言葉にできない想い
私は死ぬまでひとりだと思っていた。だけど7年前、私が6歳の時、初めてあなたに出会って確信した。私はひとりじゃないと。あなたの優しい笑顔と温もりに私は包まれて、生まれて初めて幸せだと思った。まだ私が恋も愛も知らない頃、私はあなたに出逢った。
あなたは私の10歳年上で、母親の再婚によって、ある日突然私の姉になった。紅野萌花、名前も容姿も性格も美人で完璧。それにくらべて私は、紅野奈月、名前も容姿も平凡で、性格も人並み。でもあなたは私のことを、本当の妹のように可愛がってくれた。毎日学校に送り迎えをしてくれて、食事も洗濯も、身の回りのことは全部面倒を見てくれた。風邪を引いた時も、気持ち悪くなって吐いてしまった時も、嫌な顔ひとつせず、世話をしてくれた。そんなあなたのことを、お姉ちゃんのことを、私は大好きになっていった。だけど私は恥ずかしがり屋で、なかなかお姉ちゃんと呼べなかった。出会ってから3ヶ月ほどたった頃、私は迷子になってしまった。母と大喧嘩して、家を一人で飛び出したからだ。やみくもに走りつづけて、気づいたら見知らぬ公園に立っていた。私は不安でどうしようもなくなって、ベンチに座って泣き続けていた。3時間程たって、日も暮れ始めた頃、「・・・月ちゃーん」「奈月ちゃーん」「奈月ーーー!」声が段々近づいてくる。(お姉ちゃんの声?私を探してくれてるの?)私は無意識に叫んでいた。「お姉ちゃーーーん!、萌花お姉ちゃーーーん!」「奈月?そこにいるの?」私は声がする方向に全力で走った。「お姉ちゃーーーん!」「奈月ーーー!」私達はお互いの体を投げ出して、全力で抱きしめあった。(ああ、なんて私は幸せなんだ。)心の底からそう思った。そして、(この人とずっと一緒にいたい。)そう、全身で感じた。
そして現在、私は中学一年生になった。お姉ちゃんは大学を卒業して、東京の会社に就職した。今までと少し違うのは、私が一人で登校するようになったことだ。「奈月ーー!」私が学校に向かって歩いていると、お姉ちゃんが私に駆け寄ってきた。「奈月、どうして先に行っちゃうの?」お姉ちゃんが不機嫌そうな顔で聞いてくる。「だって、私中学生になったんだよ。もう一人で登校できるよ。」「えーーそんなさみしいこと言わないでよー。」お姉ちゃんは子猫のように、私の体にすり寄ってくる。「もう、やめてよ、恥ずかしいでしょ。」そう言いながら私がお姉ちゃんを引き離すと、お姉ちゃんは一瞬寂しそうな顔をして、「ごめんね、奈月はもう子どもじゃないもんね。行ってらっしゃい。」そう言って振り返ると、駅に向かって歩き出した。私はなにか言おうとしたけれど、なにも言えなかった。お姉ちゃんの背中は、いつもより小さく見えた。
それから1ヶ月ほどたった頃、突然お姉ちゃんが引っ越すことになった。どうやら仕事が忙しくなりそうなので、連休中に引っ越すことを決めたらしい。私は納得できなかったし、お姉ちゃんに裏切られた思いがした。でも、こんな日が来るんじゃないかと、私は心のどこかで思っていたのだと思う。妙に冷めている自分に嫌悪感を抱いたけれど、どうすることもできないことは、自分が一番わかっていた。
引っ越し当日、お姉ちゃんは私を抱きしめて、「苦しくなったら連絡して。すぐに飛んでいくから。」そう言ってさらに強く抱きしめると、「大好きだよ。」と、震える声で言った。私は泣かないように、心を強くしめつけることしかできなかった。
それから2ヶ月半の時が過ぎた。もうすぐ中学に入って初めての夏休みだ。去年まであんなにワクワクした気持ちが抑えきれなかったのに、今は心にもやがかかったみたいだ。(何でだろう・・・。)(解っているはずでしょ?)もう一人の自分が呟く。【お姉ちゃんがいないから。】ずっと前から解っていたはずなのに、一番大切な存在は誰かも、一番愛しい存在は誰かも。私は気づくと、大粒の涙を流していた。止めどなく涙があふれてきて、大声で泣いた。涙が枯れると、私は決意した。【自分に嘘をつくのはやめると。】
