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あいつの家  作者: フランシスコ家光
井上の家(うち)
4/9

衝撃の一日目

 予告していたよりも、少し遅くなってしまいました。まあよくあることです、とは言いたくない…。

 扉を凝視する岩兎と、その岩兎を睨みつける回向と、歯軋りする岩兎を見つめる佳乃子。岩兎が扉に向かおうとして、回向が、ダンッ、と床を踏む、怯えて後ずさる岩兎を嬉しそうに佳乃子が見つめる、という騒ぎが、計三十回ほど繰り返された。

 やがて岩兎は諦め、大人しく床に座ることにした。まさしく、恐怖による支配である。もう脱走することは諦めたが、それでもなお扉を見つめる岩兎に、回向が詰め寄った。

「あなたね…!せっかく出てきたんだから、諦めてもっと楽しむとかできないの⁉︎見なさいよ、この状況!部屋に、女の子が、二人!男はあなたひとり。こんなこと、まずないわ!いい?この状況を楽しみなさい!」

 もともと気が強い回向だが、この段になってもまだうじうじと逃げ腰な岩兎を前にして、かなり豹変している。

 隣では佳乃子が、仰天した様子で回向を見ているが、当の回向は、自分がいかに犯罪を助長する発言をしているのかを理解していない。


 メモ帳を取り出して、岩兎は思考を開始した。

『なんだこの迫力と意味不明な説得は。でも確かに、せっかくこんなことになってしまったんだし、楽しんでおいた方がいくらかマシか』

「…そうだね。確かに、美少女二人と部屋の中でさあ遊びましょうなんて、考えてみれば夢みたいな話じゃないか。こんな状況、望んだってなれるものじゃない。目一杯楽しまないとね!」

 完全に妥協の末の決断だったが、岩兎は回向の言葉を認め、そして開き直った。

 だが、この発言こそ、回向の問題発言をしのぐ爆弾発言だった。美少女と呼ばれた招待者(ホスト)二人は突然の言葉に思考が固まり、結果、某スタンドの力のごとく、井上佳乃子の部屋は、全ての時が凍りついた。


 もちろん、それは女子の側からの視点であって、岩兎の時はきちんと動いたままだ。今も岩兎の視界には、カタカタと震える回向と、完全に静止した佳乃子が映っている。

 しばらくして、現実を消化した回向たちは、そろって顔を真っ赤にした。

「な、え、うぇ⁉︎天野、君…?美少女って…ええぇ⁉︎」

 訳ありな方(佳乃子)は、今にも卒倒しそうな勢いである。

 一方、回向は惚けていた。美少女などとは、いつも誰からも言われてきたことだ。それなのに、どうしてか今回だけ、こんなにも浮ついた気持ちになっている。

 度々、回向は自分にとって、岩兎が何なのかわからなくなる。岩兎の言動に一喜一憂してしまうのだ。

 明らかではあるがどうしても、惚れている、とは認めたくない。自分の理想の人は、自分をリードしてくれる、強くてたくましい人なのだから。何より、惚れる要因が見当たらない。

「(まさか…)」

 刹那、回向の脳裏に、二度目に天野家に乗り込んだ日の記憶が蘇る。

「(確かあの時、扉が開いたはずみで押し倒されて──)」

 いやいやいや、と何度も首を振って考えを吹き飛ばす。そんなこと、余計に認めるわけにいかない。もしそうなら、ちょろすぎるではないか。しかも、よりによってこんな男と、である。ドラマチックさのかけらもない。それに、その程度で惚れるなんて、ちょろすぎる。

「(あれ…?)」

 思考がずれてしまっている気がして、回向は考えを初めに戻そうとした。


「ねぇ、大丈夫?」

「なに⁉︎」

 ビクン!と、十センチ近く飛び跳ねながら、回向は叫んだ。

 岩兎はただ、挙動不審な回向を気遣って声をかけただけで、こんな反応は予想外である。

『どうしたんだろう。さっきから二人とも様子が変だ』

 元凶だけが、この混乱に取り残されていた。



 しばらく時が経った後、回向と佳乃子が復活し、ほっと胸を撫で下ろした岩兎であったが。

 さらに後、なんとも言えない感覚に襲われていた。

『簡単すぎる。このゲームでは絶対に負ける気がしない。でも、手加減したらいいかと言うとそうでもない。彼女たちは真剣そのものだ。それに俺が手加減しても、すぐに気付かれるに違いない。しかしこのままでは空気が悪くなる。どうしたものか』

