しを激戦を繰り広げているであろうアトロに向けていた。


「――アトロは必ず勝つ。そして僕たちを救ってくれるよ」


 それはグルブドの城から無事に帰還したレオの声だった。

 その言葉がまたしても、住人たちの胸を打った。


 何もできないわけではない。無力なわけでもない。自分たちが今、やるべきことはただ一つだ。


「――がんばれ! がんばれ勇者!」

「グルブドを倒せ! 負けるな!」

「絶対に、勝ってくれ! 負けんじゃねえぞ勇者!」


 住人たちが一斉に声を上げ始める。その声は遠く離れたアトロにもきっと届くだろう。

 そして必ず、その思いは届くはずだ。


「――!!!」


 再び、轟音が響いた。

 それも先程よりも大きな音だ。住人たちは思わず口を閉じた。だがそれは、不安や恐怖からではない。


「……おい、あれ見ろ!」


 その声の指し示す先は、グルブドの城の天井だ。

 皆がその方向に目を向けると、なんとその部分が崩壊している。

 そして内側から、何か巨大なモノが飛び出してきた。


 月明かりに照らされるその巨大なモノは灰色だった。

 

 巨大で、口からは牙が飛び出し、大木のように太い四肢の先には鋭い爪が生えている。それらで構成されたこの魔物が、白目をむいて空に現れたのだ。


 グルブド。


 この町を支配していた悪しき魔物の名前だ。

 グルブドは月夜にその姿を現し、そしてそのまま彼の城を崩壊させながら、地へと沈んでいった。


 全長二十メートルを超えるであろうその巨体に、全てを壊された。

 その獰猛な牙を恐れ、何度も苦しめられた。

 その凶悪な爪で、大切な者を奪われた。

 あの城を見るたびに、心が傷ついた。


 いつか終わると思っていた恐怖は、決して終わることは今までなかった。

 

 何十人という冒険者たちが、勇敢にもグルブドを倒しにあの城へと向かっていった。しかし、帰ってくるものは誰一人としていなかった。

 

 グルブドは毎週のように、この町から女性を連れて行っていた。

 そしていたぶり、傷つけ、苦しめていた。

 一週間たてば必ず帰ってくるものの、その命は保証されてはいなかった。

 毎日毎日、女性たちはいつ自分の番が来るのかを恐怖し、

その家族たちも朝を迎えるのが怖かった。


 自分の身内以外が選ばれたことに安堵してしまったこともあった。

 そのたびに自分が嫌いになっていた。

 中には身内の身を守るために、頼りない武器でグルブドへ挑む者がいたが、皆目の前で投げ飛ばされた。


 彼らには祈ることしかできなかった。迫りくる絶対的な恐怖が、自分に触れないことを。


 でも、もうこの恐怖はやってこないのだ。


 ずっと、ずっと期待していた儚い想いが、今この瞬間に果たされたのだ。

 その事実を理解したとき、住人たちの目には涙が浮かんでいた。


「……うぉぉぉぉおおおお!」

「ありがとう……勇者! 本当に、ありがとう」

「救われたんだ! 俺たちは、グルブドから救われたんだ!」


 皆が思い思いの言葉を空に向かって叫んでいる。その言葉には彼らの長く苦しい五年の思いが込められていた。

 

 どれだけ祈っても、誰も救ってくれなかった。

 どれだけ嫌になっても、明日は訪れるのだ。

 どれだけ泣いても、誰も慰めてくれなかった。


 そんな各々の苦しみが、ようやく解き放たれたのだ。

 

 その喜びを表現しようとするが、皆笑顔がうまく作れない。声を上げれば直ぐに喉がかれる。皆、喜びを表現するのに慣れていないようだ。


 だけど、それでもいいのだ。


 五年という苦しみを過ぎて、ようやく迎えられた幸福は、そう簡単には崩れない。

 

 だから、ゆっくりと時間をかけてこの気持ちを表現すればいいのだ。

 そしていつか本当の意味で世界が平和になったとき、精一杯の感謝と喜びを心の底から表現できるように。 

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