夏の強い西日が私を照らしている。私は今、お姉ちゃんが暮らすアパートの前にいる。自分の気持ちを伝えるために。胸がドキドキする。心臓が飛び出そうだ。お姉ちゃんにはなにも連絡していないから、何時に帰るかもわからない。お姉ちゃんの優しい顔が頭に浮かぶ。早く会いたい。たった2ヶ月半会っていないだけなのに、何10年も会っていないような気がする。太陽がビルの間に沈んで、夜の闇が広がっていく。何時間たったろう。ふと腕時計を見ると、夜の8時を回っていた。(お姉ちゃん、遅いな。)さすがに立っているのが辛くなって、座り込んでいると、「奈月?」なつかしい声がして顔を上げると、目の前にお姉ちゃんが立っていた。「お姉ちゃん・・・。」無意識に声が出ていた。「どうしたの?何かあった?」お姉ちゃんが心配そうな声で聞いてくる。「ごめんね突然、お姉ちゃんに相談したいことがあって来たの。」うまい言い訳が見つからず、下手な嘘をついてしまう。それでもお姉ちゃんはうれしそうな顔をして、「そうなんだ、疲れたでしょ?早く家にあがって。」そう言って優しく私の手を引いた。
初めて来たお姉ちゃんが住む部屋は、ワンルームの六畳ほどの部屋だった。「ごめんね、散らかってて。」そう言いながらお姉ちゃんは部屋を片づけ始めた。部屋からはなつかしい、お姉ちゃんの匂いがする。(今言わないとだめなんだ。)胸の鼓動を感じながら、私は叫んだ。「お姉ちゃん!私ね!」「奈月?」「私、私ね。お姉ちゃんが好きなの!大好きなの!だから本当は一秒だって離れていたくない。だけどお姉ちゃんは私よりずっと大人で、ずっと賢くて、私なんか相手にならないってわかってる。それでも私はお姉ちゃんとずっと一緒にいたい!ずっと一緒にいたいの!!!」もう涙でなにも見えなかった。そんな私をお姉ちゃんは強く抱きしめてくれた。迷子になったあの時のように。泣きじゃくる私にお姉ちゃんは、「ありがとう奈月。私も奈月が大好きだよ。」そう言いながら私の頭を撫でてくれた。「本当に?」「本当だよ。だって私、奈月に一目惚れしたんだもん。」「え!一目惚れ?」「うん。初めて会った時、奈月に一目惚れして、一緒に暮らすようになって、もっともっと好きになっていって、今じゃ奈月がいないと生きていけないよ。」「じゃあどうして家を出たのよ!」「ごめんね。私、弱虫だから、自分の気持ちを伝えて、拒絶されるのが怖かったの。本当にごめんね。」「もう謝らないでよ。でも罰として、一生私の側にいること!」「うん。一生奈月の側にいるよ。なにがあっても。ずうーーーっと。」そして私たちは口づけを交わした。全身が熱くなって、心も温かくなった。これが生きるってことなんだ。そう強く思った。
お姉ちゃんと初めて結ばれた夜は、本当に幸せだった。となりで寝ているお姉ちゃんの寝顔を見ながら、私は幸せをかみしめていた。「奈月?」お姉ちゃんが寝ぼけた声で私の名前を呼ぶ。「もう10時だよ。休みだからって寝すぎると、夜に寝られなくなるよ。」そう私が言うと、お姉ちゃんは急に私に抱きついて、「なつきぃ。おはようのキスしようー。」と言いながら唇を近づけてきた。「もう、朝からなに言ってんのよ!」私が体を引き離そうとするとお姉ちゃんは、「えー、1回だけでいいからー。」とさらに唇を近づけてくる。「もう、いいかげんにして!」と私が怒った声を出すと、お姉ちゃんはしゅんとして、「ごめんね、顔を洗ってくるね。」と言って、洗面所に行ってしまった。(ちょっと言い過ぎたかな・・・。)お姉ちゃんの寂しそうな背中を見て、心が少し傷んだ。着替えをして、洗面所に向かっていると、お姉ちゃんが朝ごはんを作っていた。「あ、奈月。もうちょっとで出来るからね。」お姉ちゃんが笑顔で語りかけてくる。「うん、わかった。」洗面所で顔を洗って、歯を磨きながら思った。(お姉ちゃんはずっと我慢してたんだよね・・・。)私の面倒を見るために、お姉ちゃんはいろいろ犠牲にしてきたんだと思う。(それなのに私は、なにも恩返しできてない・・・。)自分のふがいなさが嫌になる。