 さらさらと思考過程をメモしながら、岩兎は頭を抱えた。むしろ、鷲掴んでいた。

 回向の発案に佳乃子が乗る形で、なぜか始まった神経衰弱。女子二人の神経はみるみるうちに衰弱していっている。

 見たものを忘れることができない岩兎は、むしろ覚えすぎで目眩がしたが、すでにトランプの微妙な曲がり具合さえも憶えてしまい、神経の衰弱とは無縁の状態だった。もはや憶えることなどない。負けて悔しがる回向と、ちょっぴり泣きそうな佳乃子の表情だけが、どんどんと岩兎の脳内に蓄積されていく。

 二人と岩兎の差は、回数を重ねるごとに増えていく。疲弊(ひへい)していく二人と、より一層詳しくカードを憶える岩兎。それを見れば当たり前である。

『そろそろまずいな。このまま続けていても誰も楽しくない。なんとかしないと。だけど今アクションを起こすと面倒なことになりかねないな。負けない理由なんて訊かれた日には』

「天野くん。あなた、なんでそんなに強いの?なにか秘策でもあるのかしら?」

『来た!来ちゃった!書いたそばから!あー、どうしよう』

 岩兎の不安は的中し、凄まじい威圧感を放ち、歯軋りしながら回向が詰め寄ってきた。口調は柔らかいが、その迫力は、他人の感情に鈍感な岩兎でも、軽くすくみあがるほどである。

「ひぃ!いや、秘策とか、そんなものは──」

「ないわけないでしょうっ!なんで一発でペア当てられるのよ!カードに何か細工したの⁉︎」

「するか!オレはただ」

 勢いで、岩兎は自分の《病気》について話しそうになった。すんでのところで思いとどまったが、もし話していたら、どうなっていたかわからない。

 目に見えて急速に暗い顔になる岩兎を見て、事情を察した佳乃子は、“記憶力”とは関係のない遊びを提案した。

「じゃあ!これなんてどうかな?…『人生ゲーム』!」

 某青ダヌキのような声を出し、佳乃子は人生ゲームの箱を高々と掲げた。声は先先代の声真似である。

 かくして、長い長い、人生ゲーム大会が幕を開けた。



 〈独身貴族王への道〉

「なんだ、この失敗する人生を歩ませる気満々の名前は」

「そもそも独身貴族って、望んでなるものだったっけ?」

 岩兎と回向は、人生ゲームの箱を見ただけで、げっそりとした顔になった。タイトルはもちろんのこと、描かれている劇画調のイラストが、それはもうどうしようもなくちっさいのだ。

『中年の男と女が、それぞれのアパートかマンションの部屋で腕組んで高笑いって、悲しすぎる…』

 ただ一人を除いて一同がげんなりする中、箱の中身が展開された。

「シートがひぃ、ふぅ、みぃ、四…枚…?」

 数えながら回向は、そもそも人生ゲームのシートって、数えるものだっけ?と疑問を抱き、数え終えるとその疑問は驚愕に変わった。

「駒の…イラストが…あぁっ。それに、なんでいろんな絵が劇画調なんだよ。より一層かなしくなるじゃんか」

 駒を手に持ってみた岩兎だが、そのイラストの破壊力に当てられて、駒を取り落としてしまう。それに描かれていたのは、表面は希望に満ち溢れた劇画調の男女。裏面は、パッケージに描かれていた男女と同じような、何かを振り切ったような独特な表情の男女の顔だった。

「むしろ、そのイラストだから、この人生ゲームが面白いんじゃないかしら?」

 引きつった表情で話す回向の手元には、しつこいくらいの劇画調で描かれた街並みと、素敵な事ばかりが記されたマスの数々がプリントされたシート。マスには、それぞれの出来事がわかりすぎるほどよくわかる劇画調のイラストが描かれている。

 回向と岩兎は、これから起こる事に胸を踊らせながら、死んだ目で笑い合っていた。二人のライフはもうゼロだ。

 ちなみに、札やサイコロは普通で、マニュアルも、とても分厚いことを除けば普通だった。


「あのね、二人とも。これは、ただの『独身』じゃなくて、『独身()()』であることに意味があるんだよ。かっこいいよねっ!」

 佳乃子が勝手に解説を始める。

 岩兎が、彼らを「かっこいい」と思える日は、一生来ないだろう。ただ、この解説に佳乃子なりの何か、メッセージのようなものが隠されているのではないか。岩兎がそう思えるようになるのは、そう遠い未来ではない。

「これ、ざっと遊び方読んだけど、かなり長期間のプレイが想定されてるわよ。なんか、中断の方法とか書いてあるし」

 その言葉を聞いた瞬間、岩兎は本日はじめての、“情報酔い”以外での頭痛を起こした。


「じゃあ、じゃんけんで順番を決めて…スタート!」

 そして、長い長い、悲惨なゲームが始まった。


 感覚は、次回とセットです。

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