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2.體さがし

妖を討った後、義明はまず、妖の贄とされていた女のところへ向かった。


女の名前は梅といい、梅の季節に生まれたため、梅と名付けられたそうな。村役人が我が身可愛さに妖にささげようとしただけはあり、大層美しく、妖に贄にされそうという悲しき宿業を背負った悲壮感が相まって、散り行くサクラのごとき御方であった。


しかし、妖は義明によって討たれた。彼女は悲嘆にくれることはどこにもなくなり、散り行く美しさなどというこざかしい歌人が奇をてらおうとした逆ばりの美しさではない、咲き誇るような真なる美しさを見せてくれるであろうと期待していた。


(女性とは幸せなる姿こそ真の美しさである。速くその幸せを分かち合いたいものだ)


実際見せてくれた。


「梅、俺と結婚してくれ」


そう言っていたのは、妖を討つ協力をしてくれた村人の一人であった。


「はい」


幸せを分かち合うことはかなわなかったが。


曰く、あの男、彼女が生贄になると聞いて真っ先に妖を討ちに行くと弓を持ってかの泉に突撃しようとして、牢に入れられ、義明の手伝いができる若者ということで牢を出されたそうだ。


曰く、幼馴染で思い合っていたそうな。


義明はむなしい気持ちになって、懐紙を取り出し、歌を詠む。


花蕾この地で咲かず散るならば異なる天地で咲くをのぞまん


歌を詠んでも心晴れることなく、やり場のない気持ちをどうしようかと悩んでいると、気が付けばかの令の蛇になったり人になったり忙しい女をかくまっている宿に来ていた。


(恋というのは必ず結ばれるものではない。新たな縁を、縁を……)


後ろ髪を惹かれながら女の容態を見ようと宿に入る。


村役人たちは女を沈めてきた女たちの魂が一つになった姿であると、大層怯えて今にも女の首を掻っ切ろうとしたが、義明の説得によって思いとどまった。


最も、村人を襲えば義明が祓うという約束ではある。


最も、生首を漬物にされても猶生きている化生の類であり、義明自身殺せるかは大層怪しいが。


宿の部屋に行くと、女はすでに目を覚ましていて、布団から身体を起こし、蝋燭の灯をじっと見ていた。


明かりに照らされた女は、遊女のようで、着せられている服は村の女から借りた安い麻の服であったが、それでもなお、隠しきれない妖艶さであった。


明かりを見つめるひとみは悟りを開いたかのようであった。


(おそらく、その目は私のような常人には及びつかないものを見ているに違いない。この方の眼がなにを見ているのか…)


そう思うと、義明の心は先ほどまで、村の娘に入れ込んでいたことなど忘れてこの女にのめりこんでいった。


「起きていらっしゃいましたか?」


女は義明に気づいて、言うには、


「私は…」


「お名前やどこから来たかなど、知っていることを話してください」


「名前は…せいらん。出雲の国で巫女をしていたはずでございます」


「出雲の国ですか。ここは美濃の国でございますが」


「ああ、では随分遠くに捨てられたものですね」


「捨てられた、とは」


「私はとある目的をもって旅をしておりましたが、道中、敵に打ち取られ、身体をバラバラにされ、このあたりに封印されました。その際、魂も分散させたので、覚えていることは僅かで御座います目的も大事なものであったはずですが、霞がかって覚えておりません」


「この集落とは?」


「縁もゆかりもございません」


義明は安堵に胸をなでおろした。これで彼女を討つ理由はなくなったからである。


「私を殺さないのですか?」


しかし、その心を見られたようにそう言われ、義明は胸が締め付けられる思いであった。


「私は人にあだなす妖のみを討ちます。貴方は不気味ではありますが、人にあだなすとは思えません」


「不気味、ですか。随分正直ですね」


「これは申し訳ない。女性に不気味などいうべきではございませんでした」


「よいのです。首の状態で漬物にされ、蛇になっては人になる女など、どんな妖よりも不気味に見えるでしょう」


せいらんの表情には変化は読み取れなかったが、その瞳の奥にはあきらめがあり、義明はいたたまれない気持ちになった。


「恐怖というものは、無知より出でるものに御座います。私が貴方を不気味と思うことも、村の者が不気味に思うことも、あなたを知らないからでございます。私は貴方をもっと知りたい。もっと語らいましょう」


