日常の終わり 1.1
20xx年某日、俺は死んだ。
死んだ、というよりか俺という概念がなくなったというのが正しいかな。
そうだな…簡単に説明するには、リンゴ。
リンゴというものが俺のようになったとする。
リンゴという存在は確かにこの世には存在するのだが、誰もそれをリンゴと認知しない。
…前置きはコレぐらいにしよう。
長すぎるのは、前置きのみで興が冷めてしまう。今日も終わってしまう。なんちゃって
俺は確かに町外れのマンションに一人で暮らしていた。きちんと部屋もあれば、表札にもきちんと自分の名前がかかっている。
しかし、仲のよかったお隣さんも、少し厳ついマンションの大家さんも、いつも朝ごはんを買いに行くコンビニでアルバイトをしているふてぶてしい大学生も、俺がまるで知らない人の様に振舞って来る。大家さんに通報されかけた時はびっくりしたな。
…そうだ、ゲームをしよう。今目の前に、かつて大親友だった奏という女の子が一人で歩いている。ボーイッシュで気さくな女の子だ。ぶっちゃけそのうち付き合いたいとも思ってる。
今から何気なく挨拶をしてみようと思う。無視をされるか、もしくは以前の様に気さくに挨拶を返してくれるか。君は好きな方に掛けてくれ。
「よっ、奏!元気してたか?」
…多分君の勝ちだろう。奏は不審者、もしくは犯罪者を見る様な目でこちらを睨んで、早足で退けて行った。やれやれ、俺にこういう趣味はないんだがな?
今更だが奏を見て思い出した。俺は大学生だった。この後すぐに講義が始まる。だが、今から大学に向かえば講義に間に合うだろう。
何故か認知されないというだけで、幸いにも名簿に俺の名前が載っていたり、きちんと正規の学生証が発行されていたりはする。
いつの日かふと自分が認知させる日が来ると信じて出席だけはしておく。戻ったけど単位が終わっているとかはシャレにならないからね。
大学に向かう道は割愛、ここらは正直前と変わりばえのない風景だ。
一限目の授業を受けるべく、講義室の自分の机へ着席する。
今日使う教科書を机の上に並べて、しばらく待っていると教授が教壇の上に立ち、点呼を取り始める。
人数が多い学科だったのが幸い、点呼中に名前を呼ばれることに違和感を感じる人は誰もいないらしい。仲良くない奴の名前まで全部覚えているのはまさに狂人のソレだ。俺も覚えてないしね。
長くてつまらない講義を受け終え、食事休憩。俺はそそくさと大学内に併設されているコンビニに逃げ込み、昼食を購入。食べる場所をすぐ確保。これもあまり認知されなくなる前と変わらないな。
…そうだ、認知されなくなる前と後で間違い探しを始めてみよう。
思い立ったが吉日、俺は昼食をすぐに口の中に放り込み、次の講義が行われる講義室に駆け出す。
次は実習ということもあり、各々が準備しつつ、仲の良い人達で固まって喋っていたり、ご飯を食べていたりしている。
今、部屋にいる人達で考えてみよう。
部屋の隅で奏が一人でご飯を食べている。あいつ飯だけは一人で食うタイプだったな。ここは変わらない。
部屋の中心部では、いわゆるパリピと呼ばれる人種が騒ぎながらご飯を食べている。うーん、ここもあまり変わらない。
その横で根暗な人たちのグループが迷惑そうな顔をしながら何も喋るわけでもなく座っている。ここも…対して変わらんな。
意外と変わる場所って少ないのだな。と思っていた矢先のことだった。
「「お前のした行動は何かに影響したのか?…いいや、聞き直す。お前は意味のある人間か?」」
俺が殺された日、夢で聞いたセリフが頭の中でフラッシュバックする。
何も影響していない、意味のない、自分はその程度、やめろ…
「「結局そうだろう?友情ごっこを興じて気色悪い自己顕示欲をバラ撒いただけ。」」
やめろ……友情ごっこ、自己顕示欲、やめろ……
「「どこまで行っても偽善者止まりのヒーロー気取り野郎」」
「やめろ!!!」
気がついたら叫んでいた。
教室にいた人達全員がこちらを振り返る。
相手側から見るとかなり不審者だろうな、知らない奴が教室でいきなり叫び始めたんだから。
「おいテメー、まぢで誰なん?ってかキメーしいきなり叫び始めて、発情期か何かか?卍」
真ん中に座ってたパリピグループのイキリヤンキーが自分の前にしゃしゃり出て来る。後ろのコバンザメみたいな奴がニタニタ笑いながら俺を見て来る。不快だ。
「違う…ごめ
「ごめんじゃねーよ、だからお前は誰だって聞いてんの。わかるぅ?卍」
「おいおいやめとけよヒロト、そいつ泣きそうじゃん、ギャハハ卍」
コバンザメが茶々を入れて来る。
「だいたいさぁ?お前が俺らの輪乱してるの、そろそろ気づいてる?まぢ不快、二度と顔だして来るんじゃねーよバーカ卍」
突然、ヒロトと呼ばれるイキリヤンキー突き飛ばされる。勿論、力で勝てるわけもなく突き飛ばされ、壁にぶつかって情けない声を上げてしまう。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
所々から笑い声も聞こえて来る。俺はその空気に耐えかねて、その場から逃げ出した。