第十話 覚悟
レイラとアトロが月明かりの元で会話し終わる少し前、グルブドとレオはようやくこのテオールの街の中心部に位置するグルブドの城に到着した。
「よし、ここが俺の城だ。入れ」
グルブドが入り口だと思われる巨大な扉を開けた。自分の城というだけあって、全長は二十メートルはあろうグルブドが丁度入れるくらいの大きな扉だ。
上からのグルブドの睨みつける視線に背中を押されるように、レオは歪なこの石造りの建物へと入る。
「どうだ、凄いだろ。とても広い空間だ。この空間全てが俺のために作られているのだ。そして今まで俺は遊び道具の女以外はこの城に人間を招待したことは無い。感謝するんだな」
レオが初めて見たグルブドの城の中の感想は、「何もない」だ。
実際には、グルブド専用であろう巨大な椅子が端の方に置かれている。しかしそれだけであった。
それ以外は本当にただ何もない、石で囲まれただだっ広い空間が広がっているだけなのだ。
それなのにグルブドは満足げな顔をしている。まるでおもちゃを与えられた子供のような、ただ純粋に満たされている顔だ。
しかし、逆にグルブドのこの雰囲気がレオには恐ろしいものだと感じられた。
「ぼ、僕をこれからどうするんだ。殺すのか?」
レオは家を飛び出した際のグルブドの怒りの声を気に留めていた。回復魔法を使って傷ついた女性を治されたことに対して今までにはない程、激怒していたのだ。
その怒りの矛先は姉であるレイラに向けられていることは明白だったが、グルブドはその正体を知っていないようだった。
だから出たのだ。あの場で名乗りを上げることは、殺されてもおかしくはないことだ。
だが、
「……そうビビるな。ここに来る途中に言っただろ。回復魔法を使える奴は利用できる。お前はあの町にいるゴミ共とは違って価値があるのだ。だからこれからは一生、この城で俺らのために働け。どうだ悪くないだろ?」
グルブドの返答は怒りとは程遠いものであった。どうやらレオに利用価値を見出しているようだった。
しかし、レオはグルブドの提案には決して頷かない。いや、頷けないのだ。
何故ならレオが使えるのは、父に教えてもらった戦闘向きの魔法だけだったからだ。
回復魔法などは勿論、使えるはずがない。だが幸運なことにそのことに関してはグルブドは疑う様子は見せておらず、ここまでやり過ごすことが出来ている。
そして何より頷かないのは、グルブドの提案は「逃げること」だからだ。
確かにグルブドの提案は最低限の命は保証されるものだ。しかしそれしかメリットはない。
今まで家族を、町の住人たちを傷つけ苦しませた元凶に手をかすなど絶対にしたくはない。町の人たちが苦しんでいるのに、自分だけが安全地帯から眺めるなど絶対にできない。
そして、今までグルブドの支配に抗ってきた人たちの命を無駄にしてそんな風に逃げることは、もうやめると誓ったのだ。
レオには守るべき大切なものがあるから、だ。
アトロに教えてもらったのだ。誰かを守りたいと思ったときに人は強くなれると。レオにとってのその時が今だった。
「……嫌だね。僕はお前のために働くつもりはない。お前のために魔法を使うなんて、死んでも断る」
「ああ? そんな震えながら威勢のいいことを言うな小僧。お前が否定しようが、お前はこれから一生俺たちのために働くのだ」
言い終わるのと同時に、グルブドは自分の肩に担いでいた巨大な棘付き棍棒を地面に突き立てた。
石造りの床が粉砕し、粉塵が舞う。その行動だけでも十分に圧力がある。
しかし、レオは目をそらさずにグルブドを睨み返す。
「無理だよ。僕は絶対にお前らのためになるようなことなんてしない。それに、今日でお前の支配も終わる。グルブド、お前はもうすぐ倒されるんだ」
「倒される? この俺様が? 一体誰に倒されるんだ?」
その問いに、今のレオは迷い無く答えることが出来る。
かつては憎み、恨んでいた。だけどその負の感情も、願いも全て受け入れてくれたのだ。
そして約束したのだ。必ず救ってくれると。だから曇りなき瞳で、レンは声を発した。
「――勇者だ。勇者がこの町に来ているんだ。そしてお前を倒しに来るぞ」