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「おい親父!『野球は体格に優劣が出やすいスポーツだ。身体が大きければその分速い球を投げられるし、遠くまでボールを飛ばすことができる。

  だが日本プロ野球界では、時に、小さなヒーローが生まれることもある。

  近年では巨人の松本哲也が挙げられる。育成出身選手野手としては初の新人王や、ゴールデングラブ賞を獲得した。

  少し古くなると、ヤクルトの小さな大打者こと若松勉だ。首位打者を2回獲得しており、名球会入りもしている。』ってこの本も言ってるじゃんか!なのになんで俺には常陽から推薦の電話が来ないんだよ!」

  秋元若葉は本棚から引っ張り出した『小さな巨人たち』という本を熱心に、父である葉太に掲げている。

  「そりゃあなぁ、天下の常陽様だったら、将来有望ないい選手欲しいだろうよ」

  リビングで甲子園を観ながら答えた。

  「でもさ、俺だって茨城県優勝投手だしさ、県選抜でもエースで投げてるじゃんか!それなのに進なんて、県総体の時にはもう常陽から声かかってたんだぜ?俺あいつよりヒット打ってたのに!」

  「あの子はなぁ、中学では成長痛やら何やらでいい結果出せなかったけど、将来は化けるぞ〜。名将の俺がいうんだから間違いない」

  葉太は目をどこか遠くへ向けた。

  横山進は、若葉が所属し、葉太が指揮を取る陽光台中野球部のライトを守っていた選手だ。身長が158センチの若葉に比べ、彼は30センチ近く高い185センチで、2人が並ぶと大人と子供くらいの差がある。葉太は当初、進に投手をやらせたかったが、成長痛、というのは建前で、父は野球、母はソフトボールという野球家系の両親が、あまり肘肩を消耗させたくないと、直談判に来たので、息子の若葉に投げさせていた。

  「もっとさぁ、こう、親父から売り込んで来てくれよ。常陽じゃなくてもさ、霞ヶ浦学園とかさ、秀明ひたちなかとかさ」

  葉太は若葉から見えないところで苦笑した。我が自慢の息子は確かに中学野球では素晴らしい選手だ。打てば外野の間に鋭い打球を飛ばすことはできるし、投げれば常時135キロのストレートに、今では珍しい縦の大きなドロップカーブ。並大抵の中学生では打つのは難しいだろう。しかしそこまでなのだ。

  高校に行けば打者ならまだしも、この程度の投手は腐るほどいる。中学時代でも関東大会では飛んだ場所が良かったものの、しっかりと捉えられていた。若葉は野球において、大きな挫折を知らないまま、育ってしまったのだ。

  葉太は少し考えた。確かに若葉を欲しいというチームはある。土浦本大や、鹿島灘学園、藤代南や下妻第4、それこそ常陽や霞学からも話は来ている。だが、どれもみな野手としてで、若葉の希望である投手での話は一つもなかった。

  (投手で無理矢理入れてもらえたとして、早い段階で挫折したとして、あいつは這い上がってこれるだろうか。投手を諦めて、野手として頑張ると割り切れるだろうか)

  葉太は首を振った。今までは結果を出してきたから多少のわがままも聞くことができた。けれども、どの名門も野球エリートたちが集まってくる。語弊を生むかもしれないが、誰も他人のために野球をしにくるのではない。あくまで自分の将来のために異郷の地である茨城にやってくるのだ。

  その時ケータイが懐かしい名前を表示し、着信音を鳴らした。

  『もしもし。おう俺だよ。県立の強豪校。常総野高校監督の笹川浩司でーす。単刀直入に聞くけどおたくのバッテリーうちに寄越す気ない?』



  『どういうことだ?』

  葉太は眉をひそめて尋ねた。高校時代からの友人である笹川は、一見すると何も考えていないような様子を見せる男なのだが、実は思慮深い男だった。

  『どうしたもこうしたもねえよ。おたくの息子、就職先に困ってんじゃねえか?高校野球界では有名だよ。秋元若葉はすでに完成されていて、身長も低く、伸び代にかけるってな。だがうちは、伸び代がなかろうが、ピッチャーが欲しい。そんでもって、3年間ずっと組んでた優秀なキャッチャーくんも欲しいのよ。』

  葉太の瞳が揺れた。常総野高校は県内でもそれなりの進学校だし、古豪として毎年ベスト16あたりには食い込んでくる。甲子園出場も一度だけだがある。そして何より若葉を投手として欲しがっている。

  『悪い話じゃないだろう?』

  電話越しに笑みを浮かべる笹川の顔が浮かぶ。

  『まあだが条件として、キャッチャーの……なんだっけ?石川だっけか?あれとセットじゃないとこの話は無しだがな』

  『石井な。石井。あいにく石井は霞学に特待で……。なるほどな。そういうことか』

  葉太は苦笑した。笹川が欲しがっているのは、若葉ではなく石井だったのだ。

  『バレちゃったかい?まあいいんだけどよ。ただ石井と若葉をセットでうちに送るってんなら、3年間必ず投手でやらせてやる。もちろん本人の希望は優先してやるよ。それに石井の親は医者だろう?親もできれば進学校を望んでるって聞いたぜ?うちには医大への推薦枠もある。悪い話じゃないと思うぜ?』

  一呼吸置いて葉太は答えた。

『舐めんじゃねぇ。と言いたいところだが、確かにそれなりに甲子園を狙える位置で、若葉に投手をさせるってとこはない。ちょうど明日は石井もうちも保護者との三者面談の日だ。そこで本人の希望、家族の希望を聞いて近いうちに連絡する』

  『ほうほう。了解したよ。ちなみにそれなりじゃねぇ。うちは十分狙える位置だ』

  笹川は気分が良さそうな声で一言二言言葉を交わした後電話を切った。

  葉太は、大きく息をつくと、またテレビをつけた。テレビはつくとともに歓声をあげた。笹川から電話がかかってくるまで1-4で負けていた大阪桐神が逆転満塁弾で逆転しサヨナラ勝ちしたのだった。電話の間にいつのまにか若葉もどこかにいってしまっているようだった。

  葉太はこれが良い未来への暗示になるよう祈って席を立った。

 

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