透明になった僕
思いつき作品です。暇つぶしにどうぞ。
夢野落葉、ごく普通の男子高校二年生。それが僕でありこれからもごく普通の日常を過ごしていく――筈だった。
朝、いつものように重い瞼を無理矢理開けて欠伸をしながら朝食を食べる。一人暮らしだから自分で作り片付ける。それから荷物を持って鍵の閉め忘れがないかチェックして学校に向かう。
「おはよー」
「おはよっす」
「おっはー」
様々な朝の挨拶を聞いて自分の教室に入り席に着く。ごく普通な生徒である僕には話しかけてくる人物など碌におらず平穏な時間を過ごす。なんだろう、何故か言ってて悲しくなる。
そして暫く経つと担任の教師が入ってきて喋っていた皆が一斉に席に着き、担任の男がだるそうに出欠確認を始める。
「黒井ー」
「はい」
「杉田ー」
「はい」
「灰坂ー」
「はい」
「夢野ー」
「はい」
そして僕の名前が呼ばれた時異変が起こった。教室の何人かが僕の事を見ているのだ、何故だ? 僕が何かしたか?
「夢野ー」
「え? はい!」
「ゆめ――」
「先生! いい加減気付いてください夢野君がいません」
はい?
「あれほんとだ、まあいいかじゃあ以上で終了朝のホームルーム終わり」
いや僕いるんですけど? なにこれ虐め?
この時の僕はあまり気にしていなかった。廊下で前が見えていないのか僕に向かって突進してくる生徒がいたり、その後の授業もいつもなら三回は問題を答えろと指名されるのだがそれもなかった。でも気にしていなかった。
でも事態は意外に重大だと思い知らされる。
それはたまにはコンビニに寄り弁当を買おうと思っていた、そしてレジに並んでいる時それは始まった。
「次の人どうぞ」
「え? いや僕の会計がまだ」
「次の人どうぞ」
「あのちょっと? あの?」
僕が持っていた焼肉弁当の会計をされることなく、まるで見えていないかのように次の人が割り込んでくる。そして何事もなかったかのようにその割り込んだ人の会計を進めていく店員。
ナンダコレハ? まさか学校での虐めがコンビニにまで? いやそんなわけないな。
店員に向かって後ろを向きお尻を叩いてみた。無反応。
店員に向かって変顔をしてみた。無反応。
店員に向かって中指を立ててみた。無反応。
店員に向かって拳を放つ。
「痛いっ!? え、何!?」
流石にこれは反応した。どうやら僕は透明人間になってしまったようだ、嘘だろおいこんなの漫画じゃあるまいし……これから僕は買い物すら出来ないし学校も毎日欠席扱いか?
とりあえず透明になったからには何かしようと思い、透明人間になったらやってみたいことをやってみる。
まずはスカート捲りだ、僕は前を歩いている女子高生のスカートに手を伸ばし……引っ込めた。何をしてるんだ僕は、スカートを捲るなんて最低だぞ。
透明になったのなら定番の覗きだ。僕は市民プールの女子更衣室……ではなく男子更衣室に入った。そして出ていく。男の裸に興味はない、かといって女子更衣室に入るのも罪悪感がすごい。
道路に寝っ転がってみた。日差しが当たって気持ちいい、熱を帯びたアスファルトが僕の体を温める。
「これは結構いい気持ちだな……このまま寝ちゃいそ――」
そう呟いた時、車が走ってくる音が聞こえて跳び起きた。危ない、後少しでお陀仏だった。そう言えば透明のまま死んだらどうなるんだ? まさか死後の念みたいに効果が強まって誰にも発見されないなんてことはないよな。
ヒヤッとした日向ぼっこの後、歩いているとクラスのマドンナである黒井さんを見つけた。そうだ、このまま後を追えば黒井さんの日常を見れるかも! 実は僕は黒井さんのことが好きなのだ。あの可愛らしい笑顔といいあの子は僕の心をキュンキュンさせる……言ってて気持ち悪くなった。ん? 黒井さんは何をしてるんだろう?
「よし、この位置ね」
そう呟くと黒井さんはカメラを構え、何かに狙いを定める。もしかして野鳥とか、写真が趣味なのかな?
パシャパシャパシャパシャパシャパシャ!
なんという連打! 僕じゃなきゃ見逃しちゃうな、いったい何を撮っているんだ!? そう思い僕もその方向に視線を向かわせて見えたのは二人の男子高校生だった、あれは確か杉田君と灰坂君?
「フフフ! 今日も素敵だわ杉田君! その横顔貰った! って灰坂邪魔だよどっか行けよマジで! この添加物が! この微生物いえそれ以下のゴミね燃えるゴミに焼却処分してやりたいわ!」
僕の恋は終わった。
今度は杉田君と灰坂君をつけようと二人が行った方向に進んでいると道端に財布が落ちているのが目に入る。僕はそれを拾うと中を確認する、何だこれは! 一万円が十枚も! さては金持ちの財布か!? だが嫉妬はしても僕は性格が良いごく普通の高校生、財布は交番に届けるのがあたっ!
転んでしまった……あ、財布が何故か開いていたマンホールの中に! ダメだ……中は暗すぎて見えない、ゴメン名も知らない金持ちの人! 決してわざとじゃないから許してね!
「あれ? 財布がない」
あ、あれは灰坂君か、杉田君とは別れた後か。ん? 財布?
「やっべえ……あれには保険証とか小遣い全部入ってんのに」
財布、財布かあ~。もしかして……いやそんなこと、そんな偶然があるわけ――
「十万がなくなるとか痛すぎだろ……」
――その財布はもう諦めた方がいいね。
もう帰ろうかと思い家に向かっていると杉田君を発見した。近くには野球に使うグラウンドがあり少年達が野球をしていた。そしてボールを遠くに打ちすぎて杉田君の足元に転がってしまう。
「すいませーん! ボール取ってください!」
「うん! このボールが爆弾じゃないか確認してから投げるよ!」
爆弾なわけないだろ。なんというか彼もだいぶ変わってるな。そして爆弾の嫌疑は晴れたのか思いっきり振りかぶって投げると――真横にいた僕に当たる。何で!? どんなコントロールだ!?
「え? ボールが跳ね返った?」
マズイ! そうだ、姿も見えないし声も聞こえないが物には干渉出来るんだ! 空中で何もない所で反射して戻ってくるなんていくらなんでも不自然だ!
「これはまさか……今日休みの夢野君が透明人間になってそこにいる?」
どういう思考回路してんだ……いやあってるけど、いくらなんでもいきなりその答えに辿り着くのはおかしくない? 何なんだコイツ?
はあ、今日は疲れたな。いったい何で透明人間になっているのか分からなかったけどとにかく疲れた。
透明人間ってどんな作品でもあんまりいい使われ方してないことが多いからなあ、透明なのをいいことにセクハラか、暗殺とか悪戯とかとにかく悪いイメージが強い。これから僕はどうなってしまうんだろうか?
はあ、疲れた。もう眠ろう、なんだか瞼が重いし……重い……この感覚は覚えがある。そう、これは既に目を閉じている――いや開けようとしている?
僕は目を開こうと力を入れるとあっさりと目が開く。
朝日が昇っているので時計を見ると時刻は午前十時半を過ぎている、今日が学校なら完全に遅刻……いや今日は学校だ。そして時計についているカレンダー機能の日付は今朝と変わっていない。
とりあえず今確かなことがある。バカみたいな事実に気付いてしまった、とにかく叫ばずにはいられない。
「夢オチかよっ!」
夢野「というか僕の名前ってもしかしなくても夢オチから?」