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あいつの家  作者: フランシスコ家光
天野の家(うち)
2/9

妹の頼みごと

 なんでこうなってしまうのか…。今回もシリアス多めです。

 衝撃的なマウントポジションから少し後のこと。岩兎(いわと)回向(えこう)は、天野家の居間で隣り合って座っていた。そして、その向かいには事実上天野家を取り仕切る、岩兎の妹、天野せせらが座っている。

「それで?弁明を聞こうか、お兄ちゃん」

 どう見ても岩兎が回向を押し倒した状態で、しかもキスのような姿勢で硬直していた二人を、音に驚いて駆けつけたせせらが発見したのだ。

「大丈夫だ、君が心配してるような事は何もない。事故だから。せせらちゃん顔怖い」

『やっぱり外部の人がいると駄目か。せせらちゃんをどうやって説得するか。回向さんはとっても可愛いし、そういうことができる仲になれたら嬉しいとは思う。だけどこんな不良品相手じゃ嫌だろうし、何より俺たちはそんなに親密な間柄じゃない。その旨を説明すればなんとか』

 岩兎は言いながらメモ帳を開き、以上の文を書き込むが、それは途中で中断させられた。


「まあ流石にないよね。お兄ちゃんだもん。私以外と普通に会話とか、できないもんね」

 岩兎がメモ帳に書きこむ姿を見てせせらは言った。その顔は、回向の目には泣いているように映った。過去、岩兎に何かがあったのだろうか?回向は詮索しようかと考えたが、ふたりの間に流れる空気から、それを断念した。



 天野家において、積極的に岩兎と関わろうとする者は、せせらを除いては誰一人としていなかった。そう、せせらだけだった。

 岩兎の一つ下の妹であるせせらにとって、兄は誰よりも自分に近い存在だった。つらい時は相談に乗ってくれて、宿題もわかりやすく教えてくれる。自分が、どんなに些細な異常を見せても、すぐに気づいてくれて、話したことは、なんでも憶えていてくれる。

 岩兎は、友達を失った日も、クラスで孤立した日も、親に変な目で見られるようになった日も、泣きたくなった日も、悔しくてたまらない日も、もどかしさに悶えた日も、絶対に妹にはそんな姿をみせなかった。妹に格好をつけたかったのもあるだろう。しかし、人一倍ひとに気をつかう妹に、心配をかけたくなかったというのが、最も大きな理由だ。

 いつも笑顔で、優しくて、一緒に遊んでくれるお兄ちゃん。それが、急に変わってしまったのは、せせらが小学六年生になったくらいの頃だ。

 兄は、岩兎は、急に笑わなくなったのである。新学期が始まってすぐ、岩兎は中学校に入学してすぐのことである。

 四月の半ばごろ、岩兎は、帰ってきてからせせらに何も声をかけずに寝室へ向かった。両親はやはり、我関せずといった様子で、何も言わなかった。

 そして翌日の土曜日。朝になっても岩兎は部屋を出てこなかった。心配に思ったせせらが様子を見にいくと、そこには、椅子に座って惚ける兄がいた。


 それからせせらは、小さい頃にしてもらったように、兄の話を聞き、兄のためにできる事を探した。

 ──それでも、現在まで岩兎が心を開いた相手はせせらだけだった。



 妹があっさりと引き下がったので、岩兎は不意を突かれたよくな顔になった。自分の何に納得したのか?再度メモ帳を取り出すのも面倒なので、岩兎はその少ない一時記憶から、この疑問を放り出した。

 岩兎にとって忌むべき記憶である過去の記憶に、彼はがっちりと鍵をかけた。妹に依存するのも、いったい何故か、などとは考えないし思い出せない。そも、メモ帳に書かなければ、考えることすらできないのだ。


 兄は、自分がメモ帳を使っているということに気づいていない。気づいていたとしても気に留めていない。二人でいる時は、メモ帳を取り出すことなどないのに。

 せせらにとって、兄が自分にだけ、心を許してくれるのは大変に嬉しいことだ。ずっとこのまま、兄の世界にはせせらしかいない、この状態を続けていたい。

「(でも、もう潮時なのかな)」

 兄には、きちんと立ち直ってほしい。そう思う気持ちはある。それでも、現状のままがいいというせせらの気持ちが、岩兎をずっと妹に依存させ続けているのだとしたら。

 自分には無理だ。はっきりとそう思った。むしろ、自分は兄と関わらないようにした方がいいのではないかとすら感じた。目の前の女性ならば、兄を外界へと連れ出せる。そう直感した。

 それは、どうしようもなく無責任な話だが、せせらは自分が兄を立ち直らせるのはどんなにしても不可能だと感じている。

 お兄ちゃんと一緒にいたい、お兄ちゃんを独り占めしたい。むしろ兄に依存しているのはせせらの方なのだ。




 とりあえず今日のところは、と回向が帰りかけると、せせらが静かに呼び止めてきた。ちなみに、岩兎はすでに天岩戸の向こうへ引っ込んでいる。

「お兄ちゃんのこと、お願いしていいですか?」

 当たり前だ、と回向は答えようとしたが、せせらの顔を見て、考えた。

 この少女は、何を思って『お願いしてもいいですか?』と問うてきているのだろうか。もし、不登校をやめさせる、外に出す、という事を頼まれているのであれば、本来ならそれは彼女の役目である。

 意地の悪い考え方をすれば、せせらの怠慢が岩兎の引きこもりを引き起こしたと言えなくもない。

 しかし、と回向は考える。どんなにやる気に満ちた人でも、決して成し得ないこともあるはずだ。彼女が親や保護者ならばまだしも、妹という立場では仕方のないことかもしれない。

 ならば、せっかくの縁だ。自分の意地もあるし、協力するのは悪くない。

「お願いは、聞けない」

 きっぱりと、回向が言い放つ。

 すでに数秒の時間が経過して、諦めモードに入っていたせせらは、ああ、やっぱり、という顔をした。しかし。

「でも、協力ならできるよ」

 次の瞬間、回向の口から放たれた言葉に、一瞬唖然とした。

 回向は、過去、この兄妹に何があったのかを知らない。しかし、せせらがこのスタンスではいけないと思ったのだ。いらぬお節介かもしれない。しかし、どうしても、このままではいけないと思った。

 それに、回向はこの闘いにはせせらの協力が不可欠だとも感じていた。自分一人では、家から連れ出すだけで日が暮れてしまう。


「協力、ですか?」

 まさかこう返されるとは、まったく予想していなかった。虫のいい話だ。自分にその覚悟がないから、他人に任せようなどと。本来なら断られて然るべきことだ。

 しかし、回向は頷いた。『協力しよう』と言った。きっと天野兄妹に対するお節介だろう。

「ありがとう…ございます…」

 せせらは俯きがちに答えた。いい加減腹を括る時──


 ガシャン!

 ゴンゴン!

 ガタン!


 どこかで、何かが暴れる音がした。

 せせらは急いで駆けつけるが、目の前で顔を覆って悶えている岩兎を見て、焦っていた自分が馬鹿らしくなった。

 そばに開かれていたメモ帳を覗いてみる。

『もうこれでいい、十分だ。萌え死ぬ』

 せせらは無言で、この邪な物体を蹴っぽった。


 密かに、このモグラのような兄をなんとかしようと決意したせせらであった。

 シリアスしかない……。次回からはきちんと、明るく楽しくなんちゃらとやっていきますので!次回に乞うご期待!

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