(これから返していけばいいんだ。)そう自分に言い聞かせて、私は洗面所を出た。「お姉ちゃん!」「奈月?どうしたの?」お姉ちゃんが優しい声で聞いてくる。「お姉ちゃん、今までごめんね。私、お姉ちゃんに甘えてばっかりだった。でもこれからは私も大人になるから。お姉ちゃんに頼ってもらえるような人間になるから。だからお姉ちゃんも私に甘えてね。もう我慢しなくていいからね。」不思議と自分の気持ちがスラスラと言えた。お姉ちゃんは少し涙ぐんで、「ありがとう、奈月。」そう言って私を抱きしめた。「お姉ちゃん・・・。したいならしてもいいよ。」「え?」「だから、キス。」「本当にいいの?」私は黙って頷いた。お姉ちゃんの唇が、私の唇に触れる。生暖かいその感触は、いつの間にか心地良い感触になっていた。
中学校が夏休みに入ったので、私はお姉ちゃんの部屋に居候することになった。朝、お姉ちゃんが出かけると、私は部屋の掃除をして、洗濯を済ませると、夏休みの宿題をした。何をしていても、お姉ちゃんの事を考えてしまう。お姉ちゃんの声、匂い、肌の感触。いろいろなものが頭の中をぐるぐると回っている。(だめだ、全然集中できない!)数学のドリルを閉じて、仰向けに寝転がる。(早くお姉ちゃん、帰ってこないかな。)お姉ちゃんが出掛けてから、三時間ほどしか経っていないのに、妙に寂しく感じる。(私、完全にどうかしちゃってるな。)これが恋の病だとすれば、かなりの重症だ。(だめだだめだこんなんじゃ!)自分を奮い立たせて立ち上がると、夕飯の買い物に出かけた。外は夏の太陽がさんさんと降り注いでいる。(なんでこんなに暑いのよ。)頭の中で愚痴をこぼしながら、近所のスーパーに向かう。(今日は練習した料理をふるまって、お姉ちゃんを驚かせるんだ!)自分で自分に気合いを注入して、歩みを進めた。
午後7時。料理が完成して、お姉ちゃんの帰りを待っていると、玄関のチャイムが鳴った。「はーい!」返事をして、玄関に向かうと、鍵を素早く開ける音がして、ドアが勢いよく開いた。「奈月ーーー!」お姉ちゃんが私に向かって飛び込んでくる。「どうしたの?お姉ちゃん。」私が驚いて聞くと、「奈月にずっと逢いたかったの。」と、震える声でお姉ちゃんが言う。私は優しくお姉ちゃんの頭を撫でながら、「私もずっと逢いたかったよ。」と優しい声で言った。「ご飯できてるから、着替えてきて。」「すごーい。これ全部奈月が作ったの?」テーブルに並べられた料理を見て、お姉ちゃんが驚きの表情を浮かべている。「そうだよ、いっぱい練習したんだから。」私が自慢げに言うと、お姉ちゃんは、「本当においしそう。でも私が一番食べたいのは、奈月だから。」と、とんでもないことを真顔で言う。「な、なに言ってんのよ、お姉ちゃんの変態!」私が頬を赤らめながら叫ぶと、お姉ちゃんは「冗談だよ。」とイタズラっぽく笑った。
それからお姉ちゃんは、私と二人きりの時は、子猫の様に甘えてきた。お風呂も一緒に入りたがるし、トイレにも付いてくる始末で、私は半分呆れつつも、そんなお姉ちゃんを愛しく感じていた。そんな休日の昼下がり、私は夏休みの宿題に取り組んでいた。「ねえ、お姉ちゃん、この英単語解る?」英語の宿題に苦戦している私は、休日でだらけているお姉ちゃんに助けを求めた。「どれどれ?」お姉ちゃんが私に後ろから抱き付きながら聞いてくる。「ちょっと、暑苦しいよ。」私が体を引き離そうとすると、「えー、もっと奈月の匂いを嗅がないと、頭が働かないよー。」と首筋に鼻を押し付けてくる。「ちょっと、くすぐったいよ。」「あー奈月は本当にいい匂いがするね。」「ダメだって、朝シャワー浴びてないんだから。」「大丈夫だよ。私、奈月の汗の匂いが大好きだから。」「もう、なに言ってるのよ!」お姉ちゃんは立派な変態に仕上がっていた。「じゃあ、ひざ枕させて。」どん引きしている私を見て諦めたのか、お姉ちゃんがお願いしてくる。「まあ、それならいいけど。」私が呆れ顔で了承すると、お姉ちゃんは「やったー」と、子どもの様にはしゃぎながら、頭を私のひざの上にのせる。「あーやっぱり、奈月の太ももはぷにぷにしてて、すごく気持ちいいよー」と、お姉ちゃんは満足げな表情を浮かべている。そんなお姉ちゃんに私は、(子どもができたら、こんな感じなのかな。)と想像を膨らませた。「それよりお姉ちゃん、この英単語!」私が我に返ってお姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんは気持ち良さそうに寝息を立てていた。私はお姉ちゃんの頭を撫でながら、平穏な日常の幸せを感じていた。