その言葉に対し、せいらんはフフ、と噴き出すように表情を緩めた。


「先ほど起きたばかりの女に夜這いですか?」


義明は最初言われていることの意味が分からず、自分のいった言葉を反芻し、紅葉のごとく顔を赤くし、撤回する。


「いえ、そのような気はございません。決して、決して」


恥ずかしさがこみあげてくると同時に、彼女の表情が緩んだことに義明は幸せを感じた。


「随分とお優しいのですね。化生のごときいやしき女にまで気を遣ってくださるなんて」


「いえ、そんな…優しいなんて…」


「静かに」


唐突にせいらんは義明の唇に人差し指を当てた。


さきほどの穏やかな雰囲気とは変わって少し張り詰めた表情、唇に伝わる指のぬくもりに、義明はまた心がみだされる。


(はう、はうあああ…⁉、ハアハア…この指を舐めまわし…いかん、そのようなはしたない…)


そして、乱された心はすぐに現実に引き戻されることとなった。


突如として襖を破り男数人が襲ってきた。


男たちは、刀をもって雄々しく叫びながら、その凶刃をせいらんに向かい振り下ろさんとしていた。


しかし、せいらんは勢いよく立ち上がり、凶刃をいなす。


刀をいなしたかと思うと、次の瞬間には男たちは鳩尾に拳を打ち込まれる、足を払われるなどして地に伏し、そのことごとくが意識を奪われた。


怒りと恐怖に震える男たちを赤子のようにいなし、地に伏した男たちを踏みつけにして立っている姿は、義明がいままで対峙したどのような妖よりもそこが知れないものであった。


(この方は、化生などという低俗なものではない。天女や仏の生まれ変わりであろうか…?であるならば、この方をもっと知りたいと思わずにいられようか。私は…)


先ほどの喧騒が嘘のように静かになり、手を握っては開くを繰り返しながら彼女は言う。


「あれの肉のせいか、思った以上に体の調子がいいし、これ以上、この村には留まる必要はないね」


「なにをなさったのですか?」


考えにふけっていた義明は、その言葉に疑問を挟むことしかできなかった。


「気絶させただけだよ。どうやら彼らは君が私という女狐にほだされたと考え、湖の女の怨霊と思われる私を討とうとしたのかな?」


無知からとはいえ、このような蛮行に及んだ村人への憤りを覚えかけた義明であったが、すぐに考えを改めた。


「貴方は、どうなさるのですか?」


「村を出て、首のように封印されている身体を探します。おそらくそれで記憶も戻ることでしょう。わたしとの縁は悪縁でございます。どうか私のことは忘れてください」


「お待ちください。その艱難辛苦の旅、どうかこの義明もお供させてください」


「……ついてくるおつもりですか?」


意外という風に言うせいらんに対し、義明は従者のように首を垂れて頼み込む。


「私は陰陽師として修業中の身でございます。貴方様が用いる法術は私の理解からかけ離れた類の力でございます。であれば、それを理解したいと思うのは道理。貴方様の忠犬となり、矛となり、盾となりましょうぞ」


修行中などとはいったが、実際のところ、美しい女に随伴されたいという願望であり、義明の本音は後半である。


「面を上げなさい」


せいらんの言葉は他人行儀のものから姫が従者に命令するような口調に変わる。


命令に快感を覚えながら、義明は言われるがままにすると、せいらんの両の掌は彼の頭を挟んで持ちあげ、鼻先がぶつかるほど近くなる。


目と目が見つめ合う中で、義明は明確に感じる。覚悟を見られているのだと。


「つかえない犬、しつけに泣き言をいう犬、主人の手を噛む犬は捨てる」


「道理に御座います。どうぞ存分に首輪をしてこの身に貴方の法術をしつけてくださいまし」


「いい子」


そういうと、彼女は義明の顔から手を離した。


「ではいきましょうか」


義明は犬のごとく返事をした後、呪符から鳥の式神を作り、屋根も彼女を殺そうと包囲した村人も関係なく、二人は三日月の空に高く舞い上がる。


後に記した歌には、こうあった。


三日月夜きみの手綱で飛び立つは飼われる犬と犬の飼う鷹









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