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気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!  作者: 味噌村 幸太郎
第三十四章 Wヒロイン

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蘇らない記憶


 つい先ほどコミカライズ版を全てお買い上げしたくせに、また戻って来てラノベ版を全部買ってしまったアンナ。

 一体、何がしたいんだ?

 そんなにまで、俺のサインを独占したいのだろうか。

 わからん。


「タクト。もう小説は全部売れたのよね?」

 不服そうに財布をしまう彼女。

「ああ、お前のおかげで完売だ。今日の仕事はこれで終わりだな」

「そう……なら、この後付き合ってもらえないかしら? 話したいことがあるのだけど」

 と頬を赤らめる。

「構わんが」

「じゃあ、カナルシティの裏にある“博多川”で待ってるから……」

 そう言って足早に去っていく。

 もちろん、大量の小説が入った紙袋を両手に持って。


 なんか、様子がおかしいな。アンナのやつ。

 まるで人が変わったようだ。

 喋り方もえらく上品だし、いつものように積極的なアピールもない。

 どちらかと言うと、ツンツン系な女の子の設定だ。

 うーん……これも小説のためにと考えたヒロインの一人か?


  ※


「あぁ~ すっげぇのが出ましたよ、DOセンセイ。尻から火が吹いちゃうぐらいのが♪ おかげでスッキリしたんですけどねぇ」

 びしょ濡れになったハンカチを持って、ステージに戻ってきた白金。

 誰がそんな汚い表現をしろと言った。

 仮にもお前は女だろ。

「白金……いちいち、お手洗いで何が起きたか言わなくていい」

「え? 男の子ってこういうの好きなんでしょ? スカ●ロでしたっけ」

 俺はあいにく、そんな性癖はないし、あったとしても、お前のは聞きたくない。

「そんな話はやめてくれ……」

「そうですか。ていうか、私がいない間に全部売り切れじゃないですか!? すごい! 大勢のファンの人が買いに来たんですか!?」

「いや……たった一人の客だけだ」

 正確には、二人か? 多重人格ヒロインだからな。

「ひょえ~! DOセンセイには、やはりコアなファンの方がいるんですね! この調子で“気にヤン”を流行らせましょう!」

 流行らないだろう……だって、60冊を一人が独占しただけじゃん。



 その後、俺はようやくサイン会から解放された。

 白金は後片付けがあるから、カナルシティに残るらしい。

「DOセンセイ、今日はお疲れ様でした! また編集部でお会いしましょうね~」

「ああ。じゃあな」

 そう言って背を向けると、後ろから声をかけられる。

「しっかり休養取ってくださいねぇ~ 私もこのあとイッシーとチゲ鍋食べに行くんですよ。ハイボール飲み放題付きで♪」

 こいつ。そんな不摂生ばかりしてるから、腹を壊すんだろ。


 俺はとりあえず、カナルシティを裏口から出て、博多川を目指した。

 もう既に空は、オレンジ色に染まりつつある。

 そう言えば……アンナと例の“契約”を交わしたのもこんな時間だったな。

 あれから、もう半年近く経ったか。

 色々なことがあったな。

 良いことも、悪いことも……。


 数々の取材を思い出しながら、交差点を渡り、階段を昇る。

 河辺には何人かのカップルが肩を並べて座っていた。

 目の前がラブホ街だから、このあとイッちゃうのだろうか。


「タクト……懐かしいわね。約束の場所だもの」

 ベンチに座る一人の少女が、俺に気がついたようで、声をかけてきた。

 背はこちらに向けたまま、顔だけ振り向く。

「ああ、覚えているさ。お前とここで契約したんだものな」

 俺も彼女の隣りに座り込む。

「ええ。早いものね。10年前の出来事だと言うのに……昨日のように思い出すわ。あなたとの契りを」

「そうそう。お前が急に取材のために……って、10年前ぇ!?」

 俺って今、異世界とかに転移してないよね。

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