7月最後の週末、お姉ちゃんと私は、近くのショッピングモールに買い物に出かけた。8月5日が私の誕生日なので、お姉ちゃんがプレゼントを買いに行こうと言い出したのだ。「でもプレゼントって、相手に内緒で買いに行くんじゃないの?」と私がお姉ちゃんに聞くと、お姉ちゃんは「そうしようと思ったんだけど、いろいろ迷っちゃって、なかなか決められなくてね。」と少し困った表情を浮かべた。「ちなみにどんな物で迷ってたの?」「水着でワンピースにするか、ビキニにするかで迷っちゃって。」「へーそうなんだ。」私はもっととんでもない物を想像していたので、少し安心した。私達は水着ショップに移動して、水着を選び始めた。「奈月はどんな水着がいい?」「えー私はあんまり派手じゃないのがいいな。」私は白のワンピースの水着を指差した。「うーん、それも似合うと思うけど、奈月も中学生になったし、ビキニでもいいんじゃない?」と、お姉ちゃんは白のビキニの水着を指差す。「えービキニは恥ずかしいよ。」と私が困惑の表情を浮かべると、お姉ちゃんは、「奈月は絶対、ビキニの方が似合うよ!」と執拗にビキニを勧めてくる。周りにいる人のけげんな視線が痛い。このままだと通報されそうなので、私は仕方なく折れることにした。「わかったわよ、それにするから。」「ホントに?やったー」お姉ちゃんが場所をわきまえずにバンザイしている。私はどっと疲れて、ため息をついた。
次の日、私達は海に出かけた。海水浴場はたくさんの家族連れやカップルでにぎわっている。私達はどんな風に見えるのだろうか。ふとそんな事を考えてしまう。でもお姉ちゃんは、「奈月ー!、早く泳ごうよー!」とおもいっきりはしゃいでいる。そんなお姉ちゃんを見て、私はそんな事はどうでもよくなってしまった。「お姉ちゃんー!海に入る前に準備運動しなきゃダメだよー!」私は海に入ろうとしているお姉ちゃんに向かって叫ぶ。「わかったー!」お姉ちゃんが子どもの様に私に駆け寄ってくる。「じゃあ柔軟体操しよう。」お姉ちゃんがそう言いながら私の体を触ってくる。「ちょっとやめてよ!こんな所で!ちゃんとしないとけがするよ!」私が本気で怒ると、「ごめんなさい。」と、お姉ちゃんは本気で落ち込んでいる。(全く、これじゃどっちが姉なんだか・・・。)私は泣きそうなお姉ちゃんの頭を撫でながら、「ほら、準備運動して海に入ろう。」と優しい声で語りかける。「うん!」お姉ちゃんは満面の笑みで頷いた。
それから私達は海で泳いだり、ボートに乗ったりして、海を満喫した。帰りの電車の中で、居眠りをしているお姉ちゃんに私は、「また来ようね。」とささやいた。
私の誕生日当日。その日は平日だったので、お姉ちゃんは「ごめんね、奈月。帰ったら奈月が大好きな料理、たくさん作るからね。」そう言って仕事に出かけていった。私はいつも通り、家事をひと通りこなしてから、夏休みの宿題をした。その日の夕方5時頃、お姉ちゃんから残業で遅くなると、メールがきた。私は料理は私が作っておくからと返信をした。それから私は料理をしたり、ケーキを焼いたりしながらお姉ちゃんの帰りを待った。午後9時頃、慌ただしく玄関のドアの鍵を開ける音がした後、お姉ちゃんが飛び込んできた。「奈月!本当にごめんね!奈月の誕生日なのに全部任せちゃって!」お姉ちゃんは汗だくの状態で必死に謝る。「私は全然平気だから、早くお風呂に入って。」私は、頭を下げ続けるお姉ちゃんの肩を優しく触って、そう言った。「うん、わかった。」お姉ちゃんは安心した顔をして、お風呂に向かった。
