エロ本
エロ本
これは、私が高校生の時の話です。
……なんですか? 私にだって若い時はありますよ。
想像できない? それはあなたの想像力が欠如してるだけ……って、そんな事はいいんです。
話を戻しましょう。
私が高校の時、一番の友人だった男でマルという男がいます。
私と彼は、家が同じ方向という事もあり、それこそ毎日一緒に帰るような仲でした。
彼との間には、幾つか決まり事のようなことがありまして、その一つが"河川敷で駄弁る"というものでした。
私達は帰宅部ということもあったので、帰り道にある河川敷に寄り、軽い話をしてから帰るというのが、丁度良かったのかもしれませんね。
……と言っても、毎日話していたわけではありません。
偶には、くだらない遊びをしたものです。
これもその一つで、私が河川敷に寄らなくなった原因にもなる話です。
その日は、晩夏の夕方でした。
日が沈むのが早くなり、夏服のままでは少し肌寒く感じ始める季節です。
私とマルは、何時ものように河川敷沿いを並んで走ってました。。
その途中、面白いものを見つけたんです。
そう、エロ本です。
ボロボロで、拾おうなんてそれこそ中学生か小学生しか思わないような。
そこで、私達はピンときました。
これをもっと目立つところに置いて、通りかかる男子小・中学生の反応を見ようと。
……なんですか、その顔は。
まあ兎に角、私達はそれを実行に移しました。
川と言っても用水路でしたので、橋自体は小さいものです。
なので私達は橋の真ん中にエロ本を置くと、河川敷沿いのベンチに腰掛けて、通りかかる人を観察することにしました。
正直に言えば、とても楽しかったです。
小学生は気恥ずかしいのか、やはり蹴飛ばしたり投げ捨てたりする子が多く、微笑ましく思いました。
ただ一番面白いのが、中学生でした。
やはりあの年代は素直になれないのか、ムッツリが多く、反応が一番面白かったのです。
ですが、やはり持ち帰る所まで行く者はおらず、私達はいつ終わりにしようかと、落とし所を待ち望んでいました。
そして遂に、持ち帰るものが現れたのです。
彼は見た所、普通の男子中学生でした。
荒んでもおらず、何か問題があるようにも見えない。
平凡ですね。
そんな彼は、エロ本の前で立ち止まると、辺りを見回してからそれを手にとったのです。
私達は盛り上がってしまい、後を追うことにしました。
ですが、予想に反して彼が向かった先は、橋の下だったのです。
秘密基地かと思いましたが、ココにはホームレスが住み着いているので、作る者はいませんでした。
私達の中で、シラけたような空気が漂い始めました。
そう、少年はホームレスにエロ本をあげるために持ち帰ったのです。
案の定、少年が橋の下で誰かを呼んだかと思えば、ノソリと小汚いオッサンが現れました。
私達は、余りに不気味な姿だったので、血の気が引きました。
不気味、というのも語弊を招きますね。
妙な違和感を感じ、それが不協和音のように心をざわつかせるのです。
ホームレスは長髪でしたが、脱毛症なのか異様なほどに髪が少ないのです。
それにも関わらず、体は妙に引き締まっていて、四肢は人よりも長く見えました。
病気には見えないのです。
むしろ健康的な、そんな印象でした。
何よりも服がパンツ一丁で、妙に堂々とした態度で、それがより一層不気味でした。
「帰ろうぜ」
「ああ、そうだな」
嫌なものを見た。そう思いました。
私達は不快な思いで、家に帰りました。
それから度々、私達は帰り道でその少年を目にしました。
何度か、エロ本を手渡す瞬間にも出くわしています。
何時も、橋の下で少年が呼びかけると、奥からノソリとオッサンが出てくるのです。
最初は嫌なものを見たと思っていた私達でしたが、段々と微笑ましいような気持ちになっていました。
そんなある日、私達は少年が友人らしき少年と一緒に歩くとこを、偶然目にしました。
「おっ、今日友達と一緒だぜ」
「ホントだな……にしても、意外と不良な友達なんだな」
友人らしき少年は、髪は茶色でしたし、制服はだらしなく前ボタンは開かれてました。
人は見かけによらないなと、私達は感心したのを覚えています。
「って、ことはだ」
「あの不良少年も、ホームレスのところ行くってわけか」
私達は顔を見合わせ、どうせなら見ていくことにしました。
帰り道でどうせ通りかかりますし、通り過ぎる間際に横目で見るだけですから。
そうと決めたからには、私達は二人を遠くから追うことにしました。
案の定、彼らは橋の下へ行きました。
ですが、その日は少し違いました。
遠目に見ただけですが、何時もならばホームレスのオッサンが橋の下から出てくるものでしたが、その日は少年が二人で橋の下へ入っていくのです。
今日は遊びに来たものだから、奥に行ったのかなと私は思いましたが、どうも違うようでした。
私達が橋の横を通り過ぎる間際で、橋の下から少年は出てきたからです。
ふと自転車の速度を緩めて、見下ろした私は悪寒を感じました。
出てきたのは、いつもの少年一人だけだったのです。
一緒に入った不良少年とホームレスのオッサンは、出てきませんでした。
ふと見下ろしていた私と、少年の目が合いました。
やけに大きく感じるどんぐり眼が、私を見上げています。
その瞳が、まるで黒目だけのように、真っ黒なのです。
私は急いで、その場を離れました。
その後のことは分かりません。
ただそれから私は、河川敷には近寄らないようにしました。
高校卒業と共に県外へ就職し、帰ってきたのはつい最近です。
就職してから、一つの事件が報道されました。
それはやはり、あの河川敷にいたホームレスの事件でした。
児童性愛者の不審者が、中学生の少年少女を暴行し、殺害した。
あのホームレスだと、察するのは直ぐでした。
新聞を見れば、被害者の中に見知った顔がありました。
あの、不良少年のものです。
他にも四名ほどの少年少女が、被害にあったようでした。
私はあの時の少年を思い出し、身震いしながら事件の概要を読みましたが、ただ不審者が暴行し殺害した……ということ以外、特筆して書かれていませんでした。
それを中学生の男子が手引したなどは、一切書かれてないのです。
ならば、あの少年も被害にあったのか?――
そう思いましたが、被害者の中にあの少年の顔はありませんでした。
あの少年が、同級生を殺すためにあのホームレスを利用したのかは、私の憶測であり真実かはわかりません。
ですが、あの時の少年の目。
あれだけは、忘れられないのです。
もし仮に少年の計画的犯行ならば、きっと少年は上手く逃げ切ったと思っているのでしょう。
もし少年が、逃げ切る為に何でもするような子ならば、あれを見てしまった私が生きていることを知れば、どういう行動に出るのか。
考えたくもないことです。
まあだから、祖父母の実家に住んでいるのですがね?