それから私達は、二人きりで誕生日パーティーをした。お姉ちゃんは私が作った料理を、すごくおいしそうに食べてくれた。その後、二人でベランダに出て、夜空に浮かぶ月を見ながら私が、「お姉ちゃんの誕生日には何が欲しい?」と聞くと、お姉ちゃんは、「奈月が欲しいな。」と言って、私にキスをした。
次の週末、私が洗濯をしようとすると、お姉ちゃんが、「いつも奈月にやってもらって悪いから、今日は私がやるよ。」と洗濯を始めた。私は、「じゃあ、お願いするね。」と言って、あと少しで終わりそうな、夏休みの宿題に取りかかった。(そういえば、洗剤きれそうだったな。)「お姉ちゃーん!、洗剤足りるー?」私はそう言いながら洗面所に向かうと、目の前の視界にとんでもないものが飛び込んできた。お姉ちゃんが私のパンツを頭に被って、私のTシャツの匂いを嗅いでいた。「お姉ちゃん・・・。」私が低い声でそう言うと、お姉ちゃんはびくっとして、「奈月・・・、これは、これは、違うの。」「なにが違うの?」「頭に被ってたのは洗濯しやすいようにで、匂いを嗅いでたのは、奈月が健康に育っているか、チェックしていただけなの!」「じゃあ、私の目を見ながらでも、同じことが言える?」「すみません、嘘です。」お姉ちゃんは観念して白状する。「本当は、奈月の下着を見てたら我慢できなくなっちゃって、匂いを嗅いでました。」私はこのくらいの事では、動じなくなっている自分に感心していた。「もう頭を上げて。別に怒ってないから。」優しく私がそう言うと、「奈月ー、ごめんねー」と、私に抱きつきながら、お姉ちゃんが泣きそうな声で言う。そんなお姉ちゃんを私は抱きしめ続けた。
8月最後の週末、私達は地元の花火大会に出かけた。私は、お姉ちゃんが買ってきた、ピンク色の浴衣を着ている。「どうしてお姉ちゃんは浴衣を着ないのよ。」私がふてくされた顔でそう言うと、「私は似合わないから。」とお姉ちゃんは言う。お姉ちゃんは自分の事には無関心で鈍感だ。スタイル抜群で美人だから、海に行った時も、男の人からじろじろ見られていたし、今日だって通りすぎる度に、男の人にちらちら見られている。それなのにお姉ちゃんは全然気づかない。そんなお姉ちゃんにちょっとイライラしていると、お姉ちゃんが私と同じくらいの年の、女の子の3人組を凝視していた。「ちょっと!お姉ちゃん!」私が怒った声で呼ぶと、お姉ちゃんは、「あ、ごめんごめん。早く行かないとね。」と足早に歩き始めた。「お姉ちゃん、なにを見てたの?」私がけげんな顔で聞くと、「いや、かわいい女の子達だなぁと思って。」「そうなんだ。」素っ気ない返事をしながら、私はなんとも言えない感情に支配されていた。「じゃあ、その娘達と花火を見れば!」私は気づくと大声を出して走り出していた。「奈月待って!」お姉ちゃんの声を無視して私は無我夢中で走った。気づくと私は花火会場の外に出ていた。(なにやってんだろう、私・・・。そんなに怒るような事じゃないのに。どうして私はこんなに・・・。)涙が頬をつたっていく。(そうか、これが嫉妬なんだ。)気づかぬ内に私は、どうしようもなく、お姉ちゃんを愛していたんだ。(馬鹿だなぁ私、もうお姉ちゃんがいないと生きていけないみたい。)私は苦笑いを浮かべながら、心のつかえがすうっと取れていくのを感じていた。(早くお姉ちゃんに謝ろう。)私はもと来た道を引き返した。5分ほど歩いていると、「・・・月ー、奈月ーーー!」お姉ちゃんの声が段々近づいてくる。「お姉ちゃんーーー!」私は大声でお姉ちゃんを呼んだ。「奈月ーーー!」お姉ちゃんが全力で走りながら私に飛び込んでくる。「本当に心配したんだからね!」「ごめんなさい、お姉ちゃん。」「ううん、私も他の女の子を見たりしてごめんね。でも私が好きなのは奈月だけだから。世界中で奈月だけだからね。」お姉ちゃんが私を強く、強く、抱きしめる。私もお姉ちゃんを力いっぱい抱きしめる。花火が私達二人を祝福する様に、照